闘神演義   作:不知東西屋

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第4回:羿と女丑が地上へ降り立つこと

 赤茶けて、埃っぽい風の吹く荒野に2人は立っていた。

 天界で準備を整え、先ほどこの地に降り立ったのだ。

 

 周囲には岩と砂、乾ききった草木が転がっているだけだ

 空には今も10個の太陽が光を放ち、地上の生き物を責め立てている。

 

「さて、どうしようか。」

 このまま突っ立っていてもいたずらに体力を消耗するだけである。

 そんな状況で周囲を見回して羿がつぶやいた。

 

「あれ、なにかお考えがおありだったのでは?」

 女丑が尋ねる。

 

 準備から、出立、そして地上に至るまで迷いなく、女丑をひっぱってくる勢いだったため、てっきりなにか計画があるものと思っていたのだ。

 

 ちなみに彼女は兎の姿である。

 どこに人目があるか分からないため、地上に降りる前に変身している。

 

 名前も「姮娥(コウガ)」と改めている。女丑のままでは正体がばれる心配があったためだ。

 

 足下に居られては話がしづらいと言われ、羿の肩に乗っている。

 

「いや、大まかには考えているが、なんにしても地上の状況を実際に目にしない事には何も分からないからな。」

 

 羿の言葉はの意味は、つまり具体的な計画は考えてきていないと言うことだ。

 

 ふむ、と女丑改め姮娥は少し考えてから口を開いた。

「それでしたらまずは地上を治める天子の尭様にお目通り願うのはいかがでしょうか。身分を明かせば無碍にはされないでしょうし、助けを得られれば行動もしやすくなるかと。」

 

 暑さに加えて毛皮を着こんだ兎状態は相当な過酷さ。

 それでも地上の危機を救うと言う使命感から、なんとか自分を奮い立たせていた。

 

 この提案に羿は考える素振りを見せた。

「そうだな。天子に話を通しておけば色々とやりやすくなるかもしれない。でも、身分をそのまま告げるのは少し考え物かもな。」

 

 羿はまごうことなき天神であるが、それは少々肩書が大きすぎるのだ。

 場合によっては、天子である尭よりも上になってしまう。

 後々その名の大きさが無用なトラブルを引き寄せかねない。

 

「では、どうしましょうか。私から説明しようにも今はこの姿ですし」

 姮娥が困ったように言う。

 

「どのように名乗るかは道中に考えるとして、ともかく天子のもとに向かうとしよう。天子・尭の屋敷は此処から遠いのか?」

「え、はい。そうですね。ここはあまりなじみのない場所なので自信はありませんが、多分歩いても3日ほどではないかと。」

 

 姮娥の説明に羿は満足そうに肯いた。

「そうか。よし、ではひとまず出発しよう。姮娥は口上を考えるのにくわえて、道の指示も頼むぞ。」

 そう言って、山となっている荷物を背負って歩き出そうとする

 

「わ、わかりました」

 姮娥は荷物の隙間の日の当たらぬ場所に体をねじ込んで返事をした。

 

 意気揚々、と言うには周囲の景色がさみしすぎるが、ともかく2人は一路地上の都、平陽に向けて進みだした。

 

 

 ………。

 

 

「ここが、本当に天子の館なのか?」

 羿が姮娥に確認する。

 ちなみに二度目の念押しである。

 

 よって、返答も二度目になった。

「ええ、間違いありません。ここが天子・尭様の館です。」

 

 繰り返した姮娥の口調にも諦めというか、「ですよね~」的な苦笑じみた抑揚がある。

 

「そうか。いや、しかし、これはあらかじめ言われていなければ天子の館とは決して思わないだろうな。」

 羿が言う通りだった。

 一見して、ここが天子の館だと思うものはそうはいないであろう。

 

 周囲に塀を巡らせて、門には衛兵が立ってはいるが、屋敷というより小屋である。

 

 百姓の住まいだと聞いても納得したであろう。

 色々な意味で心配になる佇まいであった。

 

「もとより質素倹約を旨とする方ではあったのですが、この度の日照りには特に心を痛められ、与えられる物はすべて民にお与えになったとのことで」

 

 なんとなく言い訳がましくなった姮娥の言葉に羿が肯く。

「なるほどな。仁君だと噂に聞いたが、偽りなしというところか。」

 

 案内役の男に導かれるまま、ためらいなく門の中へと足を進めていく。

 都に着いてからここまで、実にスムーズに事が運んでいる。

 

 というのも、一行は都の手前で尭直属の兵士たちに出迎えられたのだ。

 事情を問いただしてみれば、尭に天帝の副官たる理秤からお告げがあったという。

 

 夢の中でこのたびの干ばつを解決すべく武神を派遣すると告げられ、驚いて四方に探索の兵を遣わしてみれば、果たしてお告げ通りの人物が都に向けて歩いていたと言うわけだった

 

 さて、尭の屋敷は内側も外見からの印象を裏切らない質素さ。

 いや、質素を通り越して粗末と言っても言い過ぎではなかった。

 

 それでも、一応は広間と言えなくもない部屋で2人は天子・尭と面会した。

 

 その姿、ガリガリである。

 骨と皮しかない。

 

 玉座とは思えぬ飾り気のない木の腰掛の上。

 背筋を伸ばして座った様子は即身成仏したミイラの様だった。

 

(え、死んでる?)

 と、思った羿は若干ヒいていたが、姮娥の受けた衝撃はその比ではなかった。

 思わず近くに駆け寄ろうとして、羿に押しとどめられる。

 

(突然、どうした。)

(す、スイマセン。尭様があまりにもお痩せになっていたので思わず)

(アレが普段の状態ってことじゃないのか?)

(違います。元々、痩せてはいらっしゃいましたけど、ここまででは)

 ささやき交わす二人。(見た目には1人と1羽である。)

 

 平伏はしていない。

 現在、羿は地上の混乱を納めるために天帝陛下につかわされた武神であると名乗っており、その立場は天帝に地上を任された天子に勝るとも劣らぬものだからだ。

 

 対する尭は満面に喜びを見せていた。

 未曽有の危機に、文字通り天から救世主が降り立ったのだから、当然である。

 

「よくぞ、来てくださった。貴方を迎えることが出来てまさに望外の幸せ。天帝陛下の慈悲には言葉もありません。」

 

 今にも五体投地し天への祈りを捧げ初めんばかりの様子。

 しかし、あいにく乾ききった喉から出る声はかすれて小さい。

 よくよく耳を澄ませても容易には聞き取りが出来なかった。

 

「尭どの。どうやら貴方はかなり心労がたまっておられる様子。日照りは必ず私が解決します故、一度しっかりとおやすみになられてはいかがですか。」

 

 見かねた羿がそう勧めてみるが、天子は首を横に振る。

「貴方の力を疑う訳ではありませんが、民は未だ渇きに苦しみあえいでいます。私一人、のうのうと惰眠を貪るわけにはまいりません。」

 言い切る天子の目は揺るがぬ覚悟に光っている。

 

 完全な余談ではあるが、この尭という男。中国の伝説に名高き王の一人である。

 ではあるのだが、あまり名君という印象はない。

 民を気遣う仁君であり、その心根が高潔で人望もあるのは間違いない。

 

 しかし、どうにも博愛主義が過ぎると言うか、自分の身を安く見積もる癖が見受けられる。

 民には積極的に施しを行い、自身は粗食を摂り、あばら家に住んでいたらしい。

 だが、天子とは替えの効かない立場である。

 

 統治の事を考えるのであれば健康のためにしっかりとしたものを食べ、暗殺などの恐れのない防備の整った屋敷に住んだ方がいいと思うのだ。

 側近の心労はいかばかりかと思うが、いかがだろうか。

 閑話休題。

 

 天子・尭の痩せっぷりはともかくとして。

 何事もなく謁見を終えた羿たちは提供された屋敷にひとまず腰を落ち着けていた。

 

 羿は弓や矢といった武具の荷ほどきを行い。

 周りに地上の人間もいないので、姮娥も人の姿(だが、兎耳だ。)に戻って、武具以外の荷をほどいていた。

 

 天子・尭は女中をつけたがったが、人目があっては姮娥が人の姿に戻れぬため、理由をつけて断っていた。

 

「羿様、こちらの作業は終わりました。何かお手伝いすることはございませんか。」

 一通りの仕事を終えたところで、姮娥は羿にたずねた。

 

 羿の居室と定めた部屋の外から声をかけたのだが、返事がない。

 別に声が小さかったわけでもなく、怪訝に思って三寸ほど開いていた戸の隙間から中を窺う。

 

 どうやら武神は部屋から中庭に出て、弓の手入れをしているらしかった。

 弦の傷みをあらためて、握りの具合を確かめる。

 いつにない凛々しさがうかがえる横顔に、つい見入ってしまう。

 

 やがて羿が弓の手入れを完了し、それを契機に姮娥の存在に気がついた。

「なんだ、何か用事だったか?声をかけてくれれば良かったのに」

 

「え、あ、いえ、声をおかけしたのですが、お返事がなかったので」

 声をかけられて初めて自分が見とれていたことに気がつき、姮娥の頬が熱くなる。

 

 羿は姮娥の表情の変化に気づいたそぶりもなく苦笑した。

「そうか、それはすまなかった。昔から、何かに集中すると周りが見えなくなる癖があるんだ。」

 

「そんな、こちらこそ(?)。それで、あの荷ほどきも終わりましたので、これからどうするかの相談が出来ればと思っていたのですが」

 姮娥の問いかけに対して、羿の返答は迷いがなかった。

 

「そうだな。俺としては準備が整い次第、懲罰のために出立しようと考えている。この異変はすでに甚大な被害を生み出している。一刻も早く解決しなければならないだろう。」

 

 自信ありげな自然な笑みを浮かべ、いっそ軽やかに武神は言う。

 姮娥は頼もしさと確かな希望を感じたが、同時に不吉な予感も胸をよぎった。

 

 それは、天の都で聞き知った1つの事実に根ざすものだった。

 

「1つ、聞いてもよろしいですか。」

「ああ、何でも聞いてくれ」

 

 あくまで気楽な調子の羿。

 羿の力強い瞳と黒目がちな姮娥の瞳が真っ直ぐに向き合う。

 

「どうか、正直におっしゃってください。10個の太陽の懲罰という任務ですが、具体的にはどうされるつもりなのですか?」

 

 羿の態度は変わらなかったが、それでも返答までに一拍の間が生まれた。

「…、10個のうち9個を討ち果たす。残った1つについては兄弟の死を戒めとして、天道の巡りを順守させるようにするつもりだ。」

 

 予期した通りの答え。昇天し、天の都に行く前の姮娥であれば小躍りして喜んだであろう計画。

 しかし、今の姮娥は素直に喜ぶことが出来なかった。

 

 口をついたのは強い否定。

「それは、だめです。」

 

 羿もその反応を予期していたのだろう。

 視線こそそらさなかったが、うまい言葉が見つからないというように沈黙した。

 

 沈黙した羿の代わりに姮娥は言葉を続ける。

「それをしてしまえば、貴方様は必ず不利益を受けることになります。」

 

「干ばつの解決方法も、太陽たちの懲罰も私に一任されている。問題はない。」

 淡々と、羿は言う。

 

 姮娥は首を大きく振った。

「それでも、討伐してしまえば、天帝陛下は貴方をお許しにならないでしょう。だって、あの太陽たちは」

 

 小さく、しかしはっきりと決定的な言葉を吐き出す。

 

「天帝陛下の御子なのですよ?」

 

 地上では未だ知られていない事実。

 この未曽有の被害をもたらした太陽は天帝・帝俊と女神・羲和の間に生まれた、正真正銘の天帝の御子であった。

 

 羿の表情は動かなかった。

 羿も姮娥も理解していた。

 

 天帝は太陽を「()()」せよと命じた。通常、使われる「()()」ではなく。

 

 つまり、懲らしめよと命じられているのであって、討てとは命じられてはいない。

 天帝は太陽(わが子)の命が奪われることまでは望んでいないのだ。

 

「奴らはやりすぎた。お前だって、いや、お前の方がよく知っているはずだ。ここに来る途上だけでも、滅んだ村々を、いき倒れた人々をいやになるほど見た。1杯の水のために兄弟が殺し合い、母は幼子に自分の血を飲ませて死に、親の亡くなった幼子がその晩に死ぬ。すでに事態は太陽どもの命以外では、いや命をもってしても償いきれぬところまで来ているのだ。」

 

 それは、事実だった。

 

 太陽が天帝の御子だと、知られていないうちはいい。

 しかし、真実とは明らかになるものだ。

 

 そして、明らかになった時、この事実は必ず天帝の治世に影を落とす。

 生半可な対応では、だれも納得できない。失われたものが多すぎて、ふりあげた拳をそのまま下ろすことなど出来ないだろう。

 

「それに、天帝陛下は賢きお方だ。一時、お怒りになっても、いずれは私の行いの理由を分かってくださるに違いない。」

 

 最後の部分は自分に言い聞かせるようでもあった。

 羿の言葉に、姮娥はイヤイヤするように首を振る。

 

 大きな目は感情のたかぶりに揺れ、小さな手はすがりつくように相手の衣を掴んでいた。

 

「だめです。それは、いけません。確かに天帝陛下は賢い方でしょう。貴方の行動の意味を正しく理解されるはず。」

 

「それなら」

「それでも、頭で理解することと心に収まることは全く違います。どれほど理があることと分かっていても、割り切れない思いは、こらえきれない感情というのはあるのです。」

 

 さらに、こぼれ落ちる涙とともに姮娥の台詞は続けられた。

 

「お願いです。太陽を討伐するのはおやめください。さもないと、御子を殺された天帝はいずれ必ず貴方に牙をむく。地上の民のため、私に手を差し伸べてくれた貴方に、そこまでの重荷を背負って欲しくはないのです。」

 

 天帝・帝俊がいかに理性的で賢いとは言え、御子の9人までを手にかけた羿に、なんのわだかまりも抱かぬだろうか。

 

 たとえ、それが御子自身の悪行に端を発し、自身の命令によってなされたとしても。だからと言って割り切れぬのが心というモノだ。

 

「ありがとう。私のために涙してくれることを、本当にうれしく思う。」

 その言葉は心からのものであると同時に断固たる決意を示していて、姮娥の言葉を詰まらせた。

 

 羿は続ける。

「許されぬ一線をはるかに超えた太陽たちの所業を天帝の御子だから見逃すと言うのは、つまり理を曲げること。今回はそれでよくとも、いずれ陛下のご政道の障害となる。

 かと言って、己が子をためらいなく切ったとあれば、世の人は陛下を冷血と非難するだろう。

 全て私の一存、功にはやったがための勇み足とするよりない。少なくとも、私には思いつかなかった。」

 

 胸の詰まって言葉の出ない姮娥の目から、ほろほろと涙がこぼれ落ちていく。

「それでは、貴方が報われないではありませんか。」

 やっとそれだけ言う。

 

 羿は笑みを浮かべた。右手で傍らに置いてあった弓を持つ。

「私はコレしか能のない武神だからな。天下のためとあらばそれがどんなに困難だとしてもやり遂げて見せるのさ。むしろ、私でなければならないような大任を負う機会を用意してくれたことを感謝したいくらいだ。」

 

 それは天帝の忠臣とは別の、武神・羿の掛け値なしの本心に聞こえた。

 

「ありがとう、ございます。」

 これ以上の謝罪はかえって無礼にあたる。

 代わりに、どうにか礼を口にした。

 

 羿は肯くと、ことさらに明るい口調で姮娥を促した。

「さあ、私とともに討伐に赴くのであれば準備をしてくれ。用意が出来次第、この干ばつに終止符を打ちに行く。」

 

「は、はい。すぐに」

 返事を残して姮娥が駆け出す。

 

 1人になった羿は天を見上げる。

 

 青ざめるような晴天。

 視線の先になるのは、討つべき太陽か。

 それともさらにその上。天帝の座す天の都か。

 

 黙して語られぬ心中は誰にも知られることがない。

 

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