闘神演義   作:不知東西屋

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第5回:商丘にて太陽と闘うこと

 手甲脚絆に身を固め、左手に天虹の弓、腰には神鉄の短剣と矢で一杯になった矢筒。さらには火浣布の外套。

 

 武装を整えた羿はまさに武神の名に恥じぬ威容を感じさせるたたずまい。

 

 一方、同じく手甲脚絆に身を固めた姮娥。

 こちらは衣装に着られている感がまったく拭えない。

 

 兎耳と顔を隠すために笠を目深にかぶり、短剣を腰に差しているが、凜々しいというよりも微笑ましい印象であった。

 

 とはいえ、準備は万端。意気高く出立した2人は商丘にほど近い山岳地帯へと至っていた。

 

 枯れ果てた大地と同じくこちらも岩石ばかりのはげ山と化しているが、大岩や峡谷を利用すればまだしも遮蔽が得られる。

 そこを見込んで羿が狩場とすることを決めたのだった。

 

「姮娥、くれぐれも見つからぬように身を隠しておいてくれ。10対1では流石に君を守り切れない恐れがある。」

 

 ここまでの案内で姮娥の役目はほぼ終わり。

 ゆえに羿の言葉に素直に肯く。

「羿様、ご武運を」

 

 そして、大岩の陰、半ば洞穴のようになっている場所へと身を隠した。

 姮娥がひとまずの安全を確保したのを確認し、羿は歩を進める。

 

 山頂を望む尾根の近く。わずかに落ちくぼみ溝のようになった地形へと紛れて弓を構えた。

 

 両目を絹布で覆い、天空を見据える。

 10もの日輪を直接見れば即座に目が焼ける。それゆえの工夫だ。

 

 周囲の状況もおぼろにではあるが伺え、標的たる太陽はそのまばゆさのために絹布を透かして軌道が追える。

 

 そして、彼らの舞う天空に矢を遮るものは何もない。

 

 灼熱の大気の中、羿の神経が急速に研ぎ澄まされていく。

 

 不意に世界から音が消え、瞬間、武神が起動した。

 

 犧韻ッ!!

 大木を穿つ稲妻のような甲高い音が鳴る。

 

 生じた音は1つなれども、放たれた矢は3本。

 神速の挙動によって放たれた矢は過たず3つの太陽へと突き刺さる。

 

 千射必中の名手たる羿に無防備な姿をさらせば、それすなわち死。

 けたたましい断末魔の悲鳴をあげて落下した太陽は瞬く間に金烏へと姿を変え、大地へと亡骸を横たえた。

 

「ッ!」

 会心の射撃に思わず羿の喉から小さく声が出たが、すでに体は次の行動へと移っている。

 

 いまだ状況がつかめず右往左往する残りの太陽めがけて追撃の矢を放つ。

 

 犧、犧韻ッ!!

 発射音は2つ。

 

 兄弟が撃ち落とされ混乱のさ中にあるとはいえ、いや、だからこそ太陽たちの警戒心は跳ね上がっている。

 

 大気を切り裂いて飛来する矢にむけて熱線を集中させれば、神鉄の矢じりと言えど燃え尽きる。

 しかし、ここでも羿の技が上を行った。

 

 初撃は一挙動で3本の矢を放った。ならば今度も1本だけのはずがない。

 2度の発射音、2個の太陽に向けて、それぞれ2本ずつの矢が放たれる。

 

 熱線により焼き尽くされた1本目の矢の影、まったく同じ軌道によって放たれた2本目の矢が太陽の心臓を深々と穿つ。

 

 地上に転がる骸の数が2つ増え、天に残った太陽と同じ数となる。

 

 順調この上ない展開。しかし、不意打ちが通じたのはここまでだ。

 

 轟ッ!!

 同胞の半数を無残に撃ち落とされた太陽が怒りに震えて怨敵へと熱線を浴びせかける。

 

「チイッ!!」

 とっさに目隠しを外し飛び出した。

 身をひねり、襲い来る熱線をかわす。

 

 同時に直線的な熱戦の軌道から敵の位置を逆算し、視線を向けないままに矢を放つ。

 だが、すでに種の割れた手品だ。2度は通じない。

 

 放った矢はことごとく撃ち落とされた。

 

 攻勢は一転し、羿は圧倒的な劣勢へと回る。

 

 拷ッ!!

 降り注ぐ熱線の雨。

 

 一撃でもまともに熱線を喰らえば動きは衰え、続く一撃を防ぐ術はない。

 常人であればまさしく絶対絶命。

 

 しかし、羿の瞳から光は失われず。その足が止まることもない。

 

 赤熱する岩肌を駆け抜けて、頭上からの攻撃をかわし、尾根の陰に身を伏せ、あるいは宙に身を躍らせる。

 

 縦横無尽に駆け回り、浴びせかけられる熱線を回避しながらも、その五感は周囲の状況を細大漏らさずにとらえ、頭脳は突破口を求めて回転する。

 

 羿は今、まさしく己が真価を発揮すべき闘争の中へとあった。

 

 

………。

 

 

「ど、どうしましょう。このままじゃ羿様が」

 オロオロと色を失った姮娥が岩陰で情けのない声をあげる。

 

 兎耳も内心を現すようにキョロキョロピョコピョコ右往左往している。

 あたふたと動揺しながら、羿のために出来ることがないかと可能な限りの速度で思考を巡らせる。

 

(太陽の速度や軌道、さらには撃たれる熱線。これは羿様にとっては致命的な脅威ではないはずです。戦いが長引けばともかく、今はすべて見切ってかわしている。一番の問題は奴らの纏う予想以上の炎熱に神鉄の矢尻が燃え尽きてしまうこと。)

 

 思考と同様に巡らされる視線。それがあるものの上で止まる。

 生まれる思いつき。

 

 もとより、たった独りで太陽たちに戦いを挑んだ巫女である。

 思い切りと度胸は人一倍だ。

 

 一拍の検討の後、勝機ありと見た姮娥は迷いなく行動を開始した。

 

 太陽に気取られぬように無言のまま岩陰よりとび出す。

 大小の岩石が転がる斜面をかけながら帯に差していた短剣を引き抜いた。

 

 出発の前に羿から預かった神鉄製の業物だ。

 

 向かう先にあるのは、今しがた羿によって撃ち落とされた金烏の骸。

 

 死してなお金色に輝く大鳥に向けて姮娥は短剣を突き入れる。

 両の翼を切り落とし、羽根もろとも皮を裂き、肉を切る。

 手際よく、絶ち落とされたのは翼を支える左右一対の上腕骨と橈骨(とうこつ)

 姮娥は手が汚れるのも構わず、しっかと握る。

 

「キェエエエエエエエエッ!!」

 同胞の骸が辱められていることに気が付いた太陽が、奇声を上げて姮娥に襲い掛かる。

 

「っ!!」

 身を守るものは何もなく。かわすすべもありはしない。

 

 だが、駆けつける者がいた。

「姮娥!!」

「羿様ッ」

 熱線が降り注ぐ中、間一髪。

 姮娥を横抱きにして羿が跳ぶ。

 

 わずかにかわし損ねたか。

 外套の裾が煙をあげるが気にしている余裕は流石にない。

 

「なぜ、こんな無茶をした!」

 人智を超えた速度で疾駆して、放たれる熱線の雨をやり過ごす。

 問い詰める口調がきつくなったのはそれだけ姮娥の身を案じるが故だ。

 

「ごめんなさい。でも、これを見てください。」

 羿の腕の中、危機を脱したことで改めて恐怖を感じたか。

 震えながら姮娥は答える。

 

 差し出したのは先程金烏の骸から切り出した4本の骨だ。

 神鉄の短剣によって一方の端が斜めに切り落とされ、鋭い断面がのぞいている。

 

「これは、」

 武神の嗅覚か。それとも肩を並べて闘争を行う者同士の以心伝心か。

 それだけで姮娥の言わんとするところを理解したらしい羿の目が見開かれ、続いて口から称賛が出た。

 

「流石だ。」

「ふふっ、ありがとうございます。」

 未だに窮地の中にあったが、羿と姮娥は笑みを交わした。

 

 羿は姮娥を抱えたまま、右手で金烏の骨を受け取る。

「今から、太陽を片付ける。舌を噛まないように気を付けてくれ。」

 

「え?」

 言葉の意味ができず、姮娥が不吉な予感を感じた瞬間だった。

 

 羿が渾身の力で巫女の身体を上空へと投げ上げた。

「ッ、きゃああああああああああああ!!」

 

 まさに絹を裂くような悲鳴が上がるが、それよりも一瞬早く羿の両手は弓をかまえ、矢の代わりに金烏の骨をつがえている。

 

 弩ッ!!

 地響きたてる踏み切り。求めたのは高さではなく速さ。

 

 地面スレスレに宙返りする刹那。

 背後から迫っていた太陽へと右の上腕骨を放つ。

 

 吟ッ!!

 

 迸る閃光のような速度で左の上腕骨をつがえ、直上より今まさに熱線を放たんとする2つ目の太陽を迎え撃つ。

 

 韻ッ!!

 

 ちょうど、自分で放り投げた姮娥と標的が重なるが、その程度で羿の放つ矢は阻まれることはない。

 

 わずかに湾曲した骨の形状を利用した曲射は姮娥の脇を見事にすり抜ける。

 

 さらにもう一射。

 着地の瞬間に左の橈骨を前方斜め上空へと雷のごとき激しさで打ち込んだ。

 

 犧韻ッ!!

 

 空気を引き裂く甲高い衝撃音と断末魔があがるなか、羿が姮娥を柔らかく受け止める。

 

 一拍の後、新たに亡骸と化した3羽の金烏が相次いで墜落した。

 

「キャアアアアアアアアッ!!って羿様?」

 悲鳴を上げていた姮娥は羿に受け止められていることに気がつき目を白黒させる。

「乱暴に扱ってすまない。無事で何よりだ。」

 

 見つめ合い、互いの無事にホッと安心する2人とは対照的に、生き残った2つの太陽は完全に恐慌をきたしていた。

 

 不意さえ突かれなければ如何なる矢も自分たちには届くことはないという確信、それが愚かな慢心でしかないことが露になったのだ。

 

 太陽たる金烏の胎内に宿る骨。いかなる炎熱にも耐えうる同胞の亡骸によって、無残に撃ち落とされる自分自身のイメージは太陽たちを逃げ散らせるには十分にすぎた。

 

 無論、大人しく逃がす理由はない。

 姮娥をそっと地面に降ろし、羿は最後に残った右の橈骨を弓につがえてゆっくりと引き絞る。

 

 一瞬の静寂。

 

 犠韻ッ!!

 

 天に尾を引く一筋の白光。

 前後して逃亡を図る2つの太陽のうち、不運にも貫かれたのは先を行く方だった。

 

 頭を射抜かれて血を吐きながら墜落していく同胞。

 

 その様を目の前で見せつけられた最後の太陽の心は今、完全に叩き潰された。

 最早、二度と天の摂理に逆らおうなどとは思うまい。

 

「終わったんですね。」

 残心し、弓を下ろす羿に姮娥は小さく声をかけた。

 

 最後の太陽が地平の果てに逃げ去って、あたりは急速に闇に包まれていた。

 久方ぶりの夜の訪れ。

 

 熱気が去り、汗が冷え始めたのか。

 思わずくしゃみをする姮娥の肩に、羿の手で火浣布の外套がかけられた。

 

 戦いのなかで焦げ跡などが付いていて、お世辞にも優美な召し物とは言えないが、それでも姮娥は笑顔になった。

 

「姮娥のおかげだ。金烏の骨に気が付いてくれて助かった。」

「お力になれたのなら、良かった。でも、次からは放り投げないようにお願いします。」

「できる限り、そうしよう。」

 

 言葉を交わすうちに雨も降り出した。シトシトと耳にも清らかに音が響く。

 

「帰りましょうか。でも、濡れてしまいますね。」

「久方ぶりの雨なのだろう?濡れていこう。」

 

「…そう、ですね。」

 笑みをかわして、2人は都に向けて歩き出した。

 

 今頃、都の人々のうえにも雨が降っているだろうか。

 喜びの声が、ここまでも聞こえてくるような気がした。

 

 

・・・・・・・・・。

 

 

 東天の宮殿。

 

 名前の通り、東方における天地全ての運航を司る中枢の、そのさらに中心。

 天帝の執務室で2人の男が向かい合っていた。

 

 1人は天帝である帝俊、もう1人は副官である理秤だった。

 

 とりたてて珍しい組み合わせではない。

 それどころかいつも通りの光景と言える。

 

 ただひとつ、帝俊の表情だけがいつになく精彩を欠いて、いっそ憔悴していると言っていい様子だった。

 

 いかに(あまね)く天地を統括する天帝と言えど、離別の悲しみに震え、喪失の痛みに気力が萎えてしまう日もある。

 

 9人の子供と死別とその後の妻の慟哭に立ち会うことは、帝俊の心をすり減らすのには十分すぎるものだった。

 

「主上。もう、本日はおやすみになられてはいかがでしょうか。」

 理秤は主君を思いやり声をかける。

 

 表情こそ普段通りの平静さだが、声音からは真に迫った気遣いが感じられた。

 

 しかし、帝俊は首を横に振る。

「いや、明日にも羿が帰ってくるかもしれぬ。今のうちに考えておかねばならぬことがあるだろう。」

 

 副官はうやうやしくうなずいた。

「羿への報償のことですね。天帝の命を受け、地上の混乱を治めたのです。本来であれば相応の褒美を与えなければならないところですが」

 

「それはならんッ。」

 短く、かたくなな返答。

 

 そもそもの原因が御子を御すことが出来なかった自分自身にあること。

 そして、討伐(それ)が必要であったことを理解しても、子を殺された恨みつらみが消えてなくなるわけではない。

 

 帝俊自身もそうであるし、妻であり、太陽たちの母でもある女神・羲和にあってはなおさらだった。

 

 仮に帝俊が感情を理性で抑え込み、通常の場合に妥当と思われる褒美を羿に与えた場合、今度は羲和との間に不和が生じかねない。

 

 羲和も強力にして高位の女神である。

 不和、乱心、と言ったことにでもなれば、一層世が乱れるだろう。

 

 しかし、羿を冷遇した場合も問題だった。

 

 信賞必罰は治世の要。

 たった一度でも過ちが明らかになれば統治の根幹は大きく揺さぶられることになる。

 

 さらに、羿は天界でも有数の強力な武神だ。

 万が一、反乱でもされようものなら、並の神将では相手にならないだろう。

 

 天帝の重苦しい表情には理性と感情の板挟みのみならず、どちらによっても大きな問題を産みかねない現状に対する重圧がハッキリとあらわれていた、

 

「主上。恐れながら、私に一つ策がございます。」

 静かに、しかし淀みなく理秤が口を開いた。

 

「なんだ、申してみよ。」

 藁にもすがる思いという訳ではないだろうが、帝俊すぐさま食いついた。

 

「この度の事態。今すぐに裁可を下しては、例えそれがどのようなものだとしても、決して丸くは治まりません。」

「分かっておる。だからこそ、こうして窮しているのだ。」

 忌々し気に吐き捨てられる主人の言葉。

 

 余人なら委縮して二の句が継げなくなるところだが、理秤は顔色を変えることなく言葉を続けた。

「なればこそ、まずは時間を稼ぎましょう。ひとまず、今回の件については報償も罰則も与えず、そのうえで羿を天界より遠ざけてしまうのです。」

 

「ふむ、どういうことだ。」

 相手の話に聞くべきところがあると判断したのか。帝俊が先を促す。

 

「羿に対しては、太陽たちへの対応がやりすぎであったとして報償を保留します。そのうえで、更なる任務を地上で与えるのです。首尾よく新たな任務をやり遂げたならば、今回の件もあわせて評価を下すと言えば否とは言いますまい。

 一方で羲和様にあっては、羿は理由をつけて地上へ追い落したと思われるように計らいましょう。」

 

 新たな任務を理由として羿への報償を先延ばしにして、それにかこつけて羲和には頭を冷やす時間を与える。

 理秤の案に対し、帝俊は顔をしかめた。

 

「それで、羿が新たな任務を首尾よくやり遂げた場合はどうするのだ。」

 気にしているのは、羿が任務を終えた後、それでも羲和の怒りが緩んでいなかった場合の事だろう。

 

 無論、理秤もそれは想定している。

 羲和はもちろんだが、天帝である帝俊にも羿に対して強いわだかまりがあるのだ。

 

 むしろ、羿は許される可能性などほとんどないと冷静な副官は判断していた。

「その場合についても、私に考えがございます。」

 

 切り出された理秤の策。

 ひそめられた声が2人の間を何度か往復した後、帝俊はその献策を受け入れた。

 




※火浣布:燃えない不思議な布。多分、元ネタは石綿。火鼠の毛皮とか言われることも

 今回でひとまず連続投稿は終了。あとはキリのいいところまで書け次第投稿します。
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