竹細工工房を営む父の下で暮らすウチこと天音月咲。
ウチの一日は、その日の出来事を交換日記につけることで終わる。
日記そのものと習慣化は始めてからまだ一年も経っていない。
ある計画のために始めたものだが、日記の相手は言うまでもなく月夜ちゃんだ。
何時に何をしてどの程度時間を要したか。
一日の間に身内からどんなことを言われて何を言い返したのか。
誰かに何か頼まれたとき何を引き受け、何を断り、どのような対応したのか。
とにかく一日の出来事を覚えている限り、どんな些細なことも書き記した。
おかげで日記は一日だけで数頁を使い、まとまった時間を毎日要した。
……こんなことをしているのには理由がある。
発端は月夜ちゃんと水名神社で雑談していた時のこと。
話の流れでお互いのもう一方の肉親の顔を写真でしか知らず、声を聞いたことがないことが話題に上った。
生き別れになった経緯が深刻なだけに、ウチらが安易にもう一方の肉親に会いに行くことは憚られた。
もし会えば自分の肉親がいい顔をするはずがないし、二つの家庭で大問題になるかもしれないと諦めていた。
けれど、ウチの提案がウチにも月夜ちゃんにも一つの決意をさせる。
「そんなことが出来るのでございますか?」
「ウチらが双子だから出来ることだよ」
「でも、すぐにバレてしまうでございます」
「それはそうだけど……」
「…………」
「そうだ!」
「何か思いついたでございますか?」
「交換日記だよ」
「交換日記?」
「うん!ウチと月夜ちゃんで日記をつけるんだよ」
「交換日記は楽しそうですね。でも、それがどう繋がるでございますか?」
「まずは自分の生活を日記に細かく書くでしょ」
「ふむ」
「それを元にして生活習慣を学ぶ」
「ふむふむ」
「あとは立ち居振る舞いと口調を練習して似せるんだよ」
「なるほど。でも、そうなると一日二日じゃ足りないでございますね」
「そうなんだよ。まとまった日にちが必要になるんだよ」
「どれくらいでしょうか?」
「時間をかけすぎると季節が変わっちゃうから一ヵ月かな」
「お互いに似せる練習も必要になるでございますし」
「ノートはウチが用意するから明日またここで落ち合おう」
「ありがごうございます、月咲ちゃん」
交換日記はそれ自体が目的でなく手段で、目的達成のための第一歩でしかない。
始めてから一ヵ月が経つ頃には既にノートが数冊溜まっていた。
読むだけで一日の生活を想像できるほどになっていたのだ。
傍から見れば指示の細かい演劇台本のようにも見えたかもしれない。
日記が資料として十分な量になると、今度は立ち居振る舞いと口調の練習に移った。
日記を基にして日常生活をシチュエーションごとにシミュレートした。
しかし、一朝一夕で真似できるはずがなく、特に口調は困難を極めた。
家や学校でうっかり月夜ちゃんの口調で喋って変な顔をされたこともしばしば。
無意識に月夜ちゃん口調にならないよう練習を重ね、十分と判断したころ、最後の練習に移った。
お互いの口調で雑談してみたが、これがなかなか難しい。
「ウチは昨日、琴の稽古で後輩につきっきりで指導したよ」
「私は昨晩、お父様とタケ様の喧嘩を仲裁したでございます」
「父とタケさんの喧嘩の理由は?」
「晩御飯のおかずの取り合いでございます」
「喧嘩はどうなったの?」
「私の分をお父様に分けたことでその場は収まりました」
「いい年した大人が恥ずかしいでございますね」
「月夜ちゃん、口調戻ったよ」
「あ……」
「ウチが言い出したことだけど、ちょっと油断すると戻っちゃいそうになる」
「私は現にいつもの口調になってしまいました」
「というか、細かいところでいつもの口調になっちゃうなぁ…」
ウチと月夜ちゃんの計画とは入れ替わってもう一方の肉親に会うことだった。
入れ替わると言っても一日のうちの短い時間だけで、それを打ち明けはしない。
短い時間としたのは、どんなにお互いを真似しても不可能なものがあるからだ。
ウチは月夜ちゃんの習い事はできないし、月夜ちゃんは物作りはできない。
イレギュラーを考慮すると丸一日入れ替わるのはリスクが非常に高かった。
交換日記をもとに割り出した無難な時間は、帰宅後から自由時間までの間。
たった一度でいい…ウチは母に会うため…月夜ちゃんは父に会うため…
ほんの僅かな時間でもいいから一目姿を見て声を聞きたい。
気が付けばそのために計画開始から数ヵ月が経っていた。
ちなみに、口調を変えるときは各々、月咲ちゃんモード、月夜ちゃんモードと名付けて実践していた。
いよいよ計画決行日が訪れた。
帰宅前に水名神社で月夜ちゃんと落ち合い、互いの制服を交換して着替えた。
マギウス時代に制服を交換して遊んでいたことがあるのは恥ずかしい思い出だ。
当時、月夜ちゃんにはウチの制服がきつかったことは強く記憶に残ってる。
その理由については双子でも違う部分があるということで察してほしい。
とにかく今夜は、それを考慮してさらしを巻いてくれていた。
ただ、そのために呼吸が若干苦しそうだったは申し訳なかった。
着替えを終えて神社を出ると深呼吸し、また後でと告げて各々歩き出した。
ウチは月夜ちゃんの家に、月夜ちゃんはウチの家に。