月咲視点
月夜ちゃんの家は名家ということあって門構えも立派な邸宅だった。
自分のような人間が安易に入っていいものかと戸惑ったがもう引き返せない。
「私は月夜…私は月夜…!」
自分にそう言い聞かせると意を決して敷地内へ入った。
途端に住む世界の違いをあちこちに感じられ、思わず目を見開く。
門から玄関までの間には踏み石が敷かれ、左右を見渡せば広い庭。
街の喧騒が嘘のように静かな空間には、虫の鳴き声に交じって鹿威しの音。
玄関に向かって歩きながら口調を月夜ちゃんモードに切り替え、到着すると扉を開けて第一声を発した。
「……祖母様、お母様、ただいま帰りました」
交換日記に書かれていた通りに、練習通りに帰宅の旨を告げる。
そこへパタパタと足音が聞こえて誰かが来た。
―――写真の中でしか見たことがなかった女性の姿がそこにある。
「おかえり、月夜」
「はい、お母様」
「お夕飯がもうじき出来るから、着替えたら来るのよ」
「畏まりました」
明槻家に入るのは今日が初めてで、この家の方向感覚はない。
日記に書いてあった地図を思い出しながら月夜ちゃんの部屋へ向かう。
見るものすべてが初めてで体が緊張で強張るが、もうここまできたのだ。
ここにいる三時間程の間、ウチは月夜ちゃんを演じ切らねばならない。
途中、幸いなことに誰かに出くわすこともなく月夜ちゃんの部屋に着く。
明槻家を歩くのも初めてだが、月夜ちゃんの部屋を見るのも初めてだ。
月夜ちゃんは、ここでいつもどんな風に時間を過ごしているのだろう。
そんなことを考えながら私服に着替えながら、机の上に視線を移す。
机の奥にはブックエンドに挟まれた何冊かの参考書が置いてある。
その手前には交換日記が置かれていた。
(参考書は…大学進学を考えてものかな…?)
あることが気にかかり、着換えの手を止めて参考書の一冊を手に取る。
頁をざっと捲ってみると、内容は高校で習う教科を深堀したもののようだ。
それを確認すると元の場所に戻して着換えを再開する。
着換えを終えると鏡を見ながら服を整える。
服が大きく感じられるのは格差のある部分のせいだろうか。
この後の予定を確認すると月夜ちゃんにメールを送った。
『月夜ちゃんの部屋に着いたよ。母に会った!初めて声を聞いたよ!』
『私も月咲ちゃんの部屋に着きました!お父様にお会いして声を聞きました!』
『これからウチは夕飯。そっちは何か問題ない?』
『私もお夕飯です。特に問題は起きてなさそうですね』
『何かあればメールするよ。これから行ってくる』
『私からも何かあればメールいたします』
無事を確認し合い、一安心するとウチは部屋を後にした。