今回は、早朝の首相官邸内で行われる大物政治家の秘書と権勢を失った権力者との駆け引きです。
それでは、番外編スタート!
参考人招致の翌朝 日本標準時 08:21頃
東京千代田区 首相官邸エントランスホール
そこには、
嘉納が特地問題を引き継ぐに当たって、彼の指示を受け関係資料一式を本居総理から受け取るためだ。
野地が執務室へ移動しようとエントランスの階段を昇っていると、1人のスーツ姿の男が立ち塞がっていた。
「やあ、おはよう野地くん」
「……おはようございます、
立ち塞がっていた男──槌橋
「少しいいかな?君に頼みたい事が……」
加納も野地も予想していた事だったが案の定、本居に接触する前に槌橋が絡んできていた。
「後にして貰えませんか?
総理から特地問題の関係資料を受け取った後、会議に出席する予定が……」
「いやいや、それほど時間は取らせんよ。
ともすれば、その関係者会議自体を開かずに済む事だからね」
「……失礼ですが、既にあなたはこの件に関して部外者です。
首を突っ込まれる謂れなど、ありませんが?」
槌橋は野地の言い分を無視して、馴れ馴れしく肩を組んで来る。
彼のあまりにも予想通りな行動に、野地は呆れてその手を払いのけた。
「いや、だから頼みたい事というのは他でもない。
嘉納
その上で浮いた役に私が復任する様、嘉納議員から総理へ口添えして貰いたい。
もちろん、タダでとは言わない。
上手く事を進められたなら、名目上は私の部下としてだが、嘉納議員はもちろん君たちも、今回の事態で主体的に動ける様に取り計らってやろう」
槌橋は野地の態度にも全くめげる様子は無い。
彼は尚もしつこく、相手側に実質的なメリットが全く無い要求を、一方的に捲し立てていく。
「特地問題の解決という、この上無い実績を作れるのだ。
君たちにとっても悪い話じゃ……」
「はっきり申し上げなければ、分かりませんか?
あなたが特地問題の担当を外された時点で、この件に関わる余地はもう無いと言っているのです」
一方的な槌橋の言い分を、野地は最後まで聞く事無くバッサリと切り捨てた。
野地とのやり取りから分かる通り、槌橋は昨日まで「特地問題対策担当大臣」を務めていた。
だが、昨夜から今朝にかけての数々の失態と、その後の杜撰な対応で、既に本居から見限られてしまっていたのだ。
「……そんな態度を取っていいのか?
俺の情報と協力が無ければ、困るのは君たちの方だぞ?」
「ご心配無く。
情報なら総理から受け取る資料だけで十分ですので」
「俺の持つ情報無しで、来賓の行方を掴めるとでも?」
「その心配は無用です。
嘉納大臣が、午前中に護衛の1人と接触する手筈になっております」
「ほう…場所は何処だ?」
「答える義務はありません」
数々の高圧的な槌橋の言に、野地は淡々と返す。
「ついでに言うと、昨夜の経緯については既に公安の担当者から報告を受けています。
なので、あなたの持つ情報はもう無価値なんですよ」
「ッ!?」
既に自分に優位性が全く無い事を突き付けられ、途端に槌橋はみるみる顔を青ざめてさせていく。
「ま…待て、待ってくれ!
このままでは、エリート官僚としての俺のキャリアが……」
「その事は、私に関わりの無い事です。
そもそも自分の失態が表沙汰になる事を恐れ、独断で動いて報告を怠った挙げ句、未だに来賓の行方を掴めずにいるのは、あなたの落ち度でしょう?」
「あれは宿泊先のホテルへの放火という、想定外のイレギュラーがあったせいだ!
あんな予想外の事が無ければ、俺がこんな目に遭う事なんて無かったんだ!」
「想定外?
それに現在、我が国の置かれている状況を理解していないので?諸外国から見れば、「特地の利権を我が国が独占するのでは?」と疑われているのが現状です。
そんな国々にとって、多少我が国の機嫌を損ねてでも特地開発に割り込みたい……あわよくば横取りしたいと考えるのは当然の事ではありませんか」
「バカを言うな!
特地を日本で独占するつもりなど無いと何度も……」
「それを鵜呑みにする国があるとお思いで?
まして「世界の全ては自分たちが管理すべき」と言って憚らない連中が、我が国の言い分を真に受けるなどと本気で考えていたのですか?」
槌橋の言い訳に、野地は相変わらず淡々と反論する。
「…………そ…そもそも、これは護衛役をしている現場の自衛官たちの責任だ!
俺に断りも無く、勝手に来賓を連れ出さなければ、ここまで大事にはならなかった!
これは俺の責任では無い!」
「早急に来賓を連れ出さねばならない差し迫った状況で、上に連絡を入れる余裕があると思いますか?
その程度の判断は、現場の裁量に委ねて問題無いではありませんか。
むしろ、悠長に指示を仰いだ挙げ句、取り返しのつかない事態に発展する方が問題でしょう」
「だとしても、俺にそれを報告しておくのが筋だろう!
何故、黙って来賓共々姿を眩ました!?」
「内通者が何処にいるのか判らない以上、下手に上へ報告出来ないからではありませんか?
来賓の安全を考えれば、むしろ当然の判断です」
「ッ!?」
自分の思慮の浅さを誤魔化す様に槌橋が捲し立てるも、あくまで野地は淡々と返していく。
その上「アンタも、内通の容疑者の1人だ」と槌橋へ暗に仄めかした。
「話はそれだけでしょうか?でしたら……」
「ま…待ってくれ!だったら、こうしよう!
現在俺が独自に持っている情報網を、今後は君たちへ全て提供する。
それの見返りに、俺と俺の部下を君たちの部下として使って欲しい。
情報源は多いに越した事はないだろう?なっ?」
「必要ありません。
現状で公安と連携している以上、他の情報網を無理に捩じ込めば漏洩のリスクが高まるだけです。
どうしても特地問題に食い込みたいのなら、総理なり嘉納大臣なりに直接話を通してください」
「その総理から、つい今しがた今回の解任を直々に言い渡されたばかりだ!
直接俺が話を通す事は、もう不可能なんだよ!」
「ならば、そういうことです。
嘉納大臣も、今日は急な面会を入れる時間などありません。
そうでなくとも、今日の予定全てを急遽キャンセルして、関係各所の調整に追われているのですから。
本来なら私も、あなたの
「だから、そこを何とか……」
「一体、何の騒ぎだッ!?」
槌橋がしつこく食い下がっていると、突如として階段の上から声がかけられる。
そこには、現総理大臣の本居
「そ…総理……」
「槌橋くん。
君には先ほど党の本部へ戻る様、指示しておいたはずだが…何故、未だに
「そ…それは、その……」
槌橋の言い分を無視して、本居は野地に目を向ける。
「そこに居るのは、嘉納さんの所の野地くんだな?
恐らく嘉納さんからの指示で、関係資料各種を受け取りに来たのだろう。
槌橋くん、この際だからハッキリと言っておこう。
これ以上君はここに居ても、嘉納さんたちの邪魔になるだけだ。
今すぐ党本部まで戻りたまえ」
「総理ッ!」
「二度同じ事を言わせんでくれんかね?」
「くッ……」
有無を言わせぬ本居の言動に、槌橋は渋々引き下がって官邸を後にしていった。
「野地くん、余計な時間を取らせてすまないね。
既に関係資料は纏めてある、すぐにでも執務室まで来てくれ」
「わかりました」
こうして…早朝からトラブルに巻き込まれつつも、引き継ぎ作業自体は
「クソッ…クソクソクソがッ!
嘉納のッ!腰巾着のッ!!政治家秘書の分際でッ!!!
政界中枢のエリートである、この俺様を…コケにしやがってッ!!!!」
「つ…槌橋議員……」
首相官邸から移動する高級車の中で、槌橋は人目も憚らず大声で毒づいていた。
ハンドルを握っている運転手兼ボディーガードが、それを聞いて顔を引き攣らせている。
(こんな…こんな事は間違っているッ!
こんな事…あって良いはずが無いッ!
俺様はエリートなんだッ!
それもT大を主席で卒業、在学中はオックスフォード大学へ留学して政治学と経済学を同時に修め、政界入りしてからは内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)を最年少で務めたスーパーエリートだッ!
そのスーパーエリートの俺様が…こんな理不尽な目に遭って良いはずが有るかッ!?いや、無いッ!!)
「ふざけやがって……」
そう呟いた槌橋の目に、狂気の光が宿り始めていく。
更に槌橋は懐からスマホを取り出した。
そのままスマホを操作して、メモリー内の電話帳を漁っていく。
(エリートであるこの俺様をこんな理不尽な目に遭わせるなんて、この国の政界は腐りきってやがるッ!
連中の動きを、こちらでコントロールするために渡りを付けていたが、こうなったら……)
そして目当てのアドレスを見つけ、通話ボタンをタップした。
(これからやる事で、この国が滅茶苦茶なっていくだろうが……もうそんな事は知ったことじゃあねえッ!
一度この理不尽な政界をブッ壊して、俺様の手で理想的な形に作り直してやるッ!!)
プルルルル……プルルルル……
…………ガチャッ!
『
こうして、槌橋は己の狂気と欲望に突き動かされるままに堕ちていった。
自らは栄光の階段を登って行っていると錯覚しながら、実際は破滅の谷底へと転がり落ちている事に最後まで気付かないまま……
本エピソードを拝読された読者様にはお分かりかと思いますが、今回登場した槌橋 信明は原作で早朝から本居総理を電話で叩き起こしていたモブ議員です。
名前は戦国武将の
ちなみに野地のファーストネームも、原作では設定されてないので、秀吉の古くからの家臣である仙石秀久から取ってます。
今回のエピソードは、エリート(を自称する)官僚がいきなり役目を降ろされて黙っているはずがないと考え、独自に構成したものです。
読者の皆様方、お楽しみいただけましたでしょうか?
次回は2026.5.10 00:00に本編を投稿する予定です。
ご意見、ご感想をお待ちしております。