ゲートSAA彼の地にて斯く戦えり   作:素面ライダー

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 今回の番外編は、前回までの本編の裏側の戦いの数々とは打って変わって、ハイセが原宿で振り回されている最中に起きていた、有馬(+約一名)のドタバタ劇となっております。 
 
 それでは、番外編スタート! 
 
 


番外編 天然有馬の珍道中

 

 

 参考人招致の翌朝

 

 日本標準時 08:47頃

 

 東京中央区 銀座駐屯地付近

 

 そこでは、建物の陰から銀座駐屯地の正門をうかがう、二人の外国人の姿があった。 

 その体格と身にまとっている雰囲気は、どう見ても堅気のそれではない。

 

 彼らは米国中央情報局(CIA)のベテラン工作員で、現在とある任務のために銀座駐屯地を監視していた。

 

「スノーボール、昨夜の騒ぎはどこの仕業だと思う?」

 

「さあな。多分、東側のどこかの連中じゃないか? 

 特に支那(チャイナ)の奴らは、プライドだけは一丁前に高いからな。 

 そのプライドが高じて先走っていたとしても、俺は全然驚かないぜ」

 

 片割れがたずねると、もう片方の〈スノーボール〉と呼ばれた男は興味なさ気に答える。

 

「その通りなんだが……おかげでVIPの足取りが、さっぱりつかめなくなったんだ。 

 愚痴の一つぐらい、出て来るってモンだろ?」

 

「スキーヤー、監視に集中しろ。 

 定期的なコミュニケーションが悪いとは言わないが、それで監視が疎かになれば意味がない」

 

 愚痴をこぼしている〈スキーヤー〉を、〈スノーボール〉が監視する方向に合わせて双眼鏡のピントを微調整しつつたしなめる。 

 

 この二人の言う通り、彼らが銀座駐屯地を監視しているのは、彼らが「VIP」と呼称するとある重要人物の行方が分からなくなったためだ。

 

 大統領曰く、確保できれば米国に莫大な国益をもたらすと言われる2人のVIP。 

 「日本が『特地』と呼んでいる世界の重要人物が来日している」との情報を掴み、行方を追っていたのだが……。

 

「まあ日本政府のガードが意外と硬かったから、こんな原始的な方法で監視せざるを得なかったからな。 

 しかも、どうにかVIPの足取りがつかめたかと思えば、どこぞのバカが余計なことしてくれたおかげで、元の木阿弥になったんだ。 

 文句の一つぐらい言いたくなるのは分かるさ」 

 

 そう言って〈スノーボール〉は〈スキーヤー〉の愚痴に理解を示す。

 

 彼らが言うように、特地に注目しているのは米国(自分たち)だけではない。

 

 特地に埋蔵されている無尽蔵とも言える資源。 

 

 それはどこの国も、無視出来ない価値がある。 

 資源輸入国は、自国を賄ってなお、お釣りが来るほどの魅力的なものとして。 

 資源輸出国は、自国の存在意義を揺るがす脅威として。

 

 それをどうにか日本から横取りしたい、最低でも分け前が欲しいと考えている国々。 

 それらの国々が、日本へ大量に工作員を送り込み、ここ数ヶ月ほど水面下で熾烈な争いが繰り広げられているという。

 

 もっとも、既に自分たちへの分け前は約束されている(と勝手に思い込んでいる)米国にとっては、対岸の火事に過ぎない。

 

「まったく……自分たちに関係ない所で勝手に争うのはいいが、こちらまで飛び火しないように注意ぐらいしろってんだ」

 

 というのが〈スキーヤー〉の正直な胸の内であった。

 

「やれやれ……確か、ツチハシとか言ったか? 

 チャイナのように、協力するフリで情報を引き出せる伝手があればな。 

 俺達が、こんな苦労せずにすむのに……」

 

「無い物ねだりしたところで、どうにもならんぞ。 

 俺達は手元にある手札で、どうにかやり繰りするしかない」

 

「だから、分かってるって……」

 

 油断無く駐屯地を監視している〈スノーボール〉は、愚痴をこぼし続けている〈スキーヤー〉を素っ気ない態度でたしなめた。

 

 そんなやり取りの傍ら、2人は双眼鏡を覗き込んでいる。 

 

 言葉とは裏腹に、その視線は真剣そのものだ。 

 VIPの手がかりをつかむため、彼らはどんな些細な情報も見逃すまいと神経を研ぎ澄ませていた。

 

「……ん?あれは……ッ!」

 

「どうした、スキーヤー?」

 

「スノーボール!正門の所を見てみろ!」

 

「?」

 

 言われて〈スノーボール〉が、正門の方へ双眼鏡を向けると──

 

「ッ!ホワイトリーパー!?」

 

「ああ、それに隣にいるのは──」

 

「──奴と何度もバディを組んでいる…… 

 確か、平子一尉(キャプテン・ヒラコ)と言ったか? 

 あいつまでいるとは……」

 

 彼らの言う通り、正門から出てきたのは彼らから白い死神(ホワイトリーパー)の異名で恐れられる有馬(ありま) 貴将(きしょう)一等陸佐と、その相方である平子(ひらこ) (たけ)一等陸尉であった。 

 有馬の手には大ぶりのチェロケース、背にはディパックが背負われている。 

 

「何で、奴らが?」

 

「わからん。 

 だが連中がそろって出て来るとなれば、VIPの件と無関係ではあるまい」

 

 有馬たちの登場で、彼らの緊張感は一気に高まっていく。

 

 彼らの言うように、有馬は各国の工作員たちの間で、その異名通りの「死神」として恐れられていた。 

〈スキーヤー〉たちも、見知った顔の工作員たちが何人も屠られている事実に、常日頃から震え上がっていた。

 

『ホワイトリーパーが目の前に現れたら、四の五の言わずとにかく逃げろ』 

 

 いつしかそれが、工作員たちの共通認識となっていた。

 

 そんな伝説的とも言える男の登場に、彼らは慌てて日本支部へと連絡を入れる。

 

『……状況はわかった、お前たちは二手に分かれろ。 

〈スキーヤー〉はホワイトリーパーの尾行に。 

〈スノーボール〉は引き続き、銀座駐屯地の監視を続けろ』

 

「!?」

 

『復唱はどうした!』

 

「こ…了解(Cоpy)……」

 

「……気をつけて、行ってこいよ」

 

 そんな〈スノーボール〉の安堵と同情の入り交じった視線に、〈スキーヤー〉は恨めしげな視線を返すのであった。

 

 


 

 

 一方、そんな会話が交わされているとは露知らず。

 

 有馬たちが、どんなやり取りをしていたかと言うと──

 

「……本当に大丈夫なんですか?」

 

「そんなに心配する事ないよ、タケ。 

 子供じゃないんだから、そうそう迷子になんてならないよ」

 

「……一応、永近(ながちか)三曹に事情を話しておきましたから、何かあったらそっちに連絡入れてくださいね?」

 

「だから、分かってるって……」

 

 ──と、このように初めてのお使いに子供を送り出すようなノリで、有馬は平子から注意を受けていた。

 

 このすれ違いが、この後に数々の〈スキーヤー〉の苦難として降りかかってくる原因となることに、この時はどちらも気付いてはいなかった。

 

 


 

  

 ホワイトリーパーこと有馬は、銀座駐屯地を出た後、有楽町駅方面へ歩いていた。 

 監視していた物陰から慌てて出てきた〈スキーヤー〉は、相手に気取られないよう慎重にその後をつける。

 

 有馬(ヤツ)はVIPと接触している、あるいは何かの情報を得ている可能性が高い(とCIA上層部は判断している)。 

 そう考えて尾行を開始したものの、〈スキーヤー〉はこれまでにないほどのプレッシャーを感じていた。

 

 なにしろ相手は、仲間の工作員を次々と葬っている『死神』だ。 

 わずかなミスすら許されない事実がプレッシャーとなり、彼の神経を極限まですり減らしていった。

 

 彼は有馬の一挙手一頭足に集中しているため、周囲への注意がおろそかになっていることに気付いていない。

 

「ママー、あのおじちゃん、ずっとあの人を見てるよ?」

 

「シッ!目を合わせちゃダメ!」

 

 ──そんなささやきが、彼の背後で何度か聞こえていた。

 

 


 

 

『銀座事件』の中心地であった銀座六丁目。

 

 そこは日本を代表する繁華街であり、銀座の中でも特に人通りの多い場所であった。 

 その事件における民間人の犠牲者は、それに比例して膨大な数に及んだ。

 

 その後一〜二ヶ月は自粛ムードが続き、自衛隊と警察による封鎖が解けて一般人が中へ立ち入れるようになってからも、銀座には犠牲者への献花に訪れる人以外の姿はほとんどなかった。 

 

 だが事件から四ヶ月ほど経った現在では、かつてほどではないものの、歴史あるデパートや有名宝石店などが軒を連ねていることもあってか、銀座は活気を取り戻しつつあった。 

 

 そんな高級ブランド店や百貨店の立ち並ぶ街を歩いていた有馬は、路地裏の方を見て不意に立ち止まる。 

 尾行していた〈スキーヤー〉は慌てて足を止め、双眼鏡で有馬の様子を慎重に伺う。 

 

「何? あの人、双眼鏡で何覗いてるの?」

 

「さぁな。 関わっても面倒だし、行こうぜ」

 

 背後にいるカップルがそんな会話を交わしていても、有馬の動向に最大限注視している〈スキーヤー〉には聞こえていない。

 

 そんな〈スキーヤー〉が双眼鏡越しに目にしたのは──

 

「野良猫?」

 

 ──路地裏のゴミ箱の上に居座り、有馬と向かい合っている一匹のキジトラ猫だった。

 

(なぜヤツは、猫と向かい合っている? 

 あの猫に、何が…… 

 いや、まさかあの辺りに、他国の工作員が仕掛けた監視装置が?)

 

 そうやって〈スキーヤー〉が推測を立てていると、有馬はおもむろに猫に手を伸ばす。

 

 猫は一瞬、警戒の表情を浮かべる。 

 しかし有馬は焦らず、ゆっくりと指先を差し出した。

 

「………………」

 

 

 クンクン

 

 

 猫は差し出された有馬の指先に興味を抱き、匂いを嗅ぐ。

 

「………………」

 

 

 カプッ!

 

 

 不意に指先を甘噛みするが、有馬は微動だにしない。

 

「………………」

 

 

 ペロッペロッ……

 

 

 猫は噛んだ指先を舐めた後──

 

「………………」

 

 

 ンニャ〜ン ゴロロ…ゴロロ…

 

 

 ──有馬は猫の頭を撫でたり、喉や耳の後ろを掻いてやったりして、猫の方が懐いてしまっていた。 

 

「……やはり、あの猫に何かが? 

 それとも俺の尾行に気付き、あえて意味のないことを?」

 

 

 どちらもハズレ 

 

 

 有馬は目に止まった猫に、構っていただけである。 

 

「………………」

 

 

 ンにゅ〜ン……

 

 

 しばし猫を撫でた後、やがて名残惜しげに軽くポンポンと頭を叩いて、有馬は猫に別れを告げ立ち去った。 

 

 もっと撫でて欲しそうな、猫の鳴き声が響く。 

 

「…………」

 

 

 ススス……

 

 

 有馬に気付かれないよう〈スキーヤー〉は慎重かつ迅速に、先ほどの路地裏へ移動する。

 

「……監視装置は無し。俺の思い過ごしだったか?」

 

 そう言った〈スキーヤー〉のすぐ近く。 

 先ほどの猫がまだゴミ箱の上にいた。

 

「………………」

 

 何気なしに〈スキーヤー〉が猫へ手を伸ばすと──

 

 

 フシャーーッ!

 

 

 ──猫は毛を逆立てて〈スキーヤー〉を威嚇した。 

 

 さっきの有馬への態度とは、えらい違いである。 

 

 その一部始終を、ちょうど通りかかった親子連れが面白そうに見ていた。

 

「ママー、あのおじちゃん、猫ちゃんに嫌われちゃってる。 

 かわいそう〜」 

 

 そんな子供の容赦ない言葉が、路地裏に響く。 

「かわいそう」という言葉とは裏腹に、面白がっているニュアンスを感じさせる。 

 

「クスクス…… 

 もう、ダメよ、ププッ…… 

 笑っちゃ、プププ……」 

 

 母親は慌てて子供をたしなめるものの、その肩は震えていた。

 

「………………」

 

〈スキーヤー〉は遠ざかる親子の笑い声と、猫の威嚇する声を聞きながら立ち尽くす。 

 彼は有馬と自分への猫の扱いがあまりに違うことに釈然としない思いを抱えたまま、有馬の尾行を再開するのだった。 

 

 


 

 

 有馬は五丁目の銀座歩行者天国を通り過ぎた後、都道304号線を北上した。 

 そのまま新数寄屋橋まで進んだところで、公園へと足を向ける。

 

 数寄屋橋公園

 

 東京のド真ん中でビルが林立する中にある、自然溢れる小さなオアシスだ。

 

 有馬はその公園にあるベンチの一つに腰を下ろし、チェロケースとディパックも足もとに下ろしてひと息つく。 

 

 有馬が公園に入ったことを確認した〈スキーヤー〉は、自分も不自然にならない程度の速さで後を追う。(周りから見れば十分怪しいのだが) 

 

(……尾行が長丁場になる可能性もある。俺も少し休むか)

 

 有馬の視界へ入らないよう注意しながら、〈スキーヤー〉も有馬のすぐ後ろにあるベンチへ腰を下ろす。 

 同時に自分のリュックも足もとに下ろした。 

 

「………………」

 

(だが、監視をおろそかにするわけにもいかん)

 

 

 スッ

 

 

 しかし〈スキーヤー〉は、ただ休憩するわけではない。 

 スマホを取り出し、カメラを起動する。 

 そして自撮りモードに切り替え、スマホでSNSをチェックするフリをしながら、背後にいる有馬の様子をうかがう。 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 チュン チュチュン チチチチ……

 

 バサバサッ!

 

 

 しばし無言の静寂が2人を包む。 

 周囲から聞こえるのは、ときおり響く鳥のさえずりだけだ。 

 

「………………」 

 

 

 スッ 

 

 

 しばらくして、不意に有馬はある方向へ視線を向ける。 

 

「?」

 

 有馬の行動を不審に思い、〈スキーヤー〉も気付かれないよう、その方向へ視線を向けた。 

 

(……何もない。強いて言えば、公園の木があるだけだが…… 

 ッ!?まさか、あの方向がこの公園の監視死角の中心なのか? 

 あるいは、あの木に取り付けられた微細な盗聴器を見つけた? 

 いや、待て……あの視線は、何かを「認識」したというより、何かを「送信」または「受信」しているように見えた! 

 もしかして、あの木が、日本政府やどこかの情報機関が仕掛けた、最新鋭の通信傍受装置の擬態なのか!?) 

 

 まったくの誤解である。 

 

 単に有馬は、何気なく視線を向けた先で、視界に入った鳩の可愛らしさに微笑んでいただけだった。 

 

 だが〈スキーヤー〉は、有りもしない監視カメラや通信傍受装置、そしてその背後にある巨大な陰謀にまで警戒していた。 

 

 

「………………」 

 

「………………」 

 

 静寂が二人を包み込む。しかし、2人の内心は正反対だった。

 

 有馬はさして周囲を気にすることもなく、ノンビリと構えている。 

 

 一方〈スキーヤー〉は、一見すると普通に座ってスマホをいじっているように見えるが、表面上はさり気なく、しかし内心は落ち着かずに周囲へ視線を巡らせていた。 

 

 有馬は単にノンビリ休憩しているのに対し、〈スキーヤー〉は他国の工作員の視線を感じ(まったくの誤解なのだが)、さらにあの「擬態した通信傍受装置」の脅威、さらに自身の追跡技術の限界まで、無限に広がる思考の渦中で戦い続けていた。 

 その結果、彼は極度の緊張状態に置かれている。 

 

「………………」

 

 

 スック スタスタスタ…… 

 

 

 それからほどなく、有馬はベンチから立ち上がりディパックを背負い直してから、チェロケースを手に再び歩き出した。 

 

 それを見た〈スキーヤー〉も、スマホをしまってリュックを背負い、有馬の後を追う。 

 

 結局、休憩していたにもかかわらず〈スキーヤー〉は、肉体的な休息こそ得られたものの、休むことなく働き続けた脳が異常なほど疲労し、まるで何日も徹夜したかのような、これまで以上の精神的な疲労感に包まれるのであった。

 

 


 

 

 有馬は公園を出た後、数寄屋通りを新橋駅方面へ向かって歩いていた。 

〈スキーヤー〉も、有馬に気付かれないよう距離を保ちつつ、その後をつける。 

 

 数寄屋通りは、銀座のメインストリートから一本入った通りだ。 

 飲食店やブティックが軒を連ね、銀座らしい上品な雰囲気がありつつも、どこか少し落ち着いた印象を受ける。 

 

(ヤツめ……今度は、どこへ向かっている?)

 

 疑問を抱く〈スキーヤー〉をよそに、有馬はブティックが並ぶ通りをどんどん進んで行く。 

 

(……ブティックが途切れ始めている。 

 新橋(シンバシ)エリアのビジネス街に差し掛かったようだな)

 

〈スキーヤー〉の独白を裏付けるように、徐々にスーツ姿の中年男性の姿が増えていく。 

 彼の推測通り、有馬は新橋駅付近のビジネス街に差し掛かり始めていた。 

 

「お兄さん、おひとつどうだい?」 

 

 そう声をかけられ、有馬は足を止めた。 

 

〈スキーヤー〉も慌てて足を止め、近くの物陰に身を潜める。 

 そこから、双眼鏡で有馬の様子をうかがう。 

 

〈スキーヤー〉は些細な違和感すら見逃すまいと、目を皿にして双眼鏡を覗き込むと── 

 

「たい焼き屋?」 

 

〈スキーヤー〉の言う通り、有馬が足を止めたのは、新橋駅付近にある老舗のたい焼き屋だった。 

 焼けたたい焼き生地の香ばしい匂いが、彼の所まで漂ってくる。 

 

 銀座駐屯地の監視を始めてから、ロクなものを口にしていないせいで、〈スキーヤー〉の腹の虫が空腹を訴え始める。 

 思わず口からヨダレがこぼれそうになるのを、彼は必死にこらえていた。

 

 後ろを歩いていたサラリーマンが、〈スキーヤー〉へ訝しげな目を向けるが、面倒ごとを避けるようにすぐ目をそらして離れていく。 

 

「……いただこう」 

 

 そう言って有馬は、たい焼きを数個購入した。

 

(何だと? 

 ……まさか、あのたい焼き屋は有馬(ヤツ)の情報交換の場所なのか? 

 それとも、あのたい焼き自体が何らかの暗号なのか? 

 もしくは、ここは日本の工作員の拠点? 

 あの店主も、国際的スパイの顔を持っているのか? 

 もしかすると……ここは世界を牛耳る、秘密結社のフロント企業なのか?) 

 

 

 どれも不正解である。 

 

 

 単に有馬は、小腹が空いたので買い食いをしているだけだった。 

 

 そして有馬は、たい焼きを頬張りながら、再び歩き始めた。 

 

「………………」

 

 不自然にならない程度の速さで、〈スキーヤー〉はたい焼き屋へ向かう。 

 そして、自身もたい焼きを購入した。 

 

(ヤツめ……このたい焼きに、一体何が……) 

 

 たい焼きを怪しむ〈スキーヤー〉が、警戒しながら一口かじってみると──

 

「あ、美味い!」 

 

 思わずそんな一言が、日本語で口をついて出ていた。

 

「ありがとうございます。 

 お気に召しましたでしょうか?」

 

 その一言に、店員は〈スキーヤー〉へ丁寧に頭を下げる。 

 

(……見たところ、何の変哲もないたい焼き屋だ。俺の思い過ごしだったか?) 

 

 たい焼きを頬張りながらそう結論づけた〈スキーヤー〉は、離れつつある有馬に内心焦りを覚えながらも、尾行を再開した。 

 

「あ、すいません。これ、もう十個ほどもらえますか?」 

 

 それはそれとして、たい焼きがすっかり気に入った〈スキーヤー〉は、追加でまとめて購入するのだった。 

 

 


 

 

 老舗の飲食店や、企業のビルが立ち並ぶ新橋駅周辺。

 

 スーツ姿のビジネスマンの姿も多いそんな場所を、たい焼き屋を後にした有馬と、追加購入したたい焼きを頬張りながら尾行している〈スキーヤー〉が歩いていた。

 

(う〜ん、このこしあんの甘みと生地のバランスが絶妙だ。 

 朝からミネラルウォーターとカロリーバーしか口にしてなかったからな…………………………って、そうぢゃねぇだろうが!!)

 

 たい焼きの美味さを堪能していた〈スキーヤー〉が、内心でノリツッコミを入れる。 

 思わずたい焼きの袋を投げ捨てそうになるが、すんでのところで踏みとどまった。 

 

(いかんいかん。今の俺の任務はホワイトリーパーの尾行だ。 

 日本へグルメ旅行に来ているわけではない!) 

 

 そう気を引き締め直していると── 

 

「ちょっと、君。 そこで何をしている?」

 

 後ろから、硬い調子の声をかけられる。 

 

〈スキーヤー〉が振り向くと── 

 

「ングッ!?」

 

 頬張っていたたい焼きを、〈スキーヤー〉は危うく喉に詰まらせそうになった。 

 

 

(Oh〜!ポリスメ〜ン!)

 

 

 そこに立っていたのは、制服姿の警官だった。 

 どうやら先ほど〈スキーヤー〉が、たい焼きの袋を投げ捨てそうになった一連の動きが、たまたま警官の目に留まったらしい。 

 

「あー、お…オマワリサン。いや、そのーこれは……」 

 

 下手したら有馬に自分のことが気づかれる恐れと、日本の警察に自身の正体を悟られる危険性の二重のプレッシャーにより〈スキーヤー〉はしどろもどろになる。 

 その態度に、警官はますます訝しげな目を向ける。 

 

 CIA工作員である以上、〈スキーヤー〉も日本語は十分なレベルで習得している。 

 しかし諸々のプレッシャーにより、日本に来て間もない外国人観光客のようなカタコトの日本語が思わず出てきてしまう。 

 

「駅前での、変な行動は慎んでください。 

 他のお客様にも迷惑ですから、気をつけてくださいね」

 

 明らかに不審な目で、そんな様子を見て事情を察したのか、そう忠告して警官は去っていった。 

 

 警官が去っていったのを見送り、〈スキーヤー〉は先ほどまで有馬がいた場所に目を向けるが、その姿は見当たらない。 

 慌てて双眼鏡を取り出して周辺を探すと、すでに有馬はかなり離れた場所にいた。 

 

〈スキーヤー〉は、有馬を見失いそうになった事実に、冷や汗まじりの焦りを覚える。 

 

(くっそー、危ないところだった! 

 まさかヤツはこれを見越して、たい焼き屋に立ち寄ったのか? 

 だとしたら、とんだ策士だぞ!あの男は!) 

 

 

 大ハズレ

 

 

 先ほども言った通り、有馬は小腹が空いていただけである。 

 

 そうして〈スキーヤー〉は、新橋駅の構内に入っていく有馬の後を大慌てで追いかける。 

 

 ICカードでJR新橋駅の改札を抜け、有馬が横浜方面行きのホームへ降りていくのを見た〈スキーヤー〉は自身もホームへ続く階段を駆け下りる。 

 

『横浜方面行き。まもなく発車いたします』 

 

 構内アナウンスが流れ、有馬は電車に乗り込んでいく。

 

(まずい!見失ってしまう!) 

 

『ドアが閉まります。ご注意ください』 

 

 アナウンスが響く中、〈スキーヤー〉はギリギリで電車に滑り込むのだった。

 

 


 

 

 警官との遭遇というハプニングに見舞われ、有馬を見失いそうになった〈スキーヤー〉。 

 彼は横浜方面行きの電車に乗る有馬を追って自身も慌てて滑り込み、「有馬を見失う」という最悪の事態は避けられた。 

 

 その事実に安堵した〈スキーヤー〉は、有馬が座っている座席が見える位置の、隣の車両のドアのすぐ前の座席に腰を下ろして監視する。 

 

 だが、それは路上での尾行以上に過酷なものであった。 

 

 問題は主に三点ある。 

 

 

・隠れる場所の無さ 

 

 

 路上とは違い、電車の中には隠れる場所が無い。 

 

 これは電車内での犯罪防止の側面もあるため、〈スキーヤー〉も仕方がないと割り切るしかなかった。 

 そのため、路上以上に自らの行動に注意する必要がある。

 

 さすがに有馬の眼前で監視を続ける事は自殺行為なので、〈スキーヤー〉は止むなく隣の車両のドアのガラス越しから監視する必要があった。 

 

 しかし、その行動自体が不自然に見られる可能性もある。 

 そのため、問い詰められれば「急いでいたので目的の車両に乗り込めなかった」と苦しい言い訳をするしかない。 

 

 そういった万が一の事態まで想定し、〈スキーヤー〉はどうにか自分への注目を集めないよう、細心の注意を払わざるを得なかった。 

 

 そんな〈スキーヤー〉の苦労をよそに、有馬は窓際の席に座り、ディパックから文庫本を取り出してページを開く。 

 

 その様子を、〈スキーヤー〉は隣の車両の窓越しに監視する。 

 本当は公園の時と同じやり方でスマホを使って監視したかったが、空いている座席がある状況では不自然だったので断念するしかない。 

 

 

・視覚情報以外の全てが遮断される事

 

 

(ヤツに怪しまれる事を避けるために、隣の車両に移動したが……クソッ、これでは物音を拾えん!) 

 

〈スキーヤー〉の言うとおり。次の問題は、有馬のいる車両と自分のいる車両とがそれぞれ隔離された閉鎖空間であるため、その場の音や匂いといった情報が拾えない点である。 

 そういった「目に見えるもの」以外の情報が、重要な意味を持つ可能性がある。 

 

 例えば「焦げ臭い匂い」 

 

 この匂いがあれば近くに何かが焦げている、もしくは火事の前兆である事に気付きやすい。 

 この匂いを辿って火元を特定し、火事を未然に防げる場合もある。 

 

 有馬に気付かれないようにするためとはいえ、そういった可能性を持つ情報を拾えない点は痛かった。 

 

 電車の走行音が、それらを遮断しているのも大きい。 

 

 

・周囲からの視線 

 

 

 これが一番の問題であった。

 

「ねえ、あの人ずっと隣の車両の方見てない?」 

 

「そうねぇ、何か近寄りにくい雰囲気あるし……」 

 

「あの大きいリュック、一体何が入ってるのかしら?」 

 

「ママー、あのおじちゃん……」 

 

「人を指さしちゃダメよ?ほら、こっち来なさい!」 

 

「ぶぅ〜」 

 

 ──と、このように。 

 

 周囲からのヒソヒソ話が、これまでの尾行で疲弊していた〈スキーヤー〉の精神を、情け容赦なくゴリゴリと削っていくことであった。

 

 いくら自然体を装っていても、見た目から来る違和感は隠しようがない。

 そのため、〈スキーヤー〉は周囲の乗客から浮きまくっていた。 

 

(ちくしょう……せめて時間があれば、駅で新聞を購入しておいて、それ越しに監視して幾らか違和感を緩和できたのに。 

 これじゃあ、俺は完全に「怪しいオッサン」じゃないか?) 

 

 こみ上げてくるものを必死にこらえながら、〈スキーヤー〉はひとり心中で悲嘆に暮れる。 

 

(こらえろ……こらえるんだ! 

 俺は米国国防総省(ペンタゴン)の情報機関からCIAに移籍して来た情報のスペシャリスト! 

 CIAには10年勤め続けた、ベテラン工作員だ! 

 この程度のこと、どうということはない! 

 この目からあふれてくるものは汗だ、汗なんだ!) 

 

「ママー、あのおじちゃん、何で泣いてるの?」 

 

「……大人には、いろいろあるのよ。 

 そっとしてあげようね?」 

 

「はーい!」

 

「………………」 

 

 子供の無垢ゆえの容赦ない一言が〈スキーヤー〉の心をえぐる。 

 

 彼は購入していたたい焼きを、あわてて袋から取り出した。 

 やや冷め気味のそれを頬張ると、こしあんの優しい甘みが口いっぱいに広がり、ささくれだった心がじんわりと癒されていくのを感じた。

 

 一方有馬は文庫本を広げたまま、ドア脇の窓に頭をもたれかけ目を閉じ、規則的な呼吸を続けている。 

 そのリラックスしきっている様子に、〈スキーヤー〉は苛立ちをつのらせる。 

 

(……俺が周りの白い視線にさらされている最中に、この男は〜〜!!) 

 

〈スキーヤー〉は、そんな八つ当たりじみた考えに囚われる。 

 そうして彼は有馬をにらみつけていると、有馬の手元にある本のタイトルが嫌でも目に入った。 

 

『吊るしビトのマクガフィン』 

 

 日本の有名作家「高槻 泉」の著作の一つである。 

 その文字が目に入った瞬間、〈スキーヤー〉の頭の中で何かがカチリと音を立てた。 

 

(……高槻 泉の作品か。俺は読んだことはないが…… 

 いや、待てよ?『吊るしビト』、追跡中の工作員……つまり、俺のことか!? 

『マクガフィン』、登場人物たちの動機づけ……まさか、俺の目的が全て筒抜けになっているとでも言うのか!?) 

 

 そのとき、突如としてガタガタンッ!と電車が大きく揺れる。 

 

 そして、隣の車両の有馬が本を取り落とす。 

 だが〈スキーヤー〉は、有馬がそのあとも微動だにしていないことに気付き、彼は違和感を覚える。 

 

(……なぜ取り落とした本を、そのままにしておく? 

 それとも、俺の油断を誘っているのか?) 

 

 そうして〈スキーヤー〉は油断なく、有馬を監視していると、ふと彼の口から光るものが見えた。

 

(目は閉じたまま。 

 口からヨダレまでたらして……まさか!) 

 

〈スキーヤー〉は有馬の呼吸がやけに一定である事、閉じられたまぶたがまったく動かない事、そして何より、揺れにもまったく動じていない様子に、ようやく思い至った。

  

「ZZZ……」

 

 

 この通り、有馬はリラックスしきって居眠りしていた。 

 

 

〈スキーヤー〉の推測は、一から十まで大間違いだったのだ。 

 

 有馬が手にした本も、単にハイセから借りたものだったというだけの話である。 

 

(こっ……こいつは…… 

 俺が野良猫に嫌われ、公園で神経をすり減らし、駅前で警官に職質され、挙句の果てに電車であらぬ疑いをかけられ、白い目で見られていた最中に……貴様は……貴様は…… 

 

 

 居眠りしてたのかアァァァァァア!!) 

 

 

〈スキーヤー〉のやり場のない怒りが、心の叫びとなって胸の内で響き渡る。 

 心を落ち着かせるため、彼はもう一度袋からたい焼きを取り出し、勢いよくに頬張った。 

 

『新杉田、新杉田です。 

 お降りの方は、お忘れ物のないように──』 

 

 ちょうどその時、駅の到着を知らせる車内アナウンスが流れた。

 

(新杉田だと? 

 俺がヤツを監視しているあいだに、もうそんな所まで来ていたのか?) 

 

 車内アナウンスを聞いた〈スキーヤー〉は、銀座から有馬を尾行している内に、東京からかなり離れた場所まで来てしまっていたことに驚く。

 

 眠っていた有馬も、それに反応したかのように目を覚まし、電車から降りる準備を始めた。 

 

〈スキーヤー〉も苛立ちと驚きのまじった感情を抱えたまま、有馬の後を追うべく降車の準備を整えるのであった。 

  

 


 

 

 新橋駅から東海道本線(根岸線)を延々と揺られてきた電車が、ホームへと滑り込む。 

 自動ドアが開くと、わずかな潮の香りとひんやりとした空気が車内へ流れ込んできた。

 

 有馬が新杉田で静かに電車を降り、改札へ向かう。 

 

 駅構内には、営業に出ているサラリーマンや買い物客らしき人々が行き交い、比較的落ち着いた雰囲気が漂っている。 

 改札を抜けると、目の前には駅直結の複合商業施設『らびすた新杉田』が広がっていた。

 

 有馬は特に迷う様子もなく駅ビルの中を歩いて行き、そのままどこへ向かうのかと思えば、別の乗り場へと移動していった。

 

 電車内での一連の出来事ですっかり疲弊していた〈スキーヤー〉も、その後を追う。 

 

 彼の視界の西側には閑静な住宅街が広がり、反対側には首都高湾岸線を挟んで、広大な海浜工業地帯の輪郭が浮かび上がっている。 

 

(ヤツめ……さっきまで呑気に居眠りしていたかと思えば、今度は歩みにまったく迷いがない。 

 一体どこへ向かっている?) 

 

 そんな疑問を抱きながら見つめる先で、有馬が向かったのは、無人の自動運転システムで運航している金沢シーサイドラインの乗り場だった。 

 

 高架線路の向こうには、遠くに工場が見える。 

 時おり、資材を運搬していると思しきトラックのコンテナが行き交う姿も目に入った。 

 

 有馬と〈スキーヤー〉は、シーサイドラインの駅改札まで階段を上がり、ちょうどやって来た列車に乗り込む。 

 

 先ほどと同じく有馬が車両に乗った事を確認した〈スキーヤー〉は、隣の車両に乗って監視場所を確保する。 

 今度は時間に余裕があったため、売店で手早く購入した新聞を広げて顔を隠した。 

 

 

 プシュー ウウ…ン……

 

 

『発車いたします。ご注意ください』 

 

 こうして、ふたたび列車に揺られて移動を始めた。 

 

 


 

 

 新杉田駅を出発した列車は、しばらくのあいだ工場や倉庫、石油コンビナートが並ぶ工業地帯の中を走り抜ける。

 

 無機質な景色が続くことしばし、市大医学部駅を通り過ぎてさらに進むと、やがて前方に海が見えはじめた。 

 そこから海岸沿いに出ると、左手には海岸線が、右手には住宅街や公園など、人の営みを感じさせる光景が広がっていく。 

 

 八景島駅の手前に差し掛かる頃には、砂浜や海水浴場の姿も見えはじめる。 

 今は冬だが、春になれば潮干狩りを楽しむ家族連れが、夏になれば海水浴客があふれることだろう。 

 

(やれやれ……任務でなければ、心躍る光景なんだがな) 

 

〈スキーヤー〉は、内心でそう嘆息した。 

 

 そうしていると、海の公園柴口駅の手前で有馬が降りる準備を始めた。 

 

〈スキーヤー〉もそれにならい、自らも降りる支度を整える。 

 

 やがて二人は海の公園柴口駅で列車を降り、海の公園の沿岸部へと歩いていった。 

 

 


 

 

 海の公園へたどり着いた頃には、〈スキーヤー〉の心はすでに折れかけていた。 

 さらに、僅か数時間の尾行で肉体的にもすっかり疲労困憊している。 

 

 銀座から有楽町、新橋駅までの徒歩移動。 

 

 そこから横浜と新杉田を経由しての電車による長距離移動。 

 

 その道中での公園での情報収集にまつわる誤解、新橋駅前での職務質問、新杉田へ着くまで電車内で浴び続けた白い視線。 

 

 それらは、自分自身の認識の甘さと準備不足からくるものだった。 

 

 そのため、既に尾行当初抱いていた緊張感は薄れつつあった。 

 

(……もしかしたら、俺は深読みしすぎていたのか?) 

 

 疲労と焦りから、〈スキーヤー〉の警戒心が緩み始める。 

 

(……今のヤツは、隙だらけだ。 

 ひょっとしたら、この状況で不意を突けば、俺1人でもヤツを仕留められるのでは?) 

 

 そんな危険な考えがよぎる──正に、その時であった。 

 

「…………?」 

 

 

 ザッザッザッ……

 

 

 有馬の背後から、不穏な影がゾロゾロと大挙して迫って来る。 

 

 大柄な体躯、無骨な顔つき、ロシア系の大男たちだ。 

 

 各々が日本の法に触れない武器の数々──

 

 ・ナイフ 

 

 ・スタン警棒 

 

 ・ブラックジャック 

  (頑丈な袋に重しになる硬いものを詰め込んだ即席の鈍器) 

 

 ・ボウガン

 

 ・スタンガン 

 

 ──などを手に、剣呑な雰囲気で有馬を取り囲むように現れた。 

 

(あれは……露国対外情報部(CBP)の連中か? 

 クソッ!ホワイトリーパーに注力するあまり、奴らに気付かなかったのは迂闊だった! 

 恐らくCBPも銀座(ギンザ)か、もしくは有楽町(ユウラクチョウ)新橋(シンバシ)あたりでホワイトリーパーを見つけて監視していたのだろう) 

 

〈スキーヤー〉がそう結論付けてる内に、CBP工作員たちは有馬を包囲して身構える。 

 

 銃こそ持っていないが、これほどの人数差ならば確実に仕留められる。 

 

 そう考えているのか、その表情には余裕すら見られた。

 

〈スキーヤー〉たちCIA同様、CBPも有馬相手に何度も煮え湯を飲まされているのだから、この千載一遇のチャンスを逃すまいとする考えは理解できる。 

 

〈スキーヤー〉自身、ここで隙を突いて有馬を排除しようと考えていたのだから、向こうが人数を揃えられる状況ならば迷わずこの行動に出るのは当然だろう。 

 

 だが次の瞬間に〈スキーヤー〉もCBPも、自分たちの認識の甘さを思い知らされる。 

 

 

 ピッ!

 

 

〈スキーヤー〉の左手首にある腕時計が、デジタル表示で10時57分を告げる。

 

 

 ヒュッ!

 

 

「ッ!?」 

 

 

 ゴッ! 

 

 

「ブッ!?」 

 

 なんと有馬は、その場から助走無しで正面の男へ向かって跳び、跳び膝蹴りをその男の顔面に叩き込んだ。

 

 

 ドサッ!

 

 

「うう……」 

 

 

 ガクッ

 

 

 不意を突かれた男は、そのまま事故検証ダミー人形のように吹っ飛ばされた。 

 

 そして、そのまま鼻から血を滲ませながら、大の字に横たわり意識を手放す。 

 

 

 ストッ! タタタ…… 

 

 

 有馬はその場に着地して、そのまま走り去ろうとする。

 

「ッ!?な…何をしている、追え!」 

 

 一瞬の事で呆けていた指揮官らしき男がそれに気づき、あわてて叫んでいた。 

 

 その声を聞いた彼の部下たちは我に返り、各々で有馬を追い始める。 

 

 そして、そのうち一人が有馬に追い付きかけた。 

 そのまま、その男はブラックジャックで殴りかかる。 

 

 

 シュパッ! 

 

 

「ッ!?」 

 

 しかし有馬は一瞬の隙を突き、足払いでその男の軸足を払う。 

 

 彼は身体を地面に投げ出すような形で、その身を浮かせてしまった。 

 

 

 ドゴォッ! 

 

 

「ガハッ!」 

 

 さらに有馬は体勢を崩した男へ、みぞおち付近を抉るような鋭い蹴りを叩き込む。 

 その男はまるでピンボールのように、元居た所へ吹っ飛ばされる。 

 

 

 ドガッシャアァァァン! 

 

 

「「「ウワァァァァァア!」」」 

 

 そして吹っ飛ばされた男が、後ろにいた仲間複数人を巻き込んでボウリングのピンのように薙ぎ倒した。 

 

「野郎!」 

 

「くたばれ、白い死神(ベリーイ ジュネツ)!」 

 

 左右に回り込んでいたおかげで難を逃れた二人の工作員が、それぞれスタン警棒とナイフを手に有馬へ襲いかかる。

 

 

 ゴッ! 

 

 ドゴッ! 

 

 

「ブッ!?」 

 

「ガッ!?」 

 

 だが有馬は慌てず右手側の男に裏拳を、左手側の男にはエルボーを叩き込み沈黙させる。 

 

 しかも有馬の左手にはチェロケースがあり、それを彼らにぶつけないように配慮する余裕すらあった。 

 

「くっ……」 

 

 

 チャッ 

 

 

 吹っ飛ばされた仲間に薙ぎ倒されたものの、気絶は免れた男が1人。 

 彼は最終手段である隠し持っていた拳銃を抜き、有馬に銃口を向けようとする。 

 

 

 タタッ! 

 

 パシッ! 

 

 ゴッ!

 

 

「アガッ!」 

 

 しかし有馬は瞬時に間合いを詰め、拳銃を空中へ蹴り飛ばす。 

 そして、返す刀で彼の下顎を横薙ぎに蹴り飛ばした。 

 

 その一撃で、その男は今度こそ意識を手放す。 

 

 

 クルクル…… 

 

 バシィッ! 

 

 ドガァッ! 

 

 

「ブッ!」

 

 さらに有馬は、空中へ蹴り飛ばした拳銃をそのままダイレクトボレー。 

 

 蹴り飛ばされた拳銃は見事に指揮官の顔面へと吸い込まれ、その体をのけぞらせた。

 

 

 ピッ!

 

 

 その瞬間、腕時計が10時58分を表示した。

 

 気が付けば、その場に立っているのは有馬のみ。 

 彼が工作員を全員叩きのめすのに、一分とかからなかった。

 

 


 

 

 有馬とCBP十数人との戦闘の一部始終を見ていた〈スキーヤー〉は、その光景に唖然としていた。 

 

 あれほどの人数差、しかもギリギリまで銃を使おうとしなかったとはいえ体格で優る相手を一方的に、さらに一分とかからず全員叩きのめしたのだ。 

 彼の反応も当然であろう。 

 

(なんという……圧倒的な戦闘力だ。 

 やはり、白い死神(ホワイトリーパー)の異名は伊達ではない!) 

 

 彼は心を落ち着かせるため、残り少なくなったたい焼きを頬張る。 

 その優しい甘みが、彼の心をゆっくりと癒す。 

 

 だがその目の前で、彼が自分の目を疑うような、さらなる衝撃的な光景が繰り広げられる。 

 

「………………」 

 

 

 ポイッ! ポポイッ! 

 

 ドボーン!ドボボーーン! 

 

 

 なんと有馬は、なんの躊躇いも無く気絶したCBPの面々を真冬の海へと放り込んでいった。 

 

(なっ?……あの男、そこまでやるか?)

 

 工作員に対する、そのあまりにも容赦無い扱いに〈スキーヤー〉はドン引きしていた。 

 

 冗談のような話だが、真冬に海へ落ちる事は命に関わる一大事だ。 

 

 真冬の海へ漁に出た漁師が海に落ちた場合、その海域にもよるが、その冷たさで一瞬のうちに体温を奪われ、命を落とすこともある。 

 この時の漁師の仕事は、文字通り「命懸け」なのである。 

 

 その事を知っているだけに、この光景を見た〈スキーヤー〉は身の縮こまる思いであった。

 

「………………」

 

(よかったぁ〜、早まらなくて本っ当によかったぁ〜!) 

 

 これが〈スキーヤー〉の嘘偽りない本音であった。 

 

 CBPの面々を海へ放り込んだ後、有馬は再び公園内を歩き始めた。 

 それを見た〈スキーヤー〉は、あわてて尾行を再開する。 

 

 やがて太平洋がよく見える砂浜まで歩いてきた有馬は、おもむろにスマホを取り出し、どこかへ連絡を取りはじめた。

 

 

 ドクンッ!

 

 

 その様子を見た〈スキーヤー〉は、心臓を激しく脈打たせる。 

 

(どこに連絡を入れている? もしかしたら、応援を……? 

 それとも何か、重大な報告を……? 一体、誰に!?) 

 

 彼の思考が、最悪のシナリオに向かいかける。 

 彼は再びたい焼きを頬張って、心を落ち着かせていく。 

 

 ちょうどその時だった。〈スキーヤー〉のイヤホンから、慌てたような声が飛び込んで来た。 

 

『ザッ!〈スキーヤー〉、重要報告だ!秋葉原でVIPを発見! 

〈スキーヤー〉は直ちに箱根のチームへ合流! 

〈スノーボール〉はVIPの監視を引き継ぎ、その後箱根のチームへ合流せよ! 

 繰り返す!秋葉原でVIPを発見!〈スキーヤー〉は──』 

 

「…………はぁ?」

 

 その報告を聞いた〈スキーヤー〉は、思わず天を仰ぎ、その場に崩れ落ちそうになった。 

 

 彼らが必死になって行方を追っていたVIPは、単に秋葉原で観光していただけだったのだ。 

 

 しかも── 

 

(秋葉原は反対方向だろう!? 

 新橋から新杉田で電車を乗り継いで、わざわざここまで来たというのに…… 

 いや、そもそも新橋駅まで行かなくても、有楽町から東京方面行きに乗っていれば、秋葉原なんて数駅先じゃないか!? 

 なんてこった!やっぱりヤツは、俺たちをVIPから引き離すために、わざとこんな遠回りをしていたのかァァァァァ!?) 

 

〈スキーヤー〉は銀座から今に至るまでの数々の苦労を思い返し、今度こそ本当に膝から崩れ落ちてしまった。 

 

『ザッ!どうした、〈スキーヤー〉!復唱は!?』

 

「こ……了解(Cоpy)……」 

 

〈スキーヤー〉は脱力しつつも、箱根の仲間に合流するため、最後のたい焼きを頬張りながら海の公園柴口駅へと歩き出した。 

 

 その後、今日一日ですっかりたい焼きが好物になった彼は、新杉田駅まで戻ったあと、駅近くでちゃっかりたい焼きを買い足していたという。 

 

 さらに後日、CIAの同僚たちは、日本語で「泳◯たいや◯くん」のフレーズを口ずさむ〈スキーヤー〉の姿を、何度も目撃することとなる。 

 

 いい年齢(トシ)をした厳つい男が、楽しそうにその歌を歌う光景は、なんともシュールであったが……。 

 

 


 

 

 一方その頃、数々の深読みと誤解の源となっていた有馬はというと── 

 

「あ、もしもしヒデ? 

 道に迷ったんだけど、そっちまでどう行けばいいか、詳しく教えてくれない?」 

 

 ──と、この有様である。 

 

 平子の予想どおり、すっかり迷子になっていた有馬は、電話でヒデに帰り道を案内してもらっていた。 

 

 ちなみに、秋葉原の同人ショップでヒデが受け取った電話というのが、まさにこれである。 

 

 結局、今回の一件は、最初から最後まで〈スキーヤー〉の一人相撲であったとさ♪ 

 

 

 ちゃんちゃん♫

 

 




 
 
 以上、有馬とその行動の数々に振り回され続ける〈スキーヤー〉のドタバタ劇でした! 
 
 読者の皆様方、お楽しみいただけましたでしょうか? 
 
 次回は2026.6.7 00:00に本編を投稿する予定です。 
 
 ご意見、ご感想をお待ちしております。 
 
 
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