一般隊士の数奇な旅路   作:のんびりや

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 オリキャラで原作キャラのことを語らせるの、すっごい楽しいです。


12話 今、この時がずっと

「あんた、旅人かい?」

 

 道沿いの茶屋で一服していた時、そう声をかけられた。店主らしい男が、店の奥から姿を現した。

 

「はい。武甲山の方へ行くつもりです」

「悪いことは言わない。やめておけ」

「どうしてです」

 

 主人曰く、数か月前から、武甲山周辺で、時折人が消えるようになったのだという。それだけなら、鎹烏からの指令と同じだった。ただ、それだけでもないようだ。

 

「お兄さん、そこそこだけど、腕が立ちそうだし」

「どういうことですか?」

「私も、ここで長く店をやっているから、通っている奴の顔を見れば何となくわかる。いなくなるのは、大抵は腕の立ちそうな奴らだ。この前は、陸軍の一部隊がそっくり消えちまった。その時は、ひどい騒ぎになったものさ」

「熊に食われたとか?」

「役人共も、そう言って帰って行ったな。可哀そうな熊を、何匹か手土産にして。だが、地元の連中は誰もそんなこと信じちゃいない。熊なら、それとわかるものがある。糞もすれば、足跡もあるってもんだろう」

 

 つまり、いなくなった人間は何の痕跡も残していない、ということだろう。

 獣に襲われること自体は、割とあることだ。しかし襲われる人間がいるなら、生き残る人間もまたいる。しかし誰ひとり、獣など見ていないという。

 

「お陰で、この辺は鳴かず飛ばずさ。一度悪い噂が経てば、こんな田舎は誰も通らねえ。お兄さんだって、何日かぶりのお客だよ」

「武甲山には、何かあるのですか?」

「四半刻(30分)位登れば、山頂に神社がある。武甲神社っていうんだ。その昔は、御神刀を奉納されたこともある、由緒正しい神社だったんだぜ」

「そうですか」

 

 武仁(たけひと)は残りの茶を飲み干すと、銭を置いて立ち上がった。

 

「貴重な話をお聞きしました。私は一回、街に戻ります」

「ああ。そうした方がいい。ありがとよ、こんな店で飲んでくれて」

 

 武仁は荷物を背負い、道を南の方へ向かった。

 季節は、秋に入っている。周囲の山肌は、鮮やかな紅や黄に染まりはじめていた。あと半月もすれば、見えるものすべてが紅葉に包まれるだろう。

 

 日没前、街の近くに戻った。集合場所に指定された藤の花の家紋の家は、街からは少し外れたところにあったが、すぐに見つかった。

 

 連れられた部屋には、先客がひとりいた。窓際で正座していた朱色の髪の男が、武仁の方に向いて、笑顔を見せた。

 

「おう、久しぶりだな」

「合同任務と聞いていたが、朱雀(すざく)だったのか」

 

 生きていることは人づてに聞いていたが、顔を合わせるのは最終選別以来だった。その快活明朗な様子は、全く変わりない。

 

「もうひとり来ることになっているが、何となく見えてきたな」

「そうだな」

 

 荷物は畳まれた布団の傍に、一塊にして置いた。

 すぐに、もうひとり入ってきた。やはり、と武仁は思った。芭澄(はすみ)だった。選別の時は長かった黒髪が、今は短く整えられている。

 

「貴方達だったの。朱雀とは、何度か一緒に任務に就いたことはあったけど。武仁とは最終選別以来だね」

「ああ。まさか再会してすぐに、一緒に任務に就けるとは思わなかった」

「積もる話は多い。お互いに。飯を食いながら話すとしよう」

 

 朱雀は手を叩いて、家の人間に合図している。

 食事の準備は、すぐにできた。卓いっぱいに、料理が並んでいく。

 

「これは凄い」

 

 武仁の口から、思わずそう零れた。

 藤の花の家紋の家での食事は、大抵が豪華なものだ。死と隣り合わせの鬼殺隊士は、何が最後の食事になるかわからない。だから、旨いものを沢山食べてもらいたい。

 そういう家人の気づかいはよくわかったが、どこか重くもあった。武仁は特別な指示がなければ、藤の花の家紋の家には泊まらない。

 

「俺は今、煉獄家に居候させてもらっている」

「煉獄と言えば、あの炎柱の煉獄家ということか」

「今の炎柱は、煉獄槇寿郎様だ。俺の家族を助けてくれた方だよ」

「凄いな。なら、朱雀は炎柱様の、継子になるということか?」

「いいや、俺は継子ではないのだ」

 

 そう言った朱雀の表情が、ちょっと陰りを帯びた。こんな顔もするのだ、と武仁は思った。

 

「あまり大声では言えないが、今年に入ってから、槇寿郎様の様子がおかしくてな。情熱的な人だったんだが、このところどうも元気がない。奥方である瑠火様も、病に臥せっている。継子になりたいなどと、押しかけていった俺が、言いだせるような状況ではなくなってしまった」

 

 言葉にしている以上に、あまりよくない状況なのかもしれない。それは束の間、朱雀の表情に浮き出ていたが、すぐに元の明るい笑顔を浮かべた。

 

「なに、継子であろうが無かろうが、俺には大きな問題じゃない。俺は任務に出て、鬼を狩り、人を助ける。そのことを、炎柱様と瑠火様に伝える。きっといつか、炎柱様も元通りになるし、瑠火様もきっと元気になる。俺は、そう信じている」

「それでこそ、俺の知る朱雀だ。炎の呼吸の使い手だ。湿っぽい顔は、お前には似合わない」

 

 黙ったままの芭澄が、くすりと笑った。

 

「それに、凄い男を、俺は見つけた」

「ほう」

「槇寿郎様には、ご子息が2人いる。その長子である、杏寿郎という男だ。まだ12歳だが、この男は必ず強くなる。それだけの天稟を、持って生まれてきた。今はまだ俺の方が強い。だが数年後には互角。いずれは、俺など比べ物にならなくなる位、強くなるはずだ」

 

 朱雀は、煉獄杏寿郎のことを、既にひとりの男と認めているようだ。それも12歳の子供である。どんな男なのか、と興味はわいた。

 

「だが、父と母がその様子では、辛いことも多いだろうな。その杏寿郎という男も」

「そこで、俺の出番さ。杏寿郎が大きく成長するまで、俺はあいつと共に切磋琢磨することができる。それに、炎柱様が元の様子になるまでの辛抱だ。あの方は、必ずまた立ち上がってくれる」

「俺もいつか、その杏寿郎という男に、会ってみたい。朱雀がそういうからには、俺よりも、ずっと強いのかもしれないな」

「ああ、ぜひ来てくれ。瑠火様も杏寿郎も、お前のことは話の中で知っている。お前がいなければ、俺は煉獄家に行くこともなく、最終選別で死んでいた。俺が生きているのは、戦うことよりも先に、生き残る方法を考えているお前と、組んでいたからだ」

「そんなことはない」

 

 逆に、お前と芭澄なら、あの鬼を殺すことができたのではないか。俺は、結局その邪魔をしたのではないか。武仁はそう思ったことがある。

 最終選別を終えた後、先任の鬼殺隊士に藤襲山の異形の鬼のことを伝えたが、ただの鬼が緊張で大きく見えたのだろう、と一笑に付されただけだった。

 おそらく、あの手の鬼は、まだ藤襲山で生きている。鱗滝という育手の送り出す志願者は、今も危険にさらされているということだ。

 

「武仁。俺も選別が終わって、1年以上任務に当たり、すこしは物が分かるようになった。あの異形の鬼と戦ったところで、俺は大して傷を与えることもなく、無様に死んでいただろう」

「私も、武仁のやり方は、間違っていなかったと思う。まあ、崖から飛び降りるのは、あれきりにしてほしいと思うけど」

 

 芭澄の黒い瞳が向いて来たので、武仁は横を向いて、茶をすすった。

 継子の話で、ひとつ思い出したことがあった。

 

「そういえば、噂に聞いたのだが、芭澄。お前は水柱様の継子になるのか?」

「ああ、そのこと。武仁も知ってたんだ」

 

 2か月ほど前、任務で一緒になった隊士から聞いた話だ。芭澄は、水の呼吸の使い手である。水柱の下で修行することに、違和感はない。

 武仁と話した隊士は、その経緯について驚いていたのだ。

 

「まだ、継子じゃない。いつか継子にする。そういう約束を、してもらっただけだから」

「俺もその話は知っている。そのわりに、自分から水柱様のところへ押しかけたのだろう? 何度追い払われても聞かず、挙句は柱合会議の議題にまでなって、水柱様は根負けして認めたと聞いたぞ」

 

 朱雀は声をあげて笑っているが、武仁は口を開けたまま声が出なかった。芭澄の横顔がほんのり赤く染まり、卓上の握り拳は震えていた。

 

 気配にも、それぞれ違いがある。いま、芭澄が放っている気配は、師匠との稽古でも数える程しか感じたことがない、危険なものに匹敵している。

 

 卓上の食事は、ほとんどはけた。それを見て、武仁は笑っている朱雀を放って、立ち上がった。しかし戸に手をかけた瞬間、肩に手をかけられた。

 芭澄が背後に立っていて、微笑んでいた。

 

「武仁。どこに行くの?」

「ちょっと、外へ。風にでも当たってくる」

「じゃあ、私も行く」

「朱雀は」

「彼はもう、眠いんだって」

 

 馬鹿な。そう思って横を見ると、朱雀は膝を立て、布団に顔を突っ込んでいた。体がぴくぴくと、不気味に痙攣している。

 音はなく、気配すらも感じさせず、朱雀を打ち倒したらしい。肩にかかった手には、異様な力が込められている。とても、女とは思えない。

 

「ああ、構わない」

「じゃあ、行こう。笛も、まだ持ってるんだよね? 朱雀は勿体ないな。寝てるから、武仁の笛が聞けないなんて。何度か一緒に任務に就いた時は、聞きたいって言ってたのに」

 

 抵抗すれば、お前も寝かしつけてやる。あるいは、力ずくで笛を吹かせてやる。そうも聞こえた。

 武仁は、芭澄の背後で、苦笑していた。

 友達と過ごす時間は、やはり良い。そう思ったからだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 はしごを使い、家の屋根に登った。登り切った時、どういう訳か、芭澄も屋根の上に立っている。

 

「それも、全集中の呼吸でできることか」

「慣れると、こういうこともできるようになるんだよ」

「俺には、とても真似できないことだ」

 

 屋根の上で、芭澄と並んで座った。小さな光が、ぽつぽつと見えた。街の明かりだろう。

 芭澄が指笛を吹いた。鎹烏が降りてきて、芭澄の腕に止まった。

 

 師匠も何度かこうやって、老鴉を呼びだしていた。武仁も、弦次郎に同じことをさせようとして、最初はうまくいっていた。しかし、竹笛の音を聞かせると、指笛には一切反応しなくなった。

 戦闘中の指笛には反応するので、聞き分けているのは間違いなかった。

 

「武仁の笛を、この子にも聞かせようと思って」

「俺の鎹烏は、無口だったのに、笛を吹けと我儘をいうようになった。芭澄の鎹烏も、同じことを言いだすかもしれないな」

「別にいいよ。その時は、こっちから武仁に会いに行くから」

 

 芭澄の笑顔に、思わず武仁は惹き寄せられた。

 最終選別から1年以上の時を鬼殺に投じていても、芭澄に血に汚れたという印象は全くない。初めて会った時の、秀麗な印象はまるで失っていなかった。

 

 女には特別な感情を傾けない。それが、師匠の生き方のひとつだった。自分が幸せになることよりも、人を助けることを選ぶ。いや、人を助けることで幸せになろうとしている。

 そういう生き方を、自分の生き方にもしたのだ。だから、芭澄にも特別な思いは抱いていない。それに自分は、まだ女を知るような年齢でもないだろう。

 

 そう思うと、武仁の気持ちは落ち着いた。芭澄から眼を外し、笛を構えた。

 出てきたのは、静かな音だった。友との再会。そして、気兼ねのない、穏やかな時を過ごしている。この時が、ずっと続けばいい。そういう気持ちも、籠っていたかもしれない。

静かなまま、吹き終えた。

 

 武仁の傍らに、2羽の鴉が横並びでうずくまっていた。弦次郎。もう1羽は、朱雀の鎹烏だろう。鴉にも、仲の善し悪しがあるのかもしれない。

 

「やっぱり、良い音だな」

「みんな大抵、そう言う。自分のことだが、俺には何がいいのかよく分からない。例えば、他の芸人と何が違うのか。俺は、自分が吹きたいように吹いている。それだけだ」

「だから良いんじゃないかな。みんな、言葉にできないものがいっぱいある。武仁の笛の音は、それを代わりに言葉にしてくれているような、そんな気持ちになるよ」

 

 この子も、良い音だったって言ってるよ。芭澄はそう言い、鎹烏を向けてきた。鴉のつぶらな眼も、武仁の方をじっと見ている。

 

「そうか。なら、吹いてよかった」

 

 笛を隊服の懐に戻した。師匠からもらった笛。いまも、使い続けている。

 

「最終選別にいたあの鬼の事だけど、水柱様にも話したの。朱雀も私も、鱗滝っていう育手の居場所が、どうしてもわからなかったから」

「水柱様は、何と?」

「わかった。もう心配いらない。そう言ってた。それと、武仁のことを話したら、会いたいって」

「そんなこと言われても、俺にも任務があるからな。それに柱というのは、忙しいものだろう? ただの一般隊士の相手をしている暇があるものなのかな」

「任務がどこかで一緒になったら、終わり次第、引きずってでも連れてこい」

 

 不意に、芭澄の声音が変わった。

 

「そうすれば、その日から継子にする。水柱様とは、そういう約束をしているの。だから、この任務の後で、武仁には一緒に来てもらうからね」

「そういう人なのか、水柱様は」

 

 岩柱である悲鳴嶼行冥は、武仁が知っているだけでも、壮絶な過去を負っている。しかもそれ以上に、傷ついている気配もあった。悲鳴嶼の強さは、その内に秘めた感情の裏返しのようにも思えた。

 鬼への恨みや憎しみは、やはり強い力になる。柱ともなれば、それだけ大きいなものを背負っている。何となく、そう思っていた。

 しかし水柱は、ちょっと感性が違うのかもしれない。

 

「芭澄は、どうして継子にこだわるんだ?」

「それはね」

 

 返事は、すぐには戻ってこなかった。芭澄は眼を細めて、街の明かりを見ている。

 

「朱雀は、炎柱様に助けられて、炎柱様への恩返しのために鬼殺隊に入った。武仁は、純粋に人助けのために、鬼殺隊に入ってきた。2人とも、本当に強くなったよね。武仁なんて、もう全集中・常中ができつつある」

 

 唐突に言われて、武仁の呼吸は思わず乱れた。数度、深く吸って吐き、すぐに呼吸を安定させる。一度でも全集中の呼吸を中断すると、慣れていても再開するのはそれだけでも苦痛を伴うのだ。

 

「私も、貴方達2人みたいに、誰かを助けられる強さが欲しかった。いいえ、強くなりたい。それくらいの気持ちがなければ、私はとても2人と一緒に歩くことなんて、できないと思う」

「それで継子か。だが、忘れるなよ。芭澄は、何もしていないわけじゃない」

「えっ?」

「選別で、俺たち3人以外にもう1人合格した志願者がいただろう。崖から飛び降りた。後藤という子だが、そいつは今、隠になっている。怪我がひどくて、実戦には耐えられないそうだ。現場で会った時に、礼を言われた。あの時助けてくれてありがとう、って」

 

 今は、隠の後藤ってんだ。とある現場で、向こうから接触してきた。黒子が着るような装束なのに、江戸っ子な口調で啖呵を切ったのは、なかなか強烈で忘れられない。

 

 横を向くと、芭澄の黒い瞳が、ちょっと揺れていた。揺れているのではなく、潤んでいる。それに気づいたとき、武仁は立ち上がった。

 

「そっか。私は、知らなかったな」

「なら、話しておいてよかった。俺は、もう寝ることにする」

「私は、もう少しここにいるよ」

 

 武仁は芭澄に別れを告げて、部屋に戻った。

 夕食は片付けられていて、代わりに布団が2つ敷かれている。打ち倒されていた朱雀の体も、毛布を掛けられていた。芭澄の部屋は、隣だった。

 

 武仁は隊服の上着だけを脱いだ。着物も用意してあったが、1年以上も隊服を着て過ごすと、逆に落ち着かない。

 日輪刀を手の届くところに置いて、武仁は布団の中に滑り込んだ。野宿にはない、温もりがあった。

 

「炎柱様はな、若くして結婚されたそうだ。まあ、お前ほど若くはなかっただろうが」

 

 朱雀の声。どこか面白がっているような響きがある。

 

「芭澄はあれで、なかなか隊士の中でも人気がある」

「うるさい。俺は寝る」

 

 押し殺したような笑い声が、しばらくの間、漏れていた。

 そんなことは、俺も知っている。朱雀を打ち倒した芭澄の気持ちが、少しだけ理解できた。全集中の呼吸を続けながら、武仁はそう思った。




いざ、戦いへ
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