一般隊士の数奇な旅路   作:のんびりや

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 戦え。そして、生き残れ。

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13話 血闘場

 夕刻、3人でまとまって街を出た。北へと進んでいく。

 日が山なみに没する前に、武甲山が見えてきた。悪評がかなり流れているのか、道中では、誰ともすれ違うことはなかった。

 

「情報を総合すると、あの武甲神社というのがまず怪しいな」

 

 3人で武甲山を見張りながら、話し合いの場を設けた。最初に口を開いたのは、朱雀(すざく)である。

 これは共同任務だが、指揮権は基本的に階級が上の者にある。朱雀は丙、芭澄(はすみ)が戊だったので、今は朱雀に指揮権があった。

 

「それに、いなくなっているのが、腕が経ちそうな人間か」

「稀血でもなければ、普通の鬼が獲物を選り好みするとはちょっと考えにくい。腕の立つ人間が消えているというのなら、それなりの理由があると思わないか、朱雀」

「理由というと?」

「例えば、何らかの血鬼術によるものであるとか」

「まあ、そこだろう。だが血鬼術であると想定自体は、あまり解決にはならない。血鬼術とはつまり、鬼の気の持ちようで、何でもありだ」

 

 尤も武仁(たけひと)は、血鬼術を使ってくる鬼の相手をしたことはほとんどない。そのわずかな数も、数人の隊士と合同の任務で、武仁が直接戦ったわけではなかった。

 

「朱雀。武甲山に入る前に、他の隊士と合流することになってるんだよね?」

「そのはずだが」

 

 朱雀によると、4人の隊員が先行しているらしい。合わせて7人。武甲山に潜む鬼の調査のために、動員された数だった。他の隊士が集めた情報があれば、より確実に戦える。

 しばしの間、思い思いの場所で他の隊士を待った。朱雀は座り込んで赤い日輪刀の手入れを、芭澄は瞑想を、そして武仁は武甲山のほうに、眼をやっていた。夜の山に、人気はまったくない。

 

 秋だが、羽織を着ているので肌寒さはなかった。朱雀は髪色と同じ朱色の、芭澄は薄い水色の羽織を着ている。羽織は隊士それぞれの好みであり、着ない者もいた。芭澄は、動きの妨げになるのが嫌で、戦闘が始まればすぐに脱いでしまうらしい。

 

 1刻程、流れた。朱雀がおもむろに日輪刀を納め、立ち上がった。

 先行した隊士が合流してくることはなかった。そして、どれだけ待っても、合流してくることはない、と武仁は確信した。おそらく、もうこの世にはいない。

 

「この場にいる人間だけで、決めなければならない。俺は、本部の指示に従って、武甲山へ向かおうと思う」

「指揮権は、朱雀にある。私は、異論はないよ」

 

 2人の眼が、武仁に向いた。隊士4人が消えた以上、今いる3人で行くことに、異論はなかった。だが、それだけでいいのか、という気もしている。

 

「一応、本部に応援を要請した方がいいのではないだろうか。それに、4人が消息を絶ったのであれば、鎹鴉で何かしら報告を入れたかもしれない」

 

 恐怖が言わせたものではなかった。4人の隊士を倒した者がいると想定されるところに、3人で乗り込む。それは無謀な試みとも言えるのではないか。

 朱雀はちょっと考え込むような顔をしたが、すぐに顔を上げた。

 

「偵察。今晩は、そういうことにしよう。鬼がいるのかどうか、まずはそれを確認する。それをはっきりさせなければ、応援は来ない。柱も動かないだろう。分かっているだろうが、鬼殺隊の戦線は、ここだけではない」

「分かっている。一応、言ってみたことだ」

 

 偵察、という言葉を朱雀は使ったが、鬼がいれば結局は戦うことになるだろう。たとえ隊士が死んでも、報告は鎹烏がすればいいだけのことだ。

 仕方のないことだった。不利を背負った戦いは、鬼殺隊の宿命と言ってもいい。

 

「では、行こう。先頭から俺、武仁、芭澄の順番だ」

 

 道を少し歩くと、武甲山への参道の口だった。石段の道を朱雀は先頭で登りながら、周囲の林にも気を配っていた。

 朱雀が決めた順番はそのまま、戦闘を開始する順番であり、撤収の順番でもある。つまり朱雀は、誰よりも先に戦うし、万が一の時は殿を務めるつもりなのだ。それは、朱雀の戦闘への自信の表れでもあり、どこか覚悟めいたものを武仁に感じさせる。

 

 参道を登り詰めると、ちょっとした広場になっていた。鳥居。その向こうに、楼門が見えた。

 

「今のところ、誰も追って来てない」

 

 芭澄が小さな声で言う。武仁は、黙って頷いた。

 鳥居を抜け、門に近づいた。分厚い埃が積もっていて、所々が朽ちている。人がいなくなってからずっと、何の手入れもされていないようだ。

 門は隙間もなく閉じられていたが、境内の周囲は背丈以上の塀で囲まれている。乗り越えるのでなければ、この門を通るしかない。

 境内の中には物音も、気配もない。少なくとも、武仁に感じられるものは何もなかった。

 

「行くぞ」

 

 朱雀が門に手をかけたので、武仁も一緒に押した。軋んだ音を立て、開いていく。3人で素早く門を抜け、境内に入った

 

 瞬間、異変が起きた。臭い。武仁は素早く、口や鼻を袖で覆った。嗅いだことがないほどの濃い血の臭いが、充満している。

 

「お前たちは、聞いたことがあるか。その昔、西の果てで栄華を極めた大秦という帝国には、円形の闘技場があった。そこでは、戦士達による血で血を洗う殺し合いが、民の愉しみとして行われていたという。願わくば、私もその場に生まれたかったものよ」

 

 拝殿前に、人影が立っていた。その影が、一歩踏み出した。それだけで、息苦しいほどの圧迫感が、武仁の全身を打ってきた。

 武仁は息を整え、日輪刀に手をかけた。血の臭いには、慣れた。朱雀と芭澄も、戦闘の態勢に入っている。

 

「ようこそ参られた、鬼狩りの剣士たち」

「鬼か。武甲山に潜む鬼というのは、お前のことだな」

 

 月光の下に、鬼が姿をさらした。具足を身に着けていて、姿形は人に近い。だが、額の端には角が生えていて、しかも3つ眼だった。額にある眼球が、ぎょろぎょろとせわしなく動いていた。

 それ以上に、今までの鬼とはどこか違う。そう感じさせるほどの、気迫を発していた。

 

「いかにも。某は斬魄(ざんぱ)。そしてここは、某の血鬼術で血闘場となった。うぬらの血を吸わせるか、某の頸を落とさねば、この地から出ることは叶わぬ」

「いなくなった人たちを、どこへやった。いや、なぜ襲った」

「見てみるがいい」

 

 鬼が、境内の左右を指さした。無数の刀が、地に刺さっていた。中には、軍が使っていそうなサーベルや、銃も落ちている。

 武仁は、眼を細めた。色のついた刀もあった。4本どころか、10本以上は刺さっている。

 

「女子供を食らうは、弱き鬼のすること。強き者、戦う力を持つ者を打ち倒し、その血肉を食らう。それでこそ、真なる意味での某の力となる」

「身勝手な理屈を吐くな。お前が殺した人間にも、家族がいて、友がいた。お前に食われるために、生きていたわけではない。その頸、打たせてもらう」

「良かろう。やってみるがいい」

 

 鬼の全身から流れ出る気迫が、不意に残忍なものに変わった。戦いは、唐突に始まった。

 まず朱雀の呼吸音が、境内に響いた。

 

 

  全集中 炎の呼吸・壱ノ型 不知火

 

 

 間合いは、瞬く間に詰まった。

 赤い日輪刀。斜め上から、斬魄に吸い込まれていくが、空を切った。躱されたようだが、動いたようには見えなかった。斬魄が、片腕を振り上げている。刀。頂点から、朱雀に振り下ろそうとしている。

 朱雀がさらに、一歩踏み込んだ。

 

 

  全集中 炎の呼吸・弐ノ型 昇り炎天

 

 

 切り上げた朱雀の刀と、振り下ろされた斬魄の刀が、鋭い音を立てた。

 朱雀が、気合を上げた。全力で鬼と競り合っている。その僅かな間。斬魄の背後に、芭澄の姿が現れた。

 

 

  全集中 水の呼吸・壱ノ型 水面斬り

 

 

 水平に振るわれた青い日輪刀が、火花を上げて止まった。芭澄の一撃を、斬魄は受けている。もう1本、刀を握っていた。

 

 朱雀と芭澄が、同時に離れた。

 構え直していくのを見て、俺は動けなかった、と武仁は思った。2人の戦いは、武仁が知っている時よりも数段、早い。斬魄の動きにも、武仁が付け入る隙が全く見つからない。

 全て、2、3回呼吸をしている間のことだった。

 

 自分が入ると、2人の動きの妨げになる。ならば、別のことをすればいいのだ。朱雀と芭澄は、前後で斬魄と対峙しているが、今は互いに動いていない。

 まず、くぐってきた門扉に向かった。何か別の力が加わっているように、押しても引いても全く動かない。

 次に、地面から拳ほどの石を掴み、塀の外に投げた。塀を越えた瞬間、石は幻のように消えた。ここから出られない、という鬼の言葉に、偽りはないようだ。

 

 甲高い鳴き声。鎹烏の声が、微かに聞こえる。それも、頭上からだった。武仁は指笛を吹いた。鎹烏が2羽、次々と武仁の前に降り立ってきた。

 ある程度の高さを越えると、この血鬼術は及ばなくなるのではないか。一掴みの砂利を、今度は縦に散らすように投げる。消えるものと、外に飛び出ていくものがある。門の高さ。もう一度投げて、それを確認した。

 

「ほう。勘のいい者がいたか」

 

 斬魄の視線が、武仁に向いている。その瞬間、芭澄が動いた。一泊遅れて、朱雀の姿も消える。

 

 

  全集中 水の呼吸・漆ノ型 雫波紋突き

  全集中 炎の呼吸・参ノ型 気炎万象

 

 

 初動の差がそのまま、斬撃が届く差になる。普通の鬼なら、ひとたまりもないはずだ。武仁はそう思ったが、斬魄の両手が目まぐるしく動き、2人同時に切り払われていた。

 何度も、2人と鬼とが、交錯する。火花。刀と刀が、触れ合う音。しかし、頸には届かない。むしろ朱雀は胸、芭澄は腕。それぞれ隊服を切り裂かれている。

 

「鬼狩りの剣士よ、お前たちの剣術は、某には通じぬ。鬼狩りは多少の流派の違いはあるが、誰もが同じ剣筋、同じ身のこなしを使う。それも分かりやすく、刀に色をつけている。破れぬ道理はない」

 

 斬魄はそう言うなり、2本の刀を額前で交差させた。再び地に向けて下げた時、武仁は、息を呑んだ。他の2人も、同じような音を立てた。

 

 下弦。参。額に開いている眼に、そう刻まれていた。

 十二鬼月。鬼の首魁である、鬼舞辻無惨に直属する12体の鬼。武仁は、噂でしか聞いたことがなかった。しかし、目の前にいる。

 

「伝令」

 

 すぐに、武仁は叫んだ。朱雀も声を上げている。

 

「武甲山にて、下弦の参と遭遇」

 

 分かっている範囲の、斬魄の血鬼術。応援要請の言葉を添えて、弦次郎を飛ばす。

 飛ばすのと同時に、嫌な予感が武仁の全身を襲った。今まで斬魄と遭遇した鬼殺隊士は、誰も鎹烏を飛ばさなかったのか。

 

 山の方から、細い光が弦次郎に向けて飛んできた。悲鳴のような鳴き声の後、鴉が1羽墜落してくる。武仁は下で、落ちてきた鴉を受け止めた。体を矢に射抜かれている。

 弦次郎ではなかった。朱雀の、鎹鴉だった。

 

「行け! こちらに構うな!」

 

 朱雀の声。頭上にいた弦次郎だが、その声で林の中に消えていった。弦次郎に向かって、さらに数発、矢が放たれた。林の中は、飛ぶのに時間はかかるが、矢は凌げる。

 

妖箭(ようせん)めが。しくじったな」

 

 妖箭。それが、矢を放った鬼の名前だろう。毒づいている斬魄の前に、武仁は出た。朱雀の鎹烏は、まだ息があり、門の傍に横たえている。

 

「朱雀、芭澄。ここは俺が受け持つ。もう1体の鬼を、2人で倒すんだ」

 

 武甲山には、鬼がもう1体いる。しかも、斬魄とうまく連携していた。鬼は連携して戦わない、という前提が崩れている。このまま斬魄と斬りあっても、わずかな隙にもう1体の鬼に射殺されかねない。

 

 朱雀の、返答はなかった。

 自分であれ、芭澄であれ、ひとり欠ければこの場に勝ち目などない。朱雀が何も言わないのは、それが分かっているからだろう。

 

「門よりも高く飛べば、この神社の中から出られる。俺にそんな力はないが、2人なら、跳べない高さではないはずだ。俺はここで、この鬼の相手をする。まず先に、外の鬼を倒すべきだと俺は思う」

 

 最後には、語気が強くなっていた。迷っている暇はない。

 

「ひとつ、約束しろ。決して、死なないと」

「当然だ」

「信じるぞ、その言葉。行くぞ、芭澄」

 

 芭澄は迷ったような顔をして、こちらを見た。信じてくれ。武仁がそう念じてうなずくと、朱雀に続いて走り出していく。

 

 塀を越える時、2人は異様な跳躍をして見せた。矢で狙われていたが、切り払い、そのまま塀を越えていく。それ見て、武仁は斬魄の方に向き直った。

 下弦の参。額の文字が、獰猛な光を放っている。正面から向かい合うと、放たれている気迫だけで、呼吸を忘れそうだった。

 

「無駄なあがきをする。高がひとりの鬼狩りが、某の相手をするか」

「俺は」

 

 日輪刀を抜き放ち、構えた。色の変わっていない日輪刀が、月夜に照らし出される。

 斬魄の眼。3つ全てが、日輪刀に向いている。

 

「俺は、死なん」


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