一般隊士の数奇な旅路   作:のんびりや

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本戦前に、短めのをひとつ。
同期ふたりが、戦います。


14話 武甲山の狩人

 境内の外に出ると、はっきりと鬼の気配が感じられた。

 武甲山の山頂。鬼は、そこにいる。

 

 朱雀(すざく)は走りながら、刀を振るった。炎の呼吸の型には、遠距離からの攻撃への防御に応用できるものがある。離れたところを駆けている芭澄(はすみ)は、水の呼吸らしい緩急のついた立ち回りで、矢を躱しているようだ。

 

 この2人なら、矢を射るだけの鬼など、容易く首を刎ねられるだろう。そして、すぐに武仁のもとに駆け戻り、下弦の参を倒す。

 柱がいれば。そう思った。十二鬼月とはいえ、下弦の鬼なら簡単に首を獲れる。だが柱が駆けつけてきた時には、一般隊士は屍の山を作っている。そういうものだった。

 切り抜けたければ、勝つしかない。武仁(たけひと)や芭澄と、一緒にいるのだ。不可能ではない、と朱雀は思っていた。

 

 斜面を、駆けあがっていく。足腰には十分に余裕があるが、呼吸を乱さないようにするので、精いっぱいだった。

 武仁は素の肉体で、異様なほどの速さで山を走る。最終選別では内心、舌を巻いたものだった。

 

 上を見上げた。鬼の気配は、動いていない。

 矢。再び、飛んできた。朱雀の遥か頭上を越えていく。何となく気になって、軌道を見ていた。その矢が唐突に、あり得ない角度で曲がった。防げたのは、偶然見ていたからだ。

 

 もう一矢、正面から飛んでくる。切り上げようとしたが、また急に向きを変えた。地を這うように、飛んでいく。その先。芭澄がいた。

 朱雀が、声を掛ける間もなかった。走っている芭澄が、姿勢を崩し、倒れた。

 瞬間、朱雀は走り出した。うずくまっている芭澄のもとに駆け寄ったが、今度は音を立てて斜面が揺れた。複数の岩が、斜面の上から転がってくる。

 

「跳ぶぞ。我慢しろ、芭澄」

「分かってる。ごめんね」

 

 左手で芭澄を抱え上げ、一跳びで岩を躱す。着地した。そこには、大木が倒れてきた。山のあちこちに、罠が仕掛けられている。

 反射的に、朱雀は右腕で押し止めた。とてつもない重量が、かかってくる。足が、地面にめり込んだ。気合を、上げた。全力を出して、なんとか横に押し流した。

 矢。目の前に飛んできた。躱せない。日輪刀で打ち落とそうとしたが、途中で腕に衝撃が走った。矢を、刀でなく腕で受けた。朱雀は走り出してから、それを理解した。

 

 身を低くして、駆け下った。このままでは、相手の掌の上である。大岩の陰に身を隠して、ようやく芭澄を下ろした。

 芭澄の右足の踝に、矢が刺さっている。

 

「芭澄。もう少し、我慢だ。俺が矢を抜くから、手ぬぐいを噛んでおけ。舌を噛み切るか、歯を砕くかもしれない」

「別に、大丈夫だから」

「分かった」

 

 朱雀は、鏃を折ると、反対側から矢を一息で抜いた。その瞬間、芭澄の全身がぴくりと痙攣したが、声は出していなかった。すぐに、自分から傷を布で縛っていく。

 自分の腕は、矢が完全に貫通している。右手の感覚はなくなりつつあるが、日輪刀は離していなかった。

 

「抜こうか?」

「いや、このままでいい」

 

 腕の、太い血管を破っている感じがした。抜くと、体内で血が流れて、肘から下はしばらく使い物にならなくなるだろう。

 日輪刀を離さないように、手を布で縛るだけにした。

 

 そこまでやって、朱雀は一息ついた。

 斬魄(ざんぱ)という下弦の参は、流石の強さだったが、この矢を放つ鬼もかなり厄介だった。

 あの折れ曲がる矢は、血鬼術だろう。それと岩や木の罠を組み合わせて、接近されることに対して十分に備えている。

 

 むしろ、下弦の参との戦いには、朱雀は違和感を覚えていた。

 あの鬼は、こちらの手の内を、完璧に知っているような動きをしたのだ。多少剣筋を知っているとして、それを寸分の狂いもなく、対応などできるものなのか。

 しかも、そのことを、利用しようともしなかった。もし、自分や芭澄を斬ることにこだわっていたら、逆にこちらも腕くらいは斬れただろう。

 人とは比べ物にならない再生能力を持つ鬼が、何故こだわらなかったのか。それが、違和感を生んでいた。結果的に自分たちは、わずかな負傷で済んでいる。

 

 尤も、武仁が単独で立合うには、危険すぎる相手でもある。

 

「朱雀」

「行けるか?」

「行くしかないよ。武仁は、今も戦ってる。これから、私が少しだけ時間を作れるとして、朱雀はどれくらいあれば、この鬼を倒せる?」

「姿が見えるところで、一呼吸あればいい。俺が、必ず首を獲る」

「わかった」

 

 芭澄が、片足で立ち上がった。それとなく、右足を庇うような立ち方をしている。

 最終選別でも、足を庇いながら戦い、見事な剣技を見せていた。あの時痛めていたのは、左足だった。右でも左でも、同じようなものなのだろうか。

 

「お前、自分が犠牲になるつもりではないだろうな。それなら、俺はやらん。そんなことをすれば、俺は武仁に殺される」

「つまらないことを、言わないで。私だって、こんなところで、死ぬつもりなんてない」

 

 芭澄が、左足で軽く跳んだ。右足の具合も、何度か地につけて確かめている。しばらくして、しっかりと深く頷いた。

 

「じゃあ、私が先に行くから、朱雀はついてきて。後ろから飛んでくる矢だけ、気を付けておいてくれればいい。鬼が見えたら、あとは任せるよ。絶対に、頸をとって」

「承知した」

 

 矢は何度か、ここにも射込まれてきたが、ほとんど岩肌に当たって落ちている。離れるとそれだけ、狙いが狂うようだ。

 芭澄が、呼吸を深めるなり、岩から飛び出した。

 

 

  全集中 水の呼吸・拾ノ型 生生流転

 

 

 日輪刀を横に構えた、芭澄が走る。朱雀も続いた。矢。すぐに飛んできたが、芭澄が次々と斬り飛ばしていく。左右に立っている木も、斬り倒していた。

 走り、跳び、倒木を掻い潜る。足を怪我している人間の動きとは、とても思えなかった。しかも、斬れば斬っただけ、技の威力が増していく。

 死角から折れ曲がる矢は、全て朱雀が叩き落した。

 山頂直下。登り詰めた時、不意に地が轟いた。途轍もない大岩が、転がり落ちてくる。

 

「こんなもので」

 

 芭澄が、宙に跳びあがった。

 

「私たちの邪魔は、できない!」

 

 叫び声。芭澄の刀が降りおろされていく。巨大な水竜が、岩を打ち砕いていく。そんな錯覚を覚えるほどだった。

 一呼吸おいて、岩が綺麗に両断された。その間隙に、見えた。巨大な弓を構えている、鬼の姿。

 呼吸。全身が、燃えるように熱くなった。自分が使いこなせる、最後の大技。

 

 

  全集中 炎の呼吸・伍ノ型 炎虎

 

 

 跳んだ。芭澄を飛び越え、木々の間を抜け、ただ、突っ込む。虎が、獲物に襲い掛かるが如く。その咆哮も、聞こえた気がした。

 鬼の姿。目の前いっぱいに広がった。鬼が弓を引き絞る。同時に、頸に日輪刀を振り下ろした。弓ごと、頸を切った。黒い塊が、宙に舞い上がっていく。

 

 鬼の肉体はすぐに燃え尽きた。しかし、弓を破壊する寸前、矢を1本放っていた。それは、芭澄でも、自分でもない方へと飛んでいた。

 朱雀の全身に、鳥肌が立った。神社に向かって、打ち込まれていたことに気づいた。

 

「芭澄、戻るぞ!」

 

 返事はなかった。芭澄の姿も、どこにもない。




本当は1話でまとめる予定でしたが、いつも通り、文字数が想定を超えたので分けました。
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