一般隊士の数奇な旅路   作:のんびりや

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 少し巻き戻します。
 この視点を書かなければ、終われないので。


16.5話 日の出前にて

 すべての気持ちを、振り切っていた。

 そうして、研ぎ澄ました全身の感覚に、何かが触れてきた。

 感じた瞬間、跳んだ。

 

 

  全集中 水の呼吸・玖ノ型 水流飛沫・乱

 

 

 回避しながら、芭澄(はすみ)は見て取った。小さな三日月様の刃。それが、自分の下で無数に蠢いている。上弦の壱の能力と、関係があるのは間違いないだろう。

 上弦の壱の姿。石段の上にあった。

 

 着地の時間と面積を、最小限に。斬撃の理屈は、分かりつつある。真っ向から突っ込めば、ただ刻まれるだけだ。

 右足は、もうほとんど使えない。それでも変幻に動き、間合いを詰める。

 

 芭澄は、日輪刀を低く構えた。

 左足で、石段を踏みしめる。あと1段。あと1歩で、上弦の壱まで刃が届く。

 

「遅い……それは片足で……使う技ではない……」

 

 抑揚のない、静かな声。聞こえた瞬間、体が何かに弾かれた。落ちていく。背中から、石の床に叩きつけられていた。

 上弦の壱は、刀が届く寸前まで、動いてはいなかった。少なくとも、自分に見えるような動きは、なかったはずだ。

 しかし気づいたら、斬られていた。

 

「お前は……弱い……所詮これが……今の鬼狩りの力か……」

 

 上弦の壱が、石段を下りてくる途中で、無造作に何かを放り投げてきた。

 転がってきたのは、朱雀(すざく)の日輪刀だった。半ばで、折れている。

 やはり朱雀は、最期まで戦ったのだ。

 

 立ち上がりたかったが、体が動かない。自分の血で、隊服が張り付いたようになっている。傷はかなり深い。全集中の呼吸も、もうできそうにない。

 

「さっきの……剣士は……多少は腕が立った……斬魄を討ったのは……お前ではなかったか……」

 

 そう言い捨て、上弦の壱が芭澄に背を向けた。

 私は、弱い。そんなこと、殊更に言われなくても、自分が知っていた。

 そう思った瞬間、自分でも思ってもいないような声が、口から発せられていた。

 

「私は、弱い隊士だよ。あの2人とは、もともとが違う」

 

 朱雀は、心技体どれを取っても、自分よりも凄かった。

 武仁(たけひと)と稽古で立ち会えば、多分、自分が勝つだろう。だが、武仁はどんな窮地でも生きる事を諦めない、強い心がある。それも、人を助けるための心だ。

 

 自分は、どうだ。家族を鬼に殺され、鬼殺隊を志願した。悲劇ではあるが、理由としてはありふれたものだ。

 最終選別で2人に助けられ、共に行動するようになったが、それまで自分から何かをしようとしてはいなかった。むしろ、足を痛めたところで一緒にいた志願者に見捨てられ、生きる事に絶望していた。

 

 鬼への恨みも、人を守りたいという想いも、一瞬だが捨ててしまった。

 その程度の、隊士に過ぎないのだ。

 

「お前は、上弦の鬼だから、きっと鬼になる前も、凄く強かったと思う。私たちとは、居場所が違う。でも、その強さは結局、大したものじゃない」

 

 自分の言葉の、何に反応したのか、上弦の壱が立ち止まった。

 ゆっくりと、振り向いてくる。不気味な6つの眼が、すべて自分に向けられていた。

 

「鬼は、いつだって人を踏みにじる。私は、その悲劇で生まれた。私たち鬼殺隊士は、ひとりひとりはお前より弱くても、決して折れることはない。例え死んでも、誰かが生きる。想いを、持っていってもらうことはできる」

「下らぬ……弱者の……戯言だ……」

「何とでも、言っていい。孤独で闇に生きる鬼の命なんか、人の歴史に比べれば、些細なもの。私たちは、命を守り、繋ぎ続ける。そしていつの日か、誰かが必ず、お前と同じ場所にたどり着いて」

 

 頸を取る。そう言おうとした時、不意に何かが体の中に入ってきて、声が出せなくなった。

 刀が、胸に突き立てられていた。その刃が、微かに揺れている。柄を握っている上弦の壱の手が、震えている。

 

「お前は……存在してはならぬ……」

 

 声。初めて、上弦の壱が見せた、感情らしいものだった。その言葉はまるで、自分ではない誰かへ、向けられているようでもあった。

 

 芭澄は、空を見た。朝日。木々の間から、温かい光が差し込み始めている。

 

 もう、十分だろう。

 自分たちを逃がした朱雀の戦いは、武仁が生きてくれれば、無駄にはならなかったということだ。自分が死んでしまったことは、この後で、謝ればいい。

 

 水柱との約束も、もう守れない。武仁を連れて行けば、継子として育ててもらえることになっていた。

 なぜ水柱が、武仁に会いたがったのかは、わからない。だが武仁が生きてさえいれば、どこかで会うことができるはずだ。

 継子も、自分よりももっと相応しい隊士がきっと、どこかにいる。

 

 ただひとつ、最期に思うのは、武仁のことだった。

 自分たちの死を、全てを背負って、たった独りきり。もしかしたら、人助けなどやめてしまうかもしれない。

 

 もしできるなら、一緒に生きていくつもりだった。ひとりでも十分なくらい強かった朱雀より、武仁を支えることが、自分の役割だと思ったのだ。それは、自分を絶望から救い出してくれた人への、恩返しでもある。

 

 自分の中には、慕うような気持ちも、混じっていたかもしれない。だが、深く考えたりはしなかった。武仁の方は、どうだったのだろうか。

 もう、確かめようもない。

 

 さよなら。芭澄は眼から、熱いものが流れていくのを感じて、眼を閉じた。




次回から、生残編へ入ります

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