一般隊士の数奇な旅路   作:のんびりや

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 プロット上、鬼を除けば、この人が最後のオリキャラになる予定です。


20話 霧煙る山の麓

 東京府から離れた翌日、ついに、雪が絶え間なく降り始めた。今はもう、見えるものの殆どが、白く染まっている。

 

 武仁(たけひと)は今まで通り、野宿を続けていた。積もった雪に穴を掘って、寝場所を作るのだ。

 震えるほど寒い夜は、あらゆることを考える。かつて、笛を吹いていた時のようにだ。

 

 このところ考えるのは、自分の責務や使命とは何か、ということである。煉獄瑠火に、考えろと言われたことだった。

 何度、夜を過しても、これという答えは出なかった。すぐに出るようなものが、答えであってほしいとも思わない。

 多分、生きてさえいれば、見えてくるものもあるだろう。

 

 そうして、那津(なつ)を追っているうち、目的地の狭霧山が遠くに見えてきた。全体が白く、頂は厚い雲に覆われていた。それなりに、標高がありそうだった。

 

 ここで、自分は何をすればいいのか。そう思いつつ、狭霧山の裾野の道を歩いていた時、森の奥から強い気を感じ、武仁はとっさに身構えた。

 それは、血の臭いや、殺気を孕んだものではなかった。真っ直ぐなまでの、闘気。まともに感じなくなって、久しいものでもある。

 

 武仁は、引き寄せられるように、森の奥へと踏み入った。その間も、闘気のぶつかり合いは続いている。しばらく木々の間を進むと、丸く拓かれた場所に突き当たった。

 そこで、宍髪と黒髪の少年達が、木刀で立合っていた。姿は幾度も交錯し、木刀とは思えない鋭い音を立てている。

 

 武仁はしばし、その立合いに見入っていた。

 宍色の髪の少年の剣技は、見ていて凄まじいものだった。力だけでなく、技の鋭さも、並のものではない。

 立ち合いと言っても、その少年が、もうひとりの黒髪の少年に、激しく打ちかかっているようなものだ。自分が感じた闘気も、宍髪の少年から強く発せられている。

 

 しかし武仁は、そのもう一方の黒髪の少年に、注目していた。

 宍髪の少年は、確かに強い。息継ぐ間もない猛攻を、かけているのだ。しかし、その攻撃を冷静に、幾度も受け止め、凌いでいる。

 

 それが、どれほど困難な事か、武仁にはよくわかっていた。

 攻撃を刀で受け止めたり、流したりするのは、見た目ほど簡単なことではない。棒のように力任せに扱えば、簡単に刀は折れるのだ。

 

 黒髪の少年は、木刀とはいえ、それを淡々とした顔でやってのけている。真剣の扱いも、なかなかのものだろう。正統的な剣士としての動きに、近いのかもしれない。

 一度、激しくぶつかり合い、直後に2人が距離を取った。

 

「行くぞ、義勇!」

「ああ」

 

 宍髪の少年が叫び、気合を発すると、義勇と呼ばれた少年も静かに応じた。

 2人の呼吸が、同時に深いものになる。風のような呼吸音に、武仁は思わず眼を見開いた。

 

 

  全集中 水の呼吸・弐ノ型 水車

  全集中 水の呼吸・陸ノ型 ねじれ渦

 

 

 跳躍し、宙を舞う宍髪の少年。弧を描いて振り下ろされてきた木刀を、黒髪の少年はその場を動くことなく、受けきった。2度。木刀が、激しく打ち合う音が響いていた。

 

 武仁は、内心で舌を巻いていた。それだけ、少年たちの動きは凄まじいものだった。

 水車の基本は、縦方向の回転と同時に、周囲に一撃を入れる技のはずだ。しかし宍髪の少年は、初撃を弾かれるのと同時に、さらに回転を加えて2撃目を入れていた。

 

 黒髪の少年は、全身を限界まで捩じり込むと、戻す勢いを使って木刀を周囲に放ち、連撃を防いだのだろう。

 しかし、水の呼吸の陸ノ型は、本来水中で真価を発揮する技だと、師匠から聞いた。それを、地上でもこれだけ見事にやってのけている。

 

 動と静。形は違うが、2人とも優れた才能を、持っている。水の呼吸の剣士としての才能は、芭澄すらも凌いでいるのかもしれない。

 

 宍髪の少年が着地し、向き直ると、互いに木刀を納めて一礼した。立合いは、終わりということだろう。

 

「また、腕を上げたな。義勇」

「まだまだだ。まだ俺は、錆兎には勝てない」

「そんなことはないぞ、義勇。俺たちは、もっと強くなれる。俺たちが、2人でいれば、きっと誰にも負けることはないさ」

「昨日、あの人に、あれだけ叩きのめされたのに、もう忘れたのか。錆兎らしいよ」

「それは、言うな。鱗滝さんが、あんな人と知り合いだったなんて、俺は思ってもいなかったんだぜ」

 

 鱗滝。錆兎と呼ばれている少年の言葉を聞いた瞬間、武仁の背筋を何かが走った。手鬼が憎悪し、その志願者をつけ狙っているという育手の姓だ。

 

 そして、これは偶然ではない、と武仁は思った。

 煉獄家から続けて、自分を狭霧山へ向かわせた産屋敷燿哉の判断には、必ず何かの意味がある。その思いは、確信に近いものになった。

 

「すまない、2人とも」

 

 木々の間から現れた武仁を、2人が見上げてくる。

 

                       

 

「ふうん。あんた、御影武仁っていうのか」

「呼び捨ては失礼だ、錆兎。鬼殺隊の、隊士の人なのに」

 

 錆兎を、素早く冨岡義勇が窘めている。

 森から出て、3人で並んで道を歩いているところだった。

 

「構わない、義勇。私は隊士だが、君達2人と、そう歳は離れていないのだし」

 

 2人は孤児だった。鱗滝左近次に拾われる形で入門し、共に鬼殺隊士を目指しているらしい。2人とも、13歳だという。

 自分は5歳で師匠に拾われ、師匠と共に生きてきた。今は、16歳である。

 

 2人は武仁に鬼殺隊の事を、聞きたがった。特に錆兎が、次々と質問を振ってくる。

 

「武仁は、何の呼吸の使い手なんだ? 俺と義勇は、水の呼吸の稽古を積んでいる」

「私は、全集中の呼吸の流派は、ほとんど使えない隊士だ」

 

 錆兎と義勇が、同時に首を傾げたので、武仁は日輪刀を少し抜いてみせた。色の変わっていない刃を見て、その意味がよくわかったようだ。

 

「錆兎、義勇。私には、君達2人のような才能はない。適性もない。それは鬼殺隊に入る前から、師匠に言われていたことでもある。それでも入隊し、何とか生きていた」

 

 入隊してからの1年間は、ただ生きる事に必死だった。その生きるために戦っていた日々は、いつの間にか、遠いものになっている。

 

「生き延びるだけ力が、自分にはある。そう思い込んでいた甘さを、私は思い知らされた。一度は、全てを投げ出そうと思ったほどに」

「武仁も、失っているのか。多分、俺たちのように」

 

 義勇が、ぽつりと言った。

 敢えて、聞かなかった事である。錆兎と義勇ほどの歳の子供が、なぜ育手の下にいるのか。少し考えれば、鬼が絡んでいることは、想像に難くなかった。

 しかし、鱗滝という育手がいて、互いに友人がいる。それは、幸せな事でもあるはずだ。

 

「それでも、私を進ませてくれる人がいた。失った者とはもう会うことはできない。だが、死んだ者たちは、心の中で生きているのだ、と。それに、死ぬことの方が、ずっと簡単だ。私は、とにかく生きていようと思う。そうすればいつか、自分の生きる意味や為すべきことで、見えるものがある。そう信じている」

「そうだ。それでこそ、男だ。武仁は、弱くない。強い男だ、と俺は思う」

「ありがとう、錆兎」

 

 錆兎が、はにかんだような笑みを浮かべた。

 男らしさ。まるで朱雀のようなこだわりを持っているのは、すぐに分かった。それに木刀を持たせると、はっとさせるほどの闘気を放つ。しかし笑顔は、年相応の少年のものだった。

 

 そのまま道沿いに、狭霧山の裾野を巻く様にいくらか登ると、眼の前に茅葺の家が現れた。屋根に、那津が降り立っている。

 

「ただ今戻りました、鱗滝先生」

 

 錆兎や義勇に続けて、武仁も訪いを入れた。

 土間から上がったところの囲炉裏を、2人が囲っていた。赤い天狗の面をつけた白髪の男。それと、もうひとりである。こちらに背を向けていて、顔は見えなかった。

 

 2人とも水色の羽織を着ていて、手練れの気配がある。それは、内に秘めてもいるようだ。

 

「私は鬼殺隊士、御影武仁と言います。御屋形様の御依頼により、参りました」

「ほう。遠路はるばる、よく参られた。儂は鱗滝左近次。今はこの通り、育手を務めている。だが、御屋形様の御依頼とは、一体いかなることか」

 

 そう言われて、武仁は改めて戸惑いを覚えた。

 狭霧山に行けと言われて、那津はここに自分を導いた。だが、ここで何をするのかは、誰も知らないのだ。あの手の鬼のことを、話せばいいのだろうか。

 

「用件というのは、俺の事だろう」

 

 不意に、背を向けていた方がそう言い、振り返った。

 壮年ふうの、男。やはり、ただ者ではない。振り向けてくる眼には、不敵な光がある。

 

「俺は水柱、瀬良蛟(せらみずち)。お前とは、初めましてだな。尤も、芭澄(はすみ)から名前は聞いていたが」

「水柱様でしたか。私は」

「口で、語らう必要はなさそうだ。その眼。見るべきものは、一応見てきたらしい。ちょっとでも腑抜けた、死人のような面をぶら下げてきたら、叩き出してやるつもりだった。だが、考えが変わった」

 

 そう言い、右手で湯飲みを傾けると、瀬良は立ち上がった。

 その上背は悲鳴嶼ほどではないが、武仁よりも頭ひとつ以上は大きい。いつの間にか、右手で木刀を握りしめている。

 

「義勇。お前の木刀を、御影に渡してやれ。これから俺が、稽古をつけてやることにする」

「はい」

 

 武仁は荷物と日輪刀を家の中に置くと、義勇から木刀を受け取り、瀬良に続いて外に出た。

 

 相変わらず、雪が降り続けている。薄く、雪が積もった家の前の広場で向かい合った。他の3人は、家の前に立っている。

 

「御影。お前は、上弦の鬼と遭遇したが、柱と戦ったことはあるか」

「はい。岩柱様と立合った時は、互いに真剣で」

「そうか。一応言っておくが、この稽古を木刀でやることに、深い意味はない。俺は、悲鳴嶼以上に、手加減というものができん。うっかり稽古で隊士を殺して、後で会議など開かれてつべこべ言われるのが、面倒なだけだ」

 

 もっとも、木刀でも十分に人は殺せる。最後に付け足すように言うと、瀬良が構えた。

 半身。左手を体で隠し、右手1本で、木刀を正眼に構えている。ちょっと、体を動かした。しかしそれだけで、息苦しいほどの圧迫感が、武仁に襲い掛かってきた。

 

 その、押し寄せる圧力に抗うように、武仁は木刀を低く構えた。あらゆる動き方を自分なりに考えた結果、この構えが最も馴染んだのだ。

 眼に見えない何かが、互いにぶつかり合い、固着した。降り積もる雪以外のすべてが、止まったように感じた。いや、呼吸だけは、止めていない。

 

「見せてみろ、お前の戦いを。お前が見聞きし、教わり、経験したもの全てを駆使して、俺と戦え」

 

 声。瀬良の口が動いているのが、信じられないほどだった。自分は、足を1歩も踏み出せそうにないほどの、重圧を感じているのだ。

 滲みそうになる眼を、見開く。瀬良の全身を、視界に収めるようにした。そして、呼吸を続ける。踏み込んでいきそうになる足を、武仁は雪面に押し付けた。

 

 耐えた。押しかかってくる重圧を、徐々に受け流していく。それで、どれだけの時間でも耐えられる。

 

 瀬良の右肩。少し、低くなった。その動きを感じた瞬間、武仁は地を転がった。水柱の木刀が、眼の前から振り下ろされてきていた。その切っ先が、地面すれすれで返り、這うように追ってくる。

 

 掬うような斬撃を、武仁も木刀で、受けた。片手だけなのに、途方もない力が込められている。すり足で体を下げ、衝撃を殺す。それでなんとか、木刀を飛ばされずに済んだ。

 

 一度離れると、すぐに瀬良の方から踏み込んできた。やはり、半身。口元には、冷ややかな笑みを浮かべている。

 

 瀬良の斬撃は、変幻自在を極めていた。さっきまでの静かな対峙が、嘘のようだ。

 武仁は、何とか食らいついた。木刀で受けるときは、両手で把持する。躱せないものは、身を投げるようにして、地をごろごろと転がった。

 

 無様でもいい。切られさえしなければ。そして、死にさえしなければ。

 隊服が、余すところなく、濡れていた。髪も履物も、泥まみれである。足元の雪が蹴散らされ、黒い地面が剥き出しになっていた。

 

「そうだ。生きるためなら、地べたでも這え。泥水でも啜れ。芭澄から聞いた。お前は、全集中の呼吸が使えない。日輪刀の色も変わっていない。そのくせ、人助けをしたいのだ、とな」

 

 瀬良の声。口とは別に、木刀が襲い掛かってくる。まるで浜に打ち寄せる、波のようだった。凌いでも、躱しても、止むことは決してない。

 

「見ておけ、錆兎、義勇。鬼殺隊は、一千年の歴史の中、幾度も負けた。負け続けてきた。しかしその度に、我々の先達は立ち上がってきたのだ。最後に、鬼共に勝利するために」

 

 声は聞こえていたが、内容は武仁には理解できなかった。瀬良の動きに、全ての集中を向けていた。徐々に体は熱くなり、動きすぎる程、動くようになっている。

 絡み合うように3度、木刀で打ち合った。互いに切っ先を下へ向け、鍔競る。やはり片腕とは思えないほどの、とんでもない力が込められていた。

 

「鬼殺隊を支えているのは、俺たち柱だと言うものもいる。だが、土台なき柱は、ひとりでに朽ちて、倒れるだけに過ぎん。真に鬼殺隊の戦いを支えてきたのは、この御影のような隊士達だ。誰しもが鬼への怒りや憎しみ、そして人を想う気持ちを糧に、生きて戦い続けてきた」

 

 べらべらと、そんなに喋っている余力があるのか。武仁はひと時全力で押し、直後に、すべての力を抜いた。圧倒的な力で弾かれた木刀が、宙を舞う。

 

 同時に、踏み込んでいた。瀬良の右肘を、小脇で固める。力を込めた瞬間、瀬良の右腕がするりと抜け出した。さらに、取り落とした木刀をつま先で蹴り上げ、再び右手でつかみ取っている。

 唖然とするほどの、滑らかな動きだった。錆兎と義勇が、驚きの声を上げている。

 

「一般隊士のわりにいい動きだが、まだ甘い。何のために、鬼と戦う。その程度では、生き残ることなど、とてもできんぞ。お前が死ねば、他の者は、どうなると思う」

 

 瀬良の姿勢が、また低くなる。瞬時に、眼の前に姿が現れた。木刀。雪を巻きながら、迫ってくる。

 

 相手は全集中の呼吸も使っていないとはいえ、柱だ。もう、十分戦ったではないか。

 どこでもない、内からそういう声が聞こえてきた。

 

 まだだ。その声を振り切るように、武仁は身を後ろに反らした。2撃、3撃と襲ってくるが、雪を蹴立てるように転がり、躱した。

 

「考えろ。お前のこの無様な戦いは、一体何のためだ。芭澄がなぜ、死んだのかではない。お前は、何のために生きて戦うのだ」

 

 瀬良の声が、はっきりと聞こえた。それと同時に、師匠。朱雀。芭澄。煉獄家の面々。悲鳴嶼行冥。御屋形様。あらゆる光景、あらゆる声が、まるで走馬灯のように去来した。

 

 すると、別の言葉が湧いて出た。

 俺は生きる。生きて、生き延びて、ひたすらに戦い抜く。人の死すらも乗り越え、ただ戦う。その果てに、人を助けるために。

 

 師匠から独り立ちし、唐突に仲間を喪い、結局はそこに戻ってきた。最初から、答えなど出ていたのだ。

 堂々巡りしたこの想いが正しかったのか、否か。それも、生きていれば分かる。

 

 転がり抜いた先。雪の中に埋まっていた木刀を、武仁は掴み取った。

 呼吸はほとんど使えないだけで、使えるものもある。常中はひと時も途切れていない。この技は、いつでも放つことができるのだ。

 

 振り返ると、瀬良の半身は、すぐそこにあった。

 

 

  全集中 水の呼吸・壱ノ型 水面斬り

 

 

 立ち上がるのと同時に、跳んだ。己の全力を込めた、壱ノ型。回避など許さないほどの、間合いである。それに対し、瀬良は左腕を突き出してきた。

 馬鹿な。左手を、捨てる気か。そう思った瞬間、武仁の木刀が粉々に砕け散った。破片は雪に紛れ、消えていく。

 

 馬鹿な。再び、思った。僅かな柄と、硬いものにぶつかったような感触だけが、掌に残っている。そして、瀬良の姿は健在だった。

 

 

  全集中 水の呼吸・捌ノ型 滝壺

 

 

 最後に見たのは、木刀を振り下ろしてくる、瀬良の笑顔だった。




 気を失って終わる話、多すぎる問題。


 先日、誤字報告機能というものを使っていただきました。
 恥ずかしいことに、キャラの名前を間違っていたのですが、指摘していただけるほど読んでいただけていたことに、感激しました。
 それにしても、誤字報告機能は面白い機能ですね。どしどしと、使ってみてください。

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