一般隊士の数奇な旅路   作:のんびりや

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 本話から、第2部に入ります。


第2部
25話 影来る


 薄い月明かりの下、巨影が暴れた。

 瞬く間に、人の悲鳴がいくつも交錯する。肉体が潰れる嫌な音。濃い血の臭い。

 死の気配。それが、周囲に充満した。

 男は、気づいたら走り出していた。

 

「何なんだよ、あいつ。あんな奴に、俺たちが勝てるわけないじゃないか」

 

 共に任務に当たっていた隊士数人が、一瞬で殺された。自分が生きているのは、ほんの何歩か、後ろに立っていたからだろう。

 

 襲ってきたのは、鬼である。それも、異形の鬼だった。見た目は遅そうだったが、飛び掛かった隊士数人を、簡単に蹴散らしていた。

 

 単独で、勝てる相手ではない。別方向から近づいているはずの隊士達と、合流する。走りつつ、それだけは考えることができていた。

 

 喉が痛い。肺が、破裂しそうだった。それでも、走った。

 

 背後。ばきりという、異様な音。首だけ振り向くと、根元から折れた木が、こちら目掛けて飛んでくるところだった。

 

 咄嗟に、体を投げ出した。その前方は、急斜面になっていた。ごろごろと、転げ落ちていく。その間も、腕を回して頭を守るだけで、精一杯だった。

 頭が、おかしくなりそうなほど転がった。平場で何かにぶつかり、ようやく止まる。

 

 瞼を上げると、星が回っていた。早く立ち上がれ。頭はそう騒いでいるが、体が動かない。まるで天地そのものが、狂っているようだ。

 

 唐突に、腕を何かに掴まれた。反射的に、腕を振り回し、大声で喚く。転げ落ちた時に、刀は落としたらしい。手には、何も握っていなかった。

 

「おい。大声を出すな。お前、頭は大丈夫か。しっかりしろ。階級と、名前は言えるか」

 

 そう言われて、相手が鬼殺隊の隊服を着ている男であることに、気づいた。

 眼を袖で擦ると、姿や顔もよく見えてくる。

 自分の名前。それは、すぐに思い出せた。

 

「階級癸、村田です」

「癸か。俺は、庚だ」

 

 隊士の男は、諦めたように首を振った。癸の隊士では、戦力とはとても呼べない。そんなことは、自分がよく知っていた。

 

「こっちの隊は、俺以外は全員やられました。そちらの方は」

「先に、こっちが襲われた。死んだのは数人だが、全員蜘蛛の子散らすように、逃げる事しかできなかった」

「柱の応援を」

 

 要請するべきだ。そう口にしようとした瞬間、衝撃と爆音が走った。眼の前の地面が、土煙を上げて吹き飛ぶほどで、村田の体も簡単に飛ばされた。

 

 背中から、地に叩きつけられる。吸っていた息が、肺から押し出された。意識が、遠のきそうになる。ふと、鴉の鳴き声が、聞こえた気がした。

 

 それで、何とか意識を繋いだ。何度か咳き込むと、息を吸いつつ、顔を上げた。

 眼の前。あの巨大な影が、再び立っていた。

 

「ああぁ。逃がさねえぜ。鬼狩り共はよう」

 

 鬼。涎を垂らし、こちらを見下ろしている。

 異様な図体が、月明かりに照らし出された。途轍もない肥満体で、のっぺりとした喋り方をする。しかし、動きは速いのだ。

 あのごつい手や腕に打たれれば、首だろうが手足だろうが無事では済まないのは、よく見ていたのだ。

 

「あちこち逃げ回るような奴は、こうしてやるよおぉ」

 

 自分に声をかけてくれた隊士の頭を、その鬼は掴み上げていた。その手に、力が籠められている。

 しかし、掴まれている隊士が発した言葉は、痛みでも、恐怖でもなかった。

 

「斬れ! 俺はどうなってもいい。今のうちに、この鬼の頸を、お前が斬れ!」

「五月蠅い奴だなぁ。ほれぇ。黙れよぉ」

「うぅっ、待ってろ!」

 

 村田は、周囲に眼をやった。すぐそこに、光るものがある。自分の日輪刀だった。

 あいつらがいてくれれば。村田は日輪刀を掴みつつ、そう思った。

 

 昨年の最終選別を共に受けた、宍髪と、黒髪の志願者。2人とも、見事な水の呼吸を遣っていた。自分も同じ水の呼吸を遣うが、技の威力は比べるのもおこがましい。

 日輪刀も、色こそ変わったが、よく見ないと気づけない程度だった。

 

 それでも、鬼殺隊に入り、戦ってきた。鬼を狩り、いつかは家族の仇である、鬼舞辻無惨を討つ為に。

 ここで、逃げるという考えはなかった。

 

「そいつを、放せ。放せよおお!」

 

 村田は日輪刀を構え、鬼に向かって突っ込んだ。その汚い頸を、刎ねてやる。それしか、考えられなくなった。

 

「うへぇ、じゃあお前から、死ねぇ」

 

 隊士を掴んでいない方の手が、振り上げられた。どす黒く変色し、ひび割れた肌。次の瞬間には、すぐ眼の前に迫っていた。

 

 死ぬ。そう思った。思っただけで、体は縛りつけられたように硬く、ぴくりとも動かない。

 ああ。俺は、ここで死ぬんだ。不意の浮遊感を感じながら、村田はそう思った。

 

                       

 

 真っ直ぐに突っ込んでいこうとした隊士は、縄で絡め取り、引き戻した。自らは、その反動を利用して飛び込む。隊士は、もう一人いるのだ。日輪刀で鬼の腕を斬りつけ、拘束が緩んだところを、手をかけて引き下ろした。

 鬼は、甲高い悲鳴を上げ、跳びながら下がっていく。

 

 武仁(たけひと)は隊士の体を下ろすと、すぐに前に出た。

 気を失ってはいたが、まだ生きている。間に合った、と武仁は思った。

 

 とある市街地にほど近い、山中である。街の隅で、人が叩き潰されるという、あまりに凄惨な事件が連続し、鬼殺隊が調査することとなったのだ。そして、鬼と接敵した。

 

 4日前の時点で、5人の隊士が戦死。増援を送り込む。その連絡を那津が拾ったのは、一昨日の事だった。伝令中の鎹烏から、横聞きして得た情報である。

 

 その時、武仁は別の任務を終えて移動中だったが、それを聞いた瞬間、走り出したのだ。

 丸1日半。それだけ駆けて、ようやく到着したところだ。しかし既に、増援の隊士達も鬼に襲われ、散り散りとなっていた。

 

 隊士による鬼討伐は、とても望めない状況である。だが、全滅はしなかった。最悪の結果だけは、免れることができたのだ。

 それだけで十分だ、と武仁は思っていた。

 

「君は、立てるな。その隊士を連れて、下がれ。ここは、私が引き受ける」

「あんたは、柱か?」

「違う。階級戊、御影武仁(みかげ たけひと)だ。柱ではないが、私よりも階級が低いのであれば、この場は従ってもらう。下がって、傷の手当てをするんだ」

「……わかった」

 

 返事をしているのは、突っ込んでいこうとした隊士だった。若い声。新人隊士だろう、と武仁は聞きながら思った。もうひとりは、呼吸こそしているが、覚醒する気配はない。

 

 すまない。そう言い残し、もうひとりの隊士を抱えて離れていく。

 代わりに犠牲になる。その覚悟で、ここに残ろうとしている。そう思ったのかもしれない。

 

 気配が遠ざかり、感じられないほどになった。武仁は隊士達への関心を、それで完全に打ち切った。

 刀は低く構えたまま、鬼の一挙手一投足に、より意識を向けていく。

 

「あれぇ、俺の腕、動かねぇ」

 

 見上げる程の、巨漢の鬼。言動は鈍そうだが、実際の動きは素早いだろう。今までにも何度か、こういう手合いを相手にしたことはある。

 血鬼術を操るのか否か。鬼と対峙した時は、まずはそこを見抜くことだった。

 

「腕、繋がったぁ」

 

 しばらく、揺すっているうちに、傷が塞がったらしい。両腕を振り回している。それが実に嬉しいようで、歯を剥いて笑っていた。

 

「お前、俺の邪魔しやがったな。弱っちいくせに、強い俺の邪魔をしやがったな」

「お前は、自分が強いと思っているのか」

「ああ。俺は、強いぞお。お前ら鬼狩りなんか、全員喰ってやる。それで、俺も、お月さんの仲間入りだあ」

 

 お月さん。つまり、十二鬼月ということだろうか。

 鬼舞辻無惨に直属する、十二体の鬼。その一座を占めることは、鬼たちにとって名誉なことなのだ。それとて、首魁たる鬼舞辻無惨の血に、踊らされているに過ぎない。

 

「お前みたいな鈍間そうな鬼が、十二鬼月になれるのか。お前は一体、これから何百年、その姿で生きるつもりだ」

 

 鬼はしばらくの間、首を傾げていた。そして唐突に、地団駄を踏み始める。

 

「俺を馬鹿にしたな。俺が、鈍間だって。俺が、弱いって言ってやがるな」

「弱いとは思わない。だが、頭は悪そうだ」

「お前、殺すぞお」

「俺は死なん。かかって来い」

 

 鈍間。再び、最後に付け加えた。それが、戦いの火蓋を切った。




 第2部は、原作キャラ其々との個別のオリジナルの話を書いていく予定です。
 その中で、ぼちぼち原作のイベントを入れて行ければなと思っています。

 ちなみに最初は序章感覚で打っていたはずが、どんどんと文字数が伸びましたので、また分割と相成りました。

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