一般隊士の数奇な旅路   作:のんびりや

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 ちなみに主人公の戦闘法は、某対馬ゲーをプレイしながら設定を練りました。


26話 ささやかなる戦いを

 鬼が喚き声を上げながら、突っ込んできた。武仁(たけひと)は、横に走る。鬼は、木など勢いでへし折りながら、一直線に追いかけてきていた。

 

 距離は、あっという間に詰められた。

 

 風切音。頭上だった。武仁は、右手を振った。黒い縄。手元から鞭のように伸び、離れたところの木に掛かった。

 引くと同時に、強烈な衝撃が右腕から全身を貫いたが、耐える。地を滑るように、走る向きが変わる。

 鬼の攻撃を、それで躱した。走り出したとき、縄は弛ませて外し、手元に引き寄せていた。

 

 鬼殺隊の縫製担当に作らせた縄に、鉤爪をつけたものである。さっき、飛び込んでいこうとした隊士も、これで引き寄せた。

 使い方は、無数にあった。物を引き寄せたり、高所の昇り降りだけではない。さっきのように、走りながら木にかければ、普通ではあり得ない角度で曲がることも出来るのだ。

 全集中の呼吸を使えなくても、生き残る。そのために、考え出した。

 

「おおい、待て」

 

 鬼は立ち止まったが、すぐに追いついてくる。どたどたと走るたび、地が揺れていた。

 

 振り向くことなく、縄を今度は頭上に飛ばす。手応え。それを手元で確認し、武仁は全力で地を蹴った。足と同時に、腕も引き付ける。

 宙を、飛んでいた。浮遊感の中、身を回す。真下。鬼の巨躯が、飛び込んできていた。

 

「あれぇ、どこだあ?」

 

 鬼が再び、立ち止まった。野太い頸。そこ目掛けて、武仁は日輪刀を叩き込んだ。取った。そう思ったが、返ってきたのは硬い感触だった。

 

 咄嗟に、刀で自分の体を突き放す。掴みかかってきた手から、何とか逃れ出た。

 地を転がるように着地した時、鬼はまだ、自分を探して、両手を虚空で振り回していた。

 

「それほどまでに、人を喰っていたか」

 

 呟いた。まともに斬れないほど、頸が硬い。相当の数の人間を、喰らっているようだ。

 全集中の呼吸の技が使えれば。微かなその思いを、横に追いやった。空中という不安定な体勢では、水面斬りは覚束ない。考えたところで、その現実が覆ることはない。

 

 鬼がようやく、武仁の方を向いた。

 

「見つけたぜ。痛えじゃねえかよ。でも、そんな力じゃ、俺の頸は斬れないんだよぉ」

「そうらしい」

 

 武仁はまず、考えを切り替えた。頸を飛ばすのではなく、戦い抜く。それも、朝まで戦う必要はない。応援の要請は、既にしてあるのだ。

 今のところ、この鬼が血鬼術を使ってくる感じはない。肉弾戦であれば、十分に可能。武仁は、そう判断した。

 

「これで分かったかあ? 俺は強い。俺は速い。俺は馬鹿じゃない。でも、よお。お前は、弱い。お前、馬鹿だ」

「私よりも強いから、どうした。そんなことは、珍しくも何ともない。そんなことで喜んでいるから、鈍間だと言っているんだ」

 

 鬼の放つ気配が、危険なものに変貌した。

 瞬時に放たれた横薙ぎは、身を下げて躱した。巻き起こった風で、体が揺らぐ。さらに拳骨が叩き込まれてきたが、地を転がって、避け切った。

 

 鈍間という言葉に、反応していた。だから、抉るように何度も繰り返した。挑発して、冷静さを失わせるというよりも、自分に気を引く為だ。

 この鬼が、人の住む街や隊士達の方へ行けば、どれだけの犠牲が出るかわからない。だから、ただひとり、自分だけを相手にさせる必要がある。

 

 いま、鬼の口から洩れ出ているのは、意味のある言葉ではなかった。眼は血走り、狂ったように両手足を振り回している。

 目障りな蠅を叩き潰すように、眼の前にいる自分を殺す。その意志は、挙動から強く感じた。

 

 鬼の拳が、地面を次々と吹き飛ばす。土塊が、飛沫のように飛び散る。怒涛の攻撃を掻い潜りながら、武仁は駆けた。

 

 掠っただけでも、かなりの怪我になるだろう。だが、相手は凶暴になっている分、動きは単調になっている。体術が通用する体格ではない。躱すだけなら、まだ余裕はあった。

 この鬼は、見た目の印象に反して、確かに動きは速い。だが、新人隊士の頃ならともかく、今の自分なら、食らいついていける。

 

 息は、まだ続いていた。

 常中を完璧に会得して、1年以上は経っている。背は伸び、体も大きくなった。体力も、さらについてきている。

 

「くそお、くそお。お前、しぶてえ奴だなあ」

 

 鬼が動きを止めた。鼻息は荒く、肩が激しく上下している。鬼は人間より、あらゆる点で強靭だが、同じように疲れることもある。

 その向こう側に、武仁の眼は引きつけられていた。夜空に、那津が飛んでいる。自分達の頭上を越え、背後へと飛び去った。

 

 武仁は、即座に走り出した。すぐに、足音が追ってきた。だが息は切れている。足は、さっきよりも遅い。

 

 武仁は不意に、猛烈な闘気に打たれた。触れるもの全てを焼き尽くす。そう思えるほどのものが、近づいてくる。熱いという錯覚すら、肌が覚える程だった。

 

「何だ? こいつはもしかして、は、柱かあ?」

 

 そして鬼も、同じものを感じ取ったらしい。立ち止まり、身を翻そうとする。

 武仁は、腰に吊るしているものをひとつ掴み、投げた。拳半分ほどの塊。鬼の顔の前で、爆音を立てた。

 

 火薬の量を調節した爆竹。鬼にとっては、小石をぶつけられたようなものに過ぎない威力である。しかしほんの一瞬、怯んだ。

 その瞬間が、命を分けることもある。

 

 赤い光。武仁を飛び越え、一直線に突っ込んでいった。

 呼吸音と共に、白い外套が、闇に翻った。

 

 

  全集中 炎の呼吸・壱ノ型 不知火

 

 

 黒い塊が、赤い光に斬り飛ばされ、宙に舞い上がった。音を立てて倒れた体は、灰のように崩れていく。

 鬼の気配はない。それを確かめてから、武仁は日輪刀を納めた。

 

「感謝します。炎柱様」

「また、お前か」

 

 赤い日輪刀。そして、燃えるような赤髪。一度見れば、忘れようのない独特な顔の形。

 炎柱、煉獄槇寿郎である。鮮やかな赤い日輪刀は、既に鞘の中だった。

 

「柱を、これほど利用する隊士は、お前の他にはいない」

「人々だけでなく、他の一般隊士も、死なせない。私にとっては、それも大切な事です」

「甘い考えだ。弱い奴は、どうせ死ぬ。それが、早いか遅いかの違いに過ぎん」

「しかし、生きています。生きているうちに、強くなれる機会が与えられても、無駄にはならないかと」

 

 槇寿郎が、鼻を鳴らした。

 

 かつて、朱雀の死を無駄死にと貶められ、ひと悶着あった。その時の槇寿郎の眼には、諦念が渦巻いていた。それが、何に対するものだったのかは、分からない。今はそれほど、強くは感じなくなっている。

 

「杏寿郎が、お前に会いたがっている。千寿郎もだ。たまには、顔を出してやれ」

「いずれ、会いに行きます。生きていれば」

「ふん。お前のような奴が、今更、そう簡単にくたばるものか。全集中の呼吸の流派に頼らず、何年も生きている奴など、聞いたこともないわ」

 

 そう言い、煉獄槇寿郎の姿は消えた。

 

 任務以外で会ったのは、先年行われた、煉獄瑠火の葬式が最後だった。

 葬列には加わらず、墓の前で、武仁は笛を吹いた。全てが終わったら、笛を持ってまた訪れる。それは、煉獄瑠火との約束でもあった。

 煉獄瑠火の事もまた、決して忘れない。生きている自分にできるのは、それだけだ。

 

 武仁はひとり、山奥の方へ歩き出した。風が、血の臭いを運んでいる。それを、追っていく。しばらく風上に進むと、足を止めた。

 

 鬼殺隊の隊服を着た人間が、何人も倒れている。

 増援で送られた隊士達だろう。全員、首や腕がおかしな具合に曲がり、捥がれている。生きている者は、ひとりもいなかった。

 

 武仁は、倒れている隊士達の下をひとりずつ回り、顔の泥や血を拭うと、見開かれた眼を閉じていった。それだけで全員、ただ眠っているようにも見える。

 

 死んだ隊士達の、名前は知らない。誰もが、勇敢にあの鬼に立ち向かったのは、間違いないだろう。誰ひとり、日輪刀を手離していなかった。

 

 お前たちが戦い抜いた事を、俺は決して忘れない。武仁は、内心でそう語りかけていく。なにひとつ、声にしなかった。

 

 全員を回り終えてから、武仁は背を向けた。残された死体は、隠が回収する。

 

 山を下っていると、不意に、逆に近づいてくる気配を感じた。

 鬼ではなく、人間だろう。既に朝日は差し始めている。鬼殺隊の隊服。見て取ってから、武仁は刀の柄から手を離した。

 

「ああ、よかった。もう、行ってしまったかと思った」

「君は、さっきの」

 

 頭を下げてきたのは、あの鬼に突っ込んでいこうとしていた、若い隊士だった。頭に真新しい包帯を巻いているが、大事はなさそうだ。

 

「隠がすぐそこまで来てくれて、生きている皆で、手当てを受けてます。炎柱様も来てくれたって、みんな喜んでますよ。柱に会ったのも、初めてな隊士が多かったんじゃないかな」

「そうだろうな。あの鬼も、炎柱様が倒してくれた」

「でも、柱が来るよりも先に、御影(みかげ)さんが来てくれなければ、俺はもう死んでました。本当に、ありがとうございます」

 

 そう言い、また頭を下げようとする隊士を、武仁は手で制した。

 自分の戦いには、感謝も誹謗もない。武仁は、そう思っていた。生き残れたことを喜ばれる一方で、なんでもっと早く来てくれなかった。そう、大声で迫られたこともある。

 あるのは、生きるか死ぬかの、結果だけだ。自分のささやかな戦いは、死んでいく命を少しでも、現世に留めるためにある。それ以上のものは、望まない。

 

「君は、まだ新人か」

「村田って言います。階級はまだ癸で、去年の最終選別で隊士になりました」

「昨年。というと、宍色の髪と黒髪の、2人組の志願者が、いなかったか?」

「ああ、あいつらのことを、知ってるんですね」

 

 村田は、錆兎と冨岡義勇のことを、よく覚えていた。2人は見事に戦い、最終選別を突破したのだ、と武仁は思った。あの異形の鬼にも、打ち勝ったのかもしれない。

 

「でも俺は、あいつらみたいにはなれないと思います。他の奴らも。俺たちは、あの2人がいたから、選別を突破出来たようなものだし」

「言いたいことは、分かる」

 

 選別の篩に掛かった後は、更に厳しい鬼との殺し合いが待っている。力なくして生き延びた者の苦しさは、武仁にはよく理解できた。

 

 今の自分が生きているのは、常に生き残ることを考えていたからだ。そういう風に自分を鍛えてくれた、師匠がいた。そして、仲間が自分の身代わりになって、死んだ。

 

「生きろ、村田隊士。死にさえしなければ、君なりの強さが、いつか身につく時が来る」

「俺も、強くなれますか?」

「なれる。私はそう信じている。だから、君たちを助けた。そして、これからもだ」

「信じてください。俺はきっと、強くなりますから。あの2人には、勝てないかもしれないけど」

「期待させてもらう。また、会おう」

「はい!」

 

 武仁は、大声で答えた村田の肩を叩くと、走って山を下りた。

 太陽の光の下には、血の臭いも、鬼の気配もない。平穏な人の世に入り込んでも、武仁は走り続けた。

 

 鬼殺隊本部に向かっているのだ。そのための、隠との合流地点だけが、伝えられていた。

 激戦地や、危険な鬼の情報を、優先的に得る。その条件として、半年に一度、本部に顔を出すことになっているのだ。

 

 昨晩を、鬼との戦いに費やしたが、走ればまだ間にあうはずだった。

 走りながら、眠気を感じた。ここ数日、満足に寝ていない。だが、寝るのは、隠に背負われているときでいい。

 

 武仁はそう思い、欠伸を噛み殺しながら駆けた。




 次話から新章として、ある原作キャラと絡ませます。

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