一般隊士の数奇な旅路   作:のんびりや

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28話 その地に潜む者

 山間に、ぽつんとあるような村。

 

 武仁(たけひと)は付近の山から、村人の様子を見ていた。かなり遠いので、人ではない、胡麻粒のようなものが動き回っているようにしか見えない。

 

「武仁、天元。君達2人に、当たってほしい任務がある」

 

 数日前、御屋形様に、そう切り出された。

 ある山村に、怪異の影あり。50人ほどの村人の中には、既に犠牲者も出ているようだ。

 合同任務に、思うところはある。だが、御館様の指示を拒否する程のものでもない。

 

「待たせたな」

 

 気配もなく、声が上から降ってきた。武仁が首を回すよりも早く、宇随天元の姿が、隣に現れる。隣に、女をひとり連れていた。

 

「こいつは雛鶴。俺の嫁だ」

「鬼殺隊士、御影武仁(みかげ たけひと)。御屋形様の御指示で、共に任務に当たらせてもらうことになった」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 雛鶴と呼ばれた天元の嫁は、真面目そうに頭を下げた。

 天元とは違い、鬼殺隊の隊服は着ていない。派手でも粗末でもない、普通の着物を帯で締め、長い髪は後ろで束ねている。

 

「俺の嫁達は、どいつも腕利きの、くの一だ。他にも2人いて、そっちは別の所からあの村を見張っている。場所の選定で、時間がかかった」

「その前に、確認しておきたい。君は、くノ一の嫁が3人いる。そういうことだな、宇随隊士」

「そうだ。派手にな。15の時に全員、俺の嫁にした」

 

 そう言い、天元は笑った。

 元忍という、異色の経歴を持っている男。嫁が3人いると言われても今更、可笑しいこととは思わなかった。

 

「任務に支障がなければ、私は気にはしないが」

 

 武仁は、天元と雛鶴から、山村へと眼を移した。

 見る限り、ただの閑静な村である。畑があり、木を伐り出す山があり、村内では大小の内職が行われている。人の移動もあり、外界から完全に閉ざされている訳ではない。

 

「村人数人が、1人ずつ消息を絶っている。あの村に関わるどこかに、鬼がいる可能性は高い。それを見つけ出すのが、私たちの任務だ」

「いない場合は?」

「いない、と報告する。それも、全てを調べ尽くしてからだが」

「そう簡単に、尻尾を出すものかねえ。俺は、まだ鬼殺隊に入ってひと月位だが、馬鹿な鬼なら、ほいほいと人を襲うもんだろう」

 

 天元が今年の春に、最終選別を受けたというのは、御屋形様から聞いていた。それも、育手を介さずに選別を受けている。全集中の呼吸など後回しでもいいほどの、力量があるということだろう、と武仁は内心そう思っていた。

 この男と嫁達にとって、7日間を藤襲山で生き残るなど、容易いことだったに違いない。

 

「君なら、どうやって、鬼を見つける」

「俺は癸、あんたは戊。上官はあんただろう」

「柱でもないのに、階級が何の役に立つ。私は元忍という男の、やり方を聞きたい」

「やり方も何も、ぼろが出るまで見張ればいい。犠牲者が出ているなら、またいずれ、人を喰いに出てくるだろうからな」

「よし。では宇随隊士は、村外で見張りを頼む。君の奥方達の動きについては、私は関知しない。鬼を見つけたら、確実に頸を飛ばせ」

「あんたは?」

「あの村に行く」

「そんな馬鹿な」

 

 天元の声が、不意に色をなした。

 

「俺たちを、信用してないってのか」

「信用はしている。だが、見ているだけでは、村人に犠牲が出る可能性がある。私は、それを許容するつもりはない。それに、情報を集めるなら、村の中の方がいい。見張るだけでは、限界もある」

「俺達の援護に期待しているのなら、大間違いだ。俺は堅気の連中よりも、嫁の命の方を優先する。それが、俺が決めた命の順序ってやつだ」

 

 嫁の命。天元は、はっきりとそう言った。つまり、自分の命は堅気以下。この派手な男は、そう決め込んでいるのだろう、と武仁は思った。多分、その覚悟に裏打ちされた、過去もある。

 

「敵地にのこのこ踏み込んでいく馬鹿を助けるために、命を捨てさせるつもりはない」

「私は、あるときからずっと、独りで戦ってきた。生き延びるために、誰かの力を借りるつもりはない。君たちの力を借りる時は、鬼の頸を飛ばす時だ」

「あそこにいるのが十二鬼月だったら、どうするよ」

「その時は、上官として、交戦を禁ずる。鬼の特徴を見届けた上で、本部へ報告しろ。私のことは、見捨てろ」

 

 言いながら、昔ならこんな博打のような真似はしなかっただろう、と武仁は思った。

 今は、人を助けるためなら、どんな死地にでも飛び込める。躊躇しなかった分、生きる事にも、同じだけ貪欲でいられるのだ。

 

「お前、死ぬ気か? 御屋形様に、いたく気に入られているようだが」

「君の言葉を借りれば、こんな地味なところで、死ぬつもりはない」

 

 その言葉でようやく、天元が相好を崩した。

 

                       

 

 どうせ、長生きはできないだろう。

 宇随天元は、村に近づいていく隊士を見下ろし、そう思った。

 

 人助けのために、鬼殺隊に入った。御影武仁というあの男は、前にそう言っていた。

 それ自体は十分、共感に値する。過去に何があったのかは知らないが、一般隊士を助けて回っているという話も、立派なものだ。

 

 その分、あの男は自分の命を大事にしようとしていない。死ぬつもりはないが、死んでもいい。そう思っているのは、明らかだった。

 人助けのためなら、何でもする。その無機質な在り様は、かつて自分が抜け出てきた、忍びの里の連中をどこか彷彿とさせる。

 

「それに、何が私だ。俺と大して歳も変わらねえのに、似合ってねえってんだ」

「どうしたの、天元様?」

「おっ、須磨か」

 

 さっきまで近くにいた雛鶴は、武仁が村に入るまで間近に潜み、見張らせている。まきをは、村の反対側だった。

 虹丸という鎹鴉が定期的に嫁達の下を回って、自分に報告を入れる。それで、全ての情報が集約されるのだ。

 

「あの人、本当に行っちゃったんですねえ」

「ここは、先輩のお手並み拝見だな」

 

 武仁の姿は、ほとんど粒のように、小さくなっている。天元の眼はまだ、その姿をはっきりと捉えていた。忍の訓練で、視力も鍛えられている。

 

 何の逡巡もなく、武仁は村の中に入った。気づいた村人が数人、遠巻きにしているが、さらに奥の家の方へと進んでいく。その家から出てきた腰の曲がった爺に一礼するや、武仁は何やら話し込み始めた。

 

 村長か長老の家に、見当がついていたのかもしれない、と天元は思った。それを、どうやって見抜いたのかは、ここからでは全く分からなかった。建っている家など、どれも粗末で、似たようなものだ。

 

 しばらくすると、武仁は村人数人と連れ立って、山の方へと向かい始めた。余所者として追い払われることは、なかったらしい。

 

「あいつ、何かやってるな。須磨、ちょっと見てきてくれ」

 

 須磨は、快活な返事を寄越すと、駆け去っていく。

 天元はひとり眼を閉じると、村だけでなく、周囲の山々に意識を飛ばした。周囲の音に、集中する。

 

 天元は、音を聴く力が、人よりも優れていた。人が眼で見るもの、気配で悟るものを、自分は聴くことで察知できる。鬼などは、実に不愉快な音となって、耳に届くのだ。

 

 その不愉快な音は、今は全く聞こえない。

 やはり昼間は、どこかに潜んでいるようだ。もし居場所が分かれば、日の下に引きずり出してやれば、それで片が付く。

 

 須磨が戻ってくるのに気づいて、天元は眼を開けた。自分を呼ぶ声が、聞こえていた。

 

「樵の真似事だと」

 

 須磨の報告に、思わぬ声が漏れた。不安げな表情になった須磨の頭を、撫でてやる。だが、内心では、目まぐるしく思考が回っていた。

 

 いま武仁は、村人と一緒になって、斧で木を切り倒しているという。それも、情報収集というより、村人の手が足りないから手伝っている。須磨が見聞きした時は、そういう様子だったようだ。

 

 その後も、切り倒した木の枝払いや、運搬。家々の修繕。内職の手伝いなど、村の手伝いに、精を出している。情報を集めるなら、村人ひとりひとりに聞きこんだりしそうなものだが、そんな様子は全くない。

 

「こいつ、本気か。人助けも、本気でやれば、ここまで派手になるか」

 

 須磨に、まきをと一緒に行動するよう指示をした後、天元はひとりそう口にした。

 あの男は、本気で人助けをやっているのだ。これまでの行動を見ていて、そうとしか思えなかった。

 

 人助けをしつつ、村に馴染み、情報を得ようとしている。あるいは、鬼を炙り出そうとしている。

 

 逆に、鬼からすれば、目障りな存在とも言えるのではないか、とも思えた。鬼殺隊士であることは明かしていないようだが、かなり目立つ動きをしている。まるで、自分を狙えとでも言っているようだ。

 

「俺は、村の中に潜入する。雛鶴、まきを、須磨は別々に離れて、山中で待機しろ。周囲から、眼を離すなよ」

 

 まず虹丸を、伝令に走らせた。既に夕刻は過ぎ、日が暮れかかっている。

 村の中央で、炎が起こされていた。村人の多くが、その火を囲っている。天元はある家の屋根に登って、その様子を見下ろした。

 座は賑やかで、交わされている人の声は明るい。今のところ、鬼を感じるようなものは、何もなかった。

 

「皆の衆よ」

 

 声を張り上げているのは、あの腰の曲がった老人で、そこに村人の視線も集中した。その背後には、正座で座り込んでいる武仁の姿もある。日輪刀は見えないが、どこかに仕込んでいるのだろう。

 

「このところ、立て続けに村の者を喪うなど、辛いことがあったな。だが、辛いことがあれば、必ず良いことがあるのだ、と思わされた。この影法師殿が、来てくれた。我々のことを、助けてくれると、最初に言ってくれた」

 

 武仁は、自分の事を影法師と名乗っているようだ。そう呼ばれた武仁の表情は、微動だにしない。おそらく自分と同じく、鬼の気配を感じ取ろうとしている。

 

「儂は、最初は疑っていた。だが、今日一日、虚心に村のために手を貸してくれた影法師殿を、儂は信じたい」

「村長。私は、当然のことをしたまでです。しかし、村の方々の手助けになったのであれば、これに勝る幸せはありません」

「なんと。影法師殿はお若いのに、まるで仏のような御仁であるな」

「過分な御言葉です。その、返礼にはならぬかもしれませんが、失礼致します」

 

 武仁の手に、笛が握られている事に、天元は気づいた。直後に、澄んだ笛の音が、流れ始める。

 

 心の底をかき混ぜるような感じがする、不思議な音だった。

 哀しみ、苦しみ、虚しさ。人間なら誰しも、抱えて生きている。しかし誰もが、心の奥に押し込めてもいる。そういうものを、直に揺り動かすような音色。

 

 御屋形様の声にも、似ている。天元は、そう思った。そのどちらも、聞く者の琴線に触れてくる。

 

 集まっている村人全員が、笛の音を聞いている。そして、心を動かされている。天元は自ら聞いた音で、それが分かった。中には、涙を流して聞いている者もいる。

 

 いや、違う。微かな、雑音が混じっていた。それに気づき、天元は屋根から身を乗り出した。

 音の出処。炎を囲っている村人の端。壮年ふうの男が立っている。

 

 見た目は、人間である。だが、耳障りな音も放っている。何かある。そこに思考が至った瞬間、天元は迷わず、屋根から跳躍した。

 

 同時に、何かが噴き出すような音が、いくつも立ち昇る。たちまち、視界が煙に包まれていく。煙幕。天元は即座に理解したが、唐突の事態に、村人には悲鳴を上げているものもいた。

 

 天元の耳は、男の音を、聞き逃さなかった。

 男の背後に着地すると、首根っこを掴み、一気に村の外まで連れ出すと、立木にその身体を叩きつけた。

 

 骨が折れる程ではないが、普通なら失神するだけの力を込めた。しかし男は、ゆっくりと、立ちあがってきた。

 

 こいつは、鬼だ。天元は、その確信を深めていた。

 異様なほど、男の体は軽い。体を引くどころか、片手で持ち上げて、村から連れ出したようなものだった。まるで、張りぼて人形のようだ。

 

「見つけた」

「俺も、お前を見つけたぜ、鬼」

「見つけた! 新しい体! 俺に寄越せ!」

 

 男の眼。濁りきっていた。そして、狂気の光を走らせながら、自分に向かって突っ込んできた。

 速い。そう思った。だが、自分はその数倍は速い。天元は、背中に差した日輪刀に手を掛けつつ、踏み出した。体が交差した瞬間、男の頸は、胴から切り離されていた。

 

「何だ、こいつは」

 

 天元は、軽く眼を見開いた。男の頸と胴は、燃えていかない。こいつは、人間だったということなのか。そう思った瞬間、切り離された頸が、爆散した。

 

 頭蓋の破片が飛び散り、凄まじいほどの腐敗臭が辺りに漂う。天元は咄嗟に、腕で口元や鼻を覆った。

 

 その時だった。お前の、体をもらうぜ。微かな声。天元は咄嗟に腕を振り、苦無を投げた。その直後、聞こえてくる声が、断末魔に変わる。

 

 何かが、苦無に貫かれ、さらに木の幹に留められていた。まるで、小さな蛆のようだ。だが、そいつが声の正体らしき、鬼だった。

 

「はっ。こんな、地味に小さな鬼もいるのか。参考になったぜ」

 

 言いながら、天元はもう1本の刀を抜くと、鬼を2刀で徹底的に切り刻んだ。どこが首かは分からないが、刀を納めた時、その鬼は消滅していた。

 付近に、鬼の気配も、耳障りな音もない。人が1人。武仁が近づいてきている。それは、聴き取れた。

 

「鬼は、狩ったのか?」

「ああ。そいつの頭が吹き飛んで、中から飛び出てきやがった。蛆みてえに小さな、地味な鬼だったぜ」

 

 武仁は黙って頷き、胴体だけになった男の傍にしゃがむと、胸や腹の辺りを軽く指先で押し込んでいた。指先は、ずい、と異様なほど沈み込んでいく。

 

「体の中まで、食い荒らされている。残っているのは、骨や最低限の肉くらいだろう。この男は、昼間は普通に村を出歩いていた。体内なら、日の光も届くことはない。そういう、鬼だったのだな」

「寄生虫みたいなやつということか。他に、潜んでいるものかな」

「恐らく、いないだろう。1人ずつ、餌食にしていったのだな。この男は、既に死んでいたのだろう。生気がないことが多少気になっていたが、日の光を浴びていたから、鬼という確証はなかった。まさか笛で炙り出すことになろうとは」

「俺は、派手に耳がいいからな」

「君がいてくれて、助かった。宇随隊士」

 

 武仁は、まだ喧噪収まらぬ村の方を一瞥すると、山の方へと向かって歩き出した。鬼さえ狩れば、もう村にいる必要はないのだろう。

 

 歩きながら、指笛で鎹烏を呼び出すと、2言3言伝え、闇に放っている。任務終了。後は、隠に引継ぐ。小声だったが、天元には充分に聞こえていた。

 

「さっきのは、煙幕かい」

「ああ。他にも、縄や爆竹を使うこともある。どれも小細工に過ぎないが、工夫さえすれば、使いどころはある」

「俺はそういうのも、悪くないと思うぜ。元忍としての、意見だがな」

「ではこれで、忍者のお墨付きになった、という訳か」

 

 武人とは、途中で道を分かれた。合同任務として指定されていたのは、この任務だけである。

 武運を祈る。別れの言葉まで、地味な男だった。

 

 天元も、虹丸で嫁達に伝令を送ると、走り出した。集合場所だけ、伝えておけばいい。

 

 山を幾つか、越えた時だった。不意に天元は、背中にむずがゆさを感じた。それは、誰かに見られているような感覚にも似ている。

 

「誰だっ」

 

 天元は素早く立ち止まると、声を上げた。

 周囲は、闇である。木の枝葉が擦れる音のほか、天元の耳は、何も感じられなかった。




 新しい鬼を考えるのは難しいですね。

【アンケートのお知らせ】
 読者の皆様、拙作の閲覧等、ありがとうございます。
 抜け忍編後のプロットはあるのですが、翌年に展開が進む流れとなりそうです。このまま年を改めるのももったいないと思い、せっかくの機会にアンケートを実施してみようと思います。
 28話と29話の2回実施し、それぞれ1番票が多かったキャラクター2人と、主人公が絡む話にしようと思います。
 どんな組み合わせでも、なんとか話に纏めます。読者の皆様が出て欲しいキャラクターに、気軽に投票していただけると嬉しいです。

次章で登場させて欲しい登場人物(1回目)

  • 悲鳴嶼行冥
  • 冨岡義勇
  • 錆兎
  • 胡蝶カナエ
  • 胡蝶しのぶ
  • 不死川実弥
  • 宇髄天元
  • 煉獄杏寿郎
  • 瀬良蛟(オリキャラ)
  • やらなくて良い

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