一般隊士の数奇な旅路   作:のんびりや

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 色々詰め込んだら、また長くなってしまいました。


29話 頑固者

「そろそろ、指令が来ないものか、那津(なつ)

 

 武仁(たけひと)は歩きながら、頭上へ声をかけた。那津は、宙を舞いながら、カァカァと鳴くばかりである。

 

 宇随天元との合同任務から、ひと月ほど経っていた。

 その間に2度、本部からの指令を遂行した。また、移動の途中で聞いた噂話を端緒に、別の鬼を1匹見つけ出した。

 

 どれも、大した鬼ではなかった。常中で強化された身体と、暗器を使った立ち回りで、仕留めることができたのだ。

 尤も、鬼は人間よりも強い。武仁の考え方の根本に、変わりはなかった。偶然、これまで自分を殺せた鬼はいなかった。ただ、それだけのことだ。

 

 日が暮れた頃、武仁は地面に落ちている枝や石を拾い集めると、一箇所に積み上げた。その前に立ち、ゆっくりと呼吸を深める。心気も、研ぎ澄ませていく。

 

 このところ、あまりやっていなかった、ある武術の鍛錬である。

 鍛錬それ自体は、常にやっている。だが、これからする鍛錬は、そういう類のものとは性質が違うのだ。

 

 山になっている木枝や石。それを掴み、頭上へ投げた。直後、日輪刀を抜き放つ。一呼吸置き、雨のように降り注いでくる石や枝を、その場で次々と払っていく。

 

 当然、払いきれないものはある。隊服の上からでも、当たれば痣くらいにはなるし、素肌に当たれば、皮が破れ、血が流れることもある。

 山がなくなるまで、それを続けた。数えきれないほど打たれたが、急所に向かってきたものは、全て払っている。

 

 その次、近くの木の前に立った。

 野太い幹から、横に分かれた枝。そこ目掛けて跳躍する。枝を飛び越えつつ、日輪刀を振り下ろす。跳ぶ、斬る。それを、愚直に繰り返していく。

 

 跳ぶと同時に、斬りつける。回避と攻撃を瞬時に行うこの技は、師匠の十八番だった。自分はこの技を破るどころか、回避する事すらできなかった。

 だが、師匠との鍛錬の中で、誰よりもこの技の見取りをしてきたのだ。使いこなせるようになるまで、ひたすら続ける。それしか、考えていなかった。

 

 日輪刀を納め、武仁は火を起こした。まるで天上に浮かぶ、月を斬ろうとしているようだ。微かに揺れる火を眺めながら、武仁はそう思った。

 無駄な事。手が届きようのないものに、自分は手を伸ばしているのかもしれない。だが、月は斬れずとも、その光の一筋だけでも、斬り払えるようになりたいのだ。

 

 自分が本当に見据えているのは、月光ではなく、あの6ツ目の鬼の技である。あの暴風雨のような攻撃は、今も眼に焼き付いていた。上弦の壱を滅殺するためには、まずあの攻撃を掻い潜る必要がある。

 

 湯が沸くのを、待っている時だった。気配。武仁は日輪刀の柄に、手を掛けた。

 点々と、途切れ途切れの気配が、近づいてきている。それは、隠すのではなく、こちらに教えているような感じがする。

 

 小さな火。それで浮かび上がる程の、派手な身なり。森の中から出てきた男を横目に見て、またか、と武仁は思った。

 

「こんな所にいたのか。やることなすこと、とことん地味な奴だな。おい」

「別に、君を呼んではいない、宇随隊士」

「そんな、堅いことを言うものじゃねえよ。さっき、そこそこの気迫を感じたが、あれはあんたかい?」

 

 宇随天元は、こちらの返答を聞くこともなく、火の傍で胡坐をかいた。

 

 今日は、鍛錬だけでなく、この場所で野宿をするつもりである。

 選定する場所は、いつも変わりない。水場があり、風下であること。その周囲に、鬼の気配や痕跡がないこと。最低限の安全確保は、無意識でもやっていた。

 

「武仁。あんたは、地味な男だ。俺と比べると、霞んじまうくらいに。だが、笛は良い」

「結局、それが言いたいだけだろう」

「なあ、頼むよ。嫁まで呼ぶと迷惑だろうと思ったから、今日は、俺一人で来てるんだぜ。撒くのに苦労したんだからよ」

 

 まるで、駄々をこねる子供のようだ。

 このところ、天元はよく自分の前に現れる。その度に、笛を吹いてくれと、強請られる。雛鶴だけでなく、まきをや須磨という女忍者の嫁を連れて来たこともあった。

 

「仕方がないな」

 

 笛を取り出し、構えた。

 音が、静かに立ち上がった。高揚した律動で、音を紡いでいく。

 

 吹いているのは、宇随天元という男の事だった。派手好きで、嫁が3人いる元忍者。武術と言い、体の捌きといい、並々ならぬものがある。しかし、戦いへの姿勢は、堅実だった。

 そして、何があっても嫁の命を優先すると公言しつつ、自分の命を一番安く見積もっている男でもある。

 

 笛を吹き終えた時、天元は腕を組んで首を振っていた。

 

「いったい、どういう過去があれば、こんな音を吹けるようになるのかね」

「私は、君の過去に興味はないぞ」

 

 隊服の懐。笛をしまっておく場所は、一度たりとも、変えたことはなかった。かつて、不意に放たれた矢の一撃を、笛が防いでくれた。それで、生き残ったこともある。

 

「詮索するな、ってことかい。鬼殺隊は、そんな奴らばかりだ」

「笛は、吹いた。私は寝る」

「やっぱり、似合ってねえよ」

「私の、何が似合っていないという」

「それだ。手前のことを、私。俺のことは君だの、宇随隊士だの。喋り方が、合ってねえ」

「何が言いたい」

 

 天元の口調が、ちょっと硬いものになる。宇髄天元という男が、一歩こちらに踏み込んできた。そう感じた瞬間、武仁の声も硬くなっていた。

 

「俺、お前で喋らねえか。俺もあんたも、歳はほとんど同じはずだ」

「どういう口を利こうが、私の自由だ。人に、とやかく指図されたくはないな」

「俺とあんたは、鬼殺の隊士として、相性はいいと思うんだがな。笛といい、この前の煙幕といい。はっきり言うぜ。俺と組まねえか?」

 

 天元の視線を躱すように、武仁は火を見据えた。

 

 この派手な男が言いたいことは、何となく分かった。これは、任務を共に遂行しようという話ではない。

 互いの戦い方を語り合い、手の内を見せあえば、より強くなれる。そういうことだろう。錆兎と冨岡義勇のような関係と、言ってもいいのかもしれない。

 

 ただ、それは理屈として理解できるだけで、自分の内側のどこかには、それを強烈に拒絶するものがある。どう断ったものか、答えを出すよりも先に、口を開いていた。

 

「私に、友人はいない。そんなものは、必要ない」

「へえ、そうかよ」

 

 天元は全く納得していない様子だったが、武仁が顔を上げた時、その姿は消えていた。

 小さい火に、乾いた小枝を幾つか重ねる。その上に被せるように、太い木を組んだ。息を吹き込めば、ひと時、火は炎となって燃え盛る。

 燃える枝が立てる乾いた音のほか、耳に届くものは何もなかった。

 

 横になると、夜空を見上げつつ、天元の提案を受け入れられなかった理由に思考を巡らせた。そして、その理由は、すぐに見つかった。

 

 友人など、自分はもう作りたくないのだ。

 かつて、肩を並べて戦った、朱雀や芭澄という気の置けない友人。あの2人は、親友と言っても良かったかもしれない。それを失うときは呆気なく、衝撃は凄まじいものだった。

 

 鬼殺隊の人間は、自分よりも上か、下か。ただそれだけでいい。武仁はひとりで戦い始めてからずっと、そう思っていた。

 俺、お前。朱雀が教えてくれた喋り方も、やめたのだ。

 

                       

 

 翌日も、その次の日も、天元は武仁の前に現れた。

 

「しつこい奴だな。君は、私よりも強い。ずっとだ。そんな君が、なぜ私などの前に現れる。構わず、好きに動き回ればいいではないか」

「おいおい、話がぐるぐる回ってるぜ。そもそも、好きに動き回ってるから、ここにいるんじゃねえか」

 

 また、無駄なことを言った。武仁は内心で舌打ちをして、横を向いた。

 

 宇随天元は、そこそこに弁も立つ。こちらの理屈の、裏をかいてくるのだ。それを理解してから、天元を口で追い返すことは、諦めていたのだ。

 次には、何度か本気で撒こうとした。山歩きは、手慣れたものである。だが、どういう訳か、天元は必ず自分の居場所を探り出し、現れる。

 

 何度もそれが続き、武仁はこの元忍を追い払うこと自体を、諦めた。

 

 天元の前で、あの月を斬るような鍛錬は行わない。というより、人前では決してやらなかった。笑われるのも、詮索されるのも、嫌だった。

 だから、何度も天元が現れるのは、迷惑という思いの方がずっと強い。

 

 天元が、何に拘って自分の前に現れているのかは、全くわからない。ただ、宇随天元という男が頑なな分、自分も同じくらい頑迷になっていく。それが、俯瞰しているようによくわかる。

 

「武仁、あんたは全集中の呼吸がつかえないってのは、本当か?」

「水の呼吸の、壱ノ型は使えるが、他の技も流派も、何一つ使えない。一応、常中は使えているようだが、日輪刀の色すら、変わらなかった」

「俺には、適性とかいうのがあるらしい。基本の呼吸ではなく、いわゆる派生した呼吸になるらしいが」

 

 基本の5つの流派。それを極める者だけでなく、そこから派生させ、独自の呼吸を練り上げる者もいる。それは噂で聞いたことがあるだけで、眼で見たことはなかった。

 

「派生した、全集中の呼吸か。君らしい、派手な技にでもすればいい」

「はっ、無論だな」

 

 こんな適当な返答でも、天元は朗らかに笑う。

 武仁はまた、横を向いた。この男は、自分の心の中の凍らせておきたい部分に、熱をもって触れてくる。そういう笑顔の癖に、覚悟もまた垣間見えていた。

 

「その腰にぶら下げているの、見せてくれよ」

 

 武仁は羽織の下から、爆竹や煙幕を投げ渡した。天元は拳大のそれを、手の中でくるくると回している。

 

「あんたは、苦無は使わねえのか? 当てるのは簡単じゃねえが、慣れれば結構、便利だぜ」

「私は、忍者になるつもりはないのだ」

「忍者でもない奴が、こんな地味な小細工するかよ。最初は御屋形様の紹介で、こんな地味な奴が何だと思ったものだが、今の俺は、あんたに興味がある。まさか鬼殺隊に入って、忍がつかうような暗器で、人助けをしている男に会うとは思わなかったからな。地味だが、派手だ」

「あまり、褒められているとは思えない」

「そうやって捻くれた奴は、女にもてないぜ」

「私にとって、あまり意味のないことだ」

「ったく、頑固者め。壁にでも、話しかけているような気分だぜ」

 

 天元は静かな挙措で、立ち上がった。宝石をぶら下げたような髪飾りを付けている割に、物音はほとんど立てていない。

 

「また、明日も来る」

 

 その言葉だけを残し、天元の姿は消えた。

 日はほとんど、没しつつある。帰り道を急いているのか、山鳥が鳴いていた。

 

 天元が現れるのは、大抵、夕方頃である。聞けば、任務先に指定されている場所は、とんでもない遠隔地だった。それでも、天元は僅かな時間で移動し、任務を遂行するのだろう。

 

 だが、その翌日、天元は姿を現さなかった。何かがおかしい。そう思ったのは、それから数日経っても、天元が現れなかったからだ。

 最初は、ようやく面倒事から解放されたくらいにしか思わなかった。だが、姿を見ない日が続くと、どこか引っかかるような感じもする。

 

 それでも武仁は、那津で探りを入れることも、自ら探しに行くことも、しなかった。鬼との戦いが長引くことなど、当然にある。それに何より、宇随天元は、自分よりも強い。

 

 そんな男でも、死ぬ時は死ぬのだ。それこそ上弦の鬼と出会えば、ひとたまりもないだろう。もし死んでいれば、それが宇随天元という男の、巡り合わせというしかない。

 

 もし、あの男が死んでいたら。自分は宇随天元という男を忘れることなく、生きて戦い続ければいい。それだけで、いい。

 内心でそう呟き、武仁は笛を構えた。

 

 気の抜けたような音。武仁は途中で、笛を吹くのを止めた。

 

                       

 

 那津が、久方ぶりに指令を運んできた。東京府の近郊に、鬼の影あり。内容は討伐というより、調査に近いものだった。

 

 このところは、激しい戦闘へと送られるよりも、こういう陰に潜む鬼を探る任務を振られることが多い。そのこと自体に、不満はなかった。そういう鬼の方が意外と手強く、下手に隊士を差し向ければ、犠牲も多くなる。

 

 実態を暴いて、討伐できそうなら、頸を飛ばす。できなければ、柱が来るまで、犠牲が出ないように抑え込む。

 

 東京府へと向かい始めた、その夕方頃の事だった。

 突然、離れたところの茂みが、激しく動揺した。闘争の気配。そして、血の臭い。武仁は日輪刀に手を掛けつつ、走り出した。

 

 人影が2つ、森の奥から飛び出してくる。その片方。風に髪をたなびかせた女に、見覚えがあった。天元の嫁のひとり。逆手に握る短刀で、何者かと渡り合っている。

 

 鬼。そう思ったが、まだ夕日の下である。朝だろうが夕刻だろうが、太陽の下では、鬼は焼かれて消える。わざわざ、切り結ぶ意味はない。

 雛鶴が渡り合っている相手は、それ自体が黒い影のように見えた。

 

 雛鶴と影。2つの姿は、何度も交錯し、その度に鋭い音を放っていた。何度目かの交錯の後だった。短刀が一本、宙を舞う。直後、再び双方の立ち位置が入れ替わる。雛鶴の姿が、崩れ落ちた。

 黒い影。雛鶴へと突っ込んでいこうとしていたその前に、武仁は何とか立ち塞がった。

 

 相手は、黒色の装束に身を包んでいる。人間だった。それに雛鶴と同じ、逆手の構え。まるで忍者だった。武仁は眼を細めつつ、つぶさに見てとった。

 

「何者だ、君は」

 

 言い終えるのを待たず、相手が動く。並みの鬼より、速い。だが、視界の中だった。這うような姿勢で脇を抜けようとしたところを、縄を飛ばし、引き倒した。

 

 倒れた黒装束の面布に、日輪刀を突き付ける。布の間から見える眼は、濁った沼のようで、何の感情も透き通ってこない。まるで、絡繰人形のようだった。

 

「退け。これ以上やるなら、私は人間でも容赦はしない」

 

 煙。武仁は咄嗟に、雛鶴を抱え、風上へ飛び退いた。自分が使うのと同じような煙幕だが、喉に痺れるような感じがした。毒性の煙玉だろう。

 呼吸を深めつつ、武仁は意識を周囲に放った。全集中の呼吸を応用すれば、毒の巡りを遅らせることもできる。

 

 これは、人を殺す類の毒ではない、と武仁は既に判断していた。あまりに強すぎる毒は、使用者をも殺す、諸刃の剣になる。こちらの動きを、悪くさせるためのものだろう。

 煙が掻き消えた時、既に人影はなかった。微かな気配。それが、山奥へと遠ざかっていく。

 

「しっかりしろ。このくらいで、忍者が死んでどうする」

 

 雛鶴は全身に、深浅の傷を負っていた。体を木陰に横たえ、深そうなものから布と薬で、血止めを施していく。手当の最中、呻き声の中に、か細い言葉が混じっていることに気づいた。

 

 それを無視して手当てをしていた武仁の腕を、不意に雛鶴の細い手が掴んだ。意識は薄れているが、異様な力が篭っていて、指が食い込んでくる程だった。

 

「お願いです。天元様を」

 

 助けてください。そう振り絞るように言うと、雛鶴は武仁の腕を掴んだまま、気を失った。

 力のこもった指を、1本ずつ解し、外していく。残りの手当は、簡単に終わらせた。

 

「那津。お前はこの娘の側にいろ。東京府には、少し遅れることになるぞ」

 

 那津の返事は、聞かなかった。これが任務の放棄に当たるのかどうか。束の間頭をよぎったその考えを、即座に捨てた。ここで何もせずに、何のための人助けなのか。

 武仁は、走り出していた。




 抜け忍編はあと1話で終わりますが、天元殿とも長い付き合いになりそうです。

【アンケートのお知らせ】
 詳細については28話のあとがきに譲ります。
 1回目は、多くの方の投票、ありがとうございます。オリキャラにも票をいただけたりと、大変うれしかったです。
 2回目ですが、特に投票先は変えません。もし、1回目と同じキャラクターが得票1位だった場合は、2位のキャラクターを登場させることとします。

 期限は30話を投稿するまでとしますので、どしどし投票していただけると嬉しいです。

次章で登場させて欲しい登場人物(2回目)

  • 悲鳴嶼行冥
  • 冨岡義勇
  • 錆兎
  • 胡蝶カナエ
  • 胡蝶しのぶ
  • 不死川実弥
  • 宇随天元
  • 煉獄杏寿郎
  • 瀬良蛟(オリキャラ)
  • 1人でいい
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