一般隊士の数奇な旅路   作:のんびりや

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 抜け忍設定を見た時から、こういうストーリーが無いかな、と夢想してました。


30話 追いすがる過去

 昼は森の中で気配を殺し、周囲を探るのは、日が暮れてからだった。

 

「地味にやばいか」

 

 天元は身を低くしたまま周囲を伺い、そう呟いた。

 今、自分のほかには、まきをと須磨の2人がいるだけである。僅か3人だが、何倍もの人数に包囲されていた。

 

 数日前、任務を終えた自分達の前に、黒衣の装束の集団が現れた。その連中を見た瞬間、鳥肌が立った。あれこれ考えるよりも先に、その連中を打ち倒し、嫁達と共に駆けた。

 それは、戦いでいう、斥候か瀬踏みのようなものだったのだろう。気づいたら、分厚い包囲の中に、追い込まれていた。

 

 包囲している集団の正体は、既にわかっている。

 自分が生まれ育ち、そして抜け出した里の、忍者共である。抜け忍である自分と嫁を、始末するために現れたのだ。

 

 わざと自分だけ捕まり、その隙に嫁達を逃がすことも考えたが、この包囲を指揮しているのは親父か、あるいは跡を継いだ弟だろう。

 これは里の秘密の保持だけでなく、裏切り者への制裁という意味もあるはずだ。生きたまま捕えるなどという、生温いことはしないだろう。

 

 枝擦れの音が、天元の思念を断った。現れたのは、まきをだった。

 

「里の連中、まだあたしたちを探してる。ここまで来るのに、もう少し時間はあるけど」

「わかった、ありがとよ」

「雛鶴は大丈夫かな、天元様」

「信じろ。あいつが、俺やお前達を置いて、その辺で死ぬもんかよ」

「そうだよね」

 

 雛鶴と別れたのは、昨日のことだ。自分達に、探索中の敵の一部が肉薄して、包囲が乱れた。その隙に、雛鶴ひとりが包囲を突破していったのだ。自分の指示ではなく、雛鶴がひとりでやったのだ。

 雛鶴は逃げたのではなく、応援を要請しに行った。天元は、それを疑っていなかったが、問題は誰に接触するかである。

 

 可能性があるのは鬼殺隊だが、天元はこの身内との争闘に、鬼殺隊を巻き込むつもりは毛頭なかった。鬼殺隊の敵は鬼であり、人間ではないのだ。いくら時代錯誤の忍者集団とはいえ、人であることに変わりはない。

 鬼殺隊士に、人間と戦わせる。それは、忍びの里から逃げ出した自分を受け入れてくれた御屋形様への、裏切りにも等しい。

 

 誰の援護を受けることなく、この場を凌ぐ。それしかない。そういう自分の思いも、雛鶴なら汲んでいるはずだった。

 

「そろそろ、少し動くぞ。まきを。須磨の奴にも声をかけておいてくれ」

「わかった」

 

 まきをと須磨が戻ってくると、即座に互いの配置を決めて、移動を開始した。周囲を探りつつ、決して離れすぎない。そういう配置だが、何かあった時はまず自分が接敵するようにしてある。

 徐々に徐々に、低い方へと移動していく。決して、斜面は登らないようにしていた。山の上に行けば視界は確保できるが、孤立は深まることになる。

 

「やっぱり、地味にやばいな」

 

 周囲の空気そのものが、肌に絡みつくような感じだった。四方のどこかを抜けようとしたが、包囲網に隙はない。どこへ行っても、遠くから見られているような感覚が、付きまとってくる。

 この感覚に、心当たりはある。ひと月程前、背中で感じた視線めいたもの。最初に捕捉されたのは、あの時だろう。

 

 その後も、武仁の所に行くため、幾度も移動を繰り返した。その間、必ずしも隠密での移動を心掛けているわけではなかった。

 自分の負けだ。天元は再びその言葉を反芻し、唇を噛んだ。最初に自分が捕捉された時点で、この結果は決まっていたのだ。派手だなんだと言って、自分の気持ちに緩みがあったのだろう。

 

 だが、まだ付け入る隙はあるはずだった。相手も、自分たちの正確な居場所は掴んでいないからこそ、何日も包囲網を作って、こちらを炙り出そうとしているのだ。

 この包囲網を絞られる前に、逃げる。少なくとも嫁達だけでも、逃がす。それが、自分の為すべきことだった。

 

 天元は、反射的に顔を上げた。耳に、微かな音が届いている。

 

「こいつは」

 

 笛の音。御影武仁の笛。気づいて、天元は拳を握りしめた。自分の耳は、音が発せられている方向までも、感じ取っている。

 

「まきを、須磨。逃げるぞ」

「天元様?」

「つべこべ言うのは後だ、派手に走れ」

 

 迷う暇はない。気配は殺したまま、駆ける。天元が先行し、嫁2人は後ろにいた。

 纏わりつくようだった空気が、ざらざらしたものに変わっていく。左右の木の上。飛び降りてきた人影を、天元は身を回しながら跳躍し、空中で蹴飛ばした。

 

 さらに数人、眼の前に飛び出てくる。天元は、鞘に収めたままの日輪刀を振り回し、ど真ん中の間隙を駆け抜けた。笛の音は、まだ聞こえている。

 

「俺は、宇随天元だぞ。死にたくねえ奴らは、どきやがれ!」

 

 叫んだ。まきをも須磨も、しっかりとついてきている。

 かなりの人数が、闇の中に蠢いているのは、音で分かっていた。最早、存在を隠そうともしていない。

 

 人影が、眼の前に沸いた。4人。低い姿勢で、刃の短い刀を構えている。馳せ違い様に2人を打ち倒し、もう1人は胸ぐらをつかんで、傍らに生えている木の幹に叩きつけた。

 最後のひとり。跳躍し、自分の背後に降り立ったところを、まきをと須磨が倒している。

 敵が、一斉に飛び掛かってくることはなかった。ただし、執拗である。何度も切り結べば、傷は免れない。そうやって、こちらを消耗させようとしているのだろう。

 

 何度かの攻撃を切り抜けた時、不意に、天元達の前を十数人の集団が塞いだ。

 その真中。弟がいた。天元はまず、自分が生き残るという考えを、放棄した。

 弟の無機質な瞳は、自分だけを見ている。そこに何ら感情がないのは、聞こえてくる音からも明らかだ。しかし、忍としての技量は、正直侮れない。

 

 自分がいなくても、武仁がすぐそこまで来ている。雛鶴の無事は、信じるしかない。自分がやるべきことは、まきをと須磨をこの死地から逃がすことだけだ。

 

「俺が宇随天元と知ってのことなら、覚悟は決めてきたのだろうな。俺は刺し違えてでも、お前らを全員、ぶちのめすぞ」

 

 弟の眼は、まるで動じなかった。敵が、動き始める。扇状に広がり、少しずつ近づいてくる。天元も1歩、踏み出した。

 その瞬間だった。忍者集団の背後から、拳大の塊がいくつも投げ込まれてきた。笛の音が聞こえなくなっている。気づくのと同時に、視界一面が煙に飲まれた。煙幕が発火する寸前、躍り込んできた武仁の姿は、しっかりと捉えていた。

 

「殺すな!」

 

 天元は咄嗟にそう叫びつつ、自らも白煙の中を、斬り込んだ。日輪刀を2本。刃を返して、振るう。人だろうが武具だろうが、触れるものは次々と打ち払っていく。

 

 殺すな、と叫んだ。それは武仁を殺すな、という意味なのか、武仁に里の連中を殺すなと言ったのか。その問いが、天元の脳裏をよぎった。たぶん、後者だ、と思った。

 

 静かな、殺し合いだった。声もなく、刃物と刃物がぶつかり合う音だけが響き渡る。奪われた視界。それと、乱入者の登場で、里の連中は浮足立っている。

 

 忍は諜報や暗殺だけでなく、闇の中での集団戦闘にも長じている。ただ、武士や軍人のような、真っ向から斬り合うようなことはしない。姿を見せてきたということは、逆に言うと、その時点で勝算があるということだ。

 武仁は止まることなく動き続け、必ず一対一の間合いで、日輪刀を振るっているようだ。向かい合った時は、何合か切り結び、離脱する。そして隙があれば、打ち倒す。

 忍同士の連携を崩す。それを狙っているのであれば、実に効果的な立ち回りをしていると言っていい。

 

 相手の備えが、散漫になった。天元は敵が薄くなった方へ、自ら飛び込んだ。忍数人。苦無が何本も飛び交っている。耳で、捉えていた。全て打ち払い、立ち塞がる敵は、体をぶつけるようにして吹っ飛ばす。

 浅手はいくつも受けたが、立ち止まらなかった。そして血路を、切り開いた。

 

「行け、須磨、まきを!」

 

 叫んだ。天元を追い越すように、嫁が2人、次々と駆け抜けていく。天元はそれを横目に見ながら、自らは身を翻した。

 

「立ち止まるんじゃねえ!」

 

 また、叫んだ。

 

「俺は、こいつらを派手に足止めする! その後で、お前達のところに戻る!」

 

 嫁達は、鈍くなりかかった足を再び早め、離脱していく。

 これでいい。天元は身を翻しつつ、そう思った。煙幕は、薄くなりつつある。視界はすぐ晴れるだろう。

 

 ここからは、自分の命が続く限り、戦い続ける。少なくとも、嫁達が離脱できるだけの時間は必ず稼ぐ。稼げなくとも、いくらかの手傷は与える。それできっと、武仁が嫁を助けてくれるだろう。

 この期に及んで、都合がいい考えをする。自嘲しつつも、自分はそれを信じて、疑っていなかった。今はもう、御影武仁という男を信じるしかない。

 

 煙が晴れた時、忍び装束の集団が、自分を取り囲んでいた。嫁を負っていく気配や音はない。逆に、自分を包囲していた者たちの殆どが、この場に集結しているようだ。

 ただ、囲まれているのは、自分ひとりではなかった。

 

「あんた、なんでここにいやがる」

「君を助けて欲しい。君の奥方にそう頼まれたから、私はここに来た」

 

 御影武仁が、背中合わせで立っていた。




 あと1話で終わるといった気がしますが、終わりません(焼き土下座)

【アンケート回答の御礼】
 多くの方のアンケート回答ありがとうございます。
 結果は
 1回目:胡蝶カナエ
 2回目:胡蝶カナエ→胡蝶しのぶ
となりました。カナエさんの人気には脱帽です。
 よって、抜け忍編の次章は、胡蝶姉妹とのストーリーとなります。
 選ばれなかったキャラクターも、別の機会で登場しますので、また読んでいただけると幸いです。

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