一般隊士の数奇な旅路   作:のんびりや

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 ひとまず、これにて終幕。


35話 寄り道の終わり

「任務完了。住民及び隊士は無事。後は隠に引き継ぐ」

 

 武仁(たけひと)は那津を飛ばすと、カナエの体を、抱え上げた。思いの外、軽かった。カナエの日輪刀は、しのぶが持っている。

 周囲に鬼の気配はない。それを確認してから、男に声をかけた。

 

「私たちは、もう行く。しばらくすれば、ここにいる全員、眼を覚ますだろう。それぞれ街へと戻るといい」

「わかった。でも、あんたは酷い怪我じゃないか。それに血も出ている」

 

 隊服は、腕も足も胴も、切り裂かれていた。血も流れている。それだけ、カナエの剣技は凄まじいものだった。

 ただ、どれも浅い。防ぎきれなかった箇所があまりに多く、常中による止血をしきれない。それだけのことだった。

 

「大した傷ではない。私のことは気にするな。今宵見たものは全て夢だと思い、日常に戻ってもらいたい。それが、私たちの願いでもある」

「ありがとう。それだけは、言わせてくれよ。理由は分からないけど、多分俺は、君たちに助けられたんだよな」

「では、失礼する」

 

 武仁は一礼すると、表へ出た。しのぶは後ろをついてきていた。

 歩く間、言葉は交わさなかった。すぐに街の明かりが見えてくる。そこからは慎重に道を選び、藤の花の家紋の家を目指した。

 

 血みどろの男が、少女を抱え上げているのである。他人に見られれば、とんでもない騒ぎになる。幸い、すれ違う者はいなかった。

 来た時とは異なり、裏口から訪いを入れる。迎えた家人は落ち着いていて、事情を聴くことなく、武仁達を離れの一室に招じ入れた。

 

 敷かれている布団に、気を失ったままのカナエを横たえた。隊服は多少、返り血を浴びているが、綺麗なものだ。運ぶ間、血で汚れないように、羽織でカナエを包んであった。

 

「お医者様をお呼びしましょうか?」

「それには及ばない。私は、直ぐにここを発つ」

「何を言っているんですか。医者は要りません。お湯、晒と包帯をありったけ、お願いします。すぐに」

 

 しのぶの語気はいくらか強く、威圧されたように家人は去っていった。口を差し挟む隙もない。すぐさま、武仁の方に向き直ってくる。

 

「じゃあ、座って。隊服を脱いでください」

「この程度の傷は、自分で治す」

「聞き分けがないのは、姉さんだけで十分です」

「こうしている間にも、鬼は跋扈し続けている。人が傷つく。動ける限り、次の任務に備える。それが先任の隊士としての、私のやり方だ。そもそも、私は君の家族ではない」

 

 軽い煩わしさが、それ以上の問答をする気を奪った。瀬良のように、腕がなくなったわけではないのだ。まして、これまで見届けてきた数多の隊士達の死に比べれば、大騒ぎするのも馬鹿馬鹿しいとすら武仁は思っていた。

 

「さらばだ」

 

 羽織と荷物を掴み、立去ろうとしたが、腕を引かれていた。しのぶの両手が、隊服の袖を掴んでいた。

 

御影(みかげ)さんはまた、私達を助けてくれました。私は刀を取り落とさせただけで、血を流したのは、御影さんだけ。お願いします。一晩待って欲しいとは言ってません。少しの時間だけ、私にも何かさせてください」

 

 瞳を潤ませたしのぶを前に、武仁の息は詰まった。女としての自分の涙を利用する。そういう感じではない。

 姉を助けたかった。自分でも、もっと何かしたかった。自分の弱さを深く噛みしめているような表情。その心情が、不意にどうしようもなく理解できた。

 

 しのぶの白い手先が、血で赤く汚れている。自分から流れ出ている赤い血が、今は別人のもののように見えた。

 

「わかった。頼もう」

 

 武仁は床に座ると、隊服を脱いだ。

 

「多少深いもの、止血できていないものだけ、縫ってくれるか」

「はい」

 

 しのぶの処置は、やはり手早かった。縫合。薬を塗った晒は、包帯で固定する。眼を瞑っている間に、全て終わっていた。

 しのぶは更に、横たわったカナエの様子を観察し始めた。脈を測るだけでなく、閉じたままの瞼を開いて、瞳を覗き込んだりしている。

 

「大丈夫、寝ているだけです。ただ、全身がひどく疲労してる。体の限界を超えて、動いていたのかもしれません」

「そうか」

 

 しのぶの言葉に、武仁は頷きで返した。

 かつて師匠との稽古で、自分も一度、限界を超えたことがある。その時の自分は、意識を失ったまま、師匠と戦い続けていたのだという。その結果は、同じく深い疲労だった。

 ふと見ると、針は湯に通しているものと、血の付いた布に包んでいるものと、分けてあった。

 

「これは?」

「この針は、何回か使ったので、処分します」

「熱を通せばいい、というものではないのか」

「当り前です。針も金物ですから。傷めば折れるだけでなく、錆もするんですよ。汚れた器具で治療をすれば、逆に病気になってしまうんです」

「流石に、詳しいな。カナエが褒めるだけのことはある」

 

 武仁は喋りながら、隊服を着込んだ。縫い合わせたいくつかの所が、張っている感覚がある。ただ、流血は収まっていて、常中で傷を押さえる必要はなかった。

 

「もう行くんですか? もう少しだけ、休んでいけばいいのに」

「この姿を、カナエに見せるわけにはいかない」

 

 不自然な記憶の空白と、刃物で切り裂かれた隊服。多少でも聡い人間なら、真相に気づいてもおかしくない。

 操られていた男は、気を失った後に正気を取り戻し、しかもその間の記憶はない様子だった。カナエが気を失っている今のうちに立ち去る必要がある。しのぶの手当を拒んだのは、そのためでもあった。

 鬼に操られた挙句、日輪刀で隊士を殺しかけた。気づかせていいことなど、ひとつもない。

 

「姉を恨むな、しのぶ。あの鬼の血鬼術にかかったのは、カナエが油断したからではない。鬼をも救いたい。カナエが、カナエであるからこそだ。そういう人間だからこそ、カナエは強い」

「でも、姉さんの甘さで、御影さんは傷ついたんですよ。首だって」

 

 その先を口にしようとしたしのぶを、手で制する。それ以上、口にさせたくなかった。

 

「甘さを責めるのであれば、私も甘かった。鬼は死んだ。そう思って、カナエから眼を離したのだからな。カナエに責任があるというなら、私もまた、同じだけの責を負うべきだ。私はそれでも構わないが、カナエに余計なものを背負わせたくはない」

「御影さんは、それでいいんですか。どれだけ身を削って戦っても、姉さんはそれを知らないままなんですよ?」

「それでいい。誰かに感謝されるために、戦っているわけではない。私が鬼殺を為す理由は、別のところにある」

「じゃあ、最後に聞かせてください。何のために、御影さんは鬼殺隊に入ったんですか」

「カナエが鬼を救いたい。それと同じように、私は人を助けたい。それは、隊士も同じこと。消えていくかもしれない命を、少しでも減らすため、私は鬼殺隊士として刀を振るう。鬼に殺された人の冥福は祈ろう。だが私たちが来てからは、傷ついた者はいても、誰も死ななかった。その結果があれば、それで十分だ」

 

 誰も死ななかった。それだけが唯一重要なことであり、己の傷など勘定にも入らない、と武仁は思った。

 しのぶが、ふっと息を吐くすると、小さく笑った。

 

「そこまで考えているなら、仕方ないです。その、自分の信念に真っすぐなところは、本当に姉さんそっくりですよ」

「端から見れば、難儀な性格だろうと思う」

「たまには、姿を見せてください。鎹烏の文でもいいですから。起きて御影さんが居なかったら、姉さんもきっと心配します」

「約束はできん。だが、互いに生きてさえいれば、また会うこともある」

「はい。御影さんは、感謝しなくてもいいと言いましたけど、忘れないでください。少なくとも2人は、御影さんに感謝している人間がいることを」

「君は鬼の頸が斬れないと言うが、何も出来ない訳ではないな。自分にできる事で、しっかりと戦ってくれた。だから私は生きているし、カナエを助けることもできた。そして、生きていれば、もっと強くなれる、と私は思う」

「本当ですか。私でも、強くなれる。そう、信じてくれますか」

「信じよう。命の恩人だからな」

 

 しのぶが瞳を潤ませながら、にこりと笑った。瞳の色が姉よりも色濃いことを除けば、よく似た姉妹だ、と思う。いささかしのぶの方が幼げではあるが、笑顔は殊の外よく似ている。

 

「世話になった」

 

 武仁は羽織を引っ掛け、立ち上がった。

 

「昨日の笛、とても良い音でした。また、聞かせてください」

 

 しのぶの声は背中で受け、武仁は部屋を出た。

 家人には礼と、幾ばくかの銭を押し付けて、裏口から家を辞去した。

 

 季節。冬に入りつつあり、外気は冷えていた。息が仄かに白く、灯で浮かび上がってくる。

 

 あの2人は、ともにいればもっと強くなれるだろう、と武仁は思った。互いに互いを想い合う、良き姉妹だった。

 だが、鬼殺は、修羅の道である。昨日まで肩を並べていた人間との死別など、当然に起こりうる。胡蝶姉妹とて、例外ではない。

 

 大切な人間を失うことで強くなれる。それもまた、人間の不可思議な強さではある。ただ、その時が来たとして、自分は決してその別れを看過するつもりはない。

 人を守る、隊士を守る。自分の為すべきことは、変わりないのだ。

 

 武仁は、夜空を見上げた。傷は、全く痛まない。




 アンケート結果から執筆を始めた本章、わりと短くできた(作者比)ものの、明るい話になることもなく無事シリアスな流れで、しかもカナエさんよりもしのぶさんの方が目立つ話になってしまいました。
 読んでくださった方、また投票して下さった方々には心からの感謝を。
 カナエさんが活躍できなかったことについては、心からの謝罪を。

 次章から、再びプロットに戻り、とある原作キャラと絡みます。
 また読んでいただけると幸いです。
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