一般隊士の数奇な旅路   作:のんびりや

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 前半はまた御屋形様との話
 後半は任務に移ります


37話 己が道はここに

 隠の背から降ろされると、目隠しが外された。

 日輪刀。鉤爪つきの縄。それに暗器を吊った帯革を預けると、すぐに、館の奥まで招じ入れられた。

 

「やあ、武仁。そろそろ来てくれる頃だと思っていたよ」

「ご無沙汰しております、御屋形様」

「そんな、固い挨拶はいらない。さあ、ここへ」

 

 武仁(たけひと)は手招きされるまま、御屋形様の隣に腰を下ろした。

 鬼殺隊本部での面会は、決まって庭に面した大広間である。縁側に座布団が敷かれており、そこに、2人並んで腰かけるのだ。

 ここからの景色も見慣れたものだが、見飽きたと感じたことは一度もない。

 

「先日の柱合会議で、新しい柱を2人、任命した」

「ほう」

「君も知っている2人だよ。音柱宇随天元と、花柱胡蝶カナエだ。奇しくも先年、君と関わった剣士達だね」

「そうですか。あの2人が、もう柱に」

 

 入隊から僅か1年で柱に昇りつめるとは、どれだけの努力を積み重ね、どれだけの戦いを潜り抜けるということなのか。少なくとも、自分の最初の1年は、生き残ることに必死になっていた。昇任など、意識の外である。

 ただ、あの2人が得難い隊士ということは間違いないだろう、と武仁は思った。

 

 天元は元忍の経験に加え、3人の嫁を上手く指揮して戦うことができる。一対一の戦闘が多い鬼殺隊士の中で、それは、稀有な能力と言ってもいい。

 そして胡蝶カナエは、凄腕の花の呼吸の遣い手である。

 

「嫁を使っている天元はともかく、胡蝶カナエは女でありながら、僅かな間に柱となった。これは、驚くべきことだと思います。かつて瀬良様が、柱になる奴は己の才覚で上がってくるもの、と言っていました。正に、その通りでした」

「そのカナエが、柱として最初に、あるものを求めてきた。柱の階級にある隊士は、館だけでなく、給金も求めるだけのものを与えている。だけど、そんなものは必要ない、と言ってね」

 

 それが何かわかるかい。そう言いたげな表情で、御屋形様が顔を向けてきた。

 

「鬼の研究をしたいとでも言い始めましたか」

「悪くない考え方だ。でも、違う」

 

 武仁は首を傾げた。鬼と仲良くしたい。それが、胡蝶カナエが持つ理想である。それは、信条のようなもので、学問のようなものとは思えない。

 

「館をひとつ、そしてそこに、鬼殺隊の治療所を作りたい、と言ったんだよ」

 

 その屋敷では、鬼との戦いで負傷した隊士の治療をする。それだけでなく、製薬や、負傷した隊士が現場に復帰するための訓練も行うようだ。

 

 鬼殺隊での負傷の治療は、藤の花の家紋の家が手配する医者でなければ、心得がある隊士や隠が、我流で処置しているのだ。だから戦いで生き残れても、悪化した傷が原因で命を落としたり、手足を失って戦いを諦めたりする隊士も少なくない。

 

 たとえ、そういう実態がわかっていても、組織を変えるというのは、多分簡単な事ではないのだろう。そもそも政府非公認の組織である。隊お抱えの医者など、こと細やかに整備できるとは思えない。

 

 だが、この鬼殺隊において特権的にそれができるというのが、柱という存在でもある。いま、それを為そうとする胡蝶カナエは、やはり卓抜な人間だった。

 

「御屋形様は、どうされるおつもりですか」

「もちろん、私が拒否する理由はない。かつての花柱が居を置いていた屋敷を、カナエが受け継ぎ、そのまま鬼殺隊の治療所として運用することになる。その名も、蝶屋敷」

「蝶屋敷、ですか」

 

 花ではなく、蝶。妹の居場所を作りたい。鬼を救いたいというカナエが語った、もうひとつの願いのことが、武仁の脳裏をよぎった。

 我儘を通したければ柱にでもなれ。これが、自分が放った言葉への、カナエなりの答えという事なのか。

 

「カナエの妹のしのぶは、優れた医術の腕を持っている。私は、見てみたいと思います。カナエ達が作りあげる蝶屋敷を。それが、何を変えていくのかを」

「多くのものが、これから変わる。いや、既に変わりつつある。カナエ達はこれからきっと、多くの剣士達を救ってくれるだろうね」

「それも、御屋形様の予知ですか?」

「いいや。願い、かな」

 

 そう言い、御屋形様は庭先に眼を向けた。

 顔の痣は、以前見た時よりも更に色濃く、より大きく広がっていた。左眼は白く濁り、光は無い。この痣が全身に回ったときが、御屋形様の最期なのだろう。

 

 御屋形様はこの山奥の屋敷で、ただ待っているのだ、と武仁は思った。隊士達の死を刻みながら、己の死を待っている。

 

「これから君に、やってもらいたい任務がある、武仁。今日は、それを直接伝えたいと思って、君を呼んだんだ」

「何なりと」

「ある海際の漁村で、疫病が流行している。犠牲者は多く、それも医師が匙を投げる程の状況らしい。既に、送り込んだ隊士が2名、消息を絶っている。病とは言うが、恐らく鬼によるものだと私は思う。それも、相当に強力な鬼だ」

「柱は、動くのですか?」

「動かない。鬼というのは私の所感で、柱を動かせるだけの、確たる証がないんだよ」

「では、やむを得ないですな」

 

 柱はそれぞれ、鬼殺の戦線で大きな役割を果たしている。噂話だけで動かせるほど、暇ではないのだ。

 その柱を動員するのにもっとも有効なのは、一般隊士が流す血と言ってもいい。

 

「これ以上の被害の拡大は看過できない。しかし、剣士達の犠牲も、避けたい。だから、武仁を呼んだ。都合の良いことを言っていることは、十分に承知している。だが、君ならきっと、成し遂げてくれると思っている」

「御屋形様は、ただ命令されるだけでいいのです。人を助けろと。私はそれを、隊士として遂行する。それがいかに危険な任務であっても」

「そういう任務に、優先的に送ってほしい。私にそう言ったのは、何年も前の事になる。それでも武仁は、今日まで生き抜いてくれた」

「私は、決して死にません」

 

 既に、2人の隊士の犠牲が出ている。それ以上、住人にも隊士にも犠牲を出さず、しかも柱を送ることのない手を打つ。そのために自分が選ばれたと思えば、これまで戦ってきた意味もある、と武仁は思った。

 

「隠と、隊士を1名、既に差し向けてある。彼らと合流し、任務に当たって欲しい。行先はいつも通り、那津が知っている」

「承りました」

 

 武仁は一礼し、腰を上げた。御屋形様は座したまま、穏やかな陽気が射しこんでいる庭先を、ただ眺めている。

 

「笛は、また今度だね」

「隊士が先行している以上、一刻でも惜しいところですので」

「君ならそう言うと思っていた。だから私は、ここで待っている。それと、輝利哉達も、君の笛を楽しみにしているよ」

「それでは、お健やかに」

 

 再び一礼し、武仁は広間を辞去した。

 

                       

 

 連れてこられたのは、街道沿いにある一件の宿屋だった。武仁は、どこか寂れた装いの建物を見上げた。那津の黒い小さな体は、屋根上にある。

 目的地までは、ここから半日もかからない。ここで、隊士と隠と合流するということだろう。

 

「失礼」

 

 戸を開けて、誰何する。奥から、腰が曲がった老人がのそのそと現れた。

 

「おや、また若い人とは、それもおひとりで」

「私は、宿を取りに来たわけではありません。ここに、知人が逗留していると聞いて、参った次第です」

「ふむ。それは、上の階にいるあいつらの事か」

「何か?」

「いいや。だが、ひとりは今日日見ない黒子のような恰好。もうひとりは顔が整っておるが、とんでもない口下手でな。何を考えているのか、わかったもんじゃない。あまり、長く泊めておきたくはないのう」

 

 割とよくある反応だった。隊服や日輪刀で気味悪がられて、一晩の宿すら断られることも、そう珍しいことではない。

 そうでなくとも、自分達は血で血を洗う鬼殺の戦いに身を投じている人間達である。客商売をやっている人間ともなると、相手の素性にはとくに敏感なところがあるものだろう。

 

「とりあえず、会うことにします」

「階段を上がって、右奥の角部屋じゃ」

 

 老人に説明された部屋はすぐにわかった。一部屋だけ襖が閉じている。武仁が、その部屋の前に立った瞬間だった。

 

「だあああ! もう、やってられねえってんだ!」

 

 大声。荒々しい足音が近づいてくるなり、戸が音を立てて開けられた。隠。眼があった瞬間には、名前は出てきていた。

 

「後藤か。大声を上げてどうした。どこに行く」

「おっ、武仁じゃねえか。早く来いってんだよ、全く」

「待たせたことは、謝罪する。本部に呼ばれていた。この任務も那津ではなく、御屋形様から聞いた」

「何でもいいぜ。ここに居るならな。お前が来るのがあと一日でも遅かったら、俺はもう、ひとりで先に行ってたぜ」

 

 部屋。後藤が顎をしゃくった先、畳の上で、姿勢よく正座している隊士の姿があった。

 不揃いな黒髪と、葡萄色の羽織。水面のような静かな眼が、武仁の方を向いていた。

 

「後藤、ここは私に任せてくれ」

「任せろって言われてもなあ、そいつ、全然口を利かねえんだぞ」

「だが私は、この男と2人だけで話したい。先に、宿代を払っておいてくれ。外で会おう」

 

 首を傾げながら、後藤は階下へと消えていく。それを見て、武仁は部屋の中に入った。

 布団とちゃぶ台、燭台だけの質素な客座敷で、隊士と向かい合う形で腰を下ろす。しばらく視線を交わしたが、会話はなかった。

 

「久しぶりだな、冨岡隊士」

 武仁の方から、声をかける。

 こくり。冨岡義勇の返事は、それだけだった。

 

                       

 

「無事に最終選別を突破したのだな。錆兎は、息災か?」

「分からない」

「そうか。だが文のやり取りくらいは、しているのだろう?」

「していない」

「鱗滝先生のところにも、行っていないのか」

「ああ」

 

 随分と感じが変わった、と武仁は思った。狭霧山にいた頃とは何もかもが、別人のようになっている。

 元々、冨岡義勇という男は、冷静さが目立つ男だった。だが、久しぶりに会った義勇はそれに輪をかけて、口下手と言ってもいい域にある。

 宿の主も後藤も、この調子の人間を相手にしていたと思えば、あの反応も頷けた。

 

「俺は、弱いから」

「いいや」

 

 不意に呟かれた義勇の言葉を、武仁は否定した。

 

「君は弱くなってなどいない、冨岡隊士」

 

 決して、口下手になっただけではなかった。義勇の全身から漂う気のようなもの。それが伝えてくるものは、明らかな手練れの気配である。

 沈黙の中に、多くのものを秘めている。そういう姿とも思えた。

 

「掌を、見せてくれないか」

 

 無言で返された義勇の掌は、見た目以上の分厚さがあった。

 木刀や刀を握る掌の皮は、戦いや鍛錬と共に破れ、治ると共に徐々に厚く、丈夫になる。鬼殺隊士なら誰でもそうなのだが、義勇の掌は、既に歴戦の隊士のそれだった。

 これを見ただけでも、義勇が今日までどういう鍛錬を積んできたのか眼に浮かぶ。

 

「今回は、私達2人での合同任務となる。それは、聞いているな?」

「ああ」

 

 階級を示せ。義勇の小声が部屋に流れた。甲、とある。柱を除けば、最高位の階級である。武仁は先月、乙に昇進したばかりだった。

 胡蝶カナエといい、実力ある隊士が昇進する速さには、やはり凄まじいものがある。

 

「甲か。私よりも階級が高い上に、もう柱は目前だな。任務の指揮は、君に執ってもらおうか」

「そんなことは、どうでもいい」

 

 義勇の眼は変わらず、水面のような平静さを湛えたままだ。何の感情も、浮かび上がっていない。しかし、それは内に秘めたものの裏返しなのか。

 

「俺は、柱になどならない。そんな力はない」

「そうなのか」

 

 狭霧山で別れた後、義勇に何があったのかは、わからない。多分、自分から語ることはないだろう。

 最終選別を錆兎とともに生き残り、そこからはただ独りで戦技を磨き続けてきた、冨岡義勇という男の強さ。それだけは間違いないだろう。




 花屋敷ではなくて、蝶屋敷。
 何となく、そこに意味を求めてみました。
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