一般隊士の数奇な旅路   作:のんびりや

5 / 43
 ようやくひと段落。


5話 さらば影よ

 2か月ぶりに、街に下りた。

 冬の間は、2人だけで山籠もりを続けていた。

 それも一週間くらい前に、峠は越えたらしい。このところ、山中にも温かい日差しが射すようになっていた。

 師匠に、荷物をまとめるように言われたのは、それからすぐのことだった。

 

「まず風呂に入る。それから、服を新調するぞ」

 

 山での生活に、風呂などない。できるのは、全身を布で拭いたり擦ったりすることくらいだった。それだけなら、旅でもよくあることだった。

 苦慮したのは、服がどんどん傷んでいくことだ。破れは糸や細くちぎった布で塞いだが、補修しきれなかった小さな穴やほつれは、数えきれないほどある。

 

 流石に師匠も、街に入るときに服がみすぼらしいなどとは言わなかった。師匠の服も裾や袖が、軽く傷んでいる。

 

 風呂を済ませた後、服屋を回り、新しい衣に身を包んだ。それで、2か月で纏わりついた汚れを、すっかり落としたような感じになった。

 師匠は黒色、自分は灰色。羽織と袴という、古風な和装である。旅の中で、自然にそういう格好に落ち着いた。

 

「私は行くところがある。お前は、先に宿屋へ行っていろ。いつものところだ。金はこれを使っていい」

「わかりました」

 

 街には北から入った。今までにも、何度か同じ方向から街に入って、泊まるときはいつも同じ宿屋を使っている。藤の花の家紋を、掲げている宿屋だ。

 

 武仁(たけひと)は人込みを避け、裏道で宿屋へ向かった。

 山間の村ばかり回っているので、久しぶりに人出のある街を歩くと、慣れるまではちょっと息苦しい。冬が終わり始めた頃で、人の間には活気もあった。

 

「おい、お前」

 

 左右に、男が2人立っていた。その間を抜けようとしたら、前に立ちふさがってくる。

 

「いい着物着てるじゃねえか。坊や、お使いかなあ?」

「兄貴。そんな言い方したら、またこの前みたいに、小便漏らしちまいますよ」

 

 汚れた服、ざんばら髪、黄ばんだ歯。やくざ者のようだ。

 大して驚かなかった。山の中ですら、こういう手合いと出会うことがある。人が多い街なら、それこそ山ほどいるだろう。

 そんなことを、武仁は2人を見ながら、ぼんやりと思った。ただ、黙って言いなりになるつもりもない。

 

「くそっ、こいつ何にもしゃべりませんよ。もういい。おい小僧。持ってるもん、全部出しな。全部だ」

「貴方達に渡せるようなものは、何もありません」

「小僧。てめえ、俺たちを舐めてんのか?」

 

 ひとりが掴みかかってきた。反射的にその手をはじき、徒手を構えた。木刀は背中に差している。

 

「こいつ、一丁前に構えなんてしやがって。子供だからって、手加減しねえぞ。お前も、やっちまえ!」

 

 2人の拳や蹴りが襲い掛かってくるが、全て捌き、躱していく。師匠の技に比べれば、いかにも遅かった。

 避けるだけで、反撃はしない。下手な打ち方は、相手に怪我をさせることになる。

 

「こ、こいつ。気味の悪い奴だ」

 

 しばらすると男たちは激しい息をつき、捨て台詞を吐いて去っていった。

 服の乱れを直し、武仁は再び歩き始めた。

 

 攻撃を躱している間、武仁は冬山での訓練を思い出していた。

 冬の山籠もりは、訓練の総仕上げのようなものだった。雪の中、木刀や拳で立ち会う。過酷な環境での戦いを支えてくれたのは、全集中の呼吸だった。

 水の呼吸は、今も壱ノ型しか使えない。だが深い呼吸を重ねると、不思議と寒さにも耐えられた。

 

 酷寒の中で、ひとつ見出した、と武仁は思っていた。

 相手を打ち倒すことより、生き残ることの方が重要である。どんなに屈強な相手でも、傷つくことを防ぎ、生き残り続ければ、いつかは勝機を見いだせる。

 

 勝つために敵と刺し違える、という考えは、武仁にはなかった。厳しい訓練を経ても、結局、自分は大して強くはないのだ。相打ちできる敵など、最初から高が知れている。

 

 道を何度か曲がって、表通りに出た。目の前が、藤の花の家紋を掲げた宿屋だった。構えは小さく、質素なものである。

 

「2人分です。今晩も、お願いします」

「はい、いつもの部屋だからね。影法師さんは?」

「師匠は後で来るそうです」

 

 女将に2人分の前金を渡し、部屋に入った。

 布団、ちゃぶ台、座布団。無駄なものは、ひとつも置いていない。この静かな佇まいが、武仁は好きだった。いつ来ても、部屋には少しの塵も見つけられない。

 

 部屋の端で、武仁は笛を磨き始めた。

 山籠もりの間、何度か師匠の前でも笛を吹いた。お前には、笛吹きの才能があるな。そう言って笑っていたが、吹くことを何度かせがまれもした。

 日が暮れてから、師匠が宿屋に合流してきた。袋をひとつ、脇に抱えている。

 

「旅の荷物だ。冬の間に、かなりのものが傷んでいて、使い物にならなくなっている」

 

 袋はしっかりと裁縫されていて、かなり丈夫そうだった。内側には革が張られているので、雨露くらいなら防ぐ作りになっている。

 

「ここに座れ、武仁」

「はい」

 

 師匠の前に、武仁は正座した。しばらくの間、部屋の真ん中で、2人で向き合った。

 視線が激しくぶつかり合う。これも、戦いだった。眼光が繰り返し襲い掛かってくる。見返すのではなく、武仁はただ耐えた。耐えて、受け流していく。

 

「藤襲山という、山がある。鬼殺隊入隊のための、最終選別がそこで行われている」

「以前、お伺いしましたね。山域全体を、藤の花に囲まれているのだとか」

「お前は明日から、その藤襲山へ向かえ。ひとりで行くのだ。ここからなら、半月もあれば到着できる。目印を書いたものも、荷物に入れておいた」

「私は、最終選別に行っても良いのですか?」

 

 武術ならまだしも、全集中の呼吸は水の呼吸だけ。それも、壱ノ型しか使うことができない。まだまだ訓練は必要だ、と思っていた。

 

「お前には、私から教えられるものは、全て教えた」

「しかし、全集中の呼吸は、ほとんど使えません。こんな私が、鬼殺隊に入ることができるのですか? 入れたとして、何の役に立つのですか。私は、師匠のように強くなりたいのです」

「お前はやはり、大きな勘違いをしている。今のお前は、呼吸の型がいくつか使えないということに過ぎん。そして鬼殺とは、鬼の頸を飛ばすことであって、呼吸をすることではない。お前は今の自分を弱く、私を強いという。だが私は、武術が他人より多少優れているだけだ」

「それは、私にとっては凄いということです。師匠の強さは、いつでも私の憧れでした」

「武術だけが人の強さであれば、人は誰もが武術を極めなければならなくなる。だが、現実はそうではない。人間には、いろいろな形の強さがある。お前には、お前の強さがあるのだぞ」

 

 自分の強さ。そう言われると、気づくものがあった。

 

「冬の間に、師匠と立ち会っていて、思ったのです。倒すだけではなく、生き延びることのほうが、私には大切なのではないかと」

「思うものがあるなら、自ら実践するのだ。お前は、人を助けたい、といったな。お前が鬼殺を為すのであれば、私がお前を鍛えた意味もある」

「わかりました、師匠。明日、ひとりで藤襲山へ向かいます」

「それでは、これも持っていけ」

 

 師匠が、布に包まれた長物を渡してきた。黒塗りの鞘が、端から覗いている。

 

「私の日輪刀だ。お前に貸しておく。最終選別は、7日間を生き残ることが合格の条件だ。折れても、新しい刀はない。大事に使え」

 

 無茶な使い方をすれば、簡単に折れるのかもしれない、と武仁は思った。それが鬼との戦闘中だったら、致命的な隙になる。

 柄を握り、少しだけ抜いた。刃は灯に照らされて白く、刃紋はかすかに黒く波打って見えた。手入れはしっかりされていて、曇りはない。

 

「師匠の刀です。大切に、使います」

 

 刀を納め、荷物の傍らに置いた。

 

「さっきはああ言ったが、お前は志願者の中で、まず最弱だろう。全集中の呼吸の極めるべき型が見えず、武芸の方はまだまし、といったところか」

「周りはみんな、私よりも強い。その気持ちを、忘れないようにします。それに師匠は、私の生きる執念を買ってくださった、と思っています。だから、私は何があっても生き残ります」

「そうだ、武仁。何があっても、生きることを諦めるな。辛いことがあろうと、必ず生きろ」

「はい」

 

 それ以上、話すことは何もない、と思った。

 そう思うのと同時に、不意に、武仁は別れの気配を感じた。もし藤襲山での最終選別を終えても、師匠はここにはいない。そのことを理屈でなく、直感で感じた。

 

「師匠」

「何だ?」

「私と初めて会った時のことを、覚えていますか? 必要が来たとき、自分で姓をつけろ、と言われました」

「よく覚えているものだ。確かに、私はそう言った。では、今がその時か」

御影(みかげ)と名乗ります」

「影、か」

 

 師匠が、人に名乗る際の名前である、影法師から一文字取ったのだ。

 影法師。海外の劇曲の一節にも、その言葉があるようだ。その意味も聞いていたが、武仁には難しく、その意味はよく分からなかった。

 

御影武仁(みかげたけひと)。私は、良い名前だと思う」

「これからも、旅は続きます。どうか、お健やかに」

「武仁。生きることは、別れの積み重ねだ。だからこそ出会いは、別れと同じくらい、尊いものになる」

「そうですね。私は、師匠と出会えて、本当に良かったと思います」

「折角だ。お前の、笛を聞きたい」

 

 武仁は頷き、竹笛を構え、瞑目した。

 

 様々な思いが、沸き上がっては、立ち消えていく。師匠と出会った日。人助けの日々。人々の笑顔。すべてを変えた寺での出来事。地獄の訓練。そして、唐突の別れ。

 去来する思いを眺める中、自然と音が流れ出す。師匠という一人の男との出会いと、別れの曲。一言でいえば、さよなら、という言葉に過ぎない。

 吹き終えると、外からぱらぱらと拍手が部屋に入り込んできた。

 

 師匠は、何も言わない。

 武仁も笛を構えたまま、動かなかった。

 

                       

 

 夜明け前に、武仁は眼が覚めた。荷を背負い、刀は布に包んで腰に下げる。笛は、帯に差していた。

 師匠はまだ布団の中にいる。その背に向かって一礼し、宿屋を出た。

 速足で歩き、まだ暗い内に、街を出た。

 父親のような、兄のような人だった。そう思って、はじめて、涙が零れ落ちてきた。




 次回、最終選別へ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。