一般隊士の数奇な旅路   作:のんびりや

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 最終選別は前中後の3話を予定しています。
 まずは、友達を作る話を。


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6話 最終選別前編・男同士

 そこに近づいていくと、藤の花の匂いも、どんどんと濃くなった。

 武仁が藤襲山の入り口に到着した時、山道上には20人くらいがまばらに集まっていた。志願者は男だけでなく、女もいるようだ。

 お互いに、緊張した雰囲気が流れている。打ち解ける、という雰囲気はまるでない。

 

 武仁(たけひと)は集団の端に加わると、藤襲山の方へ眼をやった。

 藤襲山と言っても、裾野を含むかなり広い範囲を指すようだ。20人が入っても、誰とも出会わないことの方が多いかもしれない。

 さらに数人が、ばらばらと加わってきた。

 

 しばらくして、白い着物を着た若い男が、山道の一段高くなったところに立った。

 

「本日は、鬼殺隊最終選別に大勢の集まってくださったこと、心から感謝を申し上げます」

 

 見た目の若さに反して、落ち着いた声だった。聴く側に、すっと染み入ってくるような感じがする。

 若い男の口から、最終選別の説明が一通りされた。鬼殺隊士が捕らえた鬼が、藤襲山には放たれている。その中で、7日間を生き延びれば、鬼殺隊士として認められる。

 説明は多くなかった。

 

「それでは7日後、皆さまの無事のお戻りを、祈念いたします」

 

 若い男はそう言い、落ち着いた挙措で身を翻した。周囲を、数人の黒い詰襟の集団が囲んでいる。その全員から、手練れの気配がした。

 

 挨拶は、それだけのようだ。

 朱色かかった髪の男が、先頭で山道を進み始める。それが始まりとなって、次々と志願者が山へと入っていた。

 武仁も山道を登り始めた。藤の花が狂い咲いている山道を抜けると、すぐに山の中だった。

 ここから先は、どこから鬼が襲ってくるかわからない、敵地だった。

 腰に佩いた日輪刀の重みを、武仁は片手で確かめた。

 

                       

 

 日没から、しばらく経ってからだった。背後から誰かに見られているような感じが、じっとりと付きまとってくる。

 月は出ている。武仁は、周囲の地形を思い浮かべた。この辺りは、昼に一度見て回っている。

 頭上が開けていて、月明かりでも視界がある場所がある。そのひとつに向かって、ゆっくりと歩いた。

 その間も、視線は背中に張り付いたままだ。

 

 気配を感じた瞬間、武仁は身を低くして転がった。同時に、武仁が立っていた場所に、何かが音を立てて降り立った。

 

「人間だぁ! 飯が来たぞぉ!」

 

 目を血走らせた、鬼。涎を垂らしながら、飛び掛かってきた。

 唐突に、以前、鬼と対峙した時の光景が、武仁の脳裏に鮮やかに蘇った。あの時は、確かに無力だった。だが、今は違う。忌まわしくても、ただの記憶に過ぎない。

 だから、縛られはしなかった。

 

 鬼の爪が迫る。武仁は半身を逸らして躱し、抜き打ちで日輪刀を走らせた。鬼の両足を、斬り飛ばしていた。

 

「痛ぇ! てめぇ、やりやがったな! 殺す! ぶち殺して、てめえを食ってやるぞぉ!」

 

 罵声を散らした鬼が、腕だけの力で、武仁に向かって跳ねてくる。その時、武仁はもう刀を構えていた。息を吸い込むと同時に、全身に力があふれ出す。

 1歩、踏み出した。

 

 

  全集中 水の呼吸・壱ノ型 水面斬り

 

 

 馳せ違い様に、鬼の頸を飛ばした。

 鬼の肉体がぼろぼろと崩れ、掻き消えていく。他に襲ってくる鬼はいない。それを確かめてから刀を納め、武仁は歩き出した。

 

 昼の間に、夜潜むための拠点を見つけていた。

 まずは水場が近くにあり、風下であること。小さな火を焚いても、外からは見えにくい場所であること。それを優先した。

 やくざ者にしつこく追われた時など、師匠は巧みにその追跡を躱していた。旅で覚えた知恵が、思わぬ形で生きている。

 

 戻ってから、土を掘って火を起こした。水を入れた小さな鍋を火にかけ、藤の花の香を焚くと、武仁はようやく落ち着いた。

 

 落ち着くと、さっきの鬼のことを思い出した。

 初めて、鬼を殺したのだ。この手でだ。

 鬼はもともと人間だったもの、と師匠には言われていた。

 つまり、鬼を殺すということは、人を殺めるということではないのか。鬼ならば、殺しても構わないのか。

 考える時間は、冬の間にたっぷりとあった。

 

 鬼は、人間を襲い、食らう存在だった。鬼を放置すれば、それだけ人は傷つき、死んでいくことになる。

 最後は、人間と鬼のどちらを選ぶか、というところに行きついた。

 自分は人間のほうを選ぶ、と武仁ははっきりと結論を出していた。

 人間の側に立って、人助けをする。だから、この手で鬼の頸を打つことに、抵抗はない。

 

 鍋が細い湯気を上げているのに気づくと、それで鬼のことを考えるのはやめた。そして、荷物から小さな団子を取り出した。

 小麦の粉を練った生地に、肉や野菜を包んで、灰の中で焼いたもの。7日間を食いつなげるように、少しずつ準備したのだ。

 

 不意に、木に吊っていた鳴子が揺れ、からからと音を立てた。

 焚火に砂をかけて消す。そして、刀に手をかける。自然にそう動いた。

 そして、息をひそめた。周囲の明かりは、月の光だけになっている。

 

「待て、俺は鬼じゃない」

 

 離れたところで、声が響いた。

 

「俺も志願者だ。鬼はいない。もしよければ、そっちに行かせてくれないか?」

「あまり動かないほうがいい。この辺には、いくつか音の出る罠を仕掛けてある」

 

 周囲には、軽く弛ませた縄を、いくつか打ってあった。鬼でも獣でも、引っかかれば鳴子が動く。

 その罠にかからない通り道も、いくつかつけてある。その一つを教えると、声の主はすぐに近づいて来た。

 

「まさか、あんな仕掛けがあるとは思わなかった。準備のいいやつだな、お前」

 

 朱色の髪の男だった。見覚えがある。先頭で藤襲山に入っていった男だ、と思った。

 

「俺は南原朱雀(なんばらすざく)。お前は?」

「武仁。御影武仁という」

「武仁か。せっかく入れてもらったんだ。火を起こしても、構わないか?」

「さっきまで、そこで焚火をしていた。鳴子が鳴ったから、消してしまった」

「なにっ、それはすまないことをした。待ってろよ。俺は、火付けは得意技でね」

 

 待つほどのこともなく、小さな火が灯った。朱色の髪が、さらに鮮やかに浮かび上がる。

 今度は2人で、火を囲った。

 

「いいな、火があると。まず、気持ちが落ち着く。根を詰めても、この7日が短くなるわけでもない」

 

 朱雀と名乗った男はそう言い、にっこりと笑った。年恰好は自分よりも、少し上くらいだろう、と思った。

 

「朱雀殿は、どうして私のところに来たのだ?」

「腹が減っていたから、かな。獣を獲ったのだ。すると、近くに人の気配がした。武仁。お前のことだ。流石に、罠の気配までは分からなかったが」

「腹が減った。そんな理由で、出歩いていた? 鬼がいるかもしれないのに」

「お互いに出せるものを出せば、飯が豪華になる。これは、俺にとって大事なことだぞ。古来から、腹が減っては戦はできぬともいう」

「私が持っているのは、これだけだ」

 

 武仁は、団子をいくつか並べた。

 朱雀が取り出したのは、2羽の鳥だった。首が切られている。軽い血抜きは、済ませているようだ。

 

「気にするな。火を消させた詫びとでも、思ってくれ。今日は、1羽食う。もう1羽は、後で燻しておけばいい」

「それでは、朱雀殿が」

「おい。その朱雀殿っていうのは、やめてくれ。男同士が、これから一緒に飯を食う。対等に俺、お前で話そう」

 

 男同士。そう言った朱雀の言葉が、何とも言えない感情となって、武仁の中を駆け巡った。

 今まで、こういう人付き合いはしてこなかった。

 師匠はいた。その師匠に、家族のような感情も持っていた。だが、友人と呼べるような人間は、ひとりもいなかった。

 

「わかった。改めて、私は。いや、俺は御影武仁。よろしく頼む、朱雀」

「ああ。とりあえず、飯だな」

 

 飯を食いながら、武仁は朱雀と様々な話をした。

 朱雀は話していて、気持ちのいい男だった。年は武仁より上で、17歳だという。だが、年上然をしているようなところは、全くない。

 

「俺の家は、昔、柱に救われたのさ」

「柱。鬼殺隊最高の剣士のひとりか」

「ああ。炎柱様に、俺たちは助けられた。だから俺は、恩返しのために鬼殺隊に入ることにした。炎柱様が俺たちの家族を救ってくれたように、俺も誰かを救う。それが炎柱様への、俺なりの恩返しだと思う」

「なら、呼吸は炎の呼吸を使うのか?」

「育手を探すのに、苦労したけどな」

 

 朱雀が、自分の日輪刀を抜いた。刃が炎のような赤色を放っている。

 ふと、思った。師匠の日輪刀は、こんな色はしていない。

 

「朱雀。俺の日輪刀は、色などついていないぞ」

「それは、珍しい。日輪刀は、別名を色変わりの刀という。それぞれ、持ち手の適性のある全集中の呼吸の色に染まる、といわれているのだ」

「俺は、さっきこの刀で鬼を斬った。日輪刀であるのは、間違いないはずだが」

「お前の師匠は、不思議な人だな。色のついていない日輪刀といい、その凄まじい武芸の腕といい。それに、人助けの旅か。考えたこともなかったな」

「おかしいと思うか?」

「何を言う、武仁。良い師匠ではないか、と言っているのだ。お前が師匠と続けていた人助けの旅など、俺にはとてもできない。それは、武芸に秀でている事などより、ずっと凄いことなのだ、と俺は思う」

 

 朱雀にそう褒められ、武仁は嬉しくなった。

 焚火は半分くらい灰になっている。小さな明かりの中で、朱雀は残った鳥を小刀で捌くと、木の葉に包み、灰の下に埋めた。

 

「さて、寝るか。ただし2人で、交代しながらの方がいいだろう」

「それなら、俺が最初に見張りをする」

 

「いいのか?」

「さっき、お前が鳴子を鳴らした。緩みがないか、点検してくる必要がある」

「そういうもんか。じゃあ、任せたぜ」

 

 朱雀はそう言い、荷物を枕にして横になった。すぐに、軽い寝息を立て始める。しかし、手は日輪刀にかかっていて、即座に抜けるようにもなっていた。

 

 武仁は立ち上がると、一通り罠を確認し、また戻ってきた。

 ふと、頭上を見上げた。夜空に、星が瞬いている。

 友人が、ひとりできた。心の中で、そう呟いた。




 最終選別は、原作では夜から始まっていましたが、展開上初日の朝から8日目の夜明けまでとしています。

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