まずは、友達を作る話を。
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拙作を読んでいただき、感謝します。
そこに近づいていくと、藤の花の匂いも、どんどんと濃くなった。
武仁が藤襲山の入り口に到着した時、山道上には20人くらいがまばらに集まっていた。志願者は男だけでなく、女もいるようだ。
お互いに、緊張した雰囲気が流れている。打ち解ける、という雰囲気はまるでない。
藤襲山と言っても、裾野を含むかなり広い範囲を指すようだ。20人が入っても、誰とも出会わないことの方が多いかもしれない。
さらに数人が、ばらばらと加わってきた。
しばらくして、白い着物を着た若い男が、山道の一段高くなったところに立った。
「本日は、鬼殺隊最終選別に大勢の集まってくださったこと、心から感謝を申し上げます」
見た目の若さに反して、落ち着いた声だった。聴く側に、すっと染み入ってくるような感じがする。
若い男の口から、最終選別の説明が一通りされた。鬼殺隊士が捕らえた鬼が、藤襲山には放たれている。その中で、7日間を生き延びれば、鬼殺隊士として認められる。
説明は多くなかった。
「それでは7日後、皆さまの無事のお戻りを、祈念いたします」
若い男はそう言い、落ち着いた挙措で身を翻した。周囲を、数人の黒い詰襟の集団が囲んでいる。その全員から、手練れの気配がした。
挨拶は、それだけのようだ。
朱色かかった髪の男が、先頭で山道を進み始める。それが始まりとなって、次々と志願者が山へと入っていた。
武仁も山道を登り始めた。藤の花が狂い咲いている山道を抜けると、すぐに山の中だった。
ここから先は、どこから鬼が襲ってくるかわからない、敵地だった。
腰に佩いた日輪刀の重みを、武仁は片手で確かめた。
日没から、しばらく経ってからだった。背後から誰かに見られているような感じが、じっとりと付きまとってくる。
月は出ている。武仁は、周囲の地形を思い浮かべた。この辺りは、昼に一度見て回っている。
頭上が開けていて、月明かりでも視界がある場所がある。そのひとつに向かって、ゆっくりと歩いた。
その間も、視線は背中に張り付いたままだ。
気配を感じた瞬間、武仁は身を低くして転がった。同時に、武仁が立っていた場所に、何かが音を立てて降り立った。
「人間だぁ! 飯が来たぞぉ!」
目を血走らせた、鬼。涎を垂らしながら、飛び掛かってきた。
唐突に、以前、鬼と対峙した時の光景が、武仁の脳裏に鮮やかに蘇った。あの時は、確かに無力だった。だが、今は違う。忌まわしくても、ただの記憶に過ぎない。
だから、縛られはしなかった。
鬼の爪が迫る。武仁は半身を逸らして躱し、抜き打ちで日輪刀を走らせた。鬼の両足を、斬り飛ばしていた。
「痛ぇ! てめぇ、やりやがったな! 殺す! ぶち殺して、てめえを食ってやるぞぉ!」
罵声を散らした鬼が、腕だけの力で、武仁に向かって跳ねてくる。その時、武仁はもう刀を構えていた。息を吸い込むと同時に、全身に力があふれ出す。
1歩、踏み出した。
全集中 水の呼吸・壱ノ型 水面斬り
馳せ違い様に、鬼の頸を飛ばした。
鬼の肉体がぼろぼろと崩れ、掻き消えていく。他に襲ってくる鬼はいない。それを確かめてから刀を納め、武仁は歩き出した。
昼の間に、夜潜むための拠点を見つけていた。
まずは水場が近くにあり、風下であること。小さな火を焚いても、外からは見えにくい場所であること。それを優先した。
やくざ者にしつこく追われた時など、師匠は巧みにその追跡を躱していた。旅で覚えた知恵が、思わぬ形で生きている。
戻ってから、土を掘って火を起こした。水を入れた小さな鍋を火にかけ、藤の花の香を焚くと、武仁はようやく落ち着いた。
落ち着くと、さっきの鬼のことを思い出した。
初めて、鬼を殺したのだ。この手でだ。
鬼はもともと人間だったもの、と師匠には言われていた。
つまり、鬼を殺すということは、人を殺めるということではないのか。鬼ならば、殺しても構わないのか。
考える時間は、冬の間にたっぷりとあった。
鬼は、人間を襲い、食らう存在だった。鬼を放置すれば、それだけ人は傷つき、死んでいくことになる。
最後は、人間と鬼のどちらを選ぶか、というところに行きついた。
自分は人間のほうを選ぶ、と武仁ははっきりと結論を出していた。
人間の側に立って、人助けをする。だから、この手で鬼の頸を打つことに、抵抗はない。
鍋が細い湯気を上げているのに気づくと、それで鬼のことを考えるのはやめた。そして、荷物から小さな団子を取り出した。
小麦の粉を練った生地に、肉や野菜を包んで、灰の中で焼いたもの。7日間を食いつなげるように、少しずつ準備したのだ。
不意に、木に吊っていた鳴子が揺れ、からからと音を立てた。
焚火に砂をかけて消す。そして、刀に手をかける。自然にそう動いた。
そして、息をひそめた。周囲の明かりは、月の光だけになっている。
「待て、俺は鬼じゃない」
離れたところで、声が響いた。
「俺も志願者だ。鬼はいない。もしよければ、そっちに行かせてくれないか?」
「あまり動かないほうがいい。この辺には、いくつか音の出る罠を仕掛けてある」
周囲には、軽く弛ませた縄を、いくつか打ってあった。鬼でも獣でも、引っかかれば鳴子が動く。
その罠にかからない通り道も、いくつかつけてある。その一つを教えると、声の主はすぐに近づいて来た。
「まさか、あんな仕掛けがあるとは思わなかった。準備のいいやつだな、お前」
朱色の髪の男だった。見覚えがある。先頭で藤襲山に入っていった男だ、と思った。
「俺は
「武仁。御影武仁という」
「武仁か。せっかく入れてもらったんだ。火を起こしても、構わないか?」
「さっきまで、そこで焚火をしていた。鳴子が鳴ったから、消してしまった」
「なにっ、それはすまないことをした。待ってろよ。俺は、火付けは得意技でね」
待つほどのこともなく、小さな火が灯った。朱色の髪が、さらに鮮やかに浮かび上がる。
今度は2人で、火を囲った。
「いいな、火があると。まず、気持ちが落ち着く。根を詰めても、この7日が短くなるわけでもない」
朱雀と名乗った男はそう言い、にっこりと笑った。年恰好は自分よりも、少し上くらいだろう、と思った。
「朱雀殿は、どうして私のところに来たのだ?」
「腹が減っていたから、かな。獣を獲ったのだ。すると、近くに人の気配がした。武仁。お前のことだ。流石に、罠の気配までは分からなかったが」
「腹が減った。そんな理由で、出歩いていた? 鬼がいるかもしれないのに」
「お互いに出せるものを出せば、飯が豪華になる。これは、俺にとって大事なことだぞ。古来から、腹が減っては戦はできぬともいう」
「私が持っているのは、これだけだ」
武仁は、団子をいくつか並べた。
朱雀が取り出したのは、2羽の鳥だった。首が切られている。軽い血抜きは、済ませているようだ。
「気にするな。火を消させた詫びとでも、思ってくれ。今日は、1羽食う。もう1羽は、後で燻しておけばいい」
「それでは、朱雀殿が」
「おい。その朱雀殿っていうのは、やめてくれ。男同士が、これから一緒に飯を食う。対等に俺、お前で話そう」
男同士。そう言った朱雀の言葉が、何とも言えない感情となって、武仁の中を駆け巡った。
今まで、こういう人付き合いはしてこなかった。
師匠はいた。その師匠に、家族のような感情も持っていた。だが、友人と呼べるような人間は、ひとりもいなかった。
「わかった。改めて、私は。いや、俺は御影武仁。よろしく頼む、朱雀」
「ああ。とりあえず、飯だな」
飯を食いながら、武仁は朱雀と様々な話をした。
朱雀は話していて、気持ちのいい男だった。年は武仁より上で、17歳だという。だが、年上然をしているようなところは、全くない。
「俺の家は、昔、柱に救われたのさ」
「柱。鬼殺隊最高の剣士のひとりか」
「ああ。炎柱様に、俺たちは助けられた。だから俺は、恩返しのために鬼殺隊に入ることにした。炎柱様が俺たちの家族を救ってくれたように、俺も誰かを救う。それが炎柱様への、俺なりの恩返しだと思う」
「なら、呼吸は炎の呼吸を使うのか?」
「育手を探すのに、苦労したけどな」
朱雀が、自分の日輪刀を抜いた。刃が炎のような赤色を放っている。
ふと、思った。師匠の日輪刀は、こんな色はしていない。
「朱雀。俺の日輪刀は、色などついていないぞ」
「それは、珍しい。日輪刀は、別名を色変わりの刀という。それぞれ、持ち手の適性のある全集中の呼吸の色に染まる、といわれているのだ」
「俺は、さっきこの刀で鬼を斬った。日輪刀であるのは、間違いないはずだが」
「お前の師匠は、不思議な人だな。色のついていない日輪刀といい、その凄まじい武芸の腕といい。それに、人助けの旅か。考えたこともなかったな」
「おかしいと思うか?」
「何を言う、武仁。良い師匠ではないか、と言っているのだ。お前が師匠と続けていた人助けの旅など、俺にはとてもできない。それは、武芸に秀でている事などより、ずっと凄いことなのだ、と俺は思う」
朱雀にそう褒められ、武仁は嬉しくなった。
焚火は半分くらい灰になっている。小さな明かりの中で、朱雀は残った鳥を小刀で捌くと、木の葉に包み、灰の下に埋めた。
「さて、寝るか。ただし2人で、交代しながらの方がいいだろう」
「それなら、俺が最初に見張りをする」
「いいのか?」
「さっき、お前が鳴子を鳴らした。緩みがないか、点検してくる必要がある」
「そういうもんか。じゃあ、任せたぜ」
朱雀はそう言い、荷物を枕にして横になった。すぐに、軽い寝息を立て始める。しかし、手は日輪刀にかかっていて、即座に抜けるようにもなっていた。
武仁は立ち上がると、一通り罠を確認し、また戻ってきた。
ふと、頭上を見上げた。夜空に、星が瞬いている。
友人が、ひとりできた。心の中で、そう呟いた。
最終選別は、原作では夜から始まっていましたが、展開上初日の朝から8日目の夜明けまでとしています。