最終選別編は本当に3話で終わるのか。
1/2 タイトル変更しました。
翌日からは、
行動を共にすると言っても、昼は別々に行動し、夕方に合流する。もし合流できなくても、お互いを探しにはいかない。約束事は、それだけだった。
武仁は、昼間は藤襲山の地形を調べることに終始した。
一対一で鬼と渡り合うことは、何とかできそうだった。だが、血気術という異能の力を、持つ鬼がいる。術は使えずとも、複数で襲い掛かってくることもあるかもしれない。
藤襲山には、血気術を使える程に人を食った鬼はいない。師匠からはそう聞かされていたが、それが正しいという保証もない。
全集中の呼吸の型を一通り習得できれば、不意の状況にも対応できるだろうが、自分には使えない。地形でも何でも、使えるものは使うべきだった。
事が起こったのは、3日目、早朝のことだった。
夜が明ける直前、拠点から離れたところの茂みが、激しい音を立てた。続けて、細い悲鳴が上がった時には、朱雀と共に駆けだしていた。
異変の場には、すぐに着いた。木の根元で、鬼が人を組み敷いている。
朱雀が駆けながら、日輪刀を抜き放っていた。同時に、呼吸音も武仁の耳に届く。
瞬時に、朱雀の姿が鬼の背後に立った
全集中 炎の呼吸・壱ノ型 不知火
鬼を片手で掴んで剥がし、更に頭上に投げ上げると、赤い日輪刀を振り下ろして袈裟切りにしていく。
武仁は、横たわっている人に駆け寄った。首辺りの出血が激しい。すぐに手ぬぐいを宛がったが、少しの隙間から流れ出てくる。
肩の辺りの肉を、ごっそりと抉られているのだ。多分、太い血管も破れている。
「母上」
幼い声だった。徐々に明るくなり、顔も見えた。傷を抑えながら、自分と同じくらいの年かもしれない、と武仁は思った。
手ぬぐいは1枚では足りず、2枚目を重ねた。それも、血に染まっていく。
「気をしっかり持つんだ。血は、止めてやる」
「母上、私は。みんなの仇を、うてませんでした」
少年の口から零れているのは、うわごとのようだった。顔面は白く、眼はうつろだ。流れ出る血の勢いも、徐々に弱くなっているような気がした。
目の前で、死のうとしている。そしてそれを、自分には止められない。
「気にせず、休め。今日まで、よく頑張ったな」
朱雀が傍らにしゃがみ込むと、少年の手を両手で握りしめた。その手に、ぐっと力が籠められるのが、見ていても分かった。
「お前の思いは、俺が受け取った」
「そっか。うけとって、くれた」
「だから何も心配せず、家族に会いに行け。今日まで戦い続けたお前には、その権利がある」
少年の口元が微笑み、直後に、全身の力が抜けた。死んだ。そう思い、武仁は手ぬぐいを外した。
できる事は、精いっぱいやったのだ。それでも、助けられなかった、という気持ちだけが残っている。
「埋めてやろう。残しておけば、鬼に食われる」
「ああ」
2人で黙々と穴を掘り、少年の遺体を埋めた。少しだけ盛り上がった土に、少年の持っていた日輪刀を刺した。ささやかな墓標だった。
手を合わせると、近くの小川で、血をぬぐった。
「俺は、もう我慢ならない」
朱雀が唐突に、そう言った。
「これは選別だ。合格以外は死、というのも理解はできる。だが死んでいく人間がいる。それを、指をくわえて見過ごすことは、俺にはできん」
「朱雀。俺も、同じ気持ちだった。俺は、人を助けるために、ここにいる。選別でこそこそと立ち回ってまで、鬼殺隊士になりたいわけではない」
「よし。俺ひとりでは、どうにもならなかっただろう。だが、俺たち2人でなら、いくらかできる事もあるはずだ」
「俺は、お前ほど強くない。それでも、できる事をやる」
「刀で片付くものは、俺に任せろ。だから、他のことは、お前に任せるぜ」
拠点に戻ると、武仁は荷物の中から半紙を広げた。簡単な藤襲山の地図を描いてある。確認してきた地形も、いくつも書き加えてあった。
「寝泊りする場所は、毎日変える。それで、夜は歩き回ることにしよう。これだけ広いのだから、ここの他にも、鬼から身を隠せる場所があるはずだ。それに、単独で複数の鬼を足止めできる場所、追跡を断てる岩場や崖。それをうまく利用すれば、夜に何もせず歩き回るよりはずっと安全になる。俺は、昼間はそういう場所を探すのに、集中しようと思う」
「なるほど、それなら2人でも十分に立ち回れるな。なら俺は、昼に歩けるだけ歩いて、他の志願者を探すことにしよう。日陰に潜んでいる鬼がいれば、頸を飛ばす。合流はどうする?」
「笛を吹こう。日没前の、一刻。その間に合流できなければ、最初の拠点に戻る。夜の間に探し回るのだけは、絶対にしない」
「わかった」
朱雀が、にやりと笑った。
「面白い奴だよ、お前は。戦えないというが、剣技が劣るなりの戦い方を、しっかりと考えてもいる」
「師匠との約束なんだ。決して、生きることを、諦めはしないと。つまり、死にたくなければ頭を使え、と教えられていたのだと、今になって思う」
「鬼殺隊士といえば、まずは剣技と全集中の呼吸だ。でも、お前みたいな鬼殺隊士だって居てもいい、と思う」
「行こう。時間はいくらあっても足りない」
武仁はひとりで、藤襲山の裾野を回り始めた。身を隠せそうな場所を見つけては、周囲にいくつか鳴子を仕掛け、安全な通路が分かるように目印をつける。
あと5日では、藤襲山の全てを踏査することはできないだろう。それでも、山域全体の何割かは押さえられる。そこで動き回れば、救える命がある。
5つ、拠点にできそうな場所を見つけた。そのうちのひとつで、武仁は笛を吹いた。
空一面が、夕焼けに染まっている。はっとするほどの鮮やかな赤だった。だが、すぐに藤襲山は闇に包まれ、鬼が跋扈する時間になる。
「俺だ、朱雀だ」
すぐに、声が届いた。
「右から、回ってくれ。枝を折ってあるのが、目印だ」
朱雀が鳴子の内側に入ってくると、すぐに火を起こして手をかざした。
「何人か、見つけたぞ。昼も夜も、ほとんど隠れているようだ。一緒に行動することはできないが、逃げ込める場所はいくつか伝えてある」
「それで、十分ではないかな」
すべての鬼をこの2人で狩るのは、現実的ではなかった。生き残れるだけの、手伝いをする。そして、危険なところは救う。
今の自分たちにできるのは、それくらいだろう。
「行くか」
日が暮れてから、2人で動き出した。
身を晒すと、何度か鬼が襲い掛かってくる。そのほとんどを、武仁が想定した地形で迎え撃ったので、狩るのは簡単だった。武仁は1匹倒したが、朱雀は容易く4つの首を飛ばしている。
炎の呼吸は、文字通り燃えるような心を、原動力としている。朱雀は、そう言っていた。事実、人間としての朱雀に怯懦なところはまったくなく、剣技も息を呑むほどだった。
月が傾いていた。
夜更けをいくらか越したか、と武仁が思った時、森の中で激しい音がいくつも入り乱れた。
音の方向へ、朱雀と並んで走る。前方から男がひとり、乱れた足で走ってきた。表情は笑っているようで、恐怖に歪んでもいる。
「おい、お前。ちょっと待て」
朱雀が声をかけたが、それをぶつかるようにして突破し、駆け去っていった。
「何だ? あいつは」
「朱雀、まだだ。誰か、先で戦っているぞ」
「何っ?」
男が走ってきた方へと駆ける。今度は、朱雀よりも早く走り出した。
左右を崖に挟まれた小道。小柄な剣士が、道の真ん中で刀を構え、鬼と対峙していた。
その剣士の立ち方に、違和感があった。右足に体重を預けている。そんな立ち方だった。
剣士の前にいた鬼が、跳んだ。それと同時に、武仁も道に飛び出していた。
全集中 水の呼吸・壱の型 水面斬り
剣士の傍らを飛び抜け、鬼の頸を飛ばした。
刃を直上に向けて、構える。鬼の気配は上にもあった。
「餌がもう1匹きやがったぞぉ! もう、お前らには譲らねえ!」
「うるせぇ! こいつらは俺の餌だ!」
頭上から鬼の声と、地を蹴るような音が響く。隣にいた剣士が、身動きしようとして、膝をついた。
「伏せていろ!」
武仁は片手で剣士の頭を押さえつつ、大声で叫んだ。
2匹まで見えた。降ってくる爪を切り上げて払い、続いてくる足を、何とか刀で受け止める。圧倒的な衝撃が、刀から両腕を駆け抜けた。低い姿勢で、衝撃と一緒に、鬼の体も受け流していく。
影がもうひとつ、頭上で踊った。3匹目の鬼。自分ではない方へ降りていくのを見て、武仁は咄嗟に傍らの剣士に覆いかぶさった。衝撃。背中を中心に、熱い感じが広がった。
すぐに立ち上がり、構えた。鬼は前に2匹、後ろに1匹いる。
片側からの攻撃は凌いで、もう一方は躱すか、急所を外して受ける。見えていれば、体術も使える。痛みは、耐えればいい。
そうやって、時間を稼ぐ。それで、いつかは敵の隙をつける。あるいは、味方が駆けつける。
鬼の口からは、言葉にもなっていないうなり声と、涎が零れ出ていた。手負っている2人の剣士を囲っている。どうにでも料理できる、という状態だった。
だが、朱雀がいる。武仁はそれを信じて、疑っていなかった。
鬼が跳躍したのと同時に、赤い光もまた飛び込んできた。
全集中 炎の呼吸・参ノ型 気炎万象
鬼の頸が、同時に3つ宙を舞った。体は空中で燃え尽きて消えていく。
朱雀が目の前に降り立ってくる。それで、武仁も構えを解いた。
「手負ったな?」
「軽い傷だ。血止めをすれば、すぐに動けるようになる」
羽織の背中は、血が流れ出していて、張り付いたようになっている。服は破れているので、替えを着るしかないだろう、と何となく思った。
「無茶をするものだ。それから」
自分の日輪刀を納め、剣士の日輪刀も鞘に仕舞うと、朱雀が剣士の前でしゃがんだ。剣士がまだ起きていないことに、武仁はそれで気づいた。
顔を覗き込んだ朱雀の表情が、ちょっと驚いたように見えた。
「この小さい方は、気を失っているが、生きてはいるな。お前が、身を挺して守ったのに、死んでいたのではな」
「一度、戻ってもいいか。血止めはしたい。このままでは、鬼に居場所を教えてやるようなものだ」
鬼は、人の血の匂いをよく嗅ぎつける。血にもいろいろあり、特に稀血と呼ばれる、鬼が好む血もある、という話だ。
武仁は破れた羽織を脱いで、傷を上から押さえるように結んだ。多少は、出血を抑えられる。少なくとも、垂れ流すよりは幾分ましだろう、と思った。
まだ、痛みは遠い。だが時間が経てば、遠ざかった痛みも近づいてくる。
「この子は、お前が抱えて連れていってくれ。俺は離れたところで、鬼に備える」
「この子?」
お前はいつからそんなしゃべり方をするようになった。内心でそう思ったが、言葉には出さなかった。朱雀が、やはり困ったような表情を浮かべていたからだ。
「そいつは、女だ。足も怪我している。手荒に扱うなよ」
「女。この剣士がか」
そんなことがあるか。そう思い、両腕で剣士の体を抱え上げると、羽織の内側から、縛られた長い髪が流れ落ちてきた。最初に思ったのは、軽いな、ということだった。
「おい、ちょっと」
何か言おうと思って首を回した時、朱雀の姿は、もうどこにもなかった。
朱雀君は個人的に書いてて好きですが、勝手に動き回るので辛い。