一般隊士の数奇な旅路   作:のんびりや

8 / 43
 皆様、明けましておめでとうございます。
 1歩進んで2歩足踏み。登場人物が、今年も勝手に動き回る。

 これは後編であって、終わりではありません。
 すみません、最終選別終わりませんでした。


8話 最終選別後編・影と炎と水

 拠点に戻ってから、小さな火を起こした。

 朱雀(すざく)は、用事があると言い残し、すぐにどこかへ出発した。

 

 傷の手当ては終わっている。傷を洗い、薬を塗った晒を背中に当てられた時は、思わず涙目になるほどの痛みが全身を駆け抜けた。声も上げそうになったが、それだけは我慢できた。

 女の剣士は、火の傍で布を掛けて眠らせている。毛布などは、ここにはない。

 

 左足の手当てだけは、寝ている間に済ませた。骨に異常はなく、腫れもひどくはない。軽く捻った程度と見えて、添え木と濡れた布を当ててある。

 いずれにしても、今夜はこれ以上、動けそうになかった。

 

 女の顔を横眼に見てみる。目鼻立ちのしっかりした、端整な顔の女だった。

 最初は気を失っていたが、今は眠っていた。最終選別で、よほど休めていなかったのか、穏やかな寝息を立てている。

 

 その眼が、唐突に開いた。半身を起こして、周囲を見回している。布を見て、焚火を見た女の黒い瞳が、最後に座っている武仁(たけひと)に向けられた。

 

「私の刀。刀は、どこ?」

「そこにある」

 

 近くの木に立てかけてあった日輪刀を見て、女は安堵したような息を吐いた。

 

「私は、貴方に助けられたのですね。ありがとうございました」

「鬼と戦っていて、危ないように見えた。助けるのは、当然のことだ」

「そうですね。私もさっきまで、そう思っていました」

「あってない。言いたくないことは、言わなくていいが、喋るならもっと楽な喋り方でいいと思う。俺は御影武仁。南原朱雀という男もいて、鬼の頸を飛ばしたのは朱雀だった」

 

 同じようなことを、初めて会った時の朱雀にも言われたことを、武仁は思い出した。今では、そういう口調の方が自然な言葉と思える。

 

「わかった。私は、壬生芭澄(みぶはすみ)芭澄(はすみ)でいいよ」

「ひとりか。戦っていたところに向かう途中で、男とすれ違ったが」

「そうだったの。1日だけ、その人と一緒に行動したんだ。向こうから、一緒に戦いたいって言われてね。でも、見捨てられた。足を痛めて思うように動けなくなったところで」

 

 つまり、あの男は、芭澄という剣士を盾にして逃げだした、ということなのか。

 武仁は、それに怒りは覚えず、むしろ哀しいと思った。

 命が惜しいことと、生きようとする執念は、同じようなものだろう。他人のその感情を否定するだけのものを、自分は持っていない。

 あの男は逃げ出して、今もまだ生きているだろうか。

 

「それで、何だか馬鹿みたいになっちゃった。鬼殺隊に入って、鬼に家族を殺される人を1人でも減らしたい。私みたいな思いをする人を1人でも減らしたい。そう思って、女なのに、必死になって稽古したのに。みんな同じ志があるんだって、思っていたのにな」

 

 まるで、涙と一緒に出てきそうな言葉だったが、芭澄は泣いてはいなかった。ただ、嘲るように笑っている。自分を嘲っているようだった。

 

「泣かないんだな、芭澄は。辛いことだと思うが」

「泣くことは、何の解決にもならない。そう思っているから。泣いても、何も帰ってこない」

 

 鬼殺隊に入ることを決意するだけの涙は流した、ということかもしれない。芭澄という少女が、慰めなど求めていないということは、それだけでもはっきりと分かった。

 

 誰しもの根底には、鬼への恨みや憎しみがある。明朗な印象が強い朱雀ですら、家族ごと鬼に襲われたことが切っ掛けになっている。

 自分のように、人助けのために鬼殺隊に入る、というのはやはり珍しいのだ。

 

「武仁。あなたが持っているのは、笛?」

「これか。師匠にもらったものだ」

 

 帯から、竹の笛を抜いた。夕刻に朱雀への合図のため、一度吹いている。

 

「吹けるの?」

「大した腕ではないが。それに、人を楽しませるために持っている物じゃない。何というか、言葉や文字でものを考える代わりに、笛を吹きながら考えている、という感じだ」

 

 全集中の呼吸を自分に馴染ませるのにも、笛を吹くことを意識した。いま考えると、笛を渡してきた師匠は、全てを知っていたのではないか、と思えるほどだ。

 

「吹いてもらっても、いい? 私も聞いてみたいから」

「大きな音ではだめだ。鬼に気づかれる」

 

 芭澄が、小さくうなずくと、集中するように眼を閉じた。

 周囲は、闇と静けさに包まれている。その中で、鬼が跋扈しているとは思えないほどだ。

 

 武仁は笛を構えた。夕方は何かを奏でたのではなく、ただ音を出した、というだけだった。

 思念。人が生きるということ。芭澄を見捨てたあの剣士と、生き延びることを信条とする自分は、何が違うのか。自分が生き延びたいと思うことは、他人を見捨てる、ということではないのか。

 

 笛から、滑り出すように音が流れ出す。はっきりと分かった。

 生き延びるとしても、それは、その果てに人を助けるためだ。だから、朱雀と共に志願者が死んでいくのを減らそうとしたし、鬼に囲まれている芭澄を庇った。

 人を見捨ててまで生きる事は、俺はしない。

 その思念は音と共に、ゆったりと武仁の中を巡った。

 

「上手いな。俺も最初から聞きたかった」

 

 いつの間にか、朱雀が戻ってきていた。芭澄が眼を見開いている。物音ひとつ立てていなかった、と思った。

 臭いが鼻をついた。朱雀の服はいくらか、返り血を浴びている。それは気にせず、朱雀は憂鬱そうな表情で、息をついていた。

 

「怪我じゃない。鬼が何匹か襲ってきたから、返り討ちにした」

「そうだったのか。笛はこの子に、芭澄に頼まれて吹いていた」

 

 芭澄が軽く会釈すると、朱雀も頭を下げた。

 

「俺は南原朱雀。武仁の、友人だ」

「壬生芭澄。私は貴方にも、助けられた」

「芭澄か。武仁と同じように俺、お前で通させてもらう。俺は、遠回しな物言いとか、隠し事が苦手な奴だ。これから、面白くない話をする。だがお前には、言っておかなければならないことでもある」

「何でもいい。聴かせて」

 

 朱雀が言っていた用事のことだろう、と武仁は思った。ひとりで出て行く朱雀からは、止めるな、という雰囲気が強く感じられたのだ。

 一瞬、空白が流れ、朱雀は口を開いた。

 

「お前、男の志願者と一緒にいたのだな。ひとりで鬼に囲まれていたが。俺は、その理由は聞くつもりはない」

「ええ」

「その男は、死んだ。すまない。助けられなかった。俺が見つけた時、もう鬼に食われていた」

 

 やはり、そのことだった、と武仁は思った。どうせ助けるなら、あの男も助けたい、という朱雀の思いはよく理解できる。最終選別を抜けてしまえば、鬼と戦わない生き方もあったはずだ。死ねば、全て終わりなのだ。

 しかし、助けられなかったのだ。そのことを余程、朱雀は気にしていたのかもしれない。

 

「そっか。気にしていてくれて、ありがとう。やっぱり、気になってたんだ。あの子は、そんなに強そうにも思えなかったし」

 

 沈んだ芭澄の横顔を見ていると、あの男の恐怖で歪んだ顔も思い出される。

 見捨てられた芭澄が生き、逃げたあの男が死んだ。応報ともいえるのかもしれない。だが、本当の意味での報いを受けるべきは、鬼の方だ。

 

「ふたりとも、どうしてそこまでやってくれるの? 私には、もうなにもない。この体と、日輪刀しかない。盾にも囮にもならない」

「それは違う、芭澄。俺は、ただ人を助けたいんだ。その人の中には、お前もいるし、他の志願者達も含まれている、と思っている。目の前で傷ついていく、消えていくかもしれないものから目をそらすことは、俺の生き方にも反する」

「武仁の言う通りだ。そういう意味では、俺たちは自分のためにやっている。自分たちが、鬼殺隊士足る男だと、自分で思いたいがために、やっているのさ」

 

 朱雀と視線がぶつかると、2人で同時に笑い声をあげた。口にするとそれだけ、馬鹿げた理由としか思えなかった。しかし、そんなことのために、命を懸けてしまうのだ。

 

「お願いがあるの。私も連れてってくれないかな。私だって、人を助けたい。足手まといなら、すぐに追い出していいから」

「身を挺して庇ったのは、お前だ、武仁。これは、俺が口を出すことじゃない」

 

 芭澄の黒い瞳が、武仁に向けられた。その眼に引き込まれるように、武仁は頷いていた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 2人だけの戦いが、3人になった。それも、女である。最初は、武仁も昼に見回る時間を短くするなど気を配っていたが、その程度のものは、芭澄に容易く看破された。

 

「余計な気遣いはしないで。私にも、戦う力はある。私が女だから守るのであれば、ここからすぐに出ていく」

「わかった。だが、足が治るまでの間は、このままにさせてくれ」

「じゃあ、明日まで。私は水の呼吸を使えるの。このくらいなら、立ち回りで補正できる」

「そういうものなのか」

 

 壱ノ型しか使えない自分には、芭澄の言っていることはいまいち想像しきれなかった。芭澄は口元に微笑みを浮かべただけだ。

 

 その翌日、芭澄と2人で行動していた時に、その言葉の意味を武仁は知った。

 鬼が2匹、空中から飛び掛かってきた。武仁が日輪刀で防御の構えをとるより先に、芭澄の体が宙を舞った。

 

 

  全集中 水の呼吸・弐ノ型 水車

 

 

 青い刃の日輪刀が円を描き、鬼の頸を次々と飛ばした。

 その後も、何度か鬼が襲ってきたが、ほとんど芭澄がひとりで狩ったようなものだった。

 芭澄は朱雀の炎の呼吸とは一風違う、水の流れを体現した動きをする。それも、片足を庇いながらだ。

 

 左足は、他の志願者を守るために無理な動きをしたから痛めたものだろう、と思えた。芭澄は自身の怪我について、何一つ説明しなかった。

 

「武仁は、水の呼吸は壱ノ型しか使えないの?」

 

 何度目かの鬼の襲撃を退け、何人かの志願者と接触した後、芭澄が真剣な表情で話しかけてきた。

 武仁はようやく、鬼の頸をひとつ飛ばしたところだった。

 

「ああ。師匠には、俺は全集中の呼吸の適性がないと言われた。水の呼吸も、最初は半刻(1時間)かけて、ようやく放っていたのだし」

「水の呼吸の真髄は、その名の通り水のように自在な精神性。水面みたいに静かな心から始まって、わずかな隙間からでも染み入り、岩をも穿つ。体の動きは、その延長線上にあるんだよ」

「水の呼吸は向いていないが、壱ノ型だけは何とか使えるようになった。他の型も、いつかは使えるかもしれない、とは思っているんだが」

 

 自分は、全集中の呼吸がほとんど使えない。そのことは他人に言われるまでもないことだった。自分にできるのは、いつかは使いこなせる日が来るかもしれない、と信じて戦い、生き抜くことだけだ。

 

「上手く言えないんだけど、武仁は私たちとは違う気がする。武仁はまず、凄い体力がある。私は全集中の呼吸で、瞬時の動きは武仁に勝てる。でも武仁は昼にひとりで動き回っている上に、夜も一緒に行動しているんだよね。1日の動きは、むしろ武仁の方が多いくらい。多分、朱雀もそう思っていると思う」

 

 むしろそれくらいしか、取り柄がないのだ、と武仁は思った。

 師匠と別れた後も、体力だけは落とさないように走り込みは続けた。この最終選別でも、昼に半刻ずつ、2度は走るようにしている。

 

「今の武仁は、刀はそれなりにつかえるけど、全集中の呼吸はほとんど使えない。でも私は、それを気にしない。武仁は強いよ。今は強くなくても、これからどんどん強くなる。それでも武仁が勝てない相手は、私が倒す。貴方が助けてくれたから、私も貴方を助ける」

 

 芭澄の眼に、武仁は不意に気恥ずかしさを感じて、眼をそらした。

 背中の傷が軽く疼いた。その痛みも、呼吸を続けていれば遠ざけられる。だが、この気恥ずかしさは、なかなか消えていかない。

 だが、嫌な感じではない。朱雀に男同士と言われた時と、似たような感じだった。

 

「あまり褒められても困るな。師匠に、お前は志願者の中で最弱だ、と言われて送り出されてきた男だぞ」

「そうだね。まだ、弱いよ」

 

 武仁は、笑っている芭澄よりも先に出て、歩き出した。回れる範囲を一巡して、拠点に戻る。今日は朱雀が単独で動き、武仁達とは別々の場所に泊まることになっていた。

 

 芭澄は日輪刀の手入れをすると、すぐに寝始めた。

 武仁も横になったが、しばらく寝付けなかった。昼間歩いている最中に、気になるものを見ていた。

 

 木が根元から倒れていた。それも、大人2人が横になれそうな幅である。その跡は、山奥まで続いていた。

 巨大な岩が通過したとも思えたが、木は斜面を登る方へと倒れていた。何かが木をなぎ倒しながら、登っていったということだ。

 巨大な鬼が、ここにはいる。それを想像せずにはいられなかった。




 次回、最終選別終了。
 奴が来る。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。