時刻は夕方。
俺はリサの煎れたコーヒーを飲みながらゆったりとソファでくつろいでいた。リサは現在夕飯の支度をしている。
しかしキンジはコーヒーにはあまり手を付けず、何やら物思いに耽っていた。理由はなんとなく察しがつく。多分、昼前に来た周知メールの件だろう。
どうやら2年の男子の乗ったチャリが何者かに爆破されたらしい。で、それの被害者は十中八九キンジだろう。アリアがキンジのベルトを持っていたのもそれに関係してなのかもしれない。そうなると今朝のHRでの出来事が酷い茶番にしか思えない。周知メールでは例の武偵殺しの摸倣犯の可能性が高いと書いてあったがそれは違う。何故なら━━━
ピンポーン
と、俺がそこまで思考したあたりでチャイムが鳴った。リサは夕飯の支度で忙しいし、俺が出るか。
俺が玄関に辿り着くまでも絶え間なく鳴り響く小煩いチャイムの元凶の顔を拝んでやろうと玄関のドアを開ける。
「うるせーな。そんなに連打しなくても聞こえてるよ」
「遅い!あたしが押したら5秒以内に出ること!……キンジいる?」
ドアを開けるとそこにいたのは今朝のHRでガバメントぶっぱなしたアリアだった。
「キンジ?あぁ、居るけど」
「そ、ならいいわ。トランク中に入れといて」
何がいいのか知らんがそれだけ聞くとズカズカと人の家に上がり込んできた。
「あ!おい!……トランクってこれか。泊り込む気かよ」
アリアが玄関前に放置していった小洒落たストライプ柄のトランクを見て思わずげんなりする。しかも中に入れようとするも思いの外重く、明らかに泊り込むんだろうなと再認識させられた。
「キンジ。アンタあたしのドレイになりなさい!」
……………………はい?
リビングに入った途端聞こえてきたのはキンキンのアニメ声からの衝撃的な一言だった。窓際からキンジを指さしながら得意気な顔で言い放っていた。一方のキンジは放心状態。……当たり前である。いきなり押し掛けられて挙句奴隷になれ、だもんなぁ。
「ほらリサ!飲み物ぐらい出しなさいよ!コーヒー!エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ!砂糖はカンナ!1分以内!」
「え、えっと……」
リサが困った顔で俺を見てくるので俺も
「リサ、コイツは客じゃない。何も出さなくていいからな」
と、言っておく。それに、ここにはそんな呪文のようなコーヒーは置いていないしな。
「何よ!無礼な奴ね!風穴開けるわよ!」
しかしアリアはよっぽど気に食わなかったらしくいきなり拳銃を抜いた。流石にリサには撃たないだろうがそれでも家の中で拳銃なんて撃たれてはたまらないので仕方なしにリサにインスタントコーヒーを出すように頼む。
それの匂いを嗅いだアリアは、どうやらインスタントコーヒーというものを知らなかったらしい。味に関してはヘンな味と言いつつも特に不満はないようだった。
そこでキンジが話を切り出す。
「味なんかどうでもいいだろ。それよりもだ」
「今朝助けてくれた事には感謝してるし、その……お前を怒らせることを言ってしまったのも謝る。でも、だからってなんでここまで押しかけてくる?」
ふんふむ。やはり今朝のチャリ爆破事件の被害者はキンジで、助けたのはアリアらしい。そうなるともう俺とリサには犯人は分かってしまうのだが、これを伝えるのは逆に俺たちにとって危険が伴う。特にキンジには教えられないだろうな。
「分かんないの?」
と、アリア。いや、キンジには分かりようも無いと思うけどな。
「分かるかよ」
と、キンジ。まぁ、目的自体はさっき大声で言っていたが、あれじゃあ伝わらないよな。
「あー、キンジ。コイツが来たのは多分お前を武偵としてのコンビを組めってことだと思うぞ」
見かねた俺が助け舟を出す。
「へー、
「大体、お前はウチの学校に来て早々に俺のこと誘ったじゃねぇかよ。しかも、今と似たような文言で」
そうなのだ。このアリアは1年の3学期に転校してきて早速、俺にも同じような誘いをかけてきていた。まぁ、俺は基本的に仕事の際にその時だけ誰かと組むことはあってもそれ以外ではリサとしか組まないと決めているのでその時にきっちり断ったのだが。
「……は?」
しかしそれを聞いたキンジは衝撃的だったのか絶句してしまう。……確かに今のキンジの武偵ランクは探偵科で最低ランクのEではあるのでSランクのアリアが誘うのは
「……なんで俺なんか、俺は探偵科でもEランクなんだぞ」
「でもあんた、入試の時は峻稀と同じで強襲科で
そう。そうなのだ。キンジは1年の時は俺と並んで強襲科でもSランク。入試の時の俺とコイツの戦闘は今でも強襲科での語り草になっているらしい。……アレはお互いにチートを使った結果なのだが。
「ていうかお腹すいた。なんか食べ物ないの?」
いきなり話が吹っ飛んだ。なんだよいきなり。
「夕飯なら今リサが作ってる。……お前の分は無いが」
「なんでよ!」
「なんでよって、そりゃあいきなり来た奴の飯まで用意してるわけないだろう。どうせ泊まるつもりで来たんだろうし、それは諦めるが飯は下のコンビニかどこかで買ってこい」
「こんびに?あぁ、あの小さいスーパーのことね。ねぇ、そこって松本屋の『ももまん』って売ってる?」
コイツはコンビニも知らないのか……。横でキンジは額を抑えてるし。
◆
アリアがなんと7つものももまんを平らげ、俺たちも夕食を食べ終えたあと、また話は例の”ドレイ”についてだ。
「で、さっき峻稀が言っていたが、アレはどういうことだ?」
「強襲科であたしのパーティーに入りなさい。そこで一緒に武偵活動をするの」
「嫌だね。俺は強襲科がイヤだから武偵高で一番まともな探偵科に転科したんだぞ。それをまたあんな所に戻るなんて、無理だ。それに、来年にはここを止めようかなとも思ってるしな」
しかしキンジはまだそんなことを言っているのか。まぁ、
「あたしは嫌いな言葉が3つあるの」
……なんだ?またいきなり話が飛んだ。
「聞けよ人の話を」
ごもっともです。
「『無理』『疲れた』『面倒くさい』。この3つは人間の持つ無限の可能性を押し留める良くない言葉だわ。あたしの前では二度と言わないこと。いい?」
まぁ、無理と面倒くさいは分からなくもないが、疲れたは仕方ないと思うぞ。言ったら撃たれそうだから言わないが。
「なぁ、アリア。少し、いいか?」
「……何よ?」
「ここじゃアレだ。ベランダで話す」
見かねた俺はアリアをベランダまで連れて行く。正直、キンジのことは無理矢理そっち側に引き込んでほしくないのだ。
「で、なんなのよ?」
アリアが少しイラついたように聞いてくる。俺としてはアリア側の言い分を知っているだけに怒るに怒れないのだが。
「お前さ、本当にキンジじゃなきゃ駄目なのか?俺はアイツが探偵科に移った訳も、武偵高を辞めようか迷っている理由も知ってるんだよ。だからあまりアイツの意見というか、想いを無視したような誘いは止めてほしいんだ」
「ならアンタがあたしと組みなさいよ。あたしには時間が無いの」
「……それについては前に━━いや、そうだな。……なぁ、俺はさ、キンジの想いを尊重してやりたいとも思っているけど、でもアイツには武偵としていてもらいたいとも思ってるんだよ。だからさ、お前が本当にアイツじゃなきゃ駄目だって言うなら協力するのもやぶさかじゃないが中途半端な気持ちでキンジを誘うのは止めてもらいたい。けど俺にはどうあってもお前とは組めない。その理由もちゃんと話す。それでいいか?」
これが俺にできる最大限のことだと思う。本当はコイツには話したくはないのだけど、どうせ本当の事を言わないと心から納得することはないだろうし、俺という保険があったままではあくまでキンジは第二希望止まり。それでキンジの心を抉られるのは見るに堪えない。リサには悪いと思う。これにはアイツが深く関わっていることだし。でも、それでも━━俺の葛藤が少しは伝わったのか、アリアは肩の力を抜いてふぅと一息ついた。
「分かったわ。話しなさい」
「ん。じゃあ中に戻るか」
リビングに戻るとまずはキンジを自分の個室に居るようにお願いした。これから話す話はキンジが聞くには危険すぎる。本当にそういう、知るだけで危ない情報もあるのだ。世の中、特に武偵という職業には。
「悪いな、リサ。話すことになって、本当にごめん。俺のせいだ」
そしてアリアとリサと俺の3人になってから、まずはリサに頭を下げる。自分の恋人のことを最優先に出来なかった自分に嫌気が差す。ただ話すだけなのだが、問題なのは
「いいんです。峻稀さんはリサのことを守ってくれました。これからもずっと守ってくれるとリサは信じています。それに峻稀さんが遠山様のことを本当の友人だと思っていることも分かっています。だから頭を上げてください」
そう言ってくれるリサの優しさに俺は、心から感謝する。本当にいい女と出逢えたと思う。
キンジがチャリを爆破された時からなんとなく予感はあったのだ。もしかしたら俺たちは
もう奴らにリサは傷付けさせやしない。
そして次にアリアの方を向く。これからコイツには俺とリサが武偵になった経緯から話さなければならないからだ。
コイツならもしかしたらキンジに上を向かせられるかもしれない。
それに、どうせもう逃げられないのだろう。コイツがあの爆破事件に関わってしまった段階でそれは分かっていたことだ。俺にはリサがいるし、いくら戦う覚悟を決めたと言っても、わざわざ敵に突っ込んでいくのは馬鹿みたいだからな。リサも危険だし。だからこそ、コイツが本気でキンジと組みたいのなら応援してやろうじゃないか。
これからリアルが忙しくなるのであんまり投稿出来なくなるかもしれませんが末永く見守っていただけると幸いです。