オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ エ・ランテル・冒険者訓練用ダンジョン・清掃後 /*/
荷車に積み込まれた骨袋と罠の部品箱。
バニアラたち清掃隊が搬入口へ出ると、そこに待っていたのは背の高い骸骨の影だった。
金縁の法衣をまとい、虚ろな光を宿した眼窩から冷たく見下ろす。
エルダーリッチの監察官――魔導国市政局の監督役である。
「……遅い」
声は低く、空洞から響く。
それだけで若者は膝が笑い、老人が慌てて骨袋を掲げる。
「骨材、大小三十八体分。ゾンビ二十、スケルトン十八。粉砕後は肥料として農務局に回せます」
「利用率は」
「七割強です、閣下」
カラカラと骨の指が羊皮紙をなぞり、黒い墨が自ずと文字を刻んでいく。
監察官の背後に秘書の影もなく、羽ペンも持たぬまま記録が進む光景に、若者は息を呑んだ。
「……八割にせよ。目標値だ」
「八割……!」若者が声を上げかけるが、老人に肘で制される。
エルダーリッチは動じず、眼窩の光をちらりと若者へ向けた。
「肉も骨も鉄屑も、死者の指一本さえ無駄にするな。資源とは、余さず回収すべきものだ」
バニアラは姿勢を正し、静かに答えた。
「承知しました。冒険者の残したものは、全て魔導国の糧といたします」
「よい心掛けだ。……では明朝までに報告書を届けよ」
それだけ告げると、監察官の姿は空気に溶けるように揺らぎ、闇の中に掻き消えた。
残された冷気に、四人は小さく身震いする。
大男が荷車を押し出し、老人が骨袋を撫でながら呟いた。
「……やれやれ、生者の監督官よりよほど骨が折れるわい」
バニアラは苦笑を浮かべ、しかし真剣な眼差しで床を振り返った。
「でも、あの存在が見ているからこそ……この街の秩序は守られているのよ」
彼らは再び、無言で地上へと荷を運び出すのだった。
/*/ エ・ランテル・冒険者訓練用ダンジョン・上層清掃中 /*/
バニアラがモップを滑らせていると、通路の奥から松明の明かりが揺れた。
閉館後のはずの通路に、軽鎧を着た冒険者の一団が姿を現す。
「……あら」
彼女は思わず足を止めた。
先頭はまだ十代後半に見える剣士。肩で息をし、剣先には新しい血が滴っている。
背後には弓を持つ少女と、治癒魔法を使う神官の青年。
四人目の魔法使いは疲れ切った顔で、杖を肩に担いでいた。
「なんだよ……掃除のおばさん?」
剣士が困惑した声をあげる。
バニアラは眉を上げた。
「ここは閉館後。もう訓練は終わりの時間よ」
「す、すみません!」と神官が慌てて頭を下げる。
「罠の見落としで仲間が怪我をして……遅くなりました」
老人が前に出て、怪我をした弓手の足を一瞥した。
「傷は浅い。矢の罠にかすっただけだな」
そう言って骨袋を肩に担ぎ直す。
若者がぽつりと呟いた。
「……掃除のほうが危険なのにな」
魔法使いが訝しげに視線を向ける。
「どういう意味だ?」
バニアラはさらりと答える。
「罠は誰かが解除しなきゃ、また動くでしょう。あなたたちの足元を安全にしてるのは、私たちの仕事よ」
剣士は返す言葉を失い、剣を握り直す。
冒険者にとっては敵を倒すことが“本番”だが、清掃員にとってはその残骸こそが“仕事の始まり”だった。
やがて、弓手が小声で言った。
「……ありがとうございます。こういう人たちがいるから、私たちは訓練できるんですね」
バニアラは微笑み、軽く首を振る。
「感謝はいらないわ。明日もまた、無茶しないで挑んでちょうだい。それが一番の助けになる」
一行が通り過ぎた後、残された清掃隊は再び黙々と作業に戻った。
通路にはまだ、斃れたスケルトンの骨片が散らばっている。
「……若いな」老人がぼそりと呟く。
「ええ。けど、ああいう若さがこの街を動かしてる」バニアラはモップを振るい直す。
「だからこそ、私たちは後ろを支え続けるの」
光と影が交差する一瞬の邂逅を残し、清掃の夜は続いていった。
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