オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

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ゴムゴムノキ

 

 

/*/ トブの大森林・南縁の湿地帯 /*/

 

 

鬱蒼たる樹海の奥、濃霧が地を這う。昼なお薄暗く、苔むした倒木の上を、長靴の底がぬかるみに沈む音だけが響いた。

 

ジョンは片手に〈鑑定の水晶〉を掲げ、もう片手で葉をちぎっては光にかざしている。

 

「……樹脂を含んでるけど、これは違うな。タンニン系の防虫樹脂か」

 

周囲には〈索敵〉の魔法が展開され、近寄る獣や幻獣の気配を淡く光点で示している。

背後にはルプスレギナが鼻をひくつかせていた。

 

「ねえジョン様、ここ、甘い匂いしません? なんか、果実の汁みたいな」

「たぶん樹液だ。見つけたかもしれん」

 

彼が指差した先、苔に覆われた樹の幹が斜めに裂けており、そこから乳白色の液体が滴り落ちていた。

手袋で少量を掬い、指で伸ばすと、糸を引くようにねばつく。

 

「……天然ゴム質。間違いない。ラテックスを含む樹種だ」

 

ジョンは〈精密鑑定〉を発動する。

 

――結果表示:〈ゴム樹(近縁種)・トブ変種〉

 分類:魔樹系植物

 性質:樹液に弾性樹脂を含有。魔力に反応して自己修復する。

 備考:トブ大森林の瘴気に適応して進化。通常のラテックス樹よりも粘性・耐熱性が高い。

 

「ふむ……この森の瘴気が進化を促したか。天然のゴムノキとは違うが、使える」

 

ルプスレギナが首を傾げる。

「使えるって、何に?」

「弾力素材の試作だ。防振具、弓弦、密閉具……あと、魔導車の車輪にもな」

「うわぁ、ジョン様、また妙なもの作る気っすねぇ」

 

ジョンは笑い、木の根元に〈採取印〉を刻みつける。

「この個体は保護指定にする。ナザリックの植物研究班に連絡して、樹液の抽出許可を取らせよう」

 

霧の向こう、まだ幾千もの未知の木々が揺れている。

トブの大森林の深奥には、まだ見ぬ資源が無数に眠っていた。

ジョンは〈転移門〉を開き、採取チームを呼び寄せながら呟いた。

 

「次はこの樹を育てられるかどうかだな――瘴気に頼らず、純粋な地上で」

 

 

/*/ ナザリック地下大墳墓 第9層・技術開発区画 /*/

 

 

白光石の明かりが整然と並び、魔力炉の低い唸りが響く。

試験用のガラス槽には、トブの大森林から運び込まれた樹液が満たされていた。

淡い乳白色がわずかにゆらぎ、内部では気泡が静かに弾けている。

 

「温度三十度、魔力濃度二・一。分離始まります」

白衣姿のシズが淡々と報告する。隣ではマーレが緊張気味に器具を構えていた。

 

「こ、このまま撹拌(かくはん)して大丈夫、ですか、ジョンさま?」

「うむ。攪拌しながら魔力を流し込んで、樹脂の魔素層を安定化させるんだ。焦らずな」

 

ジョンは自らの掌から〈安定波(スタビライズ・パルス)〉を発して、液体の魔力反応を整えていく。

樹液はゆっくりと透明度を増し、やがて表面に薄い皮膜が形成された。

それをピンセットで掬い上げると、見事な弾力を持つ半透明の膜が伸びた。

 

「……成功だな。これが“魔樹ラテックス”。」

 

試験片を机に置き、ジョンはナイフで薄く切り出してみせる。

刃が食い込み、すぐに切り口がふさがるように戻る。

 

「自己修復性、十分。物理的強度も、魔法的干渉に強い。耐炎性もテストしよう」

「ふぇっ!? 燃やしちゃうんですか?」マーレが慌てて声を上げる。

「燃やすというより、焼き試験だ。普通のゴムなら溶けるが、これはどうかな」

 

ジョンが指先で火球を作り、膜の端を炙る。

青白い炎が当たっても、煙も出さず、焦げ跡ひとつ付かない。

むしろ熱を受けて一瞬だけ魔紋が走り、すぐにそれが消える。

 

「……〈瘴気適応変種〉の名は伊達じゃないな。熱で魔力が循環する構造か」

「すごい……普通の素材とは全然違いますね」

シズの緑の瞳がわずかに光を帯びた。

 

ジョンは満足げにうなずき、背後の魔導図面を指差した。

 

「これを応用して――」

壁一面に描かれたのは、ナザリックの補給車両、魔導車〈マギ・キャリア〉の設計図だった。

魔力で駆動する巨大な車輪、その外輪をこの新素材で覆う計画である。

 

「鉄製のリムに魔樹ラテックスを被せれば、振動吸収・静音・耐衝撃性が一気に向上する。

 地上輸送用の試作車両に採用しよう。あと、密閉服や防魔スーツにも展開できる」

 

ルプスレギナが感心したように手を叩く。

「ジョン様、また文明進めちゃう感じっすねぇ。あたしらの世界、どこまで行くんだろ」

「どこまで、か。……その答えは素材が教えてくれるさ」

 

ジョンは再び透明な膜を手に取り、光に透かして見つめた。

魔力が脈打つようにゆらめき、その輝きはまるで命を宿しているかのようだった。

 

 

/*/ ナザリック地下大墳墓 第9層・被服開発工房 /*/

 

 

裁断台が並ぶ工房の奥で、ジョンは真新しい黒いゴムひもを手に取っていた。

見た目は何の変哲もないが、それは先日完成した“魔樹ラテックス”を極細繊維に加工したもの――

ナザリック初の「魔導ゴム糸」だった。

 

「ふむ、伸びも反発も理想的だな。どんなに引っ張っても形状が戻る」

ジョンは軽く引き伸ばしてみる。

シュル、と柔らかな音を立てて五倍以上に伸び、放すと元の長さにぴたりと戻った。

 

「……これなら、衣類の締め具にも使える。まずは実用試験だ」

 

近くの机では、エントマが針仕事をしていた。

細やかな手付きで糸を縫い込んでいく様子はまるで自動機械のようだ。

 

「ジョン様、腰部固定帯に組み込みました。試着、どうぞ」

「よし」

 

ジョンは手早く試作品を確認する。

生地には軽量な魔繊布が使われ、腰の内側に魔導ゴムが組み込まれていた。

見た目はただの下着――だが、その構造は圧倒的に異なる。

 

ジョンが魔力を流すと、腰回りがふわりと収縮し、体型に完璧にフィットした。

余分な圧迫感はなく、むしろ支えられているような感覚。

 

「……これは、すごいな。まるで魔法のような履き心地だ」

「魔法ですもの」エントマが小さく微笑む。

 

そこへルプスレギナがにやにやしながら顔を出した。

「ジョン様、まさかパンツの開発にまで手ぇ出すとは思わなかったっすよ~」

「侮るなよ。衣類の快適性は、戦闘力にも集中力にも直結する。

 ……それに、この弾性素材が安定すれば、他の防具にも応用できる」

 

「は~いは~い、“パンツから世界を変える男”、ですねぇ」

「言い方やめろ」

 

ジョンは軽く咳払いをして続けた。

「この素材は魔力によって通気性と保温性を切り替えられる。

 炎天下でも冷気地帯でも快適な環境を維持できるはずだ」

 

「便利っすねぇ……って、それもうパンツの域超えてません?」

「もはや“下着型環境制御装備”だな」

 

ルプスレギナが笑い転げる中、ジョンは試作品の性能データをまとめ、報告書を作成した。

魔樹ラテックス製の弾性繊維――名付けて〈マジックバンド・タイプβ〉。

近いうちに、守護者や戦闘メイドたちの衣装にも導入される予定である。

 

最後にジョンは小さく呟いた。

 

「……パンツひとつでも、世界は進化する」

 

 

/*/ エ・ランテル外縁・魔導国商業試験街区 /*/

 

 

陽光を浴びて、滑らかに走る馬車が一台。

その車輪は木でも鉄でもなく、黒く柔らかな輪で覆われていた。

「ナザリック製・魔樹ラテックス・クリンチャータイヤ」――人類史上初の“ゴムタイヤ馬車”である。

 

御者が軽く手綱を振ると、車体がわずかに揺れるだけで、石畳を滑るように前進した。

普通ならガタガタと響く振動も、ほとんど感じない。

乗客の婦人が驚いたように声を上げる。

 

「まあ……まるで絨毯の上を進んでいるみたい!」

「ほんとだ、音も静かだぞ。馬も落ち着いてる」

 

その様子を、少し離れた露店のテントからジョンが見守っていた。

横ではルプスレギナが顎を乗せて感心している。

 

「やりますねぇジョン様。前は『舗装が悪いから骨がきしむ』って文句だらけだったのに」

「問題の根本を解決しただけだよ。馬車の快適性はタイヤがすべてだ」

 

ジョンの背後には、〈魔導国輸送開発課〉の試験展示用ブースがあり、

そこには見事な黒光りを放つクリンチャータイヤが整然と並んでいた。

 

厚み四センチの魔樹ラテックス層、内部には空気代わりに魔力圧縮層が張られ、

外部リムに噛み合う構造は人間技術では再現不可能な精密さ。

 

しかも――パンクしない。

仮に傷がついても、自己修復機能が数分で回復させる。

 

ルプスレギナが興味津々で尋ねた。

「で、これいくらで売り出すんです?」

「一輪八金貨の予定だ。普通の鉄輪が二金貨だから高いと思うだろうが……」

 

ジョンは通り過ぎる馬車を指差した。

「輸送時間は三分の二に短縮。荷崩れも減る。

 何より“客が酔わない”。――それだけで商人たちは飛びつくさ」

 

実際、周囲の商人たちが次々に近づいてきていた。

「おい、あの馬車はどこの工房製だ?」「ナザリック印だと? 買えるのか?」

「この振動吸収、信じられん……貴族輸送に使えば儲かるぞ」

 

ざわめく中、ジョンは静かに書類を渡す。

そこには〈魔導国特許第七七号・弾性車輪構造〉と記されていた。

 

「まずは王国・帝国・法国間輸送路に導入してもらう。

 舗装が未整備でも、これで乗り心地を保証できる。

 いずれは鉄道車両にも応用するつもりだ」

 

ルプスレギナが目を丸くする。

「うわー、どんどん近代化してくっすねぇ……そのうち空飛ぶ馬車とか出ません?」

「……案はある」

「あるんかい」

 

ジョンは微笑んだ。

「だがまずは地上を快適にしないとな。

 揺れのない旅は、平和の証だ」

 

夕陽の中、黒光りするタイヤが光を反射して走り去っていく。

街の子どもたちはそれを見て歓声を上げた。

「すげぇ! 音がしない!」「タイヤが黒い!」

 

その革新の車輪が、やがて大陸全土の物流を変えることになるのは――

もう少し先の話である。

 

 

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