オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/『空の便り』/*/
帝国の南西、乾き切った荒野に突き出すように聳える無数の石の柱。その珪岩の塔は、大地が天へ牙を剥いたかのように乱立していた。人はそれを「千柱谷」と呼ぶ。
その石柱の中腹には、風穴を拡張した数多の洞窟が口を開けている。そこに住まうのは、人にして人ならざる者――ワイバーン・ライダーの部族だ。
彼らはかつて帝国の辺境から追われ、荒野に身を潜めた傭兵たちの子孫と伝えられている。強靭な肉体と風を読む眼、そして竜を馴らす異能を持ち、長きにわたり帝国の討伐軍を寄せつけなかった。石柱群は彼らの砦であり、ワイバーンの巣は彼らの家であった。
しかし今、その竜の背に跨る者たちの姿は、戦場よりも街の空に多く見られる。魔導国に招かれた彼らは、戦士としてではなく――運び手として羽ばたいていた。
街の中心に建つ尖塔の上には、「空便停留柱」と呼ばれる石塔がある。そこに一頭、また一頭とワイバーンが降り立つ。背に吊るされた籠には手紙や荷、あるいは数人の乗客。翼が畳まれるたびに、広場の群衆はざわめき、子供たちは歓声を上げた。
「空便が来たぞ!」「今日の便は早い!」
人々は空を見上げ、空の郵便屋たちを頼もしく見守る。
部族の若きライダー、カダルもその一人だった。彼の役目は、魔導都と辺境の村を結ぶ「小便路」を往復すること。かつては槍を手にして血煙の中を飛んだ祖先の背に比べれば、あまりに平穏な任務である。だが彼は、この仕事に誇りを抱いていた。
飛翔の最中、彼は何度も思う。
――これは戦ではない。誰も傷つけずに、誰かを喜ばせるための飛行だ。
老いた族長は眉をひそめる。
「戦士の誇りを捨ててまで荷物を運ぶとは、竜の血を穢す行いだ」
そう嘆く声もある。だがカダルは答える。
「戦で竜を失えば、骨も鱗も墓に還るだけ。けれど荷を運べば、人は笑う。薬草を届ければ命を救える」
実際、空便は魔導国にとって欠かせぬ存在となりつつあった。手紙は三日で隣国へ届き、魔導薬は腐らぬうちに前線に運ばれ、時には村の産婆を夜のうちに呼び寄せて母子を救った。人々は彼らを「空の守り手」と呼び始めていた。
しかし、この平穏に陰りが差す。帝国である。
帝国は魔導国の「空の優位」を脅威と見なし、密かに妨害を企てていた。ある夜、カダルの仲間が運んでいた荷が襲撃を受け、炎に包まれて墜落した。荷に仕込まれた爆薬――送り主は帝国の密偵であった。
族内は動揺した。戦士派は「やはり我らは戦うべきだ」と声を上げ、商業派は「ここで争えばすべてを失う」と押しとどめた。石柱の民は、再び岐路に立たされたのである。
カダルは迷った。祖父の言うように槍を手に帝国へ飛ぶべきか。
それとも、魔導国の信頼に応え、空の便を守り抜くべきか。
夜明け前、彼は柱の頂に立ち、翼を畳んだ愛竜に語りかける。
「俺たちの飛行は、誰かのためになっているか?」
竜は黙したまま、しかし瞳はどこか誇らしげに輝いていた。
やがて東の空が白み、最初の便の刻が来る。
カダルは決意を胸に鞍へ跨った。
「ならば俺は飛ぶ。槍のためじゃない。空便のために」
翼が大気を打ち、石柱の影を蹴り上げて竜は舞い上がる。
荷籠の中には、小さな村の子供が描いた拙い絵が収められていた。
その絵には――翼を広げた竜と、笑う人々が描かれている。
戦いの時代に生まれた部族が、今や笑顔を運ぶ民となった。
石柱の民は今日も飛ぶ。帝国が何を企もうとも、
空を渡る便りは、人々の心に翼を与え続けるのだった。