オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ ナザリック地下大墳墓 第七階層・錬金工房 /*/
白銀の魔法灯が幾百も灯る巨大工房。
無数のフラスコや錬金炉が静かな熱を放ち、奥の円卓には魔法陣と歯車仕掛けの反応器が据えられていた。
ジョンはその前に立ち、白い手袋をはめた。
「……天然ゴムの弾性には限界がある。なら、魔力を媒介にした“高分子構造体”を造ればいい」
背後で記録を取るルプスレギナが首をかしげる。
「こうぶんし? なんすかそれ?」
「簡単に言えば、“鎖のように繋がった精霊樹液”だ。柔らかいのに、切れない糸になる」
ジョンは魔導器の弁をひねり、淡く緑がかった液体を注ぎ入れる。
瓶のラベルには《精霊樹液(スピリット・サップ)》と記されていた。
濃厚な甘い香りが漂う。
続いて、黒紫の液体《イソカリス樹脂》を慎重に滴下。
それは強い毒性を持つ樹の樹脂で、通常なら触れただけで皮膚が焼ける。
ジョンは《恒温場(テンパーチュア・フィールド)》を展開し、温度を魔法で一定に保った。
炉の上に浮かぶ球状の反応器が、まるで心臓のように鼓動する。
「……ここで“賢者の灰”を三粒。反応を穏やかにして――」
青白い煙が立ちのぼり、液体がみるみるうちに乳白色の膠状物へ変化していく。
「おおー! もっちもちっすね!」
「これはポリウレタン……魔導弾性樹脂。ゴムの上位素材だ」
ジョンが手のひらで練り上げると、白い弾性体は柔らかく伸び、戻る。
魔力を込めると、表面にうっすらと光脈が走った。
「この泡構造を閉じ込めれば――」
彼は《空気固定(エア・ロック)》を唱え、内部に無数の気泡を生成。
ぷくぷくと膨らんだ塊は軽く、押すと沈み、離すとすぐに戻る。
「完成だ。〈魔導低反発フォーム〉――ナザリック標準寝具に採用決定」
「やったっす! メイド長喜びますねぇ!」
「うむ。ペストーニャは寝具の硬さにはうるさいからな……」
ジョンは微笑しつつも、隣の炉へと視線を移す。
そこには蒼い液体《雷鳴蜥蜴の胆液》と紅い《赤樹の酸液》が用意されていた。
「さて、次はナイロンだ。弾性ではなく“強靭さ”の方だな」
瓶を開けると、金属を焦がすような刺激臭。
ルプスレギナが鼻を押さえながら覗き込む。
「これ混ぜて大丈夫なんすか? なんか爆発しそうっすけど」
「安心しろ。爆発は……二回までしかしていない」
「してるじゃないっすか!」
笑いながらも、ジョンは慎重に反応炉へ液体を注ぐ。
雷のような青い火花が散り、液体が糸状に引き伸ばされていく。
魔法陣を展開――《糸化(スレッドフォーム)》
すると空中に蒼銀の糸が舞い上がった。
光を反射し、蜘蛛の糸よりも細く、美しい光沢を放つ。
ジョンは手を伸ばし、その糸を指に巻き取った。
「……これが“魔導アミド繊維”、通称ナイロス。鋼より軽く、魔力にも強い」
「へぇー、丈夫な糸っすね。服にも使えるんすか?」
「むしろ服に使う。伸びないが、形が崩れない。戦闘服、ロープ、落下傘……用途は多い」
ジョンは少量の糸をルプスレギナに渡した。
「この糸、牙でも噛み切れんぞ。試してみろ」
「マジっすか? がぶっ……って、ほんとだ! 全然切れない!」
「それでいて、魔力を通す。装備に組み込めば、魔力の伝導も効率化する」
彼は完成した糸を巻き取り、標本棚に収めた。
隣の棚には既に〈魔導低反発フォーム〉の塊が収まっている。
一見ただのゴムと糸――しかしそれは、ナザリックの技術史に刻まれる新素材だった。
「これで、ようやく“化学”と“魔法”の境界が一つ消えたな」
ジョンの呟きに、ルプスレギナが首をかしげる。
「え、それっていいことなんすか?」
「良いも悪いもない。――進化とは、そういうものだ」
魔法灯の光が静かに二人を照らす。
ナザリックの深奥で、新たな時代の素材が、静かに誕生した。
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