オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 北部魔導国直轄領・死霧の平原 /*/
昼も夜も曖昧な灰の空の下――かつて不毛の地と呼ばれた平原が、今や規則正しい牧柵と白煙の立ちのぼる工房で満ちていた。
そこは魔導国北部に広がるアンデッド農産業地帯。
死霊たちが黙々と働く、“眠らぬ農場”である。
風に乗って漂うのは、干し草と発酵乳の匂い。
生者はほとんどおらず、搾乳を行うのはすべて、ジョンが設計した**自動搾乳ゴーレム群《カルネ式・量産型Mk.II》**であった。
灰色の肌を持つアンデッド労働者たちが、黙々と牛の誘導を行う。
彼らは命を持たぬが、疲労も訴えぬ。
ジョンが魔導式制御を改良したことで、指示さえあれば昼夜を問わずに作業を続けられた。
「ブース内、体温検知――正常。乳圧、正常範囲。搾乳開始」
金属と魔法の声が響く。
ミルクは透明な導管を流れ、やがて白銀のタンクに集まる。
その流れは、青白く光る魔力循環管に沿って冷却され、〈腐敗抑制〉と〈殺菌〉の魔法陣を通過する。
ジョンはその様子を監視塔の上から眺めていた。
視界に広がるのは、延々と続く自動化畜舎群。
どの施設も同じように光を放ち、規則正しいリズムで搾乳を続けている。
「……よし、循環系統は安定してるな。あとは熟成区画の温度管理だ」
隣で記録板を抱えたリッチ技術官が頷く。
「ジョン様、チーズ発酵区画では新たに〈微生物制御陣〉を導入しました。
人間の手では扱えぬほど精密な乳酸比率を維持できるかと」
「いい。アンデッドに発酵の匂いを感じる鼻はないが……品質は人間以上だ」
発酵区画――そこでは、魔法冷却石の輝きの中に無数のチーズ型が整然と並べられていた。
表面を撫でるように漂うのは、魔法陣で可視化された微細な菌群。
それらは制御魔法によって、温度と湿度の変化に応じ自律的に活動を変化させる。
「……これで安定供給できれば、南部の人間領でも乳製品の価格が下がるな」
ジョンは小さくつぶやく。
「牛乳は子どもの栄養源だ。富裕層の贅沢品であっちゃならない」
リッチが笑うように骨の顎を鳴らす。
「相変わらず、人間的な理想を語られますな」
「俺の作る国は、“死者も生者も暮らせる国”だ。
牛が働き、アンデッドが支え、人間が笑う。――それで十分だ」
監視塔の下では、アンデッドたちが無言の行進を続ける。
搾乳されたミルクは巨大な貯蔵タンクへ流れ込み、そこからチーズ工房へ。
さらに加工品用のラインでは、〈凝固促進(レンネット・ブースト)〉魔法により、わずか数時間で熟成が完了する。
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夕刻、ジョンは完成したチーズの塊を手に取った。
淡く黄金色に輝き、切り口からは芳醇な香りが立ち上る。
その一片を味見したルプスレギナが、目を見開いた。
「これ……すごいっすね! まるで、天界のミルクって感じ!」
「いや、天界は知らんが……たぶん、魔導国産のチーズとしては世界最高品質だな」
「これで商会が儲かっちゃうっすよ~」
「それもあるが、まずは村と学校に回せ。
栄養を回すのが先だ。強い子どもを育てるには、腹が満たされなきゃな」
遠くで、魔導国の旗がはためく。
それはもはや“死者の国”ではなく、再生する大地の象徴だった。
灰の空の下で輝く乳白色の流れは、確かに命の色を帯びていた。