オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

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隣り合わせの罠と青春・3

 

 

/*/ エ・ランテル・冒険者訓練用ダンジョン・下層清掃中 /*/

 

 

若者が罠の残骸を片付けていると、通路の奥で「ガシャン!」と金属音が響いた。

続いて――「ぐあっ!」という叫び。

 

振り返った瞬間、大男が膝をつき、腕に鋼の矢を深々と受けていた。

血が噴き出し、壁に飛沫が散る。

 

「くそっ、まだ残ってたか!」

老人が駆け寄り、慌てて止血布を巻きつける。

 

バニアラは即座に号令をかけた。

「撤収! 清掃を中断して搬入口に戻るわよ!」

 

荷を捨てて一行は大男を担ぎ出す。

血の匂いが通路に広がり、闇の奥から「ガリ、ガリ」と獣の爪音が迫る。

 

――搬入口に辿り着いた時、大男は青白い顔で荒い息を吐いていた。

腕に突き刺さった矢は、罠専用の逆棘付き。簡単には抜けない。

 

そこに現れたのは、夜間待機の監察官――エルダーリッチだった。

眼窩の光がじっと大男を射抜く。

 

「……負傷者か」

 

バニアラは膝をつき、必死に報告する。

「はい、矢罠の残滓です。生命は維持できていますが、このままでは壊死の恐れが」

 

エルダーリッチは骨の指を一振りし、矢を霧のように消し去った。

しかし治癒はせず、冷たい声を放つ。

 

「規則を忘れるな。清掃員への治癒行為は、契約に基づく『保険枠』の範囲でのみ許可される」

 

若者が叫ぶ。

「な、なんでですか! 冒険者ならすぐ治すくせに!」

 

「冒険者は資源を得るための“投資対象”。清掃員は“維持費”だ。

 保険契約に従い、軽傷は薬で処置。致命傷であれば蘇生を申請できる。……ただし、蘇生条件を満たせば、だがな」

 

老人が顔をしかめた。

「蘇生条件……魂石の残量、でしたな」

 

エルダーリッチは頷く。

「魔導国は全ての労働者の保険台帳に記録している。契約期間内に死亡すれば、一度だけ蘇生を受けられる。

 だが、枠を使い切った者は……次はない」

 

若者が蒼ざめて、大男の顔を見た。

「……兄貴、もう一回使ったんじゃ……」

 

大男は血に濡れた唇をわずかに歪め、かすかに笑った。

「心配するな……まだ残ってる……俺は……保険付きだ」

 

エルダーリッチは興味を失ったように手を払う。

「では搬送せよ。報告書には事故の経緯と処置を記録すること。清掃隊の責務だ」

 

骸骨の影が消え、残された三人は重苦しい沈黙に包まれた。

バニアラはきつく唇を結び、大男の肩を抱え直す。

 

「……保険があるだけ、まだ恵まれてる。

 けど忘れないで。私たちは冒険者と違って、死んでも“物言わぬ労働力”にはならない。……選ばれれば蘇る、それだけ」

 

血の匂いと共に、その言葉は若者の胸に重く沈んだ。

 

 

/*/ エ・ランテル・労務災害処置室 /*/

 

 

搬入口から続く石の通路を抜けると、湿った空気と薬草の匂いが鼻を突いた。

そこは「労務災害処置室」と呼ばれる施設――冒険者の施療院と比べれば、粗末で狭苦しい空間だった。

 

木の台に担ぎ下ろされた大男は、呻き声を漏らしながら腕を押さえる。

粗布でできた包帯、鉄の鉗子、漂う血と薬液の匂い。壁際に並ぶのは古びた棚と記録台帳だけ。

治癒師ではなく、無表情なエルダーリッチの書記官が机に座って待ち構えていた。

 

「事故件数……本期で七件目か」

書記官は顔を上げず、ペン先を羊皮紙に走らせる。

 

バニアラが息を整えながら報告を始める。

「下層第三通路、罠残滓による刺突。対象は軽傷、意識あり。矢は監察官の指示により除去済み」

 

書記官が淡々と口を挟む。

「保険枠の残数は?」

 

老人が頷く。

「保険台帳記録によれば、あと一回です」

 

カリ、カリ……とペンが走る音だけが響いた。

大男は顔をしかめながら呻く。

「……なぁ、薬は……」

 

書記官は書面を閉じ、ようやく視線を上げる。

「薬は自費か組合貸与かを選べ。どちらにせよ治療は応急処置まで。完全治癒を望むなら、保険枠を使うか追加契約を結べ」

 

若者が憤然と声を荒げた。

「冒険者なら、ただで治すくせに!」

 

書記官は無感動な目で若者を見やり、肩をすくめる。

「冒険者は収益を生む資産。清掃員は損耗を抑えるための経費。

 ……分類の違いだ」

 

その言葉に、バニアラの表情は石のように固まった。

彼女は黙って報告書に署名をし、事故件数の欄に「7」と書き込む。

 

最後にペンを置き、低く告げた。

「記録完了。……明日にはまた清掃に戻れるわよ。

 生き残れたのは“制度”のおかげなんだから、感謝しなさい」

 

大男は苦笑しながら、痛む腕を抱えた。

「制度、ね……。ありがたい話だ」

 

誰も返事をしなかった。

書記官の机上で、蝋燭の炎が小さく揺れただけだった。

 

 

/*/

 

 

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