オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 魔導国北部・死霧農区 栄養改革期 /*/
灰色の空に、魔力塔の蒸気がゆるやかに立ちのぼる。
かつて死と静寂の象徴だったこの地――今では「生産の鼓動」に満ちていた。
広大な畜産区では、カルネ式自動搾乳ゴーレムの群れが休むことなく働き、
魔法導管を通して流れた乳が、次々と分岐していく。
右のラインは冷却区へ――ヨーグルト製造用。
左のラインは撹拌塔へ――バター精製用。
それぞれの工程に、魔導国の叡智が惜しみなく投入されていた。
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撹拌塔の内部では、青白い光を帯びた魔力羽根がゆっくりと回転していた。
魔法陣〈攪拌制御(アジテート)〉が、乳脂肪と水分を正確に分離していく。
やがて、淡い金色の固形が浮かび上がった。
「分離完了、脂肪分率八十二パーセント。標準値内」
報告するのは、骨の手で筆記板を持つアンデッド作業官。
ジョンはそのバターをひと匙すくって、香りを確かめた。
ほんのり甘く、穏やかな乳香が立ちのぼる。
「……うん、上出来だ。
このバターなら、パンでも芋でも使える。栄養価も高い」
「魔導国市民向けの食糧配給に加えますか?」と技術官。
「ああ。王都では栄養不足の子どもがまだ多い。
パンとスープにこれを加えれば、体が温まるし、魔力耐性も上がる」
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一方、冷却区では魔法陣〈発酵調整(バイオ・バランス)〉が輝いていた。
透明な瓶の中で、白い液体がわずかに泡立ち、生命のようにゆらめく。
リッチ管理官が杖をかざすと、魔法陣が発酵菌の働きを穏やかに制御した。
「ジョン様、ヨーグルト群第七槽、培養安定しています」
「よし。カルカ王妃の〈美容魔法・肌再生〉と合わせれば、医療食にもなる」
ジョンは満足そうに頷きながら、瓶を手に取った。
匙で掬い、少し口に含む。
とろりと舌に広がる酸味と、後を引く甘み。
「これなら子どもでも食べやすいな。酸味が柔らかい」
その後ろで、ルプスレギナがぴょこっと顔を出した。
「ジョン様?!これ、蜂蜜入れたら絶対うまいっすよ!」
「……お前は試作段階でよく余計なことを思いつくな」
「だって、栄養あるし幸せな味っすもん!」
「……まぁ、甘味補給の副産物としては悪くないか」
ジョンは笑って肩をすくめ、蜂蜜入りヨーグルトの導入を検討リストに加えた。
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――それから数ヶ月。
魔導国の市民たちの食卓には、徐々に白と金の彩りが加わっていった。
朝食には、パンに塗るバター。
昼の給食では、フルーツヨーグルト。
そして夕食後のスープに、濃厚なミルクをひと匙。
それらはただの食糧ではなく、“魔導国に生きる者たちの誇り”となった。
貧民街の子供が、スプーンを手に笑う。
兵士たちが、出征前に温かいミルクで乾杯する。
アンデッド労働者たちでさえ、魔力供給率が向上した。
「……いいな」
ジョンは高台からその光景を見下ろし、呟いた。
「命ある者も、そうでない者も。――腹が満ちれば、心が穏やかになる」
風が吹き抜ける。
冷たい大地に、初めて“乳と蜂蜜の香り”が満ちていた。
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やがて歴史家たちはこの時代をこう呼ぶ。
――“白金の飽食期”。
死の大地を、再び生の香りで満たした、ジョンの農産改革の時代として。