オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

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リザードマン

 

 

/*/『湖の守り手たち』/*/

 

 

 トブの大森林の奥深く、ひょうたんを伏せたような形の湖が広がっている。その南側、大湿地の葦の中に、鱗に覆われた亜人の民が住んでいた。――リザードマンである。

 

 彼らの歴史は血に塗れていた。かつて湖の南岸には七つの部族が点在し、互いに獲物を奪い合って生きていた。しかし魚も甲殻も減り、飢えが牙をむくと、争いは避けられなかった。泥濘の戦場で同族の血が流れ、七部族はやがて五つに減った。生き残った者たちも、常に次の飢饉と襲撃に怯えていた。

 

 だが時代は変わる。氷の支配者、コキュートスの降臨によって湖周辺の亜人たちはまとめられ、散り散りだった部族はひとつの「民」となった。湖の南に分かれていたリザードマンも、今は並び立ち、互いに槍を向けることはない。

 

 集落の中央、湿地を切り開いた広場には、新たな営みが息づいていた。澄んだ水を引き込んだ水路には魚や海老が群れ、籠に仕掛けられた蟹は次々と捕れた。広場の周囲には水田が並び、稲穂が風に揺れる。リザードマンの戦士シャースーリューは、背鰭を揺らしながらその光景を眺め、胸の奥が温かくなるのを感じた。

 

「昔は、こんな光景は夢物語だったな……」

 

 彼の呟きに隣の仲間が応える。

「食うために戦う日々は終わった。今は稲を刈れば腹は満ちる。魚を養えば子らも飢えぬ」

 

 その言葉通り、かつて部族を裂いた食糧難は解消されつつあった。コキュートスの命で人間の村――カルネ・ダーシュとの交易路が水路で繋がれ、干し肉や穀物、布が運ばれてくる。代わりに湖の魚介や湿地の薬草が積み出され、互いの暮らしを潤していた。

 

 戦士たちもまた、新たな役割を得た。今では若きリザードマンの多くがバハルス帝国へ赴き、魔導国の大使館を護衛する傭兵として働いている。彼らは誇りを胸に「氷の支配者の兵」として都市を歩き、人間たちの視線を浴びる。

 

 シャースーリューも近く出立する予定だった。大剣を磨きながら、彼は思う。

 ――戦場で同胞の血を浴びる日々は終わった。これからは異国で仲間を守り、民の糧を得るのだ。

 

 夜、湖畔に月が映るころ、老いた長老が焚火の前で語った。

「我らは一度、愚かさで自らを滅ぼしかけた。だが氷の御方の手により、散った鱗は一つに繋がった。今や我らは三千の大族。竜に喰われず、人に虐げられず、共に生きる道を歩める」

 

 火の粉が舞い、若者たちの瞳が輝く。彼らはもう、かつての血で濡れた泥を知らない。知るのは稲の香りと、養殖池を跳ねる魚の音だ。

 

 シャースーリューは湖の南を見やった。湿地に広がる家々、忙しく働く仲間の姿。かつては敵対していた五つの部族が、今は肩を並べて暮らしている。子どもたちの笑い声が湿原に響き、女たちが籠を編み、男たちは槍を研ぎながらも戦ではなく護衛の仕事に備えている。

 

 彼は大剣を握り直した。戦士の誇りは失っていない。だがその大剣はもはや同族を殺すためのものではない。民を守り、未来を築くためのものだ。

 

 やがて夜明け。水路を渡ってカルネ・ダーシュ村から荷船がやって来る。干し肉と布を積んだ船に、リザードマンたちは魚籠を手渡す。言葉は違えど、笑顔で通じ合う。

 

 シャースーリューは心の中で誓った。

「俺たちはもう孤立した獣ではない。湖と共に、仲間と共に、魔導国と共に生きるのだ」

 

 ひょうたん湖の水面を風が渡る。その波紋は、かつて血で濁った湖に、新しい時代の光を映し出していた。

 

 

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