オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

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隣り合わせの罠と青春・4

 

 

/*/ エ・ランテル・裏通りの酒場 /*/

 

 

安酒場の奥、煤けたランプがぼんやりと揺れる。

バニアラたち清掃員は粗末な木卓を囲み、傷を負った大男も片腕を吊ったまま椅子に腰掛けていた。

 

老人がジョッキを掲げる。

「……まあ、生きて戻れたことに乾杯だ」

乾いた音を立てて、皆がジョッキを合わせる。

 

若者は一口も飲まず、机に額を突きつけるように呟いた。

「……なんでだよ。冒険者なら、すぐ治してもらえるんだろ? 薬も、巻物も。

 俺たちには保険だの契約だのって、紙切れで縛りやがって」

 

大男が苦笑した。

「文句を言うな。あの制度がなきゃ、俺は今ごろ墓の下だ」

 

「でも兄貴だって、もう一回しか残ってないんだろ? 次は……」

若者の声は震えていた。

 

バニアラは静かに酒を口に含み、低い声で遮る。

「それが“労務災害保険”ってやつ。死んだら一度だけ戻れる。

 ただし二度目はない。――それが、この街の決まり」

 

老人が煙管に火をつけ、吐き出した煙が暗がりに溶ける。

「結局、俺たちは使い捨てよ。罠の刃に引っかかろうが、魔物に食われようが、報告書に“事故件数+1”と書かれて終いだ」

 

酒場の隅では、別の卓で冒険者たちが大声で笑い、金貨の音を響かせている。

眩しいほどの喧騒と、清掃員たちの静かな円卓。

その差は、残酷なまでに鮮明だった。

 

若者は拳を握りしめ、唇を噛んだ。

「……いつか、俺たちの仕事にも価値があるって、証明してやりたい」

 

バニアラは彼を見て、ほんの一瞬だけ笑みを浮かべた。

「ならまずは生き残りなさい。死んだら保険台帳の数字に変わるだけ。

 生きてる間だけが、抗える時間なんだから」

 

ジョッキが再び音を立てる。

苦い酒の味と共に、彼らはまた明日も地下へと潜る覚悟を固めていった。

 

 

/*/ エ・ランテル・冒険者訓練用ダンジョン・搬入口付近 /*/

 

 

夜半。訓練を終えた冒険者パーティが出口へと戻ってきた。

甲冑の隙間からは汗が流れ、武器は刃毀れで鈍っている。

 

「ふぅ……今日はいい稼ぎだったな」

リーダー格の戦士が胸を張る。

仲間の魔法使いも笑いながら答えた。

「報酬の宝箱、中身はミスリルだったろ? これで宿代は心配なしだな」

 

そこへ、通路の奥から「ギィ……」と扉の軋む音。

ランタンの明かりを掲げて現れたのは、革の作業着に身を包んだ四人組――清掃員たちだった。

 

彼らは無言で通路の残骸を片付け、罠の残りを確認し、袋に骨や肉片を詰めていく。

血に濡れた床をモップで拭き取る様子は、まるで市場の片付け人のようだ。

 

若い盗賊が小声で仲間に囁いた。

「なぁ……あれ、毎晩やってんのか?」

 

魔法使いは肩をすくめる。

「さぁな。けど、ああいう連中がいるから、俺たちは毎日新しい罠や魔物と戦えるんだろ」

 

戦士は豪快に笑った。

「裏方は裏方。俺たちは表で名を上げりゃいい。それぞれ役目ってやつさ」

 

清掃員のリーダーらしき若い女性――バニアラがちらりと冒険者たちに視線を送った。

だが声をかけることはなく、ただ黙々と床を拭き続ける。

 

冒険者たちは気まずさを覚えつつも、やがて通路を抜けて夜風に出た。

街の灯が待つ方へ向かう足取りは軽く、笑い声は再び大きくなる。

 

背後に残されたのは、暗いダンジョンと、血を拭き続ける清掃員たちの姿。

冒険者にとっては一瞬の影のような存在――しかしその影がなければ、彼らの栄光は成り立たないのだった。

 

 

/*/

 

 

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