オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ エ・ランテル・裏通りの酒場 /*/
安酒場の奥、煤けたランプがぼんやりと揺れる。
バニアラたち清掃員は粗末な木卓を囲み、傷を負った大男も片腕を吊ったまま椅子に腰掛けていた。
老人がジョッキを掲げる。
「……まあ、生きて戻れたことに乾杯だ」
乾いた音を立てて、皆がジョッキを合わせる。
若者は一口も飲まず、机に額を突きつけるように呟いた。
「……なんでだよ。冒険者なら、すぐ治してもらえるんだろ? 薬も、巻物も。
俺たちには保険だの契約だのって、紙切れで縛りやがって」
大男が苦笑した。
「文句を言うな。あの制度がなきゃ、俺は今ごろ墓の下だ」
「でも兄貴だって、もう一回しか残ってないんだろ? 次は……」
若者の声は震えていた。
バニアラは静かに酒を口に含み、低い声で遮る。
「それが“労務災害保険”ってやつ。死んだら一度だけ戻れる。
ただし二度目はない。――それが、この街の決まり」
老人が煙管に火をつけ、吐き出した煙が暗がりに溶ける。
「結局、俺たちは使い捨てよ。罠の刃に引っかかろうが、魔物に食われようが、報告書に“事故件数+1”と書かれて終いだ」
酒場の隅では、別の卓で冒険者たちが大声で笑い、金貨の音を響かせている。
眩しいほどの喧騒と、清掃員たちの静かな円卓。
その差は、残酷なまでに鮮明だった。
若者は拳を握りしめ、唇を噛んだ。
「……いつか、俺たちの仕事にも価値があるって、証明してやりたい」
バニアラは彼を見て、ほんの一瞬だけ笑みを浮かべた。
「ならまずは生き残りなさい。死んだら保険台帳の数字に変わるだけ。
生きてる間だけが、抗える時間なんだから」
ジョッキが再び音を立てる。
苦い酒の味と共に、彼らはまた明日も地下へと潜る覚悟を固めていった。
/*/ エ・ランテル・冒険者訓練用ダンジョン・搬入口付近 /*/
夜半。訓練を終えた冒険者パーティが出口へと戻ってきた。
甲冑の隙間からは汗が流れ、武器は刃毀れで鈍っている。
「ふぅ……今日はいい稼ぎだったな」
リーダー格の戦士が胸を張る。
仲間の魔法使いも笑いながら答えた。
「報酬の宝箱、中身はミスリルだったろ? これで宿代は心配なしだな」
そこへ、通路の奥から「ギィ……」と扉の軋む音。
ランタンの明かりを掲げて現れたのは、革の作業着に身を包んだ四人組――清掃員たちだった。
彼らは無言で通路の残骸を片付け、罠の残りを確認し、袋に骨や肉片を詰めていく。
血に濡れた床をモップで拭き取る様子は、まるで市場の片付け人のようだ。
若い盗賊が小声で仲間に囁いた。
「なぁ……あれ、毎晩やってんのか?」
魔法使いは肩をすくめる。
「さぁな。けど、ああいう連中がいるから、俺たちは毎日新しい罠や魔物と戦えるんだろ」
戦士は豪快に笑った。
「裏方は裏方。俺たちは表で名を上げりゃいい。それぞれ役目ってやつさ」
清掃員のリーダーらしき若い女性――バニアラがちらりと冒険者たちに視線を送った。
だが声をかけることはなく、ただ黙々と床を拭き続ける。
冒険者たちは気まずさを覚えつつも、やがて通路を抜けて夜風に出た。
街の灯が待つ方へ向かう足取りは軽く、笑い声は再び大きくなる。
背後に残されたのは、暗いダンジョンと、血を拭き続ける清掃員たちの姿。
冒険者にとっては一瞬の影のような存在――しかしその影がなければ、彼らの栄光は成り立たないのだった。
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