オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ ナザリック地下大墳墓 第9階層 モモンガの執務室 /*/
石造りの壁に据えられた燭台の炎が、執務室の闇に揺らめく。重厚な書棚に囲まれた空間は、知識と権威の匂いを濃く漂わせていた。
机の奥に座すは不死王モモンガ。その漆黒の外套は深い影をまとい、眼窩の紅光が時折、書面に不吉な光を落とす。
対面にはジョン。背筋をまっすぐにしながらも、意識的に肩の力を抜き、相手の一挙手一投足を観察していた。
「……アーグランド評議の『五つの試練』についてだけど」
沈黙を破ったジョンの声は、低く抑えられていた。
「どう考えても、あれは現地民に通過できる難易度ではないよな。もし人間の国から国交を申し入れるような事態になった場合……評議は、どうするつもりだったんだろう?」
紅の光が強く瞬き、モモンガはわずかに顎を傾ける。
「確かに……。彼らの基準では、突破は不可能に等しい。だが、国交を求める相手に一切の門を閉ざすほど愚かでもないだろう。――つまり、相手を見て対応を変えていた可能性は高いですね」
「なるほど」
ジョンは苦笑を浮かべたが、その奥には棘があった。
「取引相手によって態度を変える。……正直、あまり良い記憶はありませんね。軽んじられる側に立つと、その不快さはよく分かる」
「ふむ……」
モモンガの指先が、机を一定のリズムで叩く。乾いた音が、執務室の静寂に異様な緊張を刻んだ。
「評議が本当にそうであったなら……自らを高みに置き、下位を見下す姿勢の表れだろう。誇りと傲慢は紙一重。いずれ致命的な隙を生むかもしれん」
ジョンの瞳が、炎の光を反射して揺れる。
「ですが、油断は禁物、ですね。こちらを見下していると見せかけて、実際は相手を測っている場合もある」
「その通りだ」
モモンガは深く頷き、紅光を細く絞るように落ち着けた。
「彼らがどのような意図を抱えていようとも、我らがすべきは一つ――常に備え、決して隙を見せぬことだ。油断は……我らの最も嫌うべき敵だ」
二人の言葉が空気を重くし、部屋の奥の影までもがひととき息を潜めたかのようだった。
ナザリックの静寂は、そのまま冷徹な誓約のように積み重なっていった。
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蝋燭の炎がぱちりと弾け、影が壁を這った。
話題はさらに重みを増していく。
「……アンティリーネの件もそうですが」
ジョンが視線を落とし、低く言葉を続ける。
「“神人”と呼ばれる存在を、評議国は決して許さなかった。秘匿してきたのは……つまり、現れるたびに殺してきた、ということでしょう」
モモンガの眼窩に宿る紅光が、一瞬鋭く細まる。
「……確かに。そう解釈する方が自然だな。国家の支配原理を揺るがすほどの存在が現れれば、彼らの秩序を保つためには抹消せざるを得ない」
「五つの試練で俺が死んでいたら、それで良し。死ななければ……観察対象として囲い込み、場合によっては排除、って筋書きだったのかもしれません」
ジョンの声音には、冷たい諦観が混じっていた。
「なるほど……」
モモンガは深く頷き、両手を組み合わせる。
「要するに彼らは、自分たちを世界の最強種族と規定し、それに従属しない者は排除する。――“世界は我らのもの”という思想が、根底にあるわけか」
「ええ」
ジョンは静かに息を吐いた。
「それが透けて見える。……取引相手を選び、態度を変えるのも、そうした自負の延長でしょう。相手が従うなら、利用する。従わなければ、消す」
モモンガの紅光が、長く机の上を照らした。
「実に不快な発想だ。だが……我らにとっては警鐘でもあるな。同じ轍を踏まぬよう、戒めとすべきだろう」
その言葉に、重く、鈍い余韻が室内に沈む。
二人はしばし口を閉ざし、互いの視線の奥に潜む暗い決意を確かめ合うようにして、沈黙を共有した。
モモンガは無意識に拳を握りしめた。
かつて共に在った仲間たちの名が、脳裏に過ぎる。もし彼らがこの世界に来ていたら――評議の理不尽な秩序のもと、果たして無事でいられただろうか。
「……我々は違う。少なくとも、私は仲間を守るためにここにいる」
低く吐き出された言葉は、炎のゆらぎに重なって響いた。
ジョンはその声に頷きながらも、片眉を上げる。
「守るために、力を使う。……そうであってほしいですね。支配するために力を使う連中と、俺たちは違うと」
「違わねばならん」
モモンガの紅光が強く燃え上がった。