オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ トブの大森林 /*/
湿った空気が木の葉を揺らし、苔の匂いが鼻孔を満たす。ジョンは音を忍ばせて進み、地面に残る太い糸の跡を指先で確かめた。目当ては大型の樹上棲轟(とどろ)蜘蛛──甲殻の堅さと太い脚を持つ、噛み応えのある獲物だ。
樹上から、重く柔らかな降下音が伝わる。視界の隙間から見えたのは、人間よりやや大ぶりな蜘蛛。黒光りする甲殻の背が、薄く差した陽光を受けて鈍く光る。
ジョンは息を殺し、足元の湿った土に膝を落とす。槍は携えていない。彼の右手には、長年の狩りで鍛え上げられた「貫手」があった──爪先まで力が集中した一撃を繰り出すための、己の身体そのものが武器だ。
蜘蛛がこちらに気づくより早く、ジョンは跳んだ。木陰から飛び出し、素早く前腕を振るい、貫手を蜘蛛の頭部めがけて突き出す。甲殻の縫い目を狙ったその一撃は、まるで石を割るかのような鈍い衝撃と共に相手の動きを止めた。
蜘蛛は一瞬だけ身を震わせ、そして動かなくなる。激しい格闘ではない。精密に狙いを定めた一点の打撃が、獣の中枢を鎮めるのだ。ジョンは冷静に相手を横に転がし、脚をまとめて麻縄で縛り上げる。甲殻は想像以上に硬く、だが内部の肉は確かに蟹の親戚を思わせる食感がありそうだった。
森の奥で、ジョンの背中に夕陽が差す。彼の腰にはすでに三匹の大型蜘蛛が吊るされている。血も派手に飛び散らず、獲物は静かに、しかし確実に息絶えていた。
/*/ カルネ・ダーシュ村 調理場 /*/
村の広場に戻ると、ルプスレギナと村人たちが出迎える。
「ジョン様、それ……まさか食材っすか?」
「そうだ。クモだ。見ろ、この脚の太さ。カニの遠縁だぞ」
「……なるほど、理屈は分かりませんが、ジョン様らしいっす」
ジョンは笑いながら火を起こし、殻を炙り始める。
独特の香ばしい香りが漂い、集まった村人たちが顔をしかめる――が、焼けるにつれて甘い甲殻の匂いに変わっていく。
「ほら、味噌が詰まってる。やっぱり当たりだ」
ルプスレギナが恐る恐る一口かじると、驚いたように目を見開いた。
「……意外と美味しいっす。エビとカニの中間みたい」
「だろ? トブの森の恵みってやつだ」
夜が更ける頃には、村の広場でクモの甲殻焼きが振る舞われ、村人たちは笑いながら食卓を囲んだ。
森の奇妙な生き物すら、ジョンの手にかかれば新たな食材に変わる――そんな噂が、翌日にはもう村中に広まっていた。
/*/ カルネ・ダーシュ村 夕暮れの共同調理場 /*/
焚火の上で鉄鍋がぐつぐつと煮え、香ばしい匂いが夜風に混じった。
ジョンが仕留めた大型クモは、脚を落とし、甲殻を洗ってすっかり“海辺の獲物”のような姿にされていた。
「な? 見た目こそ森の獣だが、構造はまるでカニだろう?」
ジョンが笑いながら脚を切り分ける。赤みを帯びた肉が現れ、筋がしっかりと詰まっている。
「海がないのに“カニ料理”が食べられるなんてねぇ」とルプスレギナは目を輝かせた。
第一品 《茹でグモ》
大鍋に塩と香草をたっぷりと放り込み、脚を丸ごと茹で上げる。
甲殻がじわりと橙に変わり、沸騰する湯から立つ香りは、驚くほど海老に似ていた。
殻を割ると、白く繊維質の肉がほろりとほぐれる。
ジョンが指で摘まんで口に入れると――
「……うん、甘い。カニより少し淡泊だが、旨味が深いな」
村人たちも次々と手を伸ばし、あっという間に山盛りの脚が消えていった。
第二品 《グモ味噌焼き》
腹の内側に詰まっていた濃い橙色の部分を取り出し、味噌と混ぜて炭火の上で炙る。
とろりとした香りが立ちのぼり、塩気と焦げの香ばしさが鼻をくすぐる。
ルプスレギナが一口なめて、瞳を細める。
「これ……絶対にお酒に合うっすね」
ジョンも頷き、焼いたパンにつけて食べた。舌の奥に残る濃厚な旨味は、まさしく“蟹味噌”そのものだった。
第三品 《グモ爪の揚げ物》
太い前脚の先端をぶつ切りにして、小麦粉をまぶし、油で揚げる。
カリッと弾ける音が響くたびに、村人たちが覗き込む。
揚げたてをかじると、外はさくさく、中はぷりぷり。
ほんのりとした甘味があり、噛むたびに汁気がじゅわっと溢れる。
「こりゃあ、酒が進む」
ジョンが笑い、ルプスレギナは尻尾を振りながらお代わりを持ってくる。
第四品 《グモ雑炊》
最後に、茹で汁と殻を煮出して黄金色の出汁を取り、米と卵で雑炊に仕立てる。
甲殻の旨味が溶け出した湯は濃厚で、香草の爽やかさがそれを包み込む。
一口すすると、身体の芯にじんわりと染み込むような優しい味。
「……森の恵みって、こういうことを言うんだな」
ジョンは小さく呟き、火の揺らめきを見つめた。
ルプスレギナが満腹そうに背伸びをして笑う。
「ねぇジョン様、このグモ狩り、定期的にやろっか?」
「そうだな。今度は干しグモでも作ってみるか」
夜の森に笑い声がこだまし、焚火の火が高くはぜた。
その香りは、まるで海の浜辺を思わせるほどに“旨かった”。