オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ エ・ランテル訓練場・ペテルの訓練 /*/
〈穿撃〉〈疾風加速〉=低い姿勢で突進し、下から突き上げる〈串刺し〉
ペテルは刀を構えた瞬間、刃が紅蓮の炎に包まれる。
「〈火の串刺し〉……行くぞ」
低く沈み、腰を落として前方に突進。
炎の刀身が空気を切り裂き、周囲の光景を赤く染める。
敵の隙間に刃先を突き上げると、刀身の炎が鋼と肉を同時に焼き貫く。
振り下ろされる刃ではなく、下から上への串刺し――まさに炎の矛の如き一撃。
敵の鎧は焼け焦げ、体表の肉は炎で蒸発するかのごとく反応する。
突進を止めずに踏み込むペテルは、串刺しの一撃ごとに煙と閃光を残して進む。
その動きはまるで、火柱となって駆け抜ける刺突の雨。
訓練場の壁に映る影は、炎を纏った剣が描く紅い弧だけが残る。
/*/ カルネ村・丘外れの射場 /*/
ルクルットは息を吐き、氷の弓フラウ・ボウを握りしめた。
冷気が腕にまとわりつき、弦を引くたびに白い靄が溢れる。
「……師匠、教えてくれたよな。魔力はただ流すんじゃなくて、形をイメージするんだって」
彼は矢を番える代わりに、空気中の冷気を集める。
弓の弦を引くごとに、光の粒が凝縮され――矢は次第に膨れ上がっていく。
細い矢ではなく、鋭く伸びた氷の槍。
「《アイス・ジャベリン》……!」
放たれた瞬間、氷の槍は空気を裂き、一直線に標的へ。
木製の的を貫き、そのまま背後の巨岩に突き刺さった。
氷は砕けず、岩肌に亀裂を走らせて消散する。
「……や、やった!」
ルクルットの頬がほころぶ。
だが次の瞬間、膝ががくりと落ちた。
魔力の消耗が激しい。呼吸も荒い。
「一撃はすごいけど……これじゃ長くは戦えないな」
それでも彼は笑っていた。
氷の矢をただ放つだけだった自分が、師匠の教えを胸に“必殺の一撃”を編み出せたのだから。
俺は、ちゃんと前に進んでる。
/*/ カルネ村・丘外れの射場 /*/
氷の槍が岩を砕き、白い靄となって消えた直後。
ルクルットが荒い息をついて膝をついた時――背後からゆっくりとした拍手が響いた。
「……やるじゃねえか」
振り返ると、木陰からジョンが姿を現した。
腕を組み、にやりと笑っている。
「し、師匠……見てたのか!?」
「おう。最初の頃は矢をまともに番えるのも怪しかった小僧が、今じゃ岩を割るだと? 大した成長だ」
ルクルットの顔が赤くなる。
褒められるのは嬉しい。だが同時に、先ほど膝をついた己の未熟さも思い出してしまう。
「……でも、一発撃つだけでへとへとだよ。これじゃ戦いじゃ役立たない」
「切り札ってのはな、そういうもんだ。いつでも出せる技より、ここぞって時に決める技の方が価値がある」
ジョンは歩み寄り、ルクルットの肩を軽く叩いた。
その手は大きくて温かい。
「お前はちゃんと前に進んでる。焦るな。強さってのは、積み重ねだ」
ルクルットは黙って頷いた。
胸の奥に、小さな炎が灯る。
――必ず、この一撃を仲間を守る力にしてみせる。
/*/ カルネ村・森の奥 月夜 /*/
焚き火の明かりを背に、ジョンが口笛を吹いた。
森の影から、白銀の毛並みをまとった巨狼が現れる。
漆黒の瞳に月光を宿したその姿――ジョンの忠実な眷属、ムーンウルフ。
「……これが、師匠の眷属……」
息を呑むダイン。獣使いとしての血が騒ぐのを感じた。
ジョンが軽く頷く。
「触れてみろ。ただし、心を開け。こいつは“月”の眷属だ。虚勢や恐怖は通じねえ」
おずおずと手を伸ばすダイン。
最初は警戒していたムーンウルフだったが、やがて彼の掌を受け入れるように鼻先を寄せた。
冷たい毛並みの奥に、不思議な温もりが宿っている。
その瞬間――ダインの胸に、円環を描く光が浮かんだ。
月の加護を象徴する、ドルイドの紋様。
「これは……!」
「お前の《月の円環》が反応してるな」ジョンは満足げに笑った。
やがて月光が強まり、ダインの身体を覆っていく。
骨格が変わり、筋肉がしなやかに引き締まり、背に銀の毛並みが広がった。
「……っ!」
四肢が地を蹴る。風を切る。
耳を抜ける音、視界を裂く速度――
彼はムーンウルフそのものに変身していた。
「は、速い……!」
森を駆け抜ける速度は、時速100kmを優に超える。
大地を蹴るたびに風が唸り、木々が後方に流れていく。
やがて焚き火の前に戻ったダインは、元の姿に戻り、肩で息をついた。
興奮と喜びで胸が高鳴っている。
ジョンは腕を組み、にやりと笑う。
「これでお前は、ただの熊使いじゃねえ。月に選ばれた獣使いだ。……次の戦場じゃ、その脚が仲間を救うだろうな」
ダインは拳を握りしめた。
「必ず、この力を仲間のために使います!」
夜空に浮かぶ月が、静かに二人と一匹を照らしていた。
/*/ カルネ村・森の中 月明かりの下 /*/
銀光を浴びたムーンウルフの姿で駆け抜けたダインは、やがて元の人の姿へ戻った。
その体にはまだ月光の余韻が残っており、瞳の奥が淡く輝いている。
「……すごい。普段のムーンウルフでも速さは十分なのに、今は力も視界も研ぎ澄まされてる。
これが……《月夜の恩寵》……」
息を整えつつ感嘆するダインに、ジョンが肩をすくめた。
「確かに強えな。月夜限定で、その速さも感覚も一段階上がる。
だがな――月夜にわざわざ外で暴れる相手ってのは、そうそういねえだろ?」
「……あっ」
ダインは言葉に詰まった。
月夜限定強化――だが、その夜に戦いや狩りをする機会は滅多にない。
逆に言えば、ここぞという特別な状況でしか活かせない力だ。
ジョンは焚き火の明かりに照らされながら、ゆっくり続けた。
「切り札ってのはそういうもんだ。いつでも使える便利さより、“ここぞ”で発揮される力のほうが価値はでかい。
お前の《月夜の恩寵》も、いざって時のために温存しとけ」
ダインは頷き、拳を握った。
「……はい! 月が呼ぶその時まで、この力を磨いておきます!」
頭上の月は、二人の会話を静かに聞き届けるかのように、冴え冴えと輝いていた。
/*/ 森の中・月明かり /*/
ダインが月夜の力を借りて、ムーンウルフへと姿を変えたその瞬間。
木陰からじっとその様子を見つめる影があった。
「……ふぅん。なるほどね」
小さな声。だが、冷や汗がにじむような気配。
月光を背に姿を現したのは――ナザリック第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラだった。
「ア、アウラ様……!」
ダインが慌てて頭を下げる。
アウラはにこにこと笑いながらも、緑と青の瞳はどこか鋭い。
「へぇ、至高の御方の眷属に触れて、その姿に変わる力を得ただなんて……普通じゃ絶対ありえないことよね?
不敬だと思わない? ねぇ?」
ダインは顔を真っ青にし、口をぱくぱくさせる。
「し、師匠が……! 師匠が見せてくれたからで……!」
「俺のせいにすんな!」とジョンが小声で返す。
アウラは腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。
「でもさぁ……羨ましいな。至高の御方の眷属の力を、自分の身体で感じられるなんて。
ずるい! あたしだってそんな体験したことないのに!」
彼女の声は拗ねた子供のようだが、その背後から放たれる圧は冷たい刃のよう。
ムーンウルフでさえ耳を伏せて距離を取った。
「……お、おい、アウラ。これは決して不敬の意図などでは……」
ジョンが慌てて取り繕う。
アウラは少し考え込んだ後、にやりと口角を上げた。
「ま、いいわ。許してあげる。ただし――その力、ちゃんと見せてちょうだい。
“御方の眷属を模した力”が、どの程度役に立つのか……観察してあげる」
その笑みには、好奇心と嫉妬と、子供っぽい独占欲が入り混じっていた。
ダインは背筋を震わせながら、ただ深く頭を下げるしかなかった。
/*/ カルネ村・森の奥 月夜/*/
「さあ、始めるわよ! もっと速く!もっと強く! ムーンウルフの脚力を舐めないで!」
アウラの声に、森の木々が震える。
ダインは背筋を伸ばし、銀の毛並みをまとったムーンウルフの姿に変身した。
心臓の鼓動が高鳴り、冷たい夜風が頬を打つ。
「わ、分かったのである……!」
アウラは小さな笛を吹き、森中の的を指さす。
「目標はあそこ! 時速100kmだって遅すぎる! 全力で駆け抜けなさい!」
ダインは蹴り出す。
大地を蹴るたびに足元の草が吹き飛び、木々が後方に流れる。
心の中で「もっと……もっと加速!」と叫びながら、月の力を集中させる。
アウラは後方を飛ぶように追い、鋭い眼光で観察する。
「脚力だけじゃダメよ! 感覚を研ぎ澄ませて、森の地形を全て把握して!」
ダインは旋回、ジャンプ、急停止――すべてムーンウルフの身体能力で行う。
葉や枝を掻き分け、岩を跳び越え、獲物を追い詰めるように動く。
月光を受けて毛並みが銀色に輝き、まるで森そのものに溶け込むかのようだ。
「そうよ、その調子! もっと力を出し切りなさい!
疲れた? 気のせい! ムーンウルフは休まないの!」
息も絶え絶えに、ダインは必死で指示に従う。
けれども心の奥では、燃えるような充実感が芽生えていた。
「……速い……! こんな速度、今まで感じたことなかった……!」
アウラはニヤリと笑い、褒めるように言った。
「よし、やればできるじゃない! まだまだ改善の余地はあるけど、初めてにしては上出来よ。
でも、もっと強くなれるはず――私が見届けるから、覚悟して!」
ダインは銀の毛並みを震わせ、荒い息を整えながら、月光に照らされる森の中で心を燃やした。
――この力で、仲間を守る。必ず、守る。
/*/ カルネ村・森の奥 月夜 /*/
アウラによるスパルタ観察訓練を横目に、ジョンは静かに立っていた。
銀色の毛並みをまとったダインが森を駆け抜けるたび、風が巻き上がり、木々がざわめく。
「……なるほどな。ムーンウルフは速度特化だから、こうして全力で駆け抜ける訓練には向いている」
ジョンは頷きながらも、ふと視線をグリズリーの姿に移す。
「でも、実際の戦闘や長距離移動を考えるなら、グリズリーの方が扱いやすい場面もあるだろうな。
こいつだって時速60kmくらいは出せるし、筋力と耐久力がある。
ま、一晩中走る必要があるならムーンウルフだが」
月明かりに照らされたダインの姿を見て、ジョンの口元がわずかに上がる。
「さて、月の円環で自然の化身の力を我が物にできることは分かった。
次は本番だ――」
ジョンは手を前に差し出す。
「俺の力を映してみろ、ダイン!」
アウラが目を見開いた。
「ええっ……至高の御方の力を、映す……ですって!?」
ダインは深呼吸をして銀色の毛並みをまとった人狼の姿に変身する。
月光を受け、毛並みは煌めき、瞳は銀色に光った。
だが同時に、胸の奥に重い制約を感じる――
「……師匠の力が大きすぎる……満月の晩でなければ、この姿を映し取れない……」
森の空気が震え、月光に照らされた彼の姿は、まさに月夜限定の力の象徴だった。
ムーンウルフの敏捷性とグリズリーの耐久力を融合させたかのような走り。
しかし、その力は満月の夜にしか発揮できないという制約がある。
アウラは口を開け、目を輝かせた。
「……くっ、くそ……羨ましい!嫉妬……でも、でも見たいっ!」
ジョンはじっと見守り、静かに言った。
「いいぞ……その感覚だ。満月の晩限定とはいえ、これで本当に月の円環の力を己のものとして使える」
ダインは月光の下で新たな力を手に入れ、師の期待に応えようと疾駆を続けるのだった。
満月の夜にしか見せられない、特別な姿――月光に輝く人狼。
/*/ カルネ村・森の奥 月夜 /*/
銀色の毛並みをまとったダインが疾駆する姿を見て、アウラの目がぎらりと光る。
その瞳には嫉妬の炎と好奇心が入り混じっていた。
「……くそっ、あたしもやりたい! 人間の癖に独り占めなんて許せない!」
アウラはマーレに振り向き、命令するように叫ぶ。
「マーレ、あんたも至高の御方の力を映してみなさい!」
マーレは驚きと困惑の表情を浮かべる。
「え、ええっ……でも、お姉ちゃん、それは……無理だよ。僕のサブクラスは月の円環じゃないし……」
「なにぃ!? 無理だと!? 弟の癖に生意気!」
アウラは地面を踏み、苛立ちを露わにする。
髪の毛が月光を反射して金色に輝き、その怒気が森を震わせた。
「できないって言ったでしょ……」
マーレは必死に手を上げ、アウラを制止しようとする。
だが、アウラの嫉妬心は止まらない。
「ぐっ……見せろって言ったのに! 弟の癖に生意気なこと言わないでよ!」
アウラは腕組みをしてプイッと横を向くが、その目はまだダインを羨望と嫉妬の入り混じった視線で追っている。
マーレはため息をつきながら、森の奥で冷静に呟く。
「……まあ、無理だって言ったのにやらせたら、確実に怪我するよな」
アウラは小さく「むっ」と唇を噛み、まだ怒りの余韻を残している。
それでも、心の奥底では「自分もやりたい」と思っていることを、誰も知らない――
/*/ カルネ村・森の奥 月夜 /*/
アウラの嫉妬とマーレの戸惑いが続く中、ジョンは深いため息をついた。
「……まったく、二人とも毎度騒がしいな」
突然、彼の体が変化し、青と白の毛並みを持つ狼の姿に変わる。
月光を浴びて毛並みが輝き、瞳には穏やかな光が宿った。
「よし、これで落ち着けるだろ」
ジョンは大きく四つ足で跳ね、森の葉を踏みしめる。
アウラとマーレは目を見開く。
「……ええっ!?」
「カルバイン様!? 狼に……!?」
ジョンはにやりと笑い、声をかける。
「乗れよ! ひとっ走りアゼルリシア山脈の山頂までドライブいこうぜ!」
アウラはびくっと体を硬直させる。
「ひ、ひとっ走り……!? そんな至高の御方の背に!」
「う、うん……でも……楽しそう……」
マーレは少し戸惑いつつも、好奇心が勝って体が前に出る。
ジョンは尾を振り、軽やかに森の小道を駆け出した。
「さあ、二人とも! 風を切って月光を浴びろ! スピード感が最高だぜ!」
アウラはぎゅっと掴むように背中に乗り、少しぶつぶつ言いながらも楽しげに声を上げる。
「む、むきぃ……でも……速い、速い!……!」
マーレは少し緊張しつつも、笑顔でジョンの背にしがみつく。
森を抜ける風が顔を撫で、月明かりが2人と一匹を照らす。
青と白の狼の背に揺られ、アウラとマーレは不思議と心を解放されていく。
「ほら、こうして走るとわかるだろ。力は楽しむためにあるんだ」
ジョンはそう言って、山頂目指して疾駆を続けた。
――月夜の森を抜け、銀の光の道を駆ける狼と二人の守護者。
その姿は、師弟の絆とちょっとしたナザリックらしいユーモアを同時に映し出していた。