オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ カルネ・ダーシュ村・訓練所 /*/
木刀が打ち合わされる音が、乾いた空気を裂いた。
地面に走る無数の足跡と、割れた木片が訓練の激しさを物語っている。
ブレインは息を荒げ、額の汗を拭う暇もなく構えを取った。
対するジョンは、微動だにせず、片手で木刀を下げたまま。まるで“圧”そのものが剣を握っているかのようだった。
「……っ、勝てねぇ!」
叫ぶように吐き出したブレインの声に、ジョンは鼻で笑う。
「そりゃそうだろ。俺はな、人間が何千年とかけて磨き上げた技を、“人外”の身体で使ってるんだ」
ジョンは木刀を軽く振り、空気が唸る。
「ブレインの剣術は、せいぜい百年ってとこだろ? 積み重ねた執念が違うぜ」
静寂。
ブレインは握った柄を見つめ、ゆっくりと口角を上げた。
「……だったら、俺は百年分を千年分にしてやる」
ジョンは満足げにうなずいた。
「そうこなくちゃな。まだ稽古は終わっちゃいねぇぞ」
/*/ カルネ・ダーシュ村・訓練所 /*/
ぶつかり合った木刀の余韻が消えぬうちに、ブレインが不満をぶつけるように言った。
「そもそもなんで師匠はそんな人間のこと知ってるんだよ!」
ジョンは肩をすくめ、木刀の柄をくるりと回す。夕陽が彼の顔の輪郭を硬くした。
「人間に師事したからだし、本も読んだからな。本ってのはいいぞ。自分が経験してないことを知れる。死人の魂が生き様を物語るみたいなもんだ」
言葉に含まれた軽い皮肉と哀愁が、訓練場の風に溶ける。
ブレインは辺りを見回し、声を張った。
「でも、村に本がねぇ!」
その一言に、ジョンは小さく笑った。
「それもそうだな。今度、なにか写本して持ってきてやるよ」
片手で木刀を地面に突き、もう片方の手でブレインの肩に軽く触れる。触れられた方の筋肉がピクッと緊張する。
「ただし、読むだけで終わるなよ。読んで、稽古に落とし込め。文字は知識をくれるが、技にするのはお前の血だ」
ブレインの目が瞬時に鋭くなる。悔しさと期待が混ざった表情で、彼は拳を固めた。
「分かった……師匠、次は絶対、喰らいついてやる!」
ジョンは満足げにうなずき、陽の残る空へと視線を伸ばした。
「なら約束だ。写本は俺が用意する。お前がそれを“血”にするところを見せてくれ。」
その約束は、二人の間に新しい稽古の季節を予感させた。
/*/ カルネ・ダーシュ村・訓練所・夕刻 /*/
稽古を終えて木刀を片付ける二人のもとへ、木陰からひょっこり顔を出した女がいた。
ショートカットの金髪を風になびかせ、薄い笑みを浮かべている。
「いやいや、お熱いねー」
クレマンティーヌがひらひらと手を振る。
ブレインは舌打ちしてそっぽを向き、ジョンは苦笑を返した。
「……で、何読んでるんだ?」
「んー? エ・ランテルで流行ってるっていう戯曲。恋と裏切りと処刑と再会、みたいなやつ」
軽くページをめくりながら、クレマンティーヌは肩をすくめる。
ジョンは呆れたように笑った。
「ははっ、教養の差が出てるな」
「失礼ね。これでも“ちゃんとした教育”は受けてるのよ?」
クレマンティーヌは唇の端を上げて見せた。その笑みには、かつて法国の精鋭部隊”漆黒聖典”にいた誇りがほんのり滲んでいた。
ブレインは木刀を担ぎながら、ぼそりと呟く。
「……どこが“ちゃんと”なんだか」
「なにか言ったぁ?」
甘い声に潜む刃の気配に、ブレインが一歩引く。
ジョンはその様子に小さく吹き出した。
「ま、いいさ。読書は頭の筋トレだ。ブレインも見習え」
「うるせぇ!」
訓練所の空気が、夕焼けと笑い声で少しだけ柔らいだ。