オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 旧王国北部・フォラス平原地帯 朝靄の丘陵にて /*/
白い霧が谷を覆っていた。
低く沈んだ太陽の光が、朝露を帯びた草原の上で鈍く反射する。
ルクルットは濡れた外套の裾を払いつつ、丘の上にしゃがみ込んで周囲を見渡した。
斜面の下には、朽ちた農村の跡が点々と広がっている。家々の屋根は抜け落ち、畑は綺麗に耕作され、農作物が青々と茂っている。そこを、数体のスケルトンが無言で鋤を引いている。
「……やっぱり、人の姿はないな」
彼の呟きに、隣のダインが頷く。
「報告では王国との戦争後から無人である。
魔導国直轄領の中でも、ここは完全にアンデッド任せの農業区画である。
人がいないぶん、里山の獣も狩られない。放っておけば、獣が増えるのも当然である」
「ふん、でかい足跡だな。トロールのだ」
前を歩くペテルが、ぬかるみに残った三つ指の痕を杖でなぞる。
その横で、ルクルットがしゃがみ込み、指先で泥をすくって匂いを嗅いだ。
「昨日の夜に通ったな。風下だ、川沿いに降りたか」
「どうする?」
「狩る。ここ数日、収穫物の被害が続いてるって話だ。
放っておけばスケルトンが粉砕されるだけだし、対処できるやつらじゃない」
ルクルットが苦笑した。
「アンデッドは命令がなけりゃ動かないですもんね。害獣が畑荒らしても、報告しに来る人間がいないと気づきもしない」
ペテルは軽く頷くと、腰の剣を抜き放つ。
その鞘は黒く、深紅の光脈が脈打つように走っていた。
「トロールの討伐証明は爪でいい。肉と皮は再生するから焼却処分だ」
「了解!」
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トロールの咆哮が谷に響いた。
腐臭を放ちながら突進してくる巨体を、ペテルが盾で受け止め、ニニャが後方から火球を放つ。
爆ぜた炎が皮膚を焦がし、巨獣が怒り狂って腕を振り回した。
ルクルットが飛び込み、刃を喉に滑らせる。黒い血が霧の中に散り、倒れた巨体が地を震わせた。
静寂が戻ると、ペテルが短く呟く。
「爪を切り取ろう。……次は川向こうだ」
「まだやるんですか? 一頭で十分な額ですよ」
「ここは狩場じゃない。防衛線だ。
農地を維持できなくなったら、魔導国の穀倉地帯そのものが崩れます」
ダインが肩をすくめ、血のついたナイフを拭う。
「結局、獣退治まで私たちの仕事である。
冒険者ギルドからの仕事も農地の維持であるからな」
ペテルは遠くの谷を見下ろした。霧の向こうでは、アンデッドたちが黙々と畑を耕している。
人のいない国。
それでも作物は実り、討伐証明の耳が賞金に替わる。
「……人がいなくても、世界は回ってるように見える。
でも、これはエ・ランテルや各国に運ばれる大事な食糧だ」
その言葉に誰も返さなかった。
ただ、朝霧の中で、魔導国の旗印が静かに揺れていた。
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