オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

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ベテランは辛いよ

 

 

/*/ エ・ランテル冒険者組合・昼下がり /*/

 

 

受付窓口の前には、ミスリル級の名を冠するチーム「天狼」と「虹」が並んでいた。どちらもこの街では名の知れた実力者揃いだ。だが今日の依頼掲示板を前にして、眉をひそめる表情は同じである。

 

「……なぁ、これ、本気で言ってんのか?」

天狼のリーダー格、髭面の戦士が紙をひらひらさせる。そこには《古代遺跡の壁画調査》や《魔獣の行動観察日誌》といった依頼が並んでいた。

 

「俺ら、荒事で稼いできたんだぞ。今更、学者みてぇな真似しろって言われてもなぁ」

「そうだよ。調査? 研究? 剣も槍も振るわねぇんじゃ、俺たちの存在価値はどうなるんだ」

虹の魔術師も、腕を組んで不満げに頷く。

 

カウンターの奥で、組合職員が困ったように言葉を選んだ。

「わかっております。ただ……最近は学術系や調査系の依頼が増えておりまして。そういったものを、上級の冒険者の皆様にもある程度は受けていただきたいのです」

 

「新人にやらせりゃいいじゃねぇか」

「ですが、新人には簡単な雑用や低ランク討伐を残しておかないと、仕事がなくなってしまいます」

 

組合員の言葉に、一瞬沈黙が落ちた。

確かに、ミスリル級がネズミ退治や荷運びを奪ってしまっては、新人が育つ余地もない。

 

「……じゃあせめて、討伐系の高難度のやつを優先的に回してくれ。遺跡の石版写しよりは、そっちの方が性に合ってる」

「それならまぁ……考えなくもねぇな」

 

ぶつぶつ言いながらも、結局彼らは《北の山岳地帯に出没する魔獣討伐》に手を伸ばした。学術系の紙は手付かずのまま掲示板に残され、受付嬢はため息をつきながら整理を始める。

 

ベテランと新しい依頼の方向性との齟齬――それは、エ・ランテル冒険者組合が抱える新たな課題だった。

 

 

/*/ エ・ランテル冒険者組合・受付前 /*/

 

 

掲示板前で渋い顔をしていた天狼と虹に、受付嬢がさらりと口を開いた。

 

「ちなみに――漆黒の剣の皆さんは、学術系の依頼にも順応しておられますよ」

 

「……は?」

「おいおい、あの若造どもがか?」

 

ベテラン冒険者たちは顔を見合わせた。荒事専門の彼らからすれば、学者まがいの依頼に順応するなど到底信じがたい。

 

受付嬢は柔らかな笑みを崩さずに続ける。

「はい。カルバイン様の特訓を経て、今では調査や解析も立派にこなしておられます」

 

一瞬の沈黙のあと、戦士が頭を抱えた。

「……そりゃ、あれだけスパルタでしごかれりゃ、嫌でも順応するだろうよ」

「まったくだ。訓練場で見たが、あいつら死人みてぇな顔して戻ってきたぞ」

 

受付嬢はすっと書類を差し出しながら、さらなる一言を添える。

「ちなみに、カルバイン様は“いつでも皆様の特訓を受け付けている”と仰っていました」

 

「……げぇ、カルバインの特訓なんざごめんだ。なんとかうまくやるから、聞かなかったことにしてくれ」

ベテラン冒険者たちが口々に言い募る。受付嬢は涼しい笑みを保ちながら頷いたが、その背後で別の若い声が響いた。

 

「それなら、俺たちが受けますよ」

 

振り返れば、まだ銅級の新興チームが手を挙げていた。四人組で、武装も質素だが目には確かな意欲が宿っている。

 

「《古代遺跡の壁画調査》……面白そうじゃないですか。戦うばかりが冒険じゃないって、漆黒の剣の人たちも言ってましたし」

「そうそう。知識を得れば、次の戦いに活かせるかもしれないしな」

 

受付嬢は頷きながら依頼書を手渡す。

「ええ、助かります。最近はこうした依頼に対応できる冒険者が少なくて……組合としても大変ありがたいことです」

 

横で聞いていた天狼のリーダーが鼻を鳴らす。

「へっ、新人が学者ぶったって、大したことできねぇだろうよ」

 

だが、虹の魔術師が小声で囁いた。

「……でも、組合が期待してんのは、ああいう柔軟な連中なんじゃねぇのか?」

 

ベテランは口を噤んだ。確かに討伐や護衛だけでは、これからの潮流に置いていかれるかもしれない。だが、身体が覚えているのは荒事ばかり。遺跡の拓本を取るより、剣を振るう方がずっと楽なのだ。

 

一方、新興チームは嬉々として依頼書を抱え、仲間同士で作戦を練りながら組合を後にする。その姿に、受付嬢の目が細められた。

 

――時代は少しずつ変わり始めている。

荒事だけの冒険者が主役の座にあった時代は、もう終わりを告げようとしていた。

 

 

/*/ エ・ランテル冒険者組合・数日後 /*/

 

 

「おかえりなさい! 皆さん、よくぞご無事で!」

 

受付前に歓声が上がった。

依頼を終えて戻ってきたのは、あの新興チーム。彼らの手には拓本の束と、魔獣の行動を克明に記した記録帳が抱えられている。

 

「《古代遺跡の壁画調査》、完了しました。拓本は全部ここに。あと、現地で出くわした魔獣については観察記録をまとめました。これで学者先生たちの役に立つはずです」

 

受付嬢が記録を確かめると、表情が明るくなった。

「……見事です! 内容も正確ですし、危険の回避も的確。依頼主からの報酬に加え、組合としても特別に評価点を加算させていただきます」

 

周囲の冒険者たちがざわついた。

「へぇ……ただの調査でそこまで評価されるのか」

「組合の評点が上がるってことは、昇格にも近づくってことだろ?」

 

後方でその様子を見ていた天狼のリーダーが、舌打ちを噛み殺す。

「……ちっ、あいつらがちやほやされやがって」

 

虹の魔術師が横目で見やり、小声でつぶやいた。

「いや、マジでやべぇぞ。ああやって結果出しちまえば、組合はあっちを優先するに決まってる。俺たち、荒事ばっかじゃ本当に立場なくなるかもしれん」

 

「ぐ……でもよぉ、拓本だの観察日誌だの、俺たちにゃ性に合わねぇんだよ」

「だからって、このまま放っときゃ新人に追い抜かれるぜ」

 

重苦しい沈黙が落ちる。

彼らの耳に、組合職員の声が追い打ちをかけるように響いた。

 

「学術系依頼をこなせる人材は、今後さらに重宝されるでしょう。組合としても優先的に推薦を……」

 

天狼のリーダーは、拳を握りしめた。

――荒事だけで食っていける時代は、もう過ぎたのかもしれねぇ。

 

それでも、いざ拓本を取る姿を想像すれば、どうにも気恥ずかしくて仕方がない。

 

「……くそっ、どうすりゃいいんだ」

 

苦い顔で吐き出す彼の背後を、新興チームが晴れやかな笑みで通り過ぎていった。

 

 

/*/ エ・ランテル冒険者組合・依頼掲示板 /*/

 

 

「……なんだこりゃ?」

掲示板の新しい依頼を見た天狼のリーダーが目を細める。

 

《南東の遺跡調査:学術的調査と併せ、出没する魔獣の討伐を行うこと》

 

その下に記された条件に、彼は呻いた。

「“学術経験に乏しいチームは、必ず調査に長けた冒険者と合同で参加のこと”……だとよ」

 

受付嬢がにっこり笑う。

「はい。ベテランの皆さまには実戦面を担当していただきます。その間、新興の方々が調査を進める。双方の力が揃えば、依頼はより確実に遂行できるはずです」

 

「要するに、俺たちに学者まがいの真似をさせずに済むってことか」

「……まぁ、悪くはねぇな」

 

ぼやきながらも依頼書を手に取る天狼たち。その横で、新興チームが声を上げた。

「ぜひご一緒させてください! 僕たち、調査には自信があります!」

 

「お、おう……。ま、勝手に死ぬなよ」

「そっちこそ、拓本一枚でも破ったら怒りますからね!」

 

互いに皮肉を飛ばし合いながらも、合同チームは結成された。

 

 

/*/ 南東の遺跡・現地調査 /*/

 

 

「くっそ、また魔獣か!」

天狼の戦士が大剣を振るい、突撃してきた牙獣を叩き斬る。その隙に新興チームが壁画へ向かい、急ぎ拓本を取る。

 

「まだこっちは終わらないのか!?」

「もう少し! 光の当たり方が悪いんです!」

 

「だったら早くしろ! 次が来るぞ!」

 

怒号と応答が飛び交うが、不思議なことに作業は着実に進む。

ベテランが前線を守るからこそ、新興は安全に調査を行える。

新興が記録を残すからこそ、ベテランの討伐にも学術的価値が付加される。

 

やがて最後の魔獣を倒し、拓本と観察記録が揃った。

 

「……依頼完了、だな」

肩で息をする天狼のリーダーが、思わず新興チームに視線を向ける。

 

「正直、足手まといかと思ったが……まぁ、悪くねぇ連中だ」

「僕たちも、前線を守ってもらえたから集中できました。やっぱり実力のある先輩は頼りになります!」

 

互いに素直じゃないながらも、どこか誇らしげに笑みを交わす。

 

 

/*/ 組合・報告後 /*/

 

 

「見事でした」

依頼を終えて戻った両チームに、受付嬢が深々と頭を下げた。

 

「実戦と学術、どちらも揃ってこそ成し得る成果です。組合としては、このような合同依頼を今後も増やしていきたいと考えております」

 

天狼のリーダーは肩をすくめた。

「ちっ……うまく転がされてる気もするが、まぁ悪くはねぇ」

 

新興チームは顔を輝かせる。

「ぜひまたご一緒したいです!」

 

ベテランたちは顔をしかめたが、心の奥底では――悪くない、と思っていた。

 

 

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