オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ ナザリック地下大墳墓・第9層 モモンガの執務室 /*/
燭台の青白い光が、無数の書類の山を淡く照らしていた。
黒曜石の机の上には、印章入りの封筒、報告書、各地の行政記録が整然と積まれている。
その中心で、骸骨の王が静かに羽ペンを走らせていた。
「……ふむ、北部第七農区の収穫率が予定より八%低下。
天候要因ではなく、野獣による踏み荒らしか。即応部隊を再配置して――」
扉が軽く叩かれ、音もなく開いた。
入ってきたのは黒衣の男、ジョン。気安げに片手を上げて歩み寄る。
「よ、モモンガさん。まだやってたの?」
モモンガは手を止め、骸骨の顔を上げた。
「ええ、あと少しで一区切りです。報告書が溜まっていましてね」
ジョンは机の横に立ち、書類の山を見て目を丸くした。
「……少し? これで“少し”なの? 紙の塔が出来てるんだけど」
「いえ、まだこれで全体の三割ほどです。
魔導国の行政単位が広がっていますから、処理すべき件数も増えるのは当然ですよ」
ジョンは呆れたようにため息をつき、手を腰に当てた。
「ねぇ、モモンガさん。モモンガさんって――働きすぎだと思わない?」
「? 何故ですか?」
「だってさ、魔導国のアンデッドって、何十万もいるでしょ? あれ、全部モモンガさんの制御下なんだよね?」
モモンガは一瞬ペンを止め、骸骨の眼窩に淡く赤い光を灯した。
「そうですね。直接命令している個体もあれば、指揮系統を通して動かしているものもありますが……
最終的には、全て私の統制下にあります」
ジョンは両手を広げた。
「それさぁ、“働いてる”っていうより、“国ぜんぶ自分で動かしてる”ってことじゃん。
人間で言ったら、寝ながら呼吸してる間も行政してるようなもんだよ。
ブラックどころか、宇宙一の過労王じゃない?」
モモンガは軽く首をかしげた。
「……そう言われても、私自身は疲労を感じません。
アンデッドですからね。睡眠も食事も必要ありませんし、集中力の低下もありません。
むしろ効率的でしょう?」
「効率はいいけど、精神衛生が悪いよ」ジョンが苦笑する。
「俺だったら三日で狂うね。何十万体の目で世界を見て、同時に農地と軍隊と商人と職人を動かすなんて。
そりゃ人類の誰も追いつけないわけだ」
モモンガは静かに羽ペンを置き、背もたれに体を預けた。
「……ですが、それをやらねば国は成り立ちません。
信頼できる部下は多くとも、最終判断を委ねられる存在は少ないのです。
私の怠慢ひとつで、数万の民が飢えるかもしれない」
「真面目だねぇ」ジョンが肩をすくめた。
「でもさ、国を回すって、全部自分の手でやる必要はないと思うんだ。
信頼できるやつに“委ねる”のも仕事のうちだよ」
モモンガはしばし沈黙し、机の上の報告書を見つめた。
「……委ねる、か。
確かに、私は“命令”には慣れていても、“任せる”という行為には慣れていませんね」
「そりゃそうだよ。
ゲーム時代のギルドマスターってさ、プレイヤーを動かすのは得意でも、NPCには何でも自分でやっちゃう癖があるんだよ」
モモンガの頬骨が、わずかに軋んだ音を立てた。
「ふふ……そう言われると耳が痛い」
ジョンはにやりと笑い、机の上の書類を一枚つまんだ。
「ほら、この辺の『北部農地第七監査報告』とか、ラナーやアルベドに丸投げしちゃいなよ。
あの二人なら、多少の混乱も“演出”に変えるし」
モモンガは考えるように頷き、
「……確かに、アルベドは人員配置の才に長けていますし、ラナーは……ええ、腹黒いですが優秀です」
「でしょ? ほら、少し楽になろう。
神様みたいな支配者でも、仕事をサボるくらいが“人間らしい”んだ」
モモンガはほんの一瞬だけ、深い溜息のような声を漏らした。
「……あなたは時々、羨ましくなりますよ。ジョンさん。
“人として怠けること”を肯定できるその感性が」
ジョンは笑いながら、肩を竦めた。
「怠けるのも才能だよ。……さ、モモンガさん。今日はもう終わりにしようぜ。
お茶でも淹れて、久々にのんびり語ろう。どうせ、夜は長いんだろ?」
骸骨の王は、ゆっくりと羽ペンを閉じた。
「――ええ、確かに。
夜は、まだ長いですからね」
青白い光が揺らめき、書類の山の影が静かに伸びた。
ナザリックの深奥で、働き続ける“王”が、ほんのひとときだけ筆を休めた夜だった。