オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ カルネ・ダーシュ村 牧場 /*/
朝靄のなか、ジョンは袖をまくり上げ、巨大な雌牛の尻に手を突っ込んでいた。
見守るのは、法国から視察に来た農業部門の神官と、土神官長。二人とも真剣な顔でメモを取っている。
「なるほど……この工程で、子宮に直接、種を導くのですか」
ジョンは眉ひとつ動かさず答えた。
「まぁ、慣れれば簡単だ。だが衛生管理は命取りになる。感染すれば母体が死ぬ」
神官たちはうなずき合い、次の瞬間、何かを閃いたように顔を見合わせた。
「……これ、人間にも応用できるのでは?」
ジョンは手を抜きながら、怪訝な目を向けた。
「おい。お前ら今、ちょっと危ない方向に行ったな」
「はい。強い人間を生み出すために、適性を選抜して――」
「正直だこと」ジョンは苦笑した。「まあ理屈の上ではできるだろうけどな」
土神官長は平然と続ける。
「少しでも強い人間がいなければ、他種族に磨り潰されます。我らはそう思うのです」
「……一度、滅びかけたからこそ、か」ジョンは息を吐いた。
「でもな、俺の精液なんか使ったら、母体が死ぬぞ」
「それですが、生存率が一、二割でも強い母体なら死者蘇生に耐えられるでしょう。実質ノーリスクです」
「……やだ、この人たち怖いわ」
ジョンはため息をつき、手を洗いながら呟いた。
/*/ 午後 カルネ・ダーシュ村・牧場小屋 /*/
藁と獣臭の漂う小屋の中で、法国の神官たちは巻物を広げていた。そこには人間の系譜図が描かれている。
ジョンは桶の水で腕を洗いながら、それを横目で見る。
「……それ、まさかもう計画書か?」
「ええ。高魔力素質、強靭な肉体、死者蘇生への耐性を持つ血統の抽出です」
「名前つけるなら〈神の血統再生計画〉……いや、〈人類再鍛造計画〉かもしれませんな」
「おい、言葉がどんどん物騒になってるぞ」ジョンは眉をひそめた。
「人間を“鍛造”とか言うな。金属か何かか?」
「魂も肉体も鍛え直すのです。神の形に近づけるために」
神官の一人は、祈るように胸の前で手を組む。
「神の加護を取り戻すには、人間の欠陥を修正しなければなりません」
ジョンは乾いた笑いを漏らした。
「お前ら、本気で言ってるのか……」
「本気です。かつて我らは弱き故に滅びかけました。
だから今度は“神に選ばれる側”にならねばならない」
「――そうして生まれた子が、“普通の人間”を見下すようになったらどうする?」
神官長は静かに答えた。
「見下される人間が悪いのです。弱き者は強き者に支えられるべきですから」
ジョンは無言のまま桶の水を替え、ゆっくりと両手を洗った。
指先に残る体温を感じながら、低く呟く。
「……ああ、こりゃいずれ宗教戦争になるな」
「はい?」
「いや、なんでもない。ただ――」
ジョンは水を払って立ち上がる。
「もし“神に選ばれるための実験”で誰かが泣くようなら、俺が止める」
「止める? 貴方が?」
「そうだよ。俺がな」
ジョンの声は淡々としていた。だが、その奥には、
“神すらも試し斬る”ような冷たい覚悟があった。
神官たちは、初めて彼の目をまともに見た。
そして理解した――この男は、人間の味方ではない。
ただ「人間らしさ」を護る側なのだと。