オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ エ・ランテル・大通り 午後 /*/
人の往来の絶えない石畳の大通り。商人の声、馬車の車輪の音、そして人々のざわめきが重なっている。
その中で、黄緑色のローブを纏った小柄な少年――マーレが、買い物袋を抱えてよたよた歩いていた。
「おやおや……?」
通りの向こうから歩いてきたのは、四武器の一人、リリネット・ピアニ。くるりとしたピンクブロンドを揺らしながら、すれ違いざまにマーレへと鋭い視線を送る。
(……あら、可愛い子。しかも雰囲気が妙に中性的……これは、ちょっと気になるわね)
リリネットはくるりと踵を返し、マーレの前に立ちふさがった。
にっこりと笑みを浮かべ、腰に手を当てる。
「ねえ、君。ちょっと待ちなさい」
「ひゃっ!? な、なんでしょうか……?」
マーレは目を丸くし、後ずさる。
「いやいや、そんなに警戒しなくていいわ。ただ――君、可愛い顔してるわね。年齢は……十代前半ってところかしら?」
「えっ……あ、あの……」
マーレが困ったように頬を染めると、リリネットの瞳がすっと細くなる。
観察するように、マーレの肩幅、声色、立ち振る舞いを確認し……。
「ふふん……分かった。君、女の子に見せかけて――実は男の子ね?」
「っ……!」
マーレは目を泳がせ、袋をぎゅっと抱きしめた。
買い物袋を抱えて歩くマーレを、リリネットがじりじり追い詰める。
「ねえ君、本当に可愛いわね。お茶でも行かない?」
「ひ、ひゃあ……ぼ、ぼくは……」
困惑して涙目になるマーレ。
――影が差した。
通りをふさいで立つのは、青と白の毛並みを持つ大柄な人狼。
片手をひらひら振りながら、のんびりと口を開いた。
「おーい、そこの嬢ちゃん。ナンパするなら、まず保護者の許可とってからにしてくれよ」
「……保護者?」
リリネットは眉をひそめる。
「まさか、この子にそんなのいるわけ――」
「いるよ。――魔導王陛下がな」
「……うげっ」
リリネットの顔が一瞬で引きつった。
ジョンはにやりと牙を見せ、肩をすくめる。
「俺ぁ別に止めはしないけどさ。魔導国の子供を口説くってのは、命を粗末にするのと同じだぜ?」
「な、なんでそんな危険な子が街をうろついてんのよ……」
リリネットはぼやきながら後ずさる。
マーレは袋をぎゅっと抱きしめ、ジョンの背中に隠れるように身を寄せた。
「じ、ジョン様……ありがとうございます……」
「気にすんな。お前さんは普通に買い物してただけだろ」
ジョンは耳をぴくりと動かしながら、リリネットに目だけを向ける。
「……で、嬢ちゃん。まだ続けるか?」
「……冗談よ冗談! 軽い挨拶みたいなもん!」
リリネットは両手をぱっと上げ、あわてて後ずさると、通りの雑踏へと姿を消した。
ジョンはため息をつき、頭をかきながらぽつりと漏らす。
「まったく……冒険者ってのは、どうして揃いも揃って面倒なんだか」
/*/ エ・ランテル・酒場の一角 夜 /*/
エ・ランテルの大通りにほど近い酒場の奥。
四武器のメンバーが丸テーブルを囲んでいた。
酒とつまみが並ぶ中、リリネットだけがぐったりとジョッキを抱えている。
「……マジであたし、今日死ぬかと思った」
「……また厄介ごとを呼んだのか?」
白髪の髪を束ねた戦士、スカマが低い声で問いかける。
「厄介ごとどころじゃないのよ!」
リリネットはがばっと身を起こし、仲間を見回す。
「街でさ、めちゃくちゃ可愛い子を見つけて……ちょっとナンパしたの。そしたら――」
「……おいおい」
盗賊が呆れたように笑う。
「ナンパなんてしてる場合かよ、命がいくつあっても足りねえぜ」
「いいから聞いてよ! そしたら後ろから“青と白の毛並みの人狼”が現れて言ったの。『保護者の許可とってねー』って!」
「……人狼?」
魔法詠唱者が顔をしかめる。
「エ・ランテルにそんなの、普通いないでしょ……」
「いるのよ! で、あたしが『保護者って誰?』って聞いたら――」
リリネットはテーブルを叩いて叫んだ。
「『魔導王陛下』だって!!」
一瞬で、場が静まり返る。
スカマの眉間に皺が寄る。
「……つまり、その“可愛い子”とやらは――魔導国の関係者だった、ということか」
「そ、そう! ヤッバイでしょ!? あたし、うっかり魔導王の庇護下の子に手を出しかけたのよ!」
「……無事に帰ってきたのは奇跡だな」
リイネッタが肩を落とし、盗賊は冷や汗をぬぐう。
「てかよ、普通ならその場でバラされてもおかしくねえ。人狼が軽く流してくれたのは……むしろ感謝すべきだな」
「わかってるわよおおお……!」
リリネットは突っ伏し、机をばんばん叩いた。
スカマは深々と息を吐き、仲間たちに視線を巡らす。
「――とにかく。これで分かっただろう。魔導国の関係者に近づくのは危険極まりない。冒険者組合でも、この件は軽々しく口にするな」
「へいへい……でもさぁ……あの子、ほんっと可愛かったんだよね……」
リリネットがぼやき、ジョッキを煽る。
残りの三人は顔を見合わせ、同時に頭を抱えた。
――こうして“四武器”の中に「うっかり魔導王の子飼いをナンパした女」という新たな伝説が刻まれるのだった。
/*/ エ・ランテル・冒険者組合 昼下がり /*/
大広間は今日も冒険者たちでにぎわっていた。
受付に並ぶ者、依頼を眺める者、酒をあおる者……そのざわめきの中に、妙な噂が広がっていた。
「聞いたか? 四武器のリリネットが、魔導国の子供をナンパしたらしいぞ」
「はあ!? よりによって魔導王の関係者かよ」
「人狼の護衛が止めに入ったんだと。『保護者は魔導王陛下』って言われたんだってよ」
「命があったのが不思議なくらいだな……」
笑い混じりの囁きがあちこちで飛び交う。
そのたびにリリネットは肩をすくめ、机に突っ伏していた。
(ううう……なんでこうなるのよ……! どんどん尾ひれがついてるじゃない!)
仲間のスカマは黙々と酒を飲み、魔法詠唱者と盗賊は「知らんふり」を決め込んでいる。
――そんな中。
組合の扉が開き、青と白の毛並みを持つ大柄な人狼が入ってきた。
「……っ!?」
リリネットが反射的に跳ね起きる。
ざわめきが一瞬止まり、視線がその男――ジョンに集中した。
だがジョンは気にした様子もなく、掲示板をのぞき込み、依頼を一枚剥がして受付へ歩いていく。
リリネットは顔を真っ赤にして、机にへばりついた。
「うわああああ……本人来ちゃった……! 無理無理無理……」
盗賊が小声で囁く。
「……ほら、また皆見てるぜ。お前、顔隠せ顔」
「隠せるかぁぁぁぁぁっ!」
リリネットが頭を抱える。
その時、ジョンがちらりとこちらを見た。
リリネットは息を呑む――が、ジョンはただ片手をひらひら振って、にかっと笑った。
「よう、元気してるか? 嬢ちゃん」
その一言で、周囲の冒険者たちがどっと笑い声を上げる。
リリネットはテーブルに突っ伏し、呻いた。
「……もうこの街で顔出せない……」
――こうして「四武器のリリネット、ナザリック関係者ナンパ事件」は、エ・ランテル中の冒険者たちの間で格好の笑い話となった。
/*/ エ・ランテル・冒険者組合 昼下がり /*/
ざわめく組合の中、ジョンは依頼票を受付に出したあと、ふと思い出したように振り返った。
視線の先にいるのは――机に突っ伏して、恥ずかしさに悶えているリリネット。
にやり、と牙をのぞかせて笑う。
「そういや、嬢ちゃん……小さい子が好みなんだよな?」
「~~~~っ!!」
リリネットの肩がびくんと跳ねる。
周囲の冒険者たちが「おおっと」とばかりに注目し始めた。
ジョンは続ける。
「今、エルフ国じゃ戦争の影響で、戦場帰りの子供たちが心に傷を負ってるんだ。夜泣きしたり、人を怖がったりな。……そういう小さい子たちを慰めて癒してやれないか?」
「えっ……? ま、マジ?」
リリネットはぽかんと口を開け、思わず身を乗り出した。
ジョンは肩をすくめ、あっけらかんと言う。
「嬢ちゃんの“好み”を役立てるチャンスだろ? どうだ? 可愛い子と触れ合えて、しかも社会貢献にもなる。まさに一石二鳥じゃねえか」
「……え、ええ……えっと……」
リリネットは耳まで真っ赤になり、仲間のスカマに助けを求めるような視線を送る。
スカマは無言で酒をあおり、魔法詠唱者と盗賊は肩を震わせて笑いをこらえていた。
「ちょ、ちょっと……あたしを弄んでない!?」
「冗談半分、本気半分だな」
ジョンは笑いながら軽く手を振り、組合を後にした。
リリネットは机に突っ伏し、頭を抱える。
「うわあああああ! また噂になるじゃないのぉぉぉ!!!」
そして案の定、数日後。
「四武器のリリネット、孤児を慰めるためエルフ国行きか!?」という珍妙な噂が組合中を駆け巡ることになるのだった。
/*/ 冒険者組合・裏手の休憩所 /*/
リリネットはカップに入った薄い酒を揺らしながら、さっきジョンから投げかけられた言葉を思い出していた。
「……小さい子、か」
胸の奥がざわつく。
確かに、未成熟な果実のような存在は彼女にとって抗いがたい魅力だった。熟れる前の瑞々しさ、そこにしかない甘さ。
「最高、なんだよな……」
ぽつりと呟いた瞬間、彼女は自分で口を押えた。
――でも、それは違う。
今ジョンが言っていたのは、戦場帰りで心を壊されかけている子供たちのこと。
そこに「好き」を持ち込んだら、ただ傷を広げるだけじゃないか。
リリネットは深くため息をつく。
「癒す」と「漬け込む」の境界線は、あまりに細く、曖昧だ。
慰めるふりをして、自分の欲を満たすことになるんじゃないか?
それをやったら、本当に取り返しがつかない。
「……ちょっと考えてみようかな」
彼女は真面目な顔で呟く。
その声には、欲望の揺らぎと、かすかな自戒が同居していた。
リリネットはカップを飲み干し、机に軽く打ち付ける。
「ダメだな……熟れてない果実は最高。でも、傷口に牙を立てるのは違う」
彼女は自分に言い聞かせるように目を閉じた。
癒す方向に手を伸ばせるのか。
それとも、誘惑に負けて堕ちてしまうのか。
――どちらに転ぶかは、まだ分からなかった。