オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 探索記録:イックアンック街道沿い /*/
本日、我ら《蒼の薔薇》はイックアンックの街にて、古き伝承を耳にした。
伝承は「忘れ去られたカサッド」と呼ばれる都市にまつわるもの。
曰く――その都市は縞瑪瑙を積み上げて築かれ、かつて神族と呼ばれる存在が住まっていたという。
神族は最強の種族、すなわちドラゴンを生み出し、この世界に命を満たしたのち、現世を離れ夢幻郷に退いた。
彼らは今なお、次なる世界の創造に向けた探求を続けていると伝えられている。
語り部となったのは、この街に住まう“神々の血を引く者”と名乗る一群であった。
彼らの容貌は人間に近いが、面長で目が離れ、皮膚は鱗のように乾きかさついている。
一見すればリザードマンの変種かとも思われるが、彼らは自らを人の末裔と主張した。
神話めいた語りをする一方、彼らの目には奇妙な確信があった。
その視線に射抜かれると、単なる迷信として片づけるには躊躇するものがある。
本件については、帰還後魔導国当局に報告を行うべきと考える。
なお、この伝承が実在の古代都市や神族の存在を示すのかは、引き続き調査が必要である。
――記録者:ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ
/*/ 探索記録補遺:イックアンック /*/
さらに現地の語り部から、二つの事例を伝え聞いた。
ひとつは、賢人ザイバルの逸話である。
彼は神々の真の姿を垣間見たとされ、その後忽然と姿を消した。
以降、彼を見た者はいない。
もうひとつは、ヤンスデーンと呼ばれる存在を目撃した若者の例。
彼は魂を抜き取られ、生ける人形のように感情を失い、ただ歩き、ただ食べるだけの抜け殻となった。
この街に伝わる言い伝えによれば――
神族の姿を見た者は、正気を保つことができず、あるいはそのまま神々の土地に縛られ、二度と還らぬという。
つまり、彼らの地へ踏み入ることは、その存在の証明であると同時に、生きて帰る望みを絶つ条件でもある。
世界の理に近づく道は、決して一筋縄ではいかない――
それが、ここで我々が得た結論であった。
/*/ 探索記録補遺二:イックアンック /*/
また、現地人の一人――異様に乾いた声を持つ老婆から、次のような口承を聞き取った。
曰く、
「神々は時に眠り、時に夢を見て、時に人の子を夢に招く。
夢に触れた者は二度と以前の顔を持てず、
その瞳には夜ごとに異形の星が瞬くようになる」
さらに別の者は、
「神々の血を引く我らは、代々、黒き石を喉に呑み込んで生まれる。
それは魂の殻であり、神族の欠片。
だが殻を砕かれた子は、成長せず、いつまでも赤子のまま」
と語った。
いずれも荒唐無稽と片づけるには、生々しい実感を伴っていた。
彼らの皮膚の下に時折、硬質な光沢が覗くのを見たとき、我らの誰もが背筋を冷やす思いをした。
これらの口承が真実か否かは判断できない。
だが、少なくともこの地の人々が、神族を畏れと敬慕の入り混じる感情で崇め続けているのは事実である。
我らは彼らの語りを記録するに留め、深入りを避けるべきと判断した。
/*/ 探索記録補遺三:イックアンック /*/
我らは滞在の折、現地人から半ば強引に、夜半の広場へと連れ出された。
そこでは、仄暗い松明の炎の下、十数人が環を成し、歌とも呻きともつかぬ声を響かせていた。
やがて一人の女が幼子を抱いて現れた。
幼子は泣きもせず、虚ろな瞳で天を見上げていた。
周囲の者が差し出したのは――漆黒の小石。
縞瑪瑙に似た光沢を帯びるそれを、女は迷いなく赤子の口へと押し込んだ。
赤子はかすかに喉を鳴らし、石はそのまま体内に呑み込まれた。
すると合唱は一層高まり、火は風もないのに激しく揺れ、奇妙な影が地面に踊った。
現地人はこれを「魂の殻を宿す儀式」と称した。
石を抱いた子はやがて神族の血を継ぐ者として成長し、
石を吐き出した子は“未完成のまま”成長を止めるのだという。
我らは言葉を挟むことなく、ただ黙って見届けるしかなかった。
リーダーたる我が判断により、儀式への介入は危険と見なし、観察のみに留めた。
これが迷信に基づく異常な習俗か、それとも真に神々の力に由来するものかは判じ難い。
だが確かに、赤子の体からは微かに鉱石のような冷気が滲み、
誰もが思わず武器の柄に手を伸ばしたことを、ここに記す。
――追記:同行者の所感
◆イビルアイ
「魔法的干渉を確認した。赤子が石を呑み込む瞬間、微弱ながら生命の流れが変質した気配を感じた。
もしあれが本当に“魂の殻”とやらなら、単なる迷信ではない。
ただし強度は低く、我が知る高位の秘儀に比べれば脆弱。
むしろ“模倣”か“欠片”の域に留まっている」
◆ガガーラン
「気味が悪ィ! 赤ん坊に石を呑ませるなんざ、まともなやり方じゃねぇ。
だが連中は本気でやってやがる。あの狂気じみた熱気……戦場で見たことのある“信仰に憑かれた兵”の目と同じだったぜ」
◆ティア
「赤子は泣かなかった。普通なら苦しんで泣くはずだ。
あれは……生まれた時から“そうなるように”育てられているのかもしれない」
◆ティナ
「影の揺れ方が気になった。炎に風が吹いた形跡はない。
それなのに儀式の最中、影がねじれて、見えない何かが群れているようだった。
……あれは、ただの光の揺らぎではない」
――以上。
この儀式が真実か虚構かを断定するには材料が不足している。
だが、仲間それぞれが肌で感じ取った不気味さは無視できない。
“世界の理に近づく”とは、このように人智を踏み越える危うさを伴うのだろう。
――記録者:ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ
/*/ ナザリック地下大墳墓・第九階層モモンガ執務室 /*/
モモンガは分厚い羊皮紙の束を机に置き、無言のまましばし頁を繰った。
やがて、赤黒い燭火に照らされた眼窩がわずかに揺れる。
「……なるほど。蒼の薔薇がここまで詳細に記録を残すとは。
神族、夢幻郷、魂を宿す石……興味深いが、真偽は不明だな」
骨の指で頁を軽く叩きながら、彼は独り言のように続けた。
「ただ、こういう断片的な伝承ほど、意外と“何かの核心”に触れていることがある」
ジョンは椅子の背にもたれ、手元の蜂蜜酒を揺らして鼻で笑う。
「まーな。赤子に石を呑ませるだと? 俺からすりゃ狂気の沙汰だが……
連中が真面目にやってるってのが一番怖ぇ。信仰に憑かれた兵、って表現は的を射てるな」
「人の形を保ちながら、既に人ではない……そういう存在は珍しくないか」
モモンガは冷徹な調子で言う。
「だが、もし神族とやらが本当に新たな世界を創造する研究をしているなら……
我々の計画とも無関係ではなくなる可能性がある」
ジョンは肩をすくめて答えた。
「どこまでが事実かは分からん。だが、“神を見ると帰れない”って話は妙にリアルだ。
まるで見ちゃいけねぇ存在の目撃証言みたいだしな。俺らが知る“ああいうもの”に似てる」
二人の間に、しばし静寂が落ちた。
燭火の揺らぎに合わせて、机の上の影が奇妙に歪んで見えたのは気のせいかもしれない。