オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

188 / 397
過去からの来訪者

 

 

/*/エ・ランテルの酒場・黄金の輝き亭/*/

 

 

夕暮れの柔らかい光が木製の格子窓から差し込み、酒場の中を金色に染めていた。床に敷かれた古びた木材は、客の足音や酒樽を運ぶ音でかすかにきしむ。焚き火の暖かい匂いと、酒の香りが混ざり合う空間の中、白一色の髪を靡かせた老婆がゆっくりと扉をくぐった。

 

腰に下げた立派な剣が鈍く光り、歩くたびに鎖や鞘がかすかに鳴る。顔には皺が刻まれているが、その目は活発な好奇心で輝き、いたずらっ子のような表情が漂っている。歩く姿勢も堂々としており、年齢以上の威厳を感じさせた。

 

老婆はジョンの席に近づき、腰をかがめて視線を合わせる。

「……あんたが、今回の『ぷれいやー』かね?」

 

ジョンは肩をすくめ、柔らかい笑みを浮かべた。

「違うよ。俺はNPCだ」

 

老婆は目を細め、唇の端を微かに上げる。

「そうかい、そうかい。嘘が()けるなら、ぷれいやーだね」

 

ジョンは手元の酒を軽く指で弾き、剣を膝の横に置きながら真剣な表情で応じる。

「俺はジョン・カルバインだ。ばあさん、あんたは?」

 

老婆は席に進みつつ、低い声で名乗る。

「リグリット・ベルスー・カウラウ」

 

ジョンは驚き、眉を少し上げる。

「おとぎ話で聞いた名前だな。リク・アガネイアの他に出会えるとは思っていなかったぞ」

 

リグリットは軽く首をかしげ、目尻に笑みを浮かべる。

「リク?」

 

ジョンは頷き、酒の杯を手で軽く回しながら答える。

「ああ、白金鎧がそう名乗っていたぞ?」

 

リグリットは肩をすくめ、わずかに目を細める。

「他に名前があるだろうに……」

 

ジョンは笑いながら軽く頭を振る。

「やっぱり偽名か」

 

リグリットは腰の剣に手を添え、低く笑う。

「まあ、それで良いさ」

 

ジョンは少し身を乗り出し、鋭い目で老婆を観察する。

「それで、何の用だ。ツアーみたいに、俺が危険物か確かめにきたのか?」

 

リグリットは少し身をくねらせ、杖を支えに椅子に腰かける。

「ふふ、まあ……その通りでもあるが、面白いこともしたくてね」

 

酒場のざわめきが二人の間の空気を包み込み、ジョンはリグリットの言葉の裏にある含みを探る。

「面白いことって……まさか、俺を試すとか?」

軽口混じりに問いかけるジョンに、リグリットは軽く頷き、鋭い笑みを浮かべた。

 

「試すのも、遊ぶのも同じことさ。ただし、相手が退屈しないことが条件だ」

 

ジョンは口元に笑みを浮かべ、杖を指で軽く弾く。

「なるほど、俺が退屈させないか、か……」

 

二人の視線が交わる瞬間、酒場のざわめきはまるで遠くなり、緊張と好奇心が混ざった空気だけが残った。

ジョンはゆっくりと杯を持ち上げ、リグリットの次の行動を見極めようと目を細める。

 

 

/*/エ・ランテル・黄金の輝き亭/*/

 

 

夕暮れの柔らかな光が、木製の格子窓から酒場の中を金色に染めている。

床の古い木材は、客の足音や酒樽を運ぶ音でかすかにきしみ、焚き火の香ばしい匂いと酒の芳香が混ざり合う。

 

ジョンは軽く笑みを浮かべ、手を差し伸べるようにしてリグリットを促した。

「なんか食べなよ。奢るぜ」

 

リグリットは腰の剣に軽く手を添え、目を細めて微笑む。

「年寄りの敬い方を知ってるようだね」

その声には軽い驚きと、少し楽しげな響きが混じっている。

 

ジョンは肩をすくめ、にやりと笑った。

「まあな。仲間に教えてもらったんだ」

 

リグリットは目の奥に小さな光を宿し、杯の縁を指で軽く弾きながら、柔らかく応じる。

「仲間か……良いものだね」

その声には、孤独を知る者特有の温かみが含まれていた。

 

ジョンは肘をテーブルに置き、手元の杯を軽く回しながら、静かに頷く。

「ああ」

 

リグリットは視線を遠くに向け、一瞬思案するように息をついた。

「何人いるんだい」

 

ジョンは指を一本ずつ立てるようにして、堂々と答える。

「41人」

 

リグリットは目を見開き、思わず息を漏らした。

「41!そうか、多いね。うらやましい限りだよ」

その声には純粋な驚きと羨望が混ざっている。

 

ジョンは胸を張り、軽く笑みを浮かべながら誇らしげに言った。

「自慢の仲間たちさ」

 

リグリットは小さく微笑み、杯に視線を落とす。

「ふふ……仲間がいるって、強さの証だね」

目の奥には、戦場や孤独の経験を重ねてきた者だけが知る深い感慨が漂っていた。

 

ジョンは肩をすくめ、冗談めかして言う。

「強さだけじゃなく、面白さも保証付きだぜ」

彼の言葉にリグリットはくすりと笑い、少し肩を揺らす。

 

リグリットは腰の剣に手を添えながら、笑みを浮かべて小さく頷いた。

「なるほど……じゃあ、ますます興味が湧くね」

 

酒場のざわめきが二人の間を包むが、視線を交わす瞬間だけ、世界の音は遠ざかり、互いの存在感だけが静かに光を帯びていた。

 

ジョンは軽く杯を掲げ、リグリットの笑顔を見つめる。

「ほら、仲間の話、少しだけ聞くか?」

 

リグリットは目を細めて頷き、軽く杯を傾けた。

「楽しみにしてるよ、ジョン」

 

その瞬間、黄金色の酒場に、少しだけ冒険の香りが混ざり込むのを二人だけが感じていた。

 

 

/*/ エ・ランテルの酒場・黄金の輝き亭 /*/

 

 リグリットは酒をひと口あおり、長い吐息をついた。

 それはただの酔いのためではなく、心の奥に溜まった澱を外へ流すための吐息に近かった。

 

「……41人か。羨ましいねぇ。あたしは、仲間をずっと昔に失った。もう、夢の中でさえ彼らの声を鮮明に思い出せなくなってる」

 

 老婆の言葉には、過去の長い年月を背負った重みがあった。

 だが次の瞬間、その眼光が鋭くジョンを射抜く。

 

「――そんな仲間を抱えたあんたは、いったい何をしにこの地に来たんだい? ただ遊びに来ただけじゃないだろう?」

 

 問いかけは柔らかくも、背後に突き刺すような圧を孕んでいる。

 まるで「本物」か「虚構」か、真贋を見極める鍛冶師の槌打ちのようだ。

 

 ジョンは一瞬だけグラスを傾けて口を湿らせ、飄々とした笑みを崩さずに答える。

 

「俺は――仲間の残したものを守りたい。そして、それを使って現地の新しい仲間たちと新しいもの……世界を創ってみたい。そんなものさ」

 

 その声音は軽やかだったが、言葉の奥底には確固とした信念があった。

 仲間を“残した”と語るその響きに、リグリットの眉がわずかに動く。

 

「……仲間の“残したもの”、か。あんた、やっぱり普通の存在じゃないね」

 

 老婆は目を細め、長い歳月の中で幾度も失った者を想起するかのように遠くを見た。

 しかし次の瞬間には、また悪戯っぽい笑みを浮かべてジョンを見返す。

 

「いいさ。あんたが何者だろうと、その“世界”ってやつをどう築くつもりか……老骨なりに見させてもらうとしようじゃないか」

 

 酒場のざわめきがふと遠のき、二人の間にだけ濃い空気が漂った。

 伝説の生き残りと、新たに現れた異邦者。

 互いの核心を測り合う、静かな火花が夜の酒場で散っていた。

 

 ジョンは手元の杯をくるりと回し、琥珀色の液面に灯りが揺れるのを見つめた。

「エ・ランテルは多種族共生の都市になった。魔導国は多種族共生のもとで発展してる。……犠牲はあったけどな」

 言葉にこめられた響きは静かだが、背後に多くの血と選択の重みが透けている。

 

 ジョンは視線をリグリットに向け、低く問う。

「この新しい世界を……リグリットはどう見てるんだい?」

 

 リグリットは杯を持つ手を止め、皺深い顔に苦みのある笑みを浮かべた。

 しばしの沈黙。

 その間、酒場のざわめきや楽師の笛の音すら遠ざかり、二人の卓だけが時間を切り離されたかのように感じられた。

 

「……多種族共生、ね」

 老婆は肩をすくめ、皺の奥の瞳に昔の戦火を映す。

「聞こえはいい。だが、あたしの知る“共生”ってやつは、結局どちらかが強くて、どちらかが従う……そんなものばかりだった。人間がエルフを追い、竜が人間を庇い、国々が血を流して……あたしらは何を得た?」

 

 ジョンは黙ってその言葉を受け止める。

 

 リグリットはため息をひとつ。

「けどな……あんたの言う“犠牲”を経て、それでもまだ一緒に歩こうとする奴らがいるってんなら……それは、あたしの知る“共生”とは違うのかもしれない」

 

 リグリットは杯を唇に寄せたまま、じっとジョンを見ていた。

「だから、あんたに問おう。……“犠牲の上に立つ共生”を、あんたはどこまで続けられるんだい?」

 

 重い問いに、周囲の喧騒すら遠のく。

 ジョンは小さく息を吐き、唇の端を吊り上げる。

 

「ツアーもそうだったが――リグリット、あんたも頭が良いんだな」

 わざと茶化すように言い、杯を軽く傾けて酒を喉に流し込む。

「頭良い奴らはいつもそうやって難しく考えて、できっこないって言いだす」

 

 リグリットの目が細くなり、揶揄とも挑発ともつかない光を帯びる。

 だがジョンは意に介さず、拳で卓を軽く叩いた。

 

「結局さ、犠牲が出ようがなんだろうが――みんなが笑顔でいられる世界があるなら、それでいいじゃねぇか」

 その声は高らかに、酒場のざわめきに勝るほど力強かった。

「一人でも多くが“幸せだ”って笑えるならな。完璧なんざ要らねぇ。そうやって積み重ねていくしかねぇだろ」

 

 言い切ったジョンの横顔は、不思議と迷いがなかった。

 

 リグリットはしばらく黙り込み、深い皺に笑みを刻む。

「……まったく、若いねぇ。いや、若いからこそ言えるのか」

 その声は呆れと、どこか羨望を帯びていた。

 

リグリットはしばし杯を弄び、底に残る酒をゆっくりと口に含んだ。喉を通る熱を確かめるように嚥下してから、細い目をさらに細める。

 

「……あんたは、本当に不思議な奴だねぇ」

 声は穏やかだったが、含みがあった。

「普通の人間なら、犠牲の重さに潰されて足を止める。頭の回るやつなら、損得や理屈を並べて進むのを諦める。けど――」

 

 ジョンをまっすぐに見据え、老婆はにやりと笑った。

「犠牲があろうと構わん、幸せを一つでも増やせりゃいい……そんなことを、笑いながら言えるのはあんたぐらいのもんだ」

 

 ジョンは肩をすくめる。

「難しく考えすぎると動けなくなるんだよ。俺はただ、仲間が残してくれたものを守って……それを使って新しい仲間と一緒に、新しい世界を創りたいだけさ」

 

 その言葉に、リグリットは目を細めたまま、深い皺にふっと柔らかい笑みを刻む。

「……なるほどね。そうやって真っ直ぐに言える奴が、結局のところ“世界を動かす”んだろうよ」

 

 老婆の言葉は独り言のようであり、祝福のようでもあった。

 

 酒場のざわめきが再び耳に戻る。だがジョンとリグリットの席だけは、別世界のように静かな熱を帯びていた。

 

 

/*/ エ・ランテルの酒場・黄金の輝き亭 /*/

 

 

 リグリットは杯を机に置き、指先で縁を軽く叩いた。

「……あたしは長く生きすぎた。国が興り、滅び、人の夢が瓦礫になるのを幾度も見てきた」

 

 その声は淡々としていたが、瞳の奥に積み重なった時代の重さが垣間見える。

「どれだけの英雄も、どれだけの王も……結局は“できなかった”んだよ。理想を掲げても、時代に呑まれてな」

 

 ジョンは黙って聞いていた。

 

 リグリットは小さく笑みを漏らした。

「けどな、あんたの言葉を聞いてると……ふと思い出すんだ。遠い昔に会った奴らを。『できるはずがない』と笑われても、突き進んだ馬鹿どもをな」

 

 老婆の視線が、じっとジョンに重なる。

「……あんたもその類いかもしれないねぇ。あたしがもうとうに失った“真っ直ぐさ”を、まだ持っている」

 

 ジョンは肩を揺らして笑った。

「ただの馬鹿ってことさ。だけど、そういう馬鹿が道をこじ開けるんだろ?」

 

 リグリットは深く息を吐き、老いた顔に不敵な笑みを浮かべた。

「全く……また、面白い奴に出会っちまったよ。あんたがどこまで行けるのか……この目で見届けてやるとするかね」

 

 酒場の灯りが二人を照らす。

 老いた伝説と、異世界の“神獣”――時代も境遇も違う二つの存在が、今この席で静かに交わった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。