オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ カルネ・ダーシュ村 訓練所 夕暮れ前 /*/
木の床が磨かれ、陽が傾きかけた窓から斜めに差し込む光が稽古場を金色に染める。子供たちは列を作り、順番に正拳突きを繰り返していた。汗で濡れた額に光るはちまきをしっかり結び、声を張り上げるその姿は小さな戦士そのものだ。
「はい、次、タケル!」
声が掛かると、一人の少年が踏み込んで正拳突きを打ち抜いた。腰と脚の連動が美しく、拳が一直線に伸びていく。ジョンは目を細め、距離を詰めて少年の動きを見守った。
「よし、よくなった。つま先からの力を拳まで伝えられてる」
ジョンの声が静かに響く。少年は息を整え、誇らしげに胸を張る。
「それが出来れば、そこらのごろつきには負けない。けど、覚えて置け。正しい事をする奴はいつも少数で、悪いことする奴はいつだって大勢で来る。誰かを助けるつもりで拳を振るったら、周りが敵だらけって事もあるからな」
言葉が子供たちの間に落ちると、一瞬にして稽古場の空気が変わった。幼い顔にも、初めて知る現実の影が落ちる。
「その時はどうすれば良いの?」
小声が誰かから漏れた。タケルは手を膝に置き、真剣な眼差しでジョンを見上げる。
ジョンは少し笑って、拳を軽く握りしめた。その仕草に子供たちの視線が集中する。
「全部、ぶっ倒すんだよ」
稽古場にどよめきと、抑えきれない笑いが混じる。空気が一瞬ふっと緩み、誰もがその直球な答えに胸を弾ませた。
「脳筋すぎる」
ブレインが横で噴き出す。ルプスレギナはその様子を見て、頬に手を当ててくすりと笑った。
「まあな。だがな、ぶっ倒すってのは比喩だ。力任せに殴るってだけじゃ意味がない」
ジョンの表情は真面目になった。「周りが敵だらけの時こそ、判断力と優先順位が必要だ。逃げるべきか、守るべきか、誰を助けるか。拳は決断を実行する道具だ。だからこそ、つま先から拳までの流れを身につける。無駄のない力を持て。力が整っていれば、選択肢は増える」
タケルは小さく頷き、拳を胸元に軽く当てた。ルプスレギナが寄り添って、子供たちに小さなアドバイスを囁く。ブレインはまだ顔に笑みを残しているが、瞳の奥には少しだけ影が差していた――教えを自分の中で咀嚼しているのだろう。
「正義ってのは目立たねぇ。だけど、目立たない正義があるから誰かが安心して暮らせるんだ」
ジョンはゆっくりと床に手をつき、子供たちの目線に合わせる。「力を持つってのは、使い方を選べるってことだ。脳筋でやれるならやれ。だが、賢さも磨け。それが一人前の武道家だ」
夕焼けが稽古場を赤く染め、子供たちの影が長く伸びる。誰もが少し大きくなった気分で、次の稽古へと戻って行った。ジョンはその背を見送りながら、微かに笑って呟いた。
「ぶっ倒すのは簡単だが、本当はぶっ倒さずに済むのが一番いいんだけどな」