オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ エ・ランテル 薄曇りの午後 /*/
石畳の路地裏に、女の子のすすり泣きと男たちの笑い声が混ざっていた。屋台の影から三人の大柄な男が現れ、少女の手から財布を奪おうとしている。黄色いコートの裾が汚れ、目は怯えて縮こまっていた。
「金出せよ、金あんだろ?」
あざけるような声が路地に反響する。少女が首を振ると、一人がナイフを取り出し、じりと脅した。刃先が淡く光る。
そこへ、まだ汗を拭き取ったばかりのタケルが駆け込んできた。胸の中の熱が、彼を前へと押し出す。
「やめろ! 放せ、そいつを!」
声は震えていなかった。タケルは間合いを詰め、自然に腰を沈めて正拳突きの姿勢を取る。つま先から伝わる力が足を通り、腰、拳へと一直線に乗る。少年の拳は純粋だった――守るためだけの力だ。
男がナイフを振り上げた瞬間、タケルの正拳が放たれる。拳は刃ごと男の手と顔面へと届き、金属の弾ける音がしてナイフが手から弾かれた。男はよろめき、床に倒れこむ。残る二人が咆哮して飛びかかる。
だが一人を失ったことで彼らの自信は揺らぎ、代わりに怒りが滲む。ひとりが少女を人質に取ると、路地は緊張で締め付けられた。拳が飛び、タケルは一方的に殴られる。何度も、顔に、腹に。砂と石の痛みが体に刻まれる。
それでもタケルは立ち続けた。呼吸を整え、殴られるたびに耐え、相手の体力が削られるのを待つ。地面に足を根付かせ、痛みを内に収める。ただ一つの目的だけを見据えていた――少女を守ること。
やがて男たちの勢いが落ち、息遣いが荒くなる。相手が油断した瞬間、タケルは内に溜めた力を一気に解放した。倒れた男の上を越え、二人の侮りを覆すように連続で投げ、膝蹴りを決める。大人三人が、彼の前に重く倒れた。
しかし勝利の代償は大きかった。背後から伸びた手が、タケルの肋骨を浅く突く。冷たい刃が皮膚を裂き、血がじわりと滲む。痛みが全身を貫いたが、タケルは振り向かずに少女を抱え込み、震える声で「大丈夫か」と囁いた。少女の目は涙で光り、口元にかすかな笑みが戻る。
通りの騒ぎに気づいた通行人が近づき、男たちは慌てて逃げ出した。路地に残されたのは倒れた三体と、息を切らす少年と震える少女だけ。タケルは腕に力を込め、少女をそっと下ろした。血まみれのシャツに気づくと、瞳が霞むように揺れたが、やがて安堵の笑みを浮かべた。
足を引きずりながら、タケルはカルネ・ダーシュへ戻る道を辿った。夕暮れが町を染める頃、訓練所の戸が開き、ジョンが顔を出す。
「どうした?」
ジョンの声には静かな心配が混じる。
タケルはその場にへたり込み、肩で息をする。笑いながら、少し力が抜けた声で答えた。
「助けた。勝った」
ジョンは無言で彼を見つめ、やがて口元が緩む。「なら、よし。よくやった」――褒め言葉は短く、しかし重みがあった。タケルはその言葉に僅かにうなずき、力尽きたように膝をついて倒れ込んだ。血の味が口に広がり、視界がふっと暗くなる。
訓練所の中で、誰かの悲鳴と誰かが駆け寄る足音が重なった。だが外の夕焼けは変わらず優しく、脳裏には守られた少女の小さな笑顔だけが、静かに輝いていた。