オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 諸国に響く叫び /*/
天を裂くかのごとき異形の咆哮が放たれた。
その声は山を越え、谷を渡り、大地を揺るがし、蒼穹にまで響き渡った。
まず、エ・ランテルの街――。
市場に並ぶ商人は声を詰まらせ、林檎を取り落とし、子供は母の裾にすがりついた。
冒険者たちは一斉に剣を抜き、目を見交わす。
「……いまのは、何だ?」
誰も答えを持たず、ただ石畳を震わせるような残響に怯えるばかりであった。
次に、帝都アーウィンタール。
軍楽隊の練習は中断され、兵士らは槍を取り落とす。
皇帝の広場には民衆が押し寄せ、神の怒りか、魔物の襲来かと口々に叫ぶ。
祭壇の僧は震える声で祈りを捧げ、広間の柱はざわめきに軋んだ。
さらに、法都においては。
学匠たちは講義をやめ、法廷の裁きは止まり、判決を待つ者もまた顔を蒼白にする。
「古き禁忌の鐘か、それとも終末の合図か……」と老神官は呟き、
法都の塔に掲げられた旗は、不吉な風に翻った。
そして王都。
貴族の館で舞を踊っていた楽団は一斉に手を止め、楽器を抱えたまま震えた。
夜会に集う貴婦人は叫びをあげ、馬車の車輪は石畳を乱して駆け去る。
兵舎の若き兵らは兜を抱えたまま膝をつき、
「これは戦の前触れにあらず、魔の災いだ」と互いに囁き合った。
人々は空を仰ぎ、恐怖に瞳を濁らせた。
叫びは一瞬にして彼らの心を打ち砕き、都市の秩序を乱した。
それは稲妻に似て走り抜ける恐怖であり、
また見えざる手で世界を撹乱する、神話の時代より語られる災厄のようであった。
かくして四つの都は同時に混乱に沈み、
人々は祈り、叫び、走り、そして震えた。
その夜を記す年代記の筆は、後にこう残すだろう――
「かの叫びは、時代を揺るがす前触れなり」と。
/*/ 四都の動揺と決断 /*/
エ・ランテルにおいては。
冒険者組合の長老は鐘を打ち鳴らし、各級の冒険者を集めた。
「いまこそ、街を守る時だ!」
剣士たちは恐怖を胸に押し込み、火を灯すランタンを掲げて集まった。
だが誰も、その咆哮の正体を知らぬまま、ただ不安を力に変えようとした。
帝都の皇帝ジルクニフは、玉座に深く腰掛け、群臣のざわめきを一喝した。
「狼狽えるな! これは敵の策かもしれぬ」
将軍らは直ちに兵を動員し、城壁を二重に固める。
大通りには鎧をまとった兵の列が並び、市民を制するように盾を掲げた。
皇帝は高らかに宣言する――「帝は揺るがぬ!」
だが、その背後の炎のように揺れる燭台の光は、皇帝の心の不安を映していた。
法都では、大神官と神官長たちが緊急の会議を開いた。
「これは審判の日の兆しかもしれぬ」
一人の若き神官は声を震わせる。
「古き文献に、天を裂く叫びと共に“境界の扉”が開くと記されております」
だが議場は意見で割れ、祈祷を強めるべきか、民衆を鎮めるべきかで紛糾する。
結局、鐘楼の鐘を打ち鳴らし、全市民に断食と祈りを命ずる布告が発された。
王都においては。
老王ランポッサ三世は白き鬚を撫でつつ、重臣を召し集めた。
「我が国に災いが及ぶ前に、真実を探れ」
騎士団は鎧を鳴らして出立し、魔術師団は水晶球を掲げて天空を占う。
王宮の礼拝堂では王子と王女が共に膝を折り、
「どうか我らに守護の御手を」と夜通し祈りを捧げた。
それぞれの都で、それぞれの権力者たちは、民を制し、兵を集め、祈りを高めた。
だが誰一人として、その叫びの正体を見極める術を持たなかった。
ただ一つ確かなのは――
この夜を境に、四都の歴史は大きく揺れ動き、
その記録は後世の年代記に「運命の転換点」と刻まれることとなる。
/*/ 余韻 /*/
翌日。
エ・ランテルの酒場の一角で、漆黒の剣の四人は卓を囲んでいた。
市場もまだ落ち着かず、人々は怯えたまま噂を口々にしている。
「なあ……昨日の、あの声」
ペテルが低く言えば、ニニャが頷いた。
「うん……獣の咆哮にも似ていたけど、どこか人の声にも聞こえた」
ルクルットは苦い顔でエールをあおる。
「正直、背筋が凍ったぜ。あれがもし魔物の仕業なら、俺たちにどうこうできる相手じゃない」
ダインは沈黙したまま、ただ拳を握りしめていた。