オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ ナザリック地下大墳墓 第九階層 ジョンの私室 /*/
静かな書斎に、金属の時計の音だけが響いていた。
ジョンは机の上の巻物を整理していたが、扉を叩く音に顔を上げた。
「ヘジンマールです」
一般メイドのエトワルが取り次ぐ。
「入れろ」
「畏まりました」
扉が静かに開き、森妖精姿のヘジンマールが姿を現した。首を傾げながら、どこか気だるげな様子だ。背後には、心配そうな顔をした三人のエルフ娘――彼の従者たちが控えていた。
「ジョン様……少々、診てもらいたいことがありまして」
「診る? 病気か?」
「いや、どうも違うようでして。ここ数日、頭が重く、痛みが取れないのです。
睡眠も十分、食事も問題なし。魔力の乱れも検知できません」
エルフ娘の一人が心配そうに言葉を添える。
「ヘジン様は、夜中まで書庫で本を読まれておりますの。きっと疲れが……」
ジョンはため息をつき、椅子を指で示した。
「座れ。見てやる」
ヘジンマールは少し居心地悪そうに椅子に腰掛ける。
ジョンは背後に回り、肩や背筋に手を置いて軽く押した。指先が触れるたびに、骨格の位置を確かめていく。
「……お前、変な姿勢で本を読んでるだろう」
「ふむ? そうですか? いや、多少、机に突っ伏したり、寝そべりながら――」
「それだ」
ジョンの声がぴしゃりと響く。
「骨格が歪んでる。特に頸椎と肩甲骨周りだ。頭が重いのも当然だな」
ヘジンマールが目を瞬かせる間もなく、ジョンは立ち上がり、手を鳴らした。
「よし、整体する。動くな」
「せ、整体……?」
返事を聞く前に、ジョンの両手がヘジンマールの背中に滑り込んだ。
ぐっと押し込まれた瞬間――
バキッ! ボキッ!
凄まじい音が部屋に響いた。
ヘジンマールは目をひん剥き、肩を震わせる。
「い、痛い痛い痛いっ!? な、なにをっ!?」
「力抜け。中途半端に抵抗すると余計に痛いぞ」
ジョンは淡々とした声で、さらに腰を押し上げ、首を回す。
ボキィッ。
「ぐわあああっ!?!? あ……あれ……?」
痛みの後に、驚くほどの軽さが残った。
ヘジンマールは目を瞬き、思わず首を回す。可動域が広がっている。
頭の重みも霧が晴れたように消えていた。
「……い、痛くない? 本当に……痛くない。むしろ、軽い……!」
エルフ娘たちは口を手で押さえ、目を丸くしている。
ジョンは手を払って、いつもの無表情で言った。
「ちゃんとした姿勢で本を読め。横着するな。
あの巨大な書庫で寝転んで本を読むとか、骨格が歪む」
「ぐぬぬ……耳が痛い。しかし、見事な腕前ですね、ジョン様」
「武道家ってのは身体の構造に敏感なんだよ。壊すのも治すのも、どっちもできなきゃ半人前だ」
ヘジンマールは首を回しながら感嘆の息を漏らした。
「いやはや、これほどまでに身体が軽く感じるのは久しぶりです。
エルフ三人娘が心配してくれるのも無理はなかった……」
「主様、顔色が良くなりました!」
「さっきまでの青白さが消えております」
「これも“ジョン様式骨格調整法”とやらの賜物ですね」
「そんな名前はつけるな。次に来た時は、姿勢の確認からな」
ヘジンマールは照れ隠しのように笑い、立ち上がった。
本来の貴族然とした立ち姿が戻り、胸を張る。
「恩に着ます、ジョン様。これでまた、夜明けまで書に耽ることができ――」
「こら。今、注意したばかりだろう」
「……はい、節度を守ります」
ジョンはやれやれと肩をすくめ、窓の外を見やる。
柔らかな魔光灯の光が差し込み、静かな時が流れていた。
「まったく。体を壊してまで学ぶな。
知恵は長く生きるためにあるんだぞ」
その言葉に、ヘジンマールも苦笑を浮かべる。
「心得ました。では、次は正しい姿勢で勉学に励みましょう」
「それでいい」
部屋を出ていくヘジンマールの背中を見送りながら、ジョンは手を鳴らした。
バキッ――軽く自分の首を鳴らして、ぼそりと呟く。
「……俺も気をつけねぇとな」