オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ カルネ・ダーシュ村・ジョンの作業小屋 昼下がり /*/
窓の外では、夏の終わりを告げるように虫の羽音が響いていた。
ジョンは作業台の上に並べられた薬草の束を見下ろし、鼻をひくつかせる。
どれも乾かしたばかりの香草だが、ひときわ強い香りを放つ一束を摘み上げた。
「これだな……こいつ、焚き火に放り込むと虫が一気にいなくなる」
草の名は〈カロル草〉。森の奥でしか採れない、独特の芳香を持つ薬草だ。
村の狩人たちは焚き火に少し混ぜて使い、夏の夜でも虫に悩まされず眠ることができる。
「けど、毎回火を焚くのも手間だな……持ち運びできて、ゆっくり燃えるようにしたら……」
ぼそりと呟きながら、ジョンは顎に手を当てた。
頭の中で、ぐるぐると形が浮かび上がる。
「……あ、もしかして、これ“線香”みたいにすり潰して固めたらいけるんじゃ?」
ちょうどそのとき、戸口から控えめに声がした。
「ジョンさん、何してるんですか?」
顔を出したのは薬師の青年――ンフィーレアだった。
籠を抱え、数種類の粉末薬草を抱えている。
「いいところに来たな。虫よけの薬草で、線香みたいなのを作れないかと思ってな」
「……線香?」
ジョンは指先で空中にぐるぐると螺旋を描く。
「こういう感じで巻いて、火をつけたら煙がゆっくり出るようなやつだ。燃やすと虫が寄らない。夜の野営で便利だろ」
「面白いですね。煙で効くなら、ゆっくり燃やす素材と混ぜればいけそうです」
二人は作業台の上で材料を選び始めた。
カロル草を細かくすり潰し、香りを調えるために〈ミラ樹皮〉を混ぜる。
燃焼を安定させるために、ンフィーレアが持ってきた植物灰と少量の木粉を加えた。
「粘りを出すなら……この樹液だな」
ジョンが瓶を開けると、琥珀色の液体がとろりと流れた。
「これで団子みたいに練って、棒状に伸ばして……あとは乾かすだけか」
「いえ、もしゆっくり燃やしたいなら、このぐるぐる巻き状にして渦にすると良いです」
ンフィーレアが紙に簡単な螺旋の図を描く。
「燃え進む距離が長くなって、火が途切れません」
「なるほどな。さすが薬師、頭が柔らかい」
二人は木型を即席で作り、練り上げた香草粘土を押し込んで螺旋状に成形する。
指先で円を描くたびに、じわりと草の香りが立ち上る。
「これ、香り自体は悪くないな。少し甘い匂いがする」
「香料として〈リルミ草〉を混ぜたので。薬臭さを和らげるんです」
「お前、商才あるな。これ商品化できるぞ」
「えっ、そ、そんな……!」
照れるンフィーレアを尻目に、ジョンは出来上がった渦巻きを手に取り、窓辺で火をつけた。
先端が赤く光り、細い煙がすっと立ち上る。
瞬間、鼻をくすぐる香草の匂いが広がり、外の虫たちがざわめきを残して離れていった。
「おお……効いてる。外の羽音が一気に減ったぞ」
「ほんとだ……すごい、これは本当に使える!」
二人は思わず顔を見合わせ、笑い合った。
「名前はどうします?」
「そうだな……“虫よけ香”ってのも味気ないな。渦を巻いてるし――“ぐるぐる草香(そうこう)”でどうだ」
「ぐるぐる……覚えやすいですね」
夕暮れが差し込む作業小屋の中、二人の笑い声と香草の煙がゆらゆらと混ざり合う。
ジョンは出来上がった線香を木皿に置き、ゆっくりと立ち上がった。
「これで夏の夜の見回りも快適だ。……次は香り違いも試すか」
「ラベンダー系とか、眠りを促す香りもいいかもしれません」
「よし、それはお前に任せた」
ンフィーレアは少し誇らしげに頷き、線香の束を手に取った。
柔らかい煙が漂いながら、外の光に溶けていく。
ジョンは腕を組み、満足げに呟いた。
「焚き火から始まって、線香になるとはな。
――人の知恵ってやつは、やっぱり面白いもんだ」