オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ エ・ランテル・冒険者通り /*/
夕暮れの市場。
行商人たちの呼び声が響く中、小柄な少女――スミカ・ミラーは人混みをかき分けながら、何度目かの質問を繰り返していた。
「すみません、カルネ・ダーシュ村から来た方はいませんか?」
だが、返ってくるのは首を傾げる反応ばかり。
果物屋、宿屋、警備詰所……どこへ行っても、誰も知らないと言う。
スミカは数日前、路地裏でならず者に襲われた。
金を出せと脅され、逃げることも叫ぶこともできなかった――そこに現れたのがタケルという少年だった。
年は自分とそう変わらないのに、彼は金を出すのを拒み、代わりに拳を握りしめて立ち向かった。
ナイフを構えた大人相手に、正拳突きで真正面からぶちのめしたのだ。
けれど、戦いの中で仲間がスミカを人質に取った。
その瞬間、タケルは殴られるままに立ち尽くし、血まみれになっても一歩も引かなかった。
やがて相手が疲れて諦めたとき、彼は一瞬の隙を突いて全員を叩き伏せた。
……そして、倒れた。
気づいたとき、彼の姿はもうなかった。
スミカはお礼を言う間もなく、助けられたまま終わった。
だから今、こうして探している。
名も知らぬ英雄に、たった一言――「ありがとう」を伝えるために。
「カルネ・ダーシュ村って……どこにあるの?」
呟いた彼女の声を、偶然通りがかった商隊の青年が耳にした。
「カルネ・ダーシュ村なら、魔導国の東だよ。俺、あそこ出身なんだ」
「ほんと!?」
「タケルって名前なら知ってる。ジョン様の弟子だ。前にエ・ランテルからボロボロで帰ってきたことがあって、みんな心配してた。……あんた、そのときの子か?」
スミカは胸の前で両手を握った。
「きっと、そうです。助けてもらったんです。お礼を言いたくて」
「なら、村に来るといい。ジョン様に話せば、きっと会える」
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数日後。
カルネ・ダーシュ村に戻ったその青年――リオは、訓練所で子供たちに指導していたジョンへ報告した。
「ジョン様、エ・ランテルで“タケルに助けられた”って少女に会いました。スミカ・ミラーって言うそうです」
「スミカ……」
ジョンは少し目を細める。
「なるほど。あの時ボロボロで帰ってきた理由が分かった。あいつ、誰かを助けたんだな」
リオが頷く。
「その子、どうしてもお礼を言いたいって。だけど村がどこかも分からず、しばらく探していたみたいです」
ジョンはしばらく黙っていたが、やがて口元に穏やかな笑みを浮かべた。
「気持ちが伝えられないと、後で引きずるもんだ。そういう真っ直ぐな子なら、無碍にするのは惜しいな」
そして、立ち上がりリオに指示を出した。
「お前、明日の商隊に手紙を託せ。“タケルを連れてエ・ランテルに行け”とな」
「ジョン様、それは……?」
「お礼は受け取るもんだ。自分がやったことに意味があったと実感できる。
……タケルも、きっとそれで強くなる」
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翌朝、タケルは少し戸惑いながら出発の準備をしていた。
ジョンが背中を軽く叩く。
「行ってこい。お前を探してくれた子がいる。礼を言われたら、しっかり聞け」
「……分かった」
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エ・ランテルの広場で再会した二人。
スミカは涙ぐみながら言葉を絞り出した。
「助けてくれて……本当にありがとう」
タケルは一瞬、言葉を失ったが、すぐに照れくさそうに笑った。
「礼なんて、いらねぇよ。勝手にやっただけだ」
「それでも……言いたかったの」
少し離れたところでその様子を見ていたリオは、ふと笑みを浮かべた。
カルネ・ダーシュ村の子が、誰かの人生を救い、誰かの心を動かした――その事実が、ジョンの教えの証明のように思えた。
そしてその頃、村の工房でジョンは独り言を漏らしていた。
「……やれやれ、次の課題は“感謝される強さ”か。悪くない」
彼の机の上には、新しい香炉と、未完成の香の設計図が並んでいた。
淡い煙の先にある“人を支える力”を、ジョンは静かに思い描いていた。