オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

203 / 396
デケム討伐前の一幕

 

 

/*/ スレイン法国・デケム討伐前の一幕 /*/

 

 

白大理石の広間に、荘厳な光を反射する銀の鎧が現れる。

アンティリーネが纏うは《風神の鎧》――しかしその異形の意匠に、ジョンの瞳が大きく見開かれた。

 

「……っ!? その鎧……!? ねこにゃん!」

 

突然の声に、列席する神官長たちが一斉にどよめく。

 

「輝煌天使ねこにゃんの鎧じゃないか!」

 

アンティリーネは驚いたように目を瞬かせた。

「この風神の鎧が……? 神獣(ジョン)様、知っているのですか」

 

ジョンは胸に手を当て、遠くを懐かしむように微笑む。

「……ああ、いっしょに遊んだことある奴だ。……そっか、こっちに来てたのか」

 

その瞬間――鎧の胸甲から淡い光が溢れた。

輪郭はやがて、青髪の青年となって浮かび上がる。

「……」とジョンに向かって手を挙げる。

 

神官長たちは一斉に膝を折り、額を床に擦りつける。

「おおおお……! 御言葉通り、幻影を示された!」

「やはり神獣様こそ、神々と共に歩まれし御方!」

 

光のねこにゃんは一瞬ジョンを見上げ、小さく首をかしげる仕草をした。

ジョンは苦笑し、まるで旧友に語りかけるように軽く手を振る。

「久しぶりだな、元気そうで何よりだ」

 

すると幻影はふわりと笑うと、もう一度「……」と囁いてから鎧の内に溶けるように消えた。

 

広間には厳かな沈黙が落ちる。

アンティリーネは鎧に触れ、震える声で問う。

「……神獣様……あなたは一体、どこまでを……」

 

ジョンは頭をかき、にやりと笑った。

「猫と遊んだ思い出なんて、誰にでもあるだろ?」

 

だがその言葉を真に受けた神官長たちは、さらに熱烈に祈りを捧げるのであった。

 

 

「はぁ!ハーレム作って、子供もたくさんいただとぉっ!?」

 

 

幻影が消える直前――青髪の青年「ねこにゃん」は、にっこり笑って最後にぼそりと呟いたのだ。

 

そして最長老に近い神官長が、慎重に言葉を紡いだ。

「神獣様……法国では古来より、血統を厳格に管理しております。

 輝煌天使ねこにゃんの血を受け継ぐ直系も、いまなお健在にございます」

 

ジョンが目を見開く。

「直系……だと?」

 

「はい。もし望まれるなら……ご対面の場を設けましょう。

 神話の友とその末裔が、再び巡り会うことは、我らが信仰における至上の喜び」

 

厳粛に告げられる提案。

アンティリーネは無言で鎧の籠手を撫で、ごくりと唾を飲み込む。

広間の空気は、期待と畏怖とで張りつめていた。

 

 

――ジョンの返答を待って。

 

 

「神獣様……いかがなさいますか?」

重々しい声が広間に響く。神官長たちは一斉に頭を垂れ、ジョンの返答を待った。

 

ジョンはしばらく無言だった。

かつて共に遊んだ存在――ねこにゃん。

その直系に会えるなど、夢にも思わなかった。胸の奥が温かく、同時にひどく苦しくなる。

 

「……会えば、きっと喜ぶんだろうな」

ぽつりと呟き、ジョンは遠くを見るように目を細めた。

 

アンティリーネは無言で彼を見つめ、ただ鎧の内で拳を握りしめていた。

 

だがジョンは、やがて首を横に振った。

「……いや、やめておく」

 

神官長たちが驚愕の息を漏らす。

「な、なにゆえ……!」

「直系と巡り会うことは、神話に記すべき出来事……!」

 

ジョンは苦笑し、肩をすくめた。

「だからだよ。会ったら、あいつの血を背負った子供に、俺が勝手な期待をしちまう。

 『ねこにゃんと同じだ』なんて言ったら……そいつの人生を縛ることになる」

 

神官長たちは言葉を失い、ただ息を呑んだ。

ジョンは続ける。

「そいつはそいつの人生を生きればいい。俺が昔の友達に会えなくても……思い出は、俺の中にちゃんと残ってる」

 

静かな声に、広間の空気が落ち着きを取り戻していく。

ジョンは最後に、少し寂しそうに笑った。

「だから……会わない。それが俺の答えだ」

 

ジョンの答えに、神官長たちはなおも食い下がろうとした。

「しかし……直系に会うことで、血脈の正統が――」

 

ジョンは手を上げて遮った。

「それに、だ」

いつもの調子で頭をかきながら、気まずそうに口を開く。

 

「もし会ったら……『そいつとの間に子をもうけよ』なんて頼まれるかもしれないだろ?」

 

広間に緊張が走る。神官長たちの視線が一斉に泳いだ。

誰も否定できず、逆にその沈黙が肯定を物語っていた。

 

ジョンはため息をつき、苦笑する。

「……だから困るんだよ。俺たち人狼は、人間と違ってハーレムなんて作らない。

 一度心を決めたら、生涯で番うのはただ一人だけだ」

 

その言葉に、アンティリーネの長い睫毛がわずかに震えた。

 

神官長たちは顔を見合わせ、やがて畏敬の念を深めたように深々と頭を垂れた。

「……唯一無二の絆を尊ぶ種族……やはり神獣様……」

「この御方こそ、我らが見上げるべき存在……」

 

ジョンは肩をすくめて広間を出ていく。

「勝手に納得するなよ……」と小さく呟きながら。

 

だが彼の背中を見送る者たちの眼差しは、いっそう神聖さを帯びていた。

 

 

/*/

 

 

神官長たちのひとりが、慎重に言葉を選んで切り出す。

「もし――まだ伴侶がお決まりでないならば、我らより一案を。アンティリーネ殿――あの風神の鎧を纏う女戦士こそ、相応しゅう――」

 

口を挟むようにして、列席者の視線がアンティリーネへと向く。彼女は一瞬、面食らった表情を見せたが、すぐに落ち着いた微笑を浮かべる。

 

ジョンはゆっくりと頭を振り、勢いよく手を振って遮った。

「だーめ。」

 

広間が一瞬静まる。誰もが耳を疑ったようにジョンを見る。

彼は肩をすくめ、真面目な顔で続ける。

「人間種が母体だと、出産時の生存率は……一、二割しかねえって話を聞いたことがある。たとえ信仰や奇跡が絡んでも、賭けに出すには重すぎる」

 

神官長の顔が瞬時に曇る。数値が示す残酷な現実が、神殿の空気を冷たくした。

 

ジョンの「だーめ」という即答に、広間の空気が凍りついた。

神官長たちが息を呑む中、アンティリーネは驚き、そして少しの沈黙を置いてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「……私は……」

その声は、普段の戦士らしい張りを失い、かすかに揺れていた。

 

「私は、強い子を産みたいと、ずっと願ってきました。

 力ある母体として、未来に何かを遺せるのなら――それが、この身の存在意義だと……そう思ってきたのです」

 

鎧の胸甲に手を当て、アンティリーネは必死に感情を抑えようとする。

けれど、言葉は止まらなかった。

 

「……ですから、もし神獣様の番となれるなら……この身を削ってでも、その子を……」

 

ジョンは眉をひそめ、首を横に振った。

「アンティリーネ……悪いが、それは違う」

 

彼の声は柔らかく、しかし決して揺るがなかった。

「子を産むためだけに自分の存在を定めるな。お前はすでに強いし、誰かのために戦える。

 それで十分だろう。……命を懸けた出産の賭けなんざ、俺は望まない」

 

その一言で、アンティリーネの唇は震え、視線が宙をさまよう。

いつも誇り高い戦士の顔から、影が落ちた。

 

「……そう、ですか」

しばし押し殺した声で答え、深く俯く。

彼女の胸中には、戦士としての矜持と、母体としての願望、その両方が絡み合っていた。

 

神官たちはその様子を見て、言葉を失う。

ジョンはただ、彼女を真正面から見据えて告げた。

 

「……お前は強い。だが、それ以上に大事なのは、生きていることだ。

 その強さで、未来を守ればいい。それが、お前にしかできない役目だ」

 

アンティリーネはかすかに息を吐き、頷こうとするが、その表情は心底残念そうで、諦めきれぬ痛みを隠しきれなかった。

 

広間に沈黙が落ちる中、ジョンは扉へと歩き出す。

残されたアンティリーネの掌は、鎧の上で強く握りしめられていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。