オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ スレイン法国・デケム討伐前の一幕 /*/
白大理石の広間に、荘厳な光を反射する銀の鎧が現れる。
アンティリーネが纏うは《風神の鎧》――しかしその異形の意匠に、ジョンの瞳が大きく見開かれた。
「……っ!? その鎧……!? ねこにゃん!」
突然の声に、列席する神官長たちが一斉にどよめく。
「輝煌天使ねこにゃんの鎧じゃないか!」
アンティリーネは驚いたように目を瞬かせた。
「この風神の鎧が……? 神獣(ジョン)様、知っているのですか」
ジョンは胸に手を当て、遠くを懐かしむように微笑む。
「……ああ、いっしょに遊んだことある奴だ。……そっか、こっちに来てたのか」
その瞬間――鎧の胸甲から淡い光が溢れた。
輪郭はやがて、青髪の青年となって浮かび上がる。
「……」とジョンに向かって手を挙げる。
神官長たちは一斉に膝を折り、額を床に擦りつける。
「おおおお……! 御言葉通り、幻影を示された!」
「やはり神獣様こそ、神々と共に歩まれし御方!」
光のねこにゃんは一瞬ジョンを見上げ、小さく首をかしげる仕草をした。
ジョンは苦笑し、まるで旧友に語りかけるように軽く手を振る。
「久しぶりだな、元気そうで何よりだ」
すると幻影はふわりと笑うと、もう一度「……」と囁いてから鎧の内に溶けるように消えた。
広間には厳かな沈黙が落ちる。
アンティリーネは鎧に触れ、震える声で問う。
「……神獣様……あなたは一体、どこまでを……」
ジョンは頭をかき、にやりと笑った。
「猫と遊んだ思い出なんて、誰にでもあるだろ?」
だがその言葉を真に受けた神官長たちは、さらに熱烈に祈りを捧げるのであった。
「はぁ!ハーレム作って、子供もたくさんいただとぉっ!?」
幻影が消える直前――青髪の青年「ねこにゃん」は、にっこり笑って最後にぼそりと呟いたのだ。
そして最長老に近い神官長が、慎重に言葉を紡いだ。
「神獣様……法国では古来より、血統を厳格に管理しております。
輝煌天使ねこにゃんの血を受け継ぐ直系も、いまなお健在にございます」
ジョンが目を見開く。
「直系……だと?」
「はい。もし望まれるなら……ご対面の場を設けましょう。
神話の友とその末裔が、再び巡り会うことは、我らが信仰における至上の喜び」
厳粛に告げられる提案。
アンティリーネは無言で鎧の籠手を撫で、ごくりと唾を飲み込む。
広間の空気は、期待と畏怖とで張りつめていた。
――ジョンの返答を待って。
「神獣様……いかがなさいますか?」
重々しい声が広間に響く。神官長たちは一斉に頭を垂れ、ジョンの返答を待った。
ジョンはしばらく無言だった。
かつて共に遊んだ存在――ねこにゃん。
その直系に会えるなど、夢にも思わなかった。胸の奥が温かく、同時にひどく苦しくなる。
「……会えば、きっと喜ぶんだろうな」
ぽつりと呟き、ジョンは遠くを見るように目を細めた。
アンティリーネは無言で彼を見つめ、ただ鎧の内で拳を握りしめていた。
だがジョンは、やがて首を横に振った。
「……いや、やめておく」
神官長たちが驚愕の息を漏らす。
「な、なにゆえ……!」
「直系と巡り会うことは、神話に記すべき出来事……!」
ジョンは苦笑し、肩をすくめた。
「だからだよ。会ったら、あいつの血を背負った子供に、俺が勝手な期待をしちまう。
『ねこにゃんと同じだ』なんて言ったら……そいつの人生を縛ることになる」
神官長たちは言葉を失い、ただ息を呑んだ。
ジョンは続ける。
「そいつはそいつの人生を生きればいい。俺が昔の友達に会えなくても……思い出は、俺の中にちゃんと残ってる」
静かな声に、広間の空気が落ち着きを取り戻していく。
ジョンは最後に、少し寂しそうに笑った。
「だから……会わない。それが俺の答えだ」
ジョンの答えに、神官長たちはなおも食い下がろうとした。
「しかし……直系に会うことで、血脈の正統が――」
ジョンは手を上げて遮った。
「それに、だ」
いつもの調子で頭をかきながら、気まずそうに口を開く。
「もし会ったら……『そいつとの間に子をもうけよ』なんて頼まれるかもしれないだろ?」
広間に緊張が走る。神官長たちの視線が一斉に泳いだ。
誰も否定できず、逆にその沈黙が肯定を物語っていた。
ジョンはため息をつき、苦笑する。
「……だから困るんだよ。俺たち人狼は、人間と違ってハーレムなんて作らない。
一度心を決めたら、生涯で番うのはただ一人だけだ」
その言葉に、アンティリーネの長い睫毛がわずかに震えた。
神官長たちは顔を見合わせ、やがて畏敬の念を深めたように深々と頭を垂れた。
「……唯一無二の絆を尊ぶ種族……やはり神獣様……」
「この御方こそ、我らが見上げるべき存在……」
ジョンは肩をすくめて広間を出ていく。
「勝手に納得するなよ……」と小さく呟きながら。
だが彼の背中を見送る者たちの眼差しは、いっそう神聖さを帯びていた。
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神官長たちのひとりが、慎重に言葉を選んで切り出す。
「もし――まだ伴侶がお決まりでないならば、我らより一案を。アンティリーネ殿――あの風神の鎧を纏う女戦士こそ、相応しゅう――」
口を挟むようにして、列席者の視線がアンティリーネへと向く。彼女は一瞬、面食らった表情を見せたが、すぐに落ち着いた微笑を浮かべる。
ジョンはゆっくりと頭を振り、勢いよく手を振って遮った。
「だーめ。」
広間が一瞬静まる。誰もが耳を疑ったようにジョンを見る。
彼は肩をすくめ、真面目な顔で続ける。
「人間種が母体だと、出産時の生存率は……一、二割しかねえって話を聞いたことがある。たとえ信仰や奇跡が絡んでも、賭けに出すには重すぎる」
神官長の顔が瞬時に曇る。数値が示す残酷な現実が、神殿の空気を冷たくした。
ジョンの「だーめ」という即答に、広間の空気が凍りついた。
神官長たちが息を呑む中、アンティリーネは驚き、そして少しの沈黙を置いてから、ゆっくりと口を開いた。
「……私は……」
その声は、普段の戦士らしい張りを失い、かすかに揺れていた。
「私は、強い子を産みたいと、ずっと願ってきました。
力ある母体として、未来に何かを遺せるのなら――それが、この身の存在意義だと……そう思ってきたのです」
鎧の胸甲に手を当て、アンティリーネは必死に感情を抑えようとする。
けれど、言葉は止まらなかった。
「……ですから、もし神獣様の番となれるなら……この身を削ってでも、その子を……」
ジョンは眉をひそめ、首を横に振った。
「アンティリーネ……悪いが、それは違う」
彼の声は柔らかく、しかし決して揺るがなかった。
「子を産むためだけに自分の存在を定めるな。お前はすでに強いし、誰かのために戦える。
それで十分だろう。……命を懸けた出産の賭けなんざ、俺は望まない」
その一言で、アンティリーネの唇は震え、視線が宙をさまよう。
いつも誇り高い戦士の顔から、影が落ちた。
「……そう、ですか」
しばし押し殺した声で答え、深く俯く。
彼女の胸中には、戦士としての矜持と、母体としての願望、その両方が絡み合っていた。
神官たちはその様子を見て、言葉を失う。
ジョンはただ、彼女を真正面から見据えて告げた。
「……お前は強い。だが、それ以上に大事なのは、生きていることだ。
その強さで、未来を守ればいい。それが、お前にしかできない役目だ」
アンティリーネはかすかに息を吐き、頷こうとするが、その表情は心底残念そうで、諦めきれぬ痛みを隠しきれなかった。
広間に沈黙が落ちる中、ジョンは扉へと歩き出す。
残されたアンティリーネの掌は、鎧の上で強く握りしめられていた。